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第55話 芽依の箱庭独占対策


「……まただ、1回見に行ってみるかなぁ」


 芽依は箱庭を見てため息を吐いた。

 人差し指でピコピコ押しながら首を傾げる。

 最近自動販売機の売り上げがおかしい。

 元々よく売れてはいたのだが、たまたまこの間陳列して1時間経たないくらいの時間に見てみたらすでに完売だった。

 お!売れてる!と補充しと他の仕事をしてからまた見ると完売。


「…………え?いくらなんでも早すぎない?」


 眉を寄せながらまた補充する。

 今度はしまわずそのまま確認していると、凄いスピードで無くなっていく陳列の食材たち。


「…………何これ」


どんどん端から0になっていく自動販売機に芽依は嫌そうに顔を顰める。


「これ、お姉さんたちが買ってるのじゃないよね。あ、惣菜また無くなった……」


 こうして10分もしない時間の中で自動販売機の中身が空になるのを見てしまった芽依。

 これでまた入れても同じだろうと、芽依は立ち上がりメディトークの元へと走っていった。



『自動販売機が10分もしないで全部なくなる?』


「そう、見て」


 余ってるそれなりに安い野菜のみをちょっと高い金額設定にして入れていく。

 それを見たメディトークが、おい……と声を掛けるが、芽依は気にせず中身を補充していく。

 そして販売を押した瞬間すごいスピードで売れ始めた。


『……これぁ』


「露店のお姉さんたちじゃないよ、絶対」


『…………とりあえず、こうしよう』


 おひとり様限定2個までと設定を変えたメディトーク。

 すると、買うスピードがピタリと止まった。

 その後また2個売れ、また2個売れと続き、半分程で止まる。


「……………………誰かが買い占めしてる?」


『だな。まったく、何しやがんだか』


「あそこのお姉さん達子供多いから十分な数を入れていたのに、こんな酷い買い方するなら置けなくなっちゃう」


 困ったな……と眉を寄せる。

 だが、考えてみれば自動販売機の存在を知った人がそうするのも不思議では無い。

 市場に流れる痩せ細った野菜や、少ない肉よりも鮮度の良い大きな野菜や肉の方がいいに決まっている。


『…………購入制限をかけても集団で来たら意味ないな、ここには誰も居ないし』


「かと言って、それで自動販売機を撤去したら相手の言いなりになっているようでいやだな」


 うーん、と考え込んでいると、メディトークはチラリと芽衣を見た。


「どうしたの」


『ここ何回か貴族のヤツらが専属で野菜や肉を下ろせと言ってきてな』


「え?」


 メディトークが地面に座り芽衣と話しやすい目線まで下げてくれる。

 ヒョイと抱え上げられ膝の部分に当たるのだろうか、足の1部にちょこんと座らせてくれた。


『たまにだがな、作ってるやつに直談判して専属で作れと、言ってくるヤツがいやがんだ。専属ってことは多少高く買取るから他には売るなってこった。確かにそうすれば向こうは食料危機は無いしで良いように聞こえるがな、有事の際も優先は変わらず、しかも向こうが欲しい物以外は作れねぇって事だ。庭から見れば損害しかねぇ。しかも相手はお帰属様だ。庭がただの人間の物なら太刀打ち出来ねぇ。まあ、俺らに意味はねぇがな』


