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第59話 甘さ控えめキャロットケーキ


 追加で欲しい物をいくつかピックアップしつつ、庭を広げている芽依は今日も人参をモリモリと採取中であった。

 次の暫定食がカナンクル当日でさらに内容はケーキである。

 カナンクルはクリスマスと同じようなもので飾りつけをし幸福や祝福を送り合う日で夜にはケーキを囲い豪華な料理を堪能する。

 勿論芽依もそのつもりなのだが、残念ながらスイーツは苦手なメディトークには『……むりだ』と断られている。


「………………つらい」


 ぐすん、と涙を拭い引っこ抜いた人参に歯を立てた。

 ガリッ…………新鮮で硬い人参を生であむあむ。

 むしろ土付きをあむあむ。


「……あ、生で食べちゃった。いや、土付きな筈なのにめっちゃ美味いのなんで」


 まるでポリポリするお菓子を食べている感覚な生人参を思わず1本食べ切り、ふむ……と悩む。

 そして、メディトークに頼み込みセイシルリードから新たな工場を探してもらい購入する。


「自分では苦手でも、機械が得意ならおまかせ。適材適所だよね」


 使い方が違うが芽依は満足そうに頷く。

 ガッションガッションと音を立てて機械が動く。

 決まった量を自動で計測されて中に入って行きぐにゃぐにゃと混ざり合う。

 そして形を作り焼かれベルトコンベアに運ばれる。

 その様子を無表情で眺めていた。芽依が作り出したのは野菜を使ったケーキだった。

 必要な材料のバターは作ったのだが小麦粉は作れず大量購入しそれを利用している。

 いつか作りたい。


 カナンクル当日までに様々な大きさの野菜を使った優しい味のケーキを作った。

 勿論ぶどうを使ったケーキもである。

 こうして作り溜めたケーキを当日安く直売所や自動販売機で売り出そうとしていた。




『随分ケーキに力入れてんじゃねぇか』


「……うん」


 ケーキ用の箱に入った1人用のケーキ。3角に切られたケーキを大切に持ちながら頷いた。


「この間セルジオさんと自動販売機の様子を見に行ったでしょ、その時にね数人小さな子供が憲兵に捕まってたの」


『ああ……』


 あの辺りは露店が沢山出ていて治安も良いのだが、少し離れた裏路地にはそこでごろ寝をして生活している浮浪者もいた。

 かなり整備されているのだが、やはり貧富の差は存在していた。

 孤児院に入っていない子供も沢山いて犯罪を犯しながら生きている子もいるのだ。


「…………キラキラしただけの世界じゃないって勿論わかっているけれど、あんな様子を見ちゃったら考えさせられるなぁ」


 はぁぁぁ、と息を吐き出して言う芽依をメディトークは黙って見ていた。


「教科書の中の世界だったり、海外だったりには居るし聞いた事あるけど実際に見るとなんか、衝撃だね」


『居なかったのか』


「んー、居ないわけじゃないんだろうけど。もっと治安が良くて、通行人を襲うような環境では無かったね」


 ケースに入ったケーキが山積みになって行くのを眺め、そして箱庭にしまっていった。


『で、そいつらに無料でやるのか』


「暫定食の日だしクリスマス……カナンクルの夜くらい皆と同じ様にケーキを食べても良いじゃない。チョコや苺の定番じゃなくて悪いけど」


 野菜で作る見た目もシンプルなケーキを大量生産していく芽依。

 芽依だって出来るなら美味しいケーキを用意してあげたいがそれには材料費も高くなるし、何より販売するケーキよりも豪華には出来ない。

 最低限行き渡るくらいの量でしか作れない。

 可哀想に思うが芽依だって聖人君主ではないのだ。ただ、自分が今幸せを感じられる環境にいるからこそ少しだけ手を貸したいと思ったのだ。


「…………ねえ、浮浪者の人って暫定食の日どうやって乗り越えているの?」


『………………乗り越えてねぇんじゃねーの』


「炊き出し以外の時は年中呪い受けてるの……?」


 青ざめた顔でメディトークを見てから、そっと顔を逸らした芽依はもう考えまいと頭を振った。

 出来ることを頑張るのだ。出過ぎた行為は身を滅ぼすだろう。






「アリステア様」


「メイ?」


「暫定食の日、露店の道から外れた路地裏にいる浮浪者にケーキを配っていいですか?」


「ケーキを、か?」


「はい……カナンクルの夜くらい皆にケーキを食べてもらいたいなって。1人用の量は少ないですし野菜で作った甘さ控えめのケーキですけど」


 お皿に載せたキャロットケーキ。

 小さめにカットされたそれをアリステアに差し出すと、フォークを刺して1口食べた。


「…………うまいな」


「他の販売品と区別した飾り気もないシンプルなものですけど、それでも無いよりはいいかなと思いまして」


「…………ああ、ありがとう。これは私から配ってもいいだろうか。個人的にメイが配るとメイを狙ってくる可能性があるから」


「はい、勿論です」


 あの浮浪者たちはアリステアも勿論その存在は知っていた。

 色々政策はしていたがどうしても端まで手は伸ばしきれなくて、路上で眠る生活を送る人が出てくる。

 どんな理由でそうなったのか勿論芽依には分からないが、あの状態から這い上がる力がある人はひと握りなのかもしれない。

 力無く光の無い瞳でただ空を見上げる大人をどうやって立たせればいいのか、芽依にはわからない。


 だからせめてカナンクルの夜くらいシンプルでも小さくても、皆と同じようにケーキを食べたい。

 もしあの時、アリステアの前に現れなかったら芽依もここに居たかもしれないから。



 こうしてカナンクルの夜、初めてアリステア名義で浮浪者に小さなケーキが配られた。

 しかしその数は限られていて領内4つの都市全てに配る事は出来ず、芽依の自動販売機を置いてあるあの場所限定で配られた。

 翌年からカナンクルの夜は領内全ての浮浪者にケーキが届くようになる。芽依が作るキャロットケーキが。






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