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第63話 カナンクルの箱庭 カテリーデンにて3


「………………なんか凄い疲れた」


 シーフォルムが離れていったが、まだ会場内に残っていて買い物を継続している。

 教会内で行うカナンクルの祝祭で出す料理と、年末年始の買い付けに来ていたようだ。

 芽依達のところにも追加で冬篭りの食材を買いに来ている人は多く、販売用に用意していた物の3分の2は売り切れていた。



「…………メディさん、少しだけ休憩したい」


『おう、休んどけ』


 立ち上がり売り子をしているメディトークの足の間、腹部の下に入り込みちょこんと座ると、メディトークも腰を落とし足を閉じて周りから芽依を見えないようにした。

 すぐ隣にあるメディトークの足にしがみつき頬擦りするとメディトークの眉間にシワが寄る。


「……はぁぁぁぁ……ツルツルテカテカ気持ちいい」


『やめねぇか阿呆め』


「いや、そんな休憩の仕方っすか」


 シーフォルムの登場で疲れ果てた芽依は箱庭を開けて自動販売機を補充してから庭を見ると、何故かそこにはセルジオがいて、椅子に座り本を開いているみたいだ。

 しかし、まったく動いておらず、たまに頭がカクッと揺れている。


「…………え、寝てる?」


 画面を近づけるとzzz……と表示が現れお昼寝タイム中だとわかりほっこりした。


「…………えー、可愛い」


『どうした』


「庭に入ってる不法侵入者を見てるの」


『なんだと!?』


「セルジオさんが本開いたままお昼寝してる」


『…………放っておけ』


 まさかの侵入者セルジオに脱力するメディトークは奥から来る客にまた息を吐き出したのだった。


『……おい、また面倒な客だ』


「今癒された所なのに……今度は誰」


 ズンズンと近づいてくるのは無駄に煌びやかに飾り立てた男だった。

 ズボンのベルトから少しはみ出している腹部がポヨンと揺れている。

 白いシャツがパチパチしているが、本人はあまり気にしていなさそうだ。


「……わ、珍しい貴族様だ」


 ちょび髭を蓄えた男はアリステア領民で貴族の男だ。

 メディトークが顔を見ただけで嫌そうな反応をした為知り合いか?と思ったら、そういえばカテリーデンで突っかかってきた貴族の従者がの話を聞いたなと思いだした。


「…………ふむ、良いじゃないか。おいお前、庭の持ち主を呼べ」


 ちょび髭を親指と人差し指で撫でつけた貴族は野菜や肉、乳製品を見た後にメディトークを顎で示した。

 その様子は見えていないが、傲慢なその態度に眉を顰める。


「………………せっかく初めてのカナンクルなのに、なんなのさ」


 足に寄りかかり呟くのを聞こえたのはメディトークだけ。

 クイッと芽依の背中を押した足にしがみつきイライラを誤魔化すようにスリスリした。


『……前にも断った筈だが?』


「お前には聞いていない。庭の持ち主を呼べと言っているだろう」


『はっ……話にならねぇな。帰れ』


「…………なんだと」


 ギリギリと歯ぎしりするその貴族にメディトークは鼻で笑う。


「貴様、たかが幻獣の分際で!!」


 持っているステッキをギリっと音が鳴るくらいに握りしめると、後ろに控えていた魔術師が魔術を展開し始めて、芽依は足元に広がる陣を目を見開いて見つめた。


「おいおい、マジっすか!カテリーデンでの攻撃的魔術の施行は禁止っすよ!!」


「はっ!そんなの私には関係ない!」


 ステッキでメディトークを指す貴族に合わせて魔術を打ち込むが、当たる前に宙に現れた小さな魔術陣によって掻き消えた。


「なっ!!誰だ!!」


「誰だじゃありませんわよ!私の羊を作るお庭の方に手を出したら許しませんから!!」


「…………あれ、ヘルキャット?」


 私の羊と言う言葉に芽依は足の中から声を掛けると、ヘルキャットは走りよってきてメディトークの足を鷲掴みにして折る勢いで動かした。


「まあ、ここに居らしたのね!あら!今日は特別仕様の可愛らしいお洋服でとってもいいですわ」


『いってぇぇな!!そっちに足は曲がんねぇよ!!』


 パチパチと手を叩くヘルキャットはニッコニコに笑っている。

 150センチくらいの茶髪にエプロンドレス姿のヘルキャットはヘッドドレスのリボンを直して笑った。


「…………ヘルキャットよね」


「ええ、勿論ですわ!!」


