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第56話 芽依の箱庭独占対策 2


 お姉さん達が自動販売機を見たあとに知った芽依が移民の民だと言う事。

 笑顔を見せて自分達と笑い合う芽依が移民の民だなんて微塵も思わなかったお姉さん達は、普通は距離を置かないといけないはずなのに、思わず詰め寄ってしまう。

 芽依はあはー、と笑って頭をかいた。


「うん、一応。私まだ来てそんなに経ってないしわかんない事多いけどこれからもよろしくね」


 えへ、と笑う芽依に虚をつかれた顔をするお姉さん達。

 確かに芽依の格好は花嫁がする格好だが、生地やデザインを好んで着る人は少なくないので、芽依も好みで着ていたと思われていた。


「…………信じらんないよ、まさか本当に花嫁だなんて」


 呆然と言ういつもお世話になっているお姉さんに芽依は苦笑した。

 すると、セルジオが芽依の腕を引き後ろに下げる。


「来たぞ」


「…………あー」


 セルジオが自分の後ろに芽依を隠していると、自動販売機の前にはメディトークとフェンネルがすでに陣取っていた。


「なんだお前たちは!邪魔だ!!避けないか!!」


「………………あれは」


 騒がしくなってきた様子をセルジオからちょっとだけ顔を出して見るが、直ぐに顔を鷲掴みにされお姉さん達がギョッとしている。


「…………いたい」


「大人しくしてろ」


「あい」


 目の前にでっぷりと太った男性と、まだ20歳になっていないくらいのほっそりとした男性が歩いて行った。

 2人とも沢山の宝石を縫いつけたギラギラした服を着ていて、指にも大きな宝石のついた指輪をしている、想像する成金貴族がそのまま現れたような姿をしていた。


「…………これは酷い、セルジオさんが着たらお洒落になるんだろうか」


「やめろ」


「口に出てました、ごめんなさい」


 大きな独り言にセルジオは盛大に顔を顰めて嫌そうにした。

 趣味では無いようだ。こんなの着たセルジオさんには会いたくない。


「避けないか!カリン様が見れないではないか!」


「…………いや、まてまて。随分綺麗な妖精がいるな、関係者かな?」


 執事らしき男性がメディトークとフェンネルに避けるように言うが、でっぷりと太った男性が嫌らしく崩した笑みをフェンネルに向けた。

 言葉には出していないが、痩せてる男性も同じ顔をしている。親子だろうか。

 フェンネルは片眉を跳ねさせてそんな2人を見ると、芽依はむきー!と怒りだし飛び出そうとすると、またセルジオに顔を鷲掴みにされて止められた。

 お姉さん達は2回目の鷲掴みにまた、 ぎゃっ!となっている。


『お前たちか、自動販売機を占領してたのは』


「……幻獣か、こんな所にこんな良いものがあるとは思わなんだよ。この間自動販売機を動かすように言ったのだが出来なかったみたいでなぁ」


『あんたみてぇな阿呆が考えそうな事だな。自動販売機には元々位置指定の魔術を施してるから動かせねぇよ』