「……その人が自動販売機買い占めてる?」


『可能性はあるな』


「貴族だったらお姉さん達文句言えないよね」


 チラリとぶどうを見てから、よし!と声を上げた。


「メディさん、明日の直売所での販売を露店に変えてもいい?私も行く」


『あ?なんの為にお前を来ないようにしてると……』


「ちょっと秘策があるよ、明日試そう。これで貴族サマも出て来てくれたら良いんだけどなぁ……よし、私今日は先に帰るね」


『……ああ、良いけどよ』


「またあした、まかせといて」


 にっこり可愛らしく笑ったが、これから芽衣がしようとしてる事は可愛くもない事である。

 領主館に戻った芽依は、走り出し今日1日で必要な手配を終わらす頃には夜も更けた時間になっていた。





『…………何をしやがった?』


「目には目を歯には歯をっていう言葉があるんだよ、メディさん」


『なんだそりゃ』


「権力で来るならこっちも権力で対応してやろうじゃないって思って」


 奇しくもこちらにはこの領地の最高権力がバックに着いているのだ。

 芽依自身に力は無いが、芽依という存在に価値がある。

 それを使わない芽依ではないのだ。




「お姉さんおはようございます」


「メイちゃん!…………あのね」


「自動販売機ですか?」


「……そう、そうなの」


「対策してきましたよ!大丈夫です!」


 露店用に広く整備されている道路の両端には店を出すお姉さん達。

 勿論年齢性別関係なく、両親の手伝い出来ている幼い子供も沢山いた。

 この穏やかな空間が、芽依の置いた自動販売機のせいで騒がしくなったと思ったら忍びないのだ。


「ご迷惑おかけしてごめんなさい、ちゃんと収拾をつけますから」


「ううん、あの人達が来なかった時までは本当に助かっていたのよ。買い物がぐっと楽になったから」


「そう言って頂けて……」


 申し訳なさ過ぎて泣きそうだ……と目に力を入れて、いつも話してくれるお姉さんの隣に置いている自動販売機を見た。

 相変わらずどどーん!とある自動販売機は昨日セッティングしたように1人2個までになっている。

 それを解除して自動販売機に張り紙を貼った。

 それは昨日アリステアの執務室に行き今回の事を話して書いてもらったものだ。


「…………よし」


「……………………まあ、メイ……貴方」


「兵士さんの巡回回数も増やしてもらってここら辺に駐屯もして貰えるようになりましたから、もう大丈夫だと思いますよ」


 お姉さんだけじゃなく、周りに売り子さんが集まり自動販売機の張り紙を見た人達は目を丸くしている。


「おーい!良かった、場所間違えてなかった」


「フェンネルさん、来てくれてありがとうー」


 手を振って走りよる真っ白な妖精の出現に露店の人達は口を噤んだ。

 フェンネルは売り子にとって冬の妖精が唯一庭を繁栄させたと有名なのだ。

 露店に売りには来ないフェンネルだが、それでも姿形等は伝えられている。


「牛乳プリンの為なら僕頑張っちゃうよ」 


 にっこり笑って言ったフェンネルに芽依も嬉しそうに笑うと、まずは1個目とメディトークに牛乳プリンを貰い嬉しそうに微笑んだフェンネルに数人のお姉さんやご婦人はバタバタと倒れた。

 鼻から赤い液体が出ているのは気の所為では無いだろう。



「………………ぐ……ぐっちょぶ……」


「グッチョブは言葉あるんだ……」


 バタリと倒れたお姉さんに思わず反応した芽依は、直ぐにサラサラのフェンネルの髪を結び出した。

 まさかの2つに結ばれた三つ編みにベルベット生地で出来たワインレッドのリボンである。

 緩く結んだ三つ編みがフェンネルの中性的な容姿をぐっと女性的に変える。

 ほぅ……と息を吐き出したくなるほどの繊細な美しさに見惚れているとバタッと音が聞こえ、振り向くと男性が倒れていた。

 まだ若い男性だ。隣には奥さんだろうか綺麗な若い女性が氷のような視線を男性にぶち込む勢いで見つめている。


「………………くそやろうが」


「よーっし!髪型変えようっと!!これじゃない方がいいかなー!?」


 まずい、このままだと素敵な夫婦が木っ端微塵になりそうだ。

 しかもよく見たらこの夫婦だけじゃなく、他にも危険な夫婦やカップル、まさかのお客さんまでいる。


「っ…………恐ろしい子」


「なにが?」


 スプーンを咥えて振り向くフェンネルの美しく可愛い姿をこれ以上晒してなるものか!と頭を隠すように抱きしめると、わぉ!!とフェンネルから声がする。

 致し方ない、周りの危機回避は大事だ!


「いた!」


「何をしてるんだお前は」


 後ろからいつの間にか現れたセルジオに頭を叩かれる。最近は最初の時よりも遠慮が無くなったと思うのだ。


「フェンネルさんを見て失