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第62話 カナンクルの前夜 カテリーデンに 2


 溢れるほどに押しかけていた沢山の客足が1度落ち着き、芽依はふぅと息を吐き出してから座った。

 椅子はメディトークの足である。

 完全に浮く足をゆらりと揺らすと男が声を掛けてきた。


「なあ、あんた、メイって言ったっけ」


「はい?」


「あんた気に入った!俺と結婚しよう、幸せにするっすよー!そしてその箱庭でガンガン作って売り出せば億万長者もユメじゃない!な!!」


 バッ!と真横まで来た男は、俺はマイヤードだ!と自己紹介しながら芽依の手を握ってきた。

 はっ……?と首を傾げると目をキラキラしたマイヤードが芽依を引っ張り下ろそうとしたが、直ぐにメディトークに阻止される。


「あ!なにすんだ!邪魔しないでほしいっす!」


『……だからよそ見すんな、メイ』


 クイッと顎を持ち上げられメディトークの方を見ると、ほにゃんと笑った。


「んふふ」


『なんだ』


「皆がたまに名前で呼んでくれるの嬉しいなぁって」


『……危機感ねぇな、相変わらず』


「なんの危機感?」


 首を傾げて言うと、視界の端に見えた白い髪の毛。

 珍しく最初から結んでいるそのリボンは芽依のベールと同じものだった。


「カナンクルは親愛や友愛、恋愛に感謝して相手に伝える日でもあるんだよ。だから、片思いや一目惚れの相手に告白できるの……相手がいる人でも告白出来るし、決闘して奪う事もできるよ」


「いや、告白の意味とは……」


 えー……と呟く芽依に、困ったように笑うフェンネル。

 付き合っている者同士には迷惑なだけの決闘だが、そういうのは毎年沢山いるようだ。

 フェンネルは困ったよね、僕決闘しないとダメかなぁ?と笑い、付き合ってるヤツがするんだよとメディトークに突っ込まれてる。


『知らねぇからしゃーねぇが、こいつは花嫁だ。手ぇ出すんじゃねーぞ』


「は、花嫁!?…………で、でも!今日はカナンクルっすよ!そんなん関係ないっす!てか、めっちゃ話してますし、花嫁じゃないっすよね!花嫁だっていうならベール脱いで下さいよ」


「……なんで君のためにこの子が身の危険を感じさせないといけないの?」


 ベールを外せの言葉にフェンネルの雰囲気が冷たくなりメディトークがゆっくりとマイヤードを見た。

 ぐっ……と恐怖で体に力を入れると、そこに現れた芽依曰く天使の存在に全てが飛散した。


「………………お取り込み中?」


「っ!カナンクルの前夜に天使が舞い降りた!!」


 メディトークから降りてブースから出る芽依はまっすくその子の所に行き少年の手を握った。

 レースの手袋で遮られているとはいえ、仲の良い人外者以外に自分から手を伸ばすのは唯一この少年だけである。

 今日は薄い茶色の透け感があるブラウス、首元には棒状のリボンで結んでいて、短パンにニーハイ、チャームの着いた革靴を履いている。


「くぅ……ショタの絶対領域……イイ」


 お酒だけじゃない変態度が上昇し振り切れてきた芽依を軽蔑すること無くこの少年は静かに芽依を見ている。


「ぶどう買っていい?」


「勿論、喜んで!!」


 既にメディトークによって袋に入っているぶどうやジュース、ゼリー。

 いつも同じものを同じ個数買うから、メディトークは芽依がクラクラしている間に用意するようになっていた。


「ありがとう、お金」


『おう』


 最初は警戒していたメディトークも、ただのぶどう好きが嬉しそうに商品を抱えていくから今では客の一人として対応している。


「そうだ少年。はい、カナンクルの日おめでとう」


「……くれるの?」


「カナンクルの前夜だから、これは少年の為に用意してたんだよ」


「………………ありがとう、嬉しい」


 贅沢にぶどうを使ったケーキが飾り付けられて1人用のケースに入っている。

 明らかに販売用のケーキよりも豪華である。

 カナンクルの前夜、そして当日は感謝を伝える日だから1年で2日間だけ感謝や幸福、幸せや愛情といったカナンクルに相応しい感情をあげる時に限り等価交換は必要ない日なのだ。