「…………そうみたいだな、だが阿呆はお前たちだ。黙って自動販売機……いや、お前たちの庭の責任者を渡していれば……なぁ?」


 チラリと露店を見るその貴族にメディトークは勿論セルジオとフェンネルの雰囲気が変わった。

 フェンネルがゆっくりと立ち上がろうとした瞬間、芽依はセルジオからそっと離れた。

 前に行くのではなく後ろにずれ、ぐるりと回る。

 すぐに振り向き芽依を抑えようとしたが、それよりも先に走り出した芽依はでっぷり太った男性の前に躍り出る。


「……ねえおじさん」


「お、おじさんだと!?我はカリン・ネクタレス伯爵だぞ!小娘が!!」


「その小娘が自動販売機の所有者です」


「…………なんだと、お前がか?」


「そうです。自動販売機の減りが早すぎておかしいから見に来ました。おじさんも個数制限が掛かったから来たんでしょ?庭の所有者が確認に来るかと思って」


「…………その通りだ。どうだ、今の倍の買取をしてやろう。専属になり庭をわしの為に使え」


「……その前にあれ見てください、張り紙」


 指差した方は自動販売機に張り付いているアリステア直々の印が押してある張り紙である。

 そこには庇護者のアリステアが居ることを書かれていた。


「…………移民の民、だと?」


「そう。そして庭はアリステア様が用意してくれたもの。作る物はアリステア様から必要分を言い渡され提供、有事の際はそちらに全てを渡す事。売ってるのはそれ以外に作って余ったものをおろしてます……私は国から保護され、その対価に庭を作ったりしてます…………あなた、私にそれ以上の対価を払える?アリステア様と国に直談判できる?」


 勿論、嘘である。

 芽依は自分の為だけに、欲望に忠実な庭を作り好きな物に囲まれて生活する為にお金が必要だ。

 その為にと作物を売りに出し、更にまた欲望の為に庭を広げ……そうやってエンドレスに生活をするのだ。全ては好きな人や人外者と大好きなお酒やツマミを堪能するため。

 その為に芽依は誰の下にも着いたりしない。

 勿論アリステアは別である。

 出来る限り自由にさせてくれ、困った時は助けてくれる。しかし、自分が困った時には頼ろうとしない領主に芽依は出来る限り手助けしようと思っている。

 だからこんなわけのわからない貴族に頭を下げる訳には行かないのだ。

 その為には使えるものは全て使う。

 それが偉い人外者であろうが、この領地のトップであろうが。


「どうします、それでも庭が欲しいですかね?」


 首を傾げて聞く芽依にネクタレス伯爵はニタリと笑った。


「あの紙は本物だろう領主印があるからな。庭の持ち主も移民の民だろうなぁ。だがな、お前は違う……移民の民が伴侶から離れる事も誰かと話す事もない!!しかもな!勘違いしてるようだが、確かに国からの保護の対価は大事だが移民の民の意思の方が大事なんだ!伴侶が何をしでかすかわからんからだ!!だったら!自己主張のしない移民の民を上手く取り込めば!巨大だと思われる庭の責任者を己の物にしたら今後の生活は安泰だ!食う物に困らず、周りからもあがめられ……」