 キャッ!とジャンブした猫耳の可愛らしい少女の話し方や声は確かにヘルキャットなのだが、あの大きな猫だった姿からは想像が出来ない。

 猫耳と隠れているが尻尾もある可愛らしい女の子だ。

 思わずブースから出てきてヘルキャットの前に出るとキュルンと笑った。

 メディトークは勝手にブースから出た芽依を追って出てくると、普段ブース内にいる巨大蟻の迫力に野次馬で来ている周囲の人が数歩下がった。


「ねえ、羊は今日あります?カナンクル限定丸々一匹とかないのかしら?えへ……えへへ」


 恍惚とした表情で涎をダラダラと垂らす姿は確かにヘルキャットである。

 芽依は、あ、完全ヘルキャットだと納得した。


「……また幻獣か。邪魔をするでない!我はこの領地の貴族ジャルドレーク・ヨーグレリアであるぞ!!」


 カン!と床をステッキで叩きつけたシャルドレークはフンッと鼻を鳴らした。

 カテリーデンには来ない貴族がたまに訪れた時、ごく稀にこうした勘違いをしている貴族がいるのだ。

 自分は貴族なのだから平民は従えと傲慢に言う貴族。だがしかし、ここは領主アリステアの管轄である。

 たまに現れる傲慢な貴族は忘れがちだが、ここでの販売は全て公平で抑圧されるような事は禁止されている。


「お前が庭の持ち主だな。我はシャルドレーク・ヨーグレリアである。平民である貴様の庭を我がヨーグレリアで使わせてやる栄誉を光栄に思うがいい」


「……あれ、なんかムカつくなこのヨーグルト」 


「貴様ァ!!こちらのお方はかの有名なヨーグレリア様であるぞ!なんと言うことを言うんだ!」 


 クワッと目を見開いた従者はかなり焦りながら芽依の前に走って出てきて肩を掴みガクガクと揺すってくる。

 は、はぁ?わぁ、なに!?


 急に触れられ揺すぶられた瞬間、ベールが取れて会場内の人外者が香りの元を探し出した。

 直ぐにメディトークが従者を吹き飛ばし、壁まで飛ばされた従者は体を側面から打ち付け血を吐いてズルズルと落ちていく。


「グロい……」


「あらあらあら!やぁん、いい匂い!貴方も美味しそうだわ」


 猫目を細めて舌なめずりするヘルキャットに残念そうに息を吐いた。


「……そう残念だね、あなた用に追加で羊用意してたけど要らないんだね」


「ご、ごめんなさい!いるわ!いるのよぉ!!」


 ヘルキャットだけでなく、恐ろしいまでの嗅覚で芽依を見つけた人外者は花嫁が芽依である事に気付き、無意識に出そうな涎を我慢して手を握りしめる。


「お姉さんベールを被って」 


 いつの間にか現れた少年が床に落ちたベールを拾い芽依に渡そうと差し出してくる。

 直ぐにメディトークが受け取り頭に被せると、怪我は無い?と少年は首を傾げた。


「くっ!けしからん可愛さだ……怪我はないよ」


「そう、良かった」


「それより、あの人大丈夫かな」


「大丈夫じゃないかな、良くあることだし」


 吹き飛ばされた従者は血塗れで床に座り込んでいて同僚が回収している。

 良くあるんだ……と呟くと、目の前の貴族は不快感を顕にしながら咳払いを数回行なう。


「本当に移民の民なのか……こんなにいいものを作るのに人外者のお手つきとはまた面倒な事だ」


 やれやれ、と首を振るシャルドレークは怪我人も出た事だしと背中を向けた。


「たとえ移民の民だろうとその庭の育てる力は有益だ。いつでも我はお前を受け入れるとしよう」


「……なんだったの」


 そう言ってカテリーデンから出ていく貴族に芽依は訳分からないと首を傾げた。


「……もう疲れたから帰りたい」


『帰るか』


 今回初めて売り切る前に芽依はカテリーデンから出る事を決めた。










「よろしかったので?あの移民の民を手中に収めたら食料問題は解決致しましたでしょう」


「あの人が多い場所では我々が不利だ。それにお前も聞いただろうカリン・ネクタレスと息子のリーガル・ネクタレス。発表は無かったが、あれは多分あの子に何かした結果周りに消されたんだと思う……ますますあの庭の持ち主が欲しい所だな。様々な人外者を魅了する花嫁……楽しそうじゃないか」


「また悪い癖が出ましたねシャルドレーク様」


 馬車で揺られるシャルドレークは、首周りをぴっちりしめたボタンを2つほど外してネクタイを緩める。


「……今回は私も楽しめるか、どうかね」


 口の端を持ち上げて笑いながら外を眺めるシャルドレークはセットしている髪に指を差し入れてくしゃりと崩した。








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