季節は真冬になり、前の世界でのクリスマスの時期がもう少しで訪れる。
カナンクル
それがこの世界でのクリスマスの名称で、カナンクルの前夜や、カナンクルの夜と称される。
美しく残酷なこの世界でも人や人外者が微笑み飾り付けをして喜びを祝う日。
唯一好意による事への等価交換を必要としない優しさで繋がる日。
そんな日を目前にして芽依はまた新しい出来事に直面していた。
珍しく朝早くにメイドが来て身支度を手伝ってくれた。
年嵩のいった穏やかなメイドは芽依に予め用意されている服を着させ髪を結ってくれる。
「今日は何かあるんですか?」
「はい、カナンクルが近いので他の領主がお2人ほど集まっておりまして。その事でお話があるのかと思いますよ」
「……カナンクルかぁ」
ワクワクと笑顔を見せる芽依にメイドは微笑んだ。
「おはようございます」
「おはよう、朝から悪いな」
「いいえ」
既に食卓にいるのはアリステアとブランシェット。
爽やかな朝に似合った優しい雰囲気で2人は1日の始まりの朝ごはんを堪能していた。
芽依はブランシェットの向かいに座り、所謂お誕生日席に座るアリステアを見る。
「今日はクロワッサンだ、メイは確かこのクロワッサンが好きだろう」
「チョコの入った物もありますよ」
2人はサクサクの焼き立てパンが入った籠を寄越してくれる。
いつもパンに卵、ベーコンかウィンナー、そして野菜スープを飲んでいる芽依はまだアリステア達には少食で偏食だと思われている。
たしかに胃の関係で偏食ではあるが、食べる量も増え一人暮らしをしていた時より余程健康的な生活をしているのだ。
「……焼き立てパン最高ですね」
クロワッサンにあむっと齧り付き、サクサクと音を立てながら食べる芽依。
パラパラとパンの欠片を落とすのを2人はあらあら、と見ているのだが、寧ろこのパリパリのパンを皆はどうやって落とさず食べているんだろう。不思議だ。
うむむ……と悩みながら食べていると、隣に立つ人の気配に顔を上げる前に黒い手袋をした手が芽依の顎を掴み顔を上げさせる。
「…………もっと綺麗に食えないのか」
「これが限界です」
ハンカチで口を拭かれ、指先をスカートに向けると落としたパン屑が消えた。
そしてナプキンをスカートに広げて置いてから隣に座るセルジオ。
「おはようございます」
「…………ああ」
「まあ、うふふ。雛鳥ちゃんにはお母さんが必要ね」
「雛鳥って私ですか?」
「ええそうよ」
「…………だって、お母さん」
「母親にはならん」
そう言いながらもまだ用意していなかった特濃ミルクをグラスに注いだ。
「頼みがあるのだ」
カチャリとソーサーにカップを置いた音が小さく響く。
朝食を終えて食休みをする4人は、一息ついてから話し出した。
「新年に毎年祝辞として他国の賓客が来るのだが、今回来るのが花嫁を連れている人外者がいるのだ。今までも何度かあったのだが、今回は向こうからの頼みでこちらの移民の民と会わせて欲しいとの連絡が来ている」
……会わせればいいのでは。
そう思ったがアリステアの微妙な表情を見る。
「………………それを私に言うと言うことは」
「メイに頼みたいのだ」
「………………うーん、ううん……」
面倒事だろうか、アリステアの顔を見ると不安しか湧かない。
困ったな……と悩んでいるとアリステアは少し前のめりになり話し出す。
「今回は王都で祝祭を行うがそこまで行く必要はない。祝祭の後に領地を回るのだが、その際に少し話す時間を設けてくれればいいのだ。勿論1人ではなくセルジオが同行する。……どうだろうか」
何日か王都に行き困惑している様子だったアリステアだが、どうやらこの打診だったらしい。
全ての領地を回るわけではないのだが、タイミング悪く今回はドラムストも訪問先になっているようだ。
行く先々で移民の民との交流を願い出ているとの事だが、勿論こんな事今まで無かった。
それにはアリステアだけでなく、セルジオたちも困惑しているようだ。
「まったく、ただでさえ年始の祝祭には準備が掛かるのに迷惑な」
不満気なセルジオにアリステアも苦笑する。
何も言わないが同意見なのだろう。ただでさえ年末も近く忙しいと言うのに……という所だろう。
「頼めるか?」
「……あの、伴侶がいる人の方がいいんじゃないですか?ユキヒラさんとか」
「ユキヒラは……メロディアが今情緒不安定で付きっきりなのだ……庭も手入れが出来ないらしくてな、今後の収穫も心配だ」
ユキヒラ、嫌われたら私死ぬわ……
大丈夫だから!メロディア!ねぇ聞いてる!?
私…………もうダメなんだわ、だってユキヒラが……
どこ見てるの!?メロディア?メロディアー!?
「…………ああ」
「納得してくれたか」
「そう、ですね」
他にもいるのになんで、とは思った。
だがここで芽依が拒否をした所でそれが通るのかと言ったら限りなく低そうなのだ。
「……わかりました」
仕方なしに頷いた芽依にあからさまにホッとしている。
「……向こうからの希望が2人以上の移民の民で庭持ちが条件なんだ。メイ以外にしたかったんだが適任者があまりいなくてな」
「ユキヒラさんんん……」
ユキヒラが大丈夫なら今回メイは呼ばれなかったのだろう。
他にも庭持ちはいるのだが、今までの固定概念を必死に柔軟に対応しようとして、から回っているらしく、移民の民もだが人外者も今は他人に対してピリピリしているようだ。
「もう1人の移民の民は誰ですか?」
ユキヒラとメロディアに頼れないならもう1組と上手く乗り切らなくてはならない。
そう思い聞いたのだが答えは微妙な表情で顔を見合せているばかりだった。
「メディさん!」
『……あ?』
丁度羊5匹をヘルキャットに渡す準備をしていたメディトークは振り返り走ってきた芽依を抱きとめる。
『……どうした』
「新年の祝祭だかで来る他国の人の希望でここの移民の民に会わせないといけないって。庭持ちの移民の民2人。今の移民の民と人外者の精神的な問題により私が会わないといけないらしい。もう1人は今いる中で1番新しい移民の民で……ちょっと問題がある人らしい」
足に力の限りしがみつき、ぐぬぬ……と唸る芽依にメディトークは眉をひそめた。眉無いが。
「……年始の祝賀か。また面倒だな」
「セルジオさんが一緒に居てくれるみたいなんだけど、仕事内容的に離れないといけない時間があるかもしれないって」
『…………なるほどな』
ふむ、と頷くと、しがみついたまま顔を上げる。
「メディさん、私を1人にしないで」
『……あー、ああ、そうだな……うん……』
「メディさん、私1人でいたらガブってされる」
『わかった、そばにいてやる』
よしっ!とガッツポーズする芽依をメディトークは息を吐き出した。
めんどくせぇ……とつぶやきながら。
メディトークからの了解を得た芽依は、やったー!と喜びながらぶどうの工房に走っていった。
『年始の祝祭……か』