「もう汚い口を閉じなよ」


 両手を横に伸ばし自分を大きく見せるようにしているネクタレス伯爵は、芽依の肩を捕み避けようとしたのだろう。

 前に腕を出し芽依に触れる前にキラリと光る白い糸のような髪がふわりと揺れていった。

 風が通るように隣を何かが駆け抜けたと思ったが、次の瞬間にはフェンネルが立っていて、ネクタレス伯爵は地面に倒れていた。

 以前のメディトークとフェンネルのように頭に足を乗せて地面に這いつくばっているのはわかっているが、その姿は似ても似つかわしくない。

 横に拡がった肉をだらしなく晒して倒れるネクタレスの頭に乗るフェンネルの足。

 男性的で美しい足の形がパンツの上からも分かるフェンネルが、醜い顔を踏み潰している。


「………………わぁ」


「なにこの子に触れようとしてるのかな」


「ぐ……ぐぐぅ……」


「パパァ!パパァァ!!何すんだお前……」


 顔が地面に押し付けられ話せる状態じゃないネクタレスの隣に息子だろう細い男が駆け寄る。

 足を避けろ!とフェンネルを見ると、その美しさに言葉が尻すぼみした。


「…………綺麗だ」


「あ、なんかイラっときた」


 芽依の額に青筋が浮かぶ頃、フェンネルは冷たく鋭い眼差しのまま足を避けた。


「……汚いなぁ」


 はあ、と息を吐き出したフェンネル。

 メディトークは自動販売機の前から離れないらしく既に座り込んでいる。

 そんなメディトークの隣にはあまり見ない巨大蟻の幻獣に興味津々の子供が2人張り付いていた。

 男の子と女の子の双子のようで、近くに両親もいる。


「……ぐぅ……俺は……俺はネクタレス伯爵だぞ!こんな事をしてただですむと……」 


「貴族風情が囀るな、うるさいよ」


 腫れ上がり出血した顔を上げて言うネクタレス伯爵が言うが、圧をかけるフェンネルによって口をとざす。


「別に貴族だなんだって威張りたいなら好きにしたらいいと思うよ、僕には関係ないし。ただね、気に入ってるものに手を出されて黙っていられるくらい僕は温厚じゃないんだ……別に人間が何人か死んだくらい僕には関係ないし」


 腕を組んで、ふふっと笑う壮絶な迄の美しさにネクタレス伯爵も息子も目を見開いて黙って見ていた。

 先程言ったフェンネルの言葉は人外者が人間よりも強いからこそ出てくる言葉だろう。

 自分が大切だと思わない相手に情け容赦など人外者にはないのだ。

 それを改めて突きつけられたネクタレス親子が愕然とした。

 低級、中級はまだ人前に出やすいが、上級以上は自分の利が少ない為人の中で長く過ごす事をあまりしない。

 それこそ気まぐれで人の中に紛れたり。そんな上級以上の人外者は皆目を奪われる程に特に美しいのだ。


「………まさか、上級以上なのか」


「だからなんだろう?君たちが僕の気に入っている子に手を出した、それだけ分かれば十分だと思うんだけど」


 右手の周りに雪が降り出してシュルシュルと刃の形に変わっていく。


「…………あらら」


 いつもと違うフェンネルに芽依はどうすれば正解かと思考する。

 なにやらや、やばい雰囲気じゃないか。

 私を狙ったヤツに怒ったんだよね、と場違いながらぼんやりと考える。


「……別に排除してもかわまないよね」


 ペロリと唇を舐めて言うフェンネルに場違いにも芽依は膝をつき口を覆う。


「くっ……………………色気が……」


「…………………………お前な」


 いつの間にか隣に来たセルジオが芽依を見下ろしながら呆れたように言う。


「お…………俺は……俺はアリステア様の……」


「僕にそれ、関係ある?」



 ガクガクと震えて座り込む男の前までゆっくりと歩いてきたフェンネルは、ヒュッと見えない速さで腕を動かした。

 タン……と乾いた音が小さく聞こえて転がってきたのは男の顔。


「………………か……お」


「見るな」


 血液が流れ地面に飛び散るのをフェンネルとセルジオも離れた所に座るメディトークも何も言わない。

 ただ、見ていた露店のお姉さん達は小さな悲鳴を上げ子供がいる親は震える腕でしっかりと抱え込む。

 芽依は転がる頭を見て呆然とする様子に気付いたセルジオがコートを脱いで芽依に掛けていた。

 そして、


「うわぁぁぁぁぁあ!!パパがぁ!!パパがぁぁぁ!!お、お前達!早く!早くコイツを殺してよぉ!!」


 連れて来ていた執事や護衛を見て叫ぶと、護衛達はぶるりと震えた。

 滅多にお目にかかれない高位の妖精の怒りを買い、更にはアリステアのそばに着いたと有名なセルジオがいる。

 アリステアの庇護下にいると言う移民の民が本当にこのちっぽけな少女なのか、それはもう今はどうでもいい。どうやってこの場を逃げ切ればいはいのか……


「…………あ」


 恐怖で失禁した痩せた男性は二十歳になるのに幼稚で父親に何もかもを与えられぬるま湯に浸かって生きてきた。

 だからこそ、この窮地に自分で立ち上がることが出来ない。

 そして、自分が助かるために自ら立ち上がることも出来ない。


「何をしてるぅぅ!!僕を守れぇぇ!!」


 上に顔を上げて叫ぶその人の声を芽依はセルジオのコートの中で聞いていた。 


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