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第61話 カナンクルの前夜 カテリーデンにて


「おはようメディさん」


『ああ、おはよう』


 いつも通り領主館の扉から来た芽依を見たメディトークは、可愛いワンピースにベールといったお出かけ装いをしていてニヤリと笑った。


『いいじゃねーか、似合ってる』


「ありがとう、メディさんにはこれ」


『あ?』


 実はセルジオに渡されたのはメディトーク用幻獣のネクタイだった。

 様々な形態をしている幻獣にもお洒落をと装飾品は普通に売っていて、その中から芽依のベールと同じ生地で作られた柔らかなネクタイ。

 ネクタイと言うよりも、スカーフのようなものだが、おいでおいでした芽依に素直に従い頭を下げたメディトーク。

 その太い首にしがみつき必死に回したスカーフを綺麗に結ぶと、巨大蟻に色が変わる可愛らしいスカーフという見た目になり芽依の口元がモニョリと動いた。


「に……似合うよ」


『笑ってんじゃねーか』






「今日は合同テーブルなんだよね」


『ああ』


 実は、露店の人が数人カテリーデンに移動してきて、さらにカナンクルの前夜の為売りに来る人が溢れかえっていた。

 その為、カテリーデンではカナンクルの前夜のみ限定で2組の売り子をひとつのテーブルで売るのだ。

 勿論同じテーブルとはいえ、売上は別である。


「今日、明日だけなんだよね」


『ああ、それくらい普段日を開けて売りに来る庭持ちがこの日を狙って売りに来るんだ。そりゃパンクするわな』


 カナンクルの前夜や当日、更には数日後に控える年末年始の買い付けに沢山の人が雪崩込む。

 領民は勿論貴族や、他領からも来る場合があり庭持ちはこの日の為に様々な物を準備する。

 いつもよりテーブルに物を乗せれないので、簡易棚を用意したりと様々な工夫をして少しでも多く、更に貴族など多量に買い付けてくれる相手に目を向けて貰うようにするのだ。

 冬篭りとはまた違う繁忙期であるカナンクル前夜や当日では、痩せ細ってしまった野菜を売るだけでは無く当日飲むお酒やケーキ、料理の材料等が飛ぶように売れるのだ。


『良し、いくぞ』


「はーい」


 いつもよりも多めの参加料を払い会場入りした芽依は中を見て目を丸くした。

 綺麗に飾り付けられた会場はクリスマスのイルミネーションみたいにキラキラとしていた。

 ただの販売会場だったはずなのに、どうなってるのか。


「え!?なにこれ!?外!?雪!?」


 キョロキョロと周りを見る芽依わ振り返りメディトークがあの黒い足を差し出してきた。

 ん?とメディトークを見ると、腰にぐるりと巻き付き隣に引き寄せられた。


「メディさん?」


『年に何度かその時の祝祭に合わせた模様替えがあるんだ。今回はカナンクルに合わせたもんだな。見てみろ、お前だけじゃなく他のヤツらも着飾ってんだろ』


「……本当だ」


 売り子もお客さんも皆可愛らしく、カッコ良く着飾り楽しそうにしている。

 売っている物も何時もよりもキラキラしくワインが並んでいるテーブルが多かった。


「凄いねぇ凄いねぇ!」


 ぺちぺちとメディトークを叩きながら周りを見ていると、腰に回されている足の力が入った。


『今日はあんまよそ見すんな』


「よそ見?」


『カナンクルの前夜や当日はいらんヤツを集めやすい日でもあんだよ』


「……わかった」


『わかってねぇな』


 意味がわからないけど、とりあえずメディトークから離れなければいいと解釈した芽依はぺちぺちを再開し離れないぜ!とアピールしたのだがメディトークは呆れたように息を吐き出していた。


