目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第60話 カナンクルの前夜


 カナンクルの前夜

 前の世界でのクリスマスイブ。

 その日は街中が飾り付けられ真夜中でも光り輝き一晩中賑やからしい。

 そんな日の朝、芽依は寒さに震えながら目を覚ました。


「……積もってる」


 雪は毎日降るのだが、庭がある場所と違い領主館の付近がしっかりと積もるのは12月後半かららしい。

 たぶん今では足首くらいまで積もっているのでは無いだろうか。

 芽依はウズウズとしだし、足をパタパタとさせた。

 そしてベッドの布団を跳ね除けバタバタと足を踏み鳴らした芽依は、椅子に掛けているカーディガンを羽織り大きな窓を開け放つ。

 ここは1階で、大きな窓を開けるとすぐ目の前の庭に出れるのだ。

 サンダルに足を入れて外に飛び出した芽依は新雪を踏むギュッとした感覚にむふふと笑った。


「ふわぁぁぁぁ」


 外に出てギュッギュッと音を鳴らし思わずくるりと回った。


「寒い!楽しい!」


 両手を広げて朝の冷たい空気を肺いっぱい吸い込む。

 まだ人が動き出さない早い時間、薄暗い外で1人何してるんだろうと思わず笑ってしまう。


「…………………………ん?」


 回りながら顔を上げると、誰か人影が見える。

 薄暗く場所も遠いので誰かはわからないが芽依を見ているようだ。

 風が吹きカーディガンが揺れているがじっと見る相手が誰かわからず気になってしまう。


「……だれ」


 ポツリと呟くと、相手がバルコニーに手を掛けたのがわかった。


「……な、中に入ろうかな」


 パタパタと部屋に入り窓を閉めしっかり鍵を掛けた芽依はブルリと体を震わせた。


「さ、さむ……」


 コンコンコンコン

 寒さに身体を震わせた時、部屋の扉がノックされた。

 ピクンと反応した芽依は扉を見ると、またノックされる。

 恐る恐る近付くと、中々開かない扉に諦めたのかノックをした人外者はスウッと突然室内に現れた。


「……なんだ、いるじゃないか」


「セルジオさん……」


「どうした」


 いつもは服装も気にせず開ける芽依に眉を跳ね上げたが、寒さに震える芽依に気付いて肩に触れた。


「……随分冷えてるな」


 ふと乱れたレースカーテンに気付き窓を見ると開けた跡があり、サンダルが雪で汚れている。

 芽依を見ると、カーディガンに少し雪が付いていてセルジオは無言で風呂場に連れていった。


「あら、なに?セルジオさんなんか怒って……え、ちょっと……」


「お前は相変わらず阿呆か」


 カーディガンを剥ぎ取られて下着のまま湯船に投げ入れられた。

 ザブン!と音を立てて頭まで沈んだ芽依は顔を出しフルフルと犬のように頭を振る。


「セルジオさん、急になにする……」


 セルジオに講義しようとしたが、鬼のような表情のセルジオに尻すぼみになる。


「何度言えばこの鳥頭は理解するんだ。これは、下着だ!そんな格好で外に出るやつがいるか!!」


「キャミソールにハーフパンツは部屋着です……」


 冬用の下着として裏起毛たっぷりなキャミソールとハーフパンツ。

 中にもっと布面積の少ない下着を履いている。そういうタイプの下着もあるのだ。

 芽依はこの世界では下着を二枚重ねで履いているようなものなのだが、やはり感覚的にハーフパンツは下着に入らない。

 しかも生地もテロテロ薄い訳ではなく、しっかりと厚手なのだ。

 余計に下着だという感覚が薄れてしまう。

 まだこちらに来て3ヶ月弱、どうしても元々の感覚が染み付いている。


「お前は何時になったら理解するんだろうな」


「わぷっ!」


 指先でお湯を顔に掛けられて目を閉じ、次に開いた時にはセルジオの姿は無くなっていた。


「……私の下着に関する感じ方が直せないのも問題だけど、下着姿の女性を前に普通に話したりお風呂にぶち込むその感性は精霊ゆえなんだろうか、それともセルジオさんだけ?」


 芽依の周りの人外者は不思議なことに妖精が多い。

 さらに今1番長く一緒にいるのは巨大な蟻である。

 まだあの美しいお母さんの事を、人外者を本当の意味で知っている訳では無いとしみじみ感じた。

 3種類いる人外者の中で知り合いは増えたけど、それぞれの個性ではなく、精霊としての、妖精や幻獣としての特性を知らない。


「…………理解する日がいつか来るのかなぁ、来るといいなぁ」


 よし!と湯船から出た芽依は、ベチャベチャの下着を脱ぎ捨てて既に用意されている服を着始めた。

 薄い青のペチコートに同じ色の長いドロワーズ。

 その上から白のワンピースを着ると胸元やスカートからチラリと見えるペチコートやドロワーズのレースが見えてお洒落だ。

 白のワンピースは珍しく大きなリボンが腰に巻き付き腰周りの細さを強調するデザインだが、芽依の体のメリハリはそこまで強調を必要としない。

 ムニッと横腹を掴んだあと、無言でリボンを緩く結び直した芽依は風呂場から出ていった。



「上がったか」


「セルジオさん」


「……白も似合うな」


 そう言いながら緩めたリボンを結び直し少しムチッとした腹部を強調した。

 セルジオはそんな芽依の腹部を見てからポツリと呟く。


「……肥えただろう」


「言い方もう少し考えて発しましょうよ!」


「……腹回りがふえ」


「あーあーあー、なんですと!?」


 だらしなく体のラインを崩した訳では無いが、ムチッとした芽依の体を見てセルジオは少し考え込む。

 そしてそっと腰に両手を回し体を近付けると、セルジオの均等の取れた体に包まれた。


「…………まあ」


「まあ、なんですか」


「……悪くはない」


「何がですか!肉ですか!肉々しいとでも、言いたいんですか!」


 きぃ!と叫ぶ芽依を鼻で笑いながら離し、そのまま簡単に三つ編みに結び、小さな花の髪飾りを沢山飾ってくれる。


「……可愛い」


「カナンクルの前夜だからな」


 そう言って、少し開いてある胸元に蝶をモチーフにしたチョーカーを付けてくれた。


「……よし、いいだろう」


 そう言い、薄いベールのタイプの匂い消しを被せてくれたセルジオは満足そうに笑った。

 そのベールにも蝶が羽ばく美しい刺繍が施され、動く度に色合いを変える不思議な生地をしている。


「…………カテリーデンに行くだけですよ?随分お洒落しますね」


「カナンクルの前夜や夜は何も無くても着飾るものだ」


 頬をスリ……と指先で撫でられ、行ってこいと背中を押された。


「…………行ってきます」


 セルジオは口角を上げ少しだけ目を細めてから部屋を出ていった。


 カナンクルの前夜、芽依はいつもと変わらずカテリーデンに行き即売会に参加する。

 翌日のカナンクル本番に向けて準備をする領民たちがこぞって押し寄せる、販売者側からしたら繁盛期なのだ。


「……よし、今日も沢山売るぞ!」


 既に浮浪者宛に渡すキャロットケーキはアリステアに渡してあり、明日必ず渡すと約束してくれたので、芽依は安心して自分の販売に力を入れる。

 自動販売機には販売用1人用ケーキと、ホールケーキ、更にはチキンを作れるように鶏肉、ローストビーフ用に牛肉、そしてワインを多めに入れた。喜んでくれるといい。


「良いクリスマス……カナンクルになりますように」








コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?