 芽依はここぞとばかりにただのお客さんであるこの大きな羽を持つ妖精の少年にデコレーションしたぶどうケーキを渡したかったのだ。

 案の定、頬を染めて嬉しそうに笑った少年に芽依は鼻を抑えて倒れ込んだ。


「……くぅ、ありがとうショタの神様、私悔いはありません」


『……見慣れてきたな』


「僕もだよ、残念な子だなぁ」


「……僕は嬉しい」


 ふわっと笑って胸にケーキを抱く少年に、芽依は意識を飛ばし掛けた。


「…………もう死んでもいい」


「それはダメー、はい帰ってきてー」


 パタリと頭を床に付けた瞬間フェンネルに抱き上げられた。

 床汚いよー、と髪や顔を軽く拭かれていると、少年は自分の羽から1枚むしり取った。

 この少年の羽は大きいのだが、鳥の様に羽根が沢山集まって出来ている羽なのだ。

 だから、1枚抜いても変わりは無いようだ。


「お姉さん、カナンクルの日おめでとう。これお返し……準備してなくてごめんね」


「ありがとう!大事にするね」


「…………うん、いつでも使ってね」


「使う……?」


 じゃあね、と手を振って離れていった少年に、羽根を持ったまま首を傾げているが、ハッとしたように箱庭にしまった。

 この箱庭のストレージは庭で作った物以外の保管庫にもなる。

 他にも替えの手袋や外套を数セットいれている。


「……あの、メイ。今すぐ付き合うのが難しいなら、とりあえず友達にならないっすか」


「……友達、ですか」


『無理だな』


「駄目だね」


「なんであんたらに言われなきゃ駄目なんすか!」


 芽依では無い2人が返事を返すと、それにマイヤードが反発する。

 3人で文句を言っているのだが、それを無視した芽依はブースの近くまで来て様子を見ている客ににっこり笑って売り子を再開させた。





「フェンネルさん、はいこれ」


「あ、ありがとう。僕からはこれね……飲みすぎないでね」


「ひぃぃやぁぁぁぁああ!!お酒さま!!」


 客足が止まり芽依は用意していたフェンネル用の特別仕様に飾り立てたキャロットケーキを取り出した。

 フェンネルからはリーグレアの飲み比べセットだ。

 芽依のテンションが天井突破してメディトークはため息を履いている。


「どうしよう、嬉しくて今すぐ飲みたい」


『やめろって』


「だめだよ!」


 スリスリとお酒の入った箱に頬擦りする芽依にぶれねぇなぁ……とメディトークも頭を抱える。

 そんなメディトークからのプレゼントは、夜用に渡される予定のオードブルで、フェンネルも含めて今日は3人で夜を明かす予定なのだ。


「…………あの」


 諦めずに話しかけるマイヤードだが、お酒にうつつを抜かす芽依の耳には届かず、メディトークとフェンネルから冷たい視線を集めたただけだった。

 このマイヤードは一般の人間である。

 力も強い訳でもない、一般人。

 芽依は移民の民である為、いつどんな問題が生じるかわからない存在だ。

 その為メディトークは特に芽依に近付く相手を見極める必要がある。

 その結果、この弱い人間がいても芽依を守る盾にも剣にもならないと判断した。

 相手の人間性を考慮しない所が人外者らしいのだろう。


「………………あれ、見たことない集団だね」


『あ?……………………このタイミングか』


「うわぁ、嫌な奴ら来たね」


 フェンネルは息を吐き出し、また後でと自分のブースに戻って行った。

 手を振り返してから、また集団を見る。


「……誰あれ」


「教会のヤツらだ」


「そういえば、前に言ってたよね」


 この世界には国を収める王族が沢山存在し、それぞれが国を繁栄させている。

 そのどの国にも通行証や許可を必要としないで移動できるのは教会が掲げる宗教団体が強いためだ。

 シーフォルムという宗教団体で、教会自体をそう呼んでいる。

 このカナンクルを最初には始めたのがシーフォルムと言われていて、この2日間は特に顔を出し信者を増やしていくのだ。


『シーフォルムが掲げる信仰対象は移民の民とその伴侶となってる人外者だ。あわよくば自分たちの手の内に連れ込みたいと画作してやがるからな、お前は一切声を出すんじゃねぇぞ』


「わ、わかった……」


 先頭を歩くのは多分司祭なのだろう、豪華な格好をしている。

黒のスータンと呼ばれる服を着ていて、その上から白の長方形の布で出来たアルバと呼ばれる物を着ている。

 アルバの上からふわりと体を覆うカズラを着て肩から幅広い肩掛けの布、ストラに似た布を掛けていた。その布は鮮やかな朱色で、鳥が羽ばたく豪華な刺繍がされていた。

 ニコニコと穏やかに笑い、買い物をしてはズラリと並んでいる教徒に荷物を持たせている。

 服装は芽依の世界のカトリック司祭の服によく似ていた。


「………………ほぉ、これは素晴らしいですね」


 ぐるりと回ってきたシーフォルムの集団は芽依のブースの前で立ち止まった。

 見事なまでの豊作の様子に司祭だけでなく後ろにいる教徒もザワついている。


「これはあなたが?」


『ああ』


「そうですか、定期的に我がシーフォルムに下ろしていただけませんか?」


『悪いがうちはアリステア領主と契約している』


「領主と、そうですか……」


 交渉する余地がありますね。

 そう呟いた男性の視線が芽依に向きピタリと止まった。


「…………もしや、移民の民ですか」


 問いかけに一切反応のしない芽依を見て、司祭は笑みを浮かべた。


「なんという事だ。カナンクルの前夜に新しい移民の民に出会えるなんて!こんな素晴らしい事はありません!美しき花嫁様、是非伴侶の方と一緒に教会にお越しくださいませんか」


 ふわりと頭を下げた司祭の笑みを見たら、何故かゾワゾワと下から気持ちの悪い感覚が這い上がり身体中を掻きむしりたい気持ちになった。


「っ……」


『悪いが却下だ』


「…………君たちはみんな一度は我々を拒むからね。大丈夫、また次に会えるのを楽しみにしているよ」


 意味深に笑った司祭は、沢山購入しブースから離れて行った。


「…………なんか、気持ち悪い」


『気をつけろよ、いつの間にかシーフォルムに入信させられてる移民の民もいるからな』


「え、ヤバ……」


 初めて近くで見たシーフォルムに不快感を表す芽依に安堵するメディトーク。

 少なくとも自分からは行かないだろう。




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