「まだ昼前なのに凄いね、夜みたい」


『ああ、色んな年のカナンクルの夜の一部を切り取って再現してんだよ。その年にどのカナンクルの夜にするか決めて魔術の陣を敷いて再現してんだ』


「んなっ!なにそれ魔術すご!」


『他も色々あんぞ』


「どんなのどんなの」


『その時になってから知る方が楽しいんじゃねぇの』


「くぅ!気になる!けど楽しみにしとく!」


 むぅー!と両手を握り締めて悶えているのを鼻で笑われながらもブースに向かった。


「おー、レースのテーブルクロスに、真っ白な天蓋……なにこの乙女度満載」


『……いずれぇな』


「ふっ!……に、似合う、よ」


『デカい蟻にレースのテーブルクロスが似合うって、お前頭沸いてんぞ』


「ぶふっ!湧いてないよ!」


 ケラケラと笑いながら売り物を出していく芽依の腰には相変わらず足が巻きついていたのだが、何かに警戒している様子のメディトークに何も言わないでおいた。


「……そういえば朝セルジオさんも腰に絡みついてたな」


『なんか言ったか?』


「なぁーんも……ねえメディさん、私も人の事言えないかもだけど、ここの世界の人……人外者ってスキンシップ激しいよね」


『………………………………はぁ?』


「あれ?」


『お前は移民の民だろうが。普通は伴侶以外との触れ合いはねーよ』


「…………はっ!そうだった」


『いや、忘れんなよ』


 忘れてた!と目を丸くする芽依の腰に回している足の力がさらに加わりグエッ!と息が一瞬詰まった。





「ここいいっすかー」


 急に声を掛けられ顔を上げると金髪に近い黄色い髪の男性がヒラヒラと手を振った。

 同じブースを使うもう1人みたいだ。


「あ、やっぱりケーキは鉄板っすよねー!でも地味なケーキっすね」


 ジロジロと芽依のキャロットケーキを見るその男性はニヤッと笑って俺の一人勝ちになりそうっすねー、とニヒヒ!と笑った。


『……なんだこいつ』


「さぁ」


 芽依が出す売り物をニヤニヤと見ていたが、野菜を出し始めた時から口をポカンと開けだした。

 プリプリジューシーな大きい野菜が豊富に置かれていて、常連客らしき人たちが芽依とメディトークを見つけて目の色を変えた。


「んまっ!!メイちゃんじゃないの!久しぶりね!やっと会えたわ!冬篭りの準備で合えなかったから買い物がもう大変で大変で!!あらあらあらあら!カナンクル用のケーキ!?不思議な色合いだけどなんのケーキなの?キャロットケーキ!?まあ!今高騰している野菜をケーキに使うなんて!!」


「こんにちはおばさん。食の細い子とかあまりご飯自体食べれない人向けに野菜たっぷりのケーキにしてみた。人参以外もすりおろして入ってるから野菜エキスたっぷりで優しい甘さだよ。砂糖不使用だから体にもいいよー」


 パコンとケースの蓋を開けて1口サイズに切り分けたケーキの試食品をおばさんに向けた。

 爪楊枝を一緒に渡し、それを使って食べるとおばさんの表情が穏やかになる。


「……美味しいわ、素朴なのに心が温まるというか。見た目はシンプルだけど贅沢な気分が味わえちゃう……3つちょうだい」


「よかった!初めて売り出しだから心配だったの」


「あら!なんの心配があるのよ!ほら、皆ケーキに釘付けよ!」


 ウィンクして笑うおばさんが試食に群がる客に気付き雷を落としてくれる。

 このおばさんだけじゃなく、高頻度で現れる芽依達の食材や料理に虜になる人達は試食食べ過ぎ注意を自発的にしてくれる人が多い。

 沢山の人に食べてもらい客層を増やそうとする客が水面下で動いているのだ。

 これも食糧難からくる領民達のネットワークで今では同じ領民だが違う街に住む人達にまで話が広まっているらしい。


「………………こんな地味なヤツなのに」


 美味いー!と涙すら流す人を見ながらも男性は歯ぎしりしながら商品を並べていった。


「そういえば、今日はワインを売り出す人多いですね」 


「ああ、あれはワインじゃないよ」


「…………ワインじゃない?」


「ああ、カナンクルの日に飲む定番の酒さね。リーグレアって名前で度数が弱くて誰でも飲めるように作られていてね、甘さなんかも造り手が色々変えれるから皆味が違うんだよ」


「そ!そんな素晴らしいものがあるんですか!?」


『……買わねぇからな』


「そんな!そんなぁ!!勘弁してください!お酒ですよ!しかも味が違うらしいじゃない!いくらでも飲める!カナンクルの夜に飲むんでしょ!?ねぇぇぇぇ」


 泣き崩れる芽依に、客達はあらあらと見ている。既に芽依の酒好きは知られているようだ。


『セルジオ達が買ってくるだろう』


「違うの!私のコレクションにしたいの!しかも色んな味があるなら飲み比べしたいじゃないかぁぁぁ」


『テーブルを叩くんじゃねぇ、卵が割れる』


「あ、卵3パック頂戴」


『まいど』


 芽依の振り切れたお酒愛は最初こそ驚かれたが、今となってはこれこそが芽依だよね、といった眼差しすら集めている。まさしく残念な女だ。


 そんな客とワイワイ話しながら泣き崩れる芽依を同じブースの男性は呆然と見ていた。

 確かに笑顔で対応して仲良くなる売り子は多いがこんなに振り切って話す子は珍しいようだ。


「ありがとうねメイちゃん、また来るわ!」 


「ありがとうございました、またねー」


 ふわりと笑って手を振る芽依にさらに目を見開いた。

 続々と来る客に笑って対応する芽依の今日の装いも可愛らしい為周りを楽しませ、薄いベールの為にいつもよりも顔が良く見えてクルクル変わる表情を初めて見た客も多いのだ。


「お、なんだメイって可愛かったんだな」


「あら、なんですか、惚れたんですかぁ?奥さんに怒られますよぉ」


「ばっか言え!鬼嫁怒らせるなんて天変地異が起きて世界滅亡だぜ!」


「そんな事言って、奥さん大好きなくせに」


 ニヤニヤとふざけて話しかけてくる相手にも同じく笑って返事をする。

 芽依の客から隣の男の売り物を見る人もいて、たまにケーキやリーグレアを買っていく人に慌てて対応しているようだ。


『1回自動販売機見てみろ』


「あ、はーい…………ふふ」


『どうだ?』


「凄い売れてる、補充しとくよ」


『そうしてやれ』


 ピッピッ!と補充しているのを男はまた目を見開いて見ていた。小さく箱庭……と呟いている。


「お!なんだなんだ!自動販売機あるのか?どこだよ、何売ってんだぁ?」


「色々ですよー」


 惣菜を売っていることは言わない芽依。

 メディトークの惣菜はかなり美味しく鶏肉や豚肉、野菜の試食でたまに出す料理に皆目の色を変え、最近では販売してくれと強請る人や人外者が増えてきた。

 メディトークは一人しかいないので難しい。

 工場待ちである。

 しかし、芽依の思惑通り惣菜が売れそうでニヤニヤが止まら芽依なのだった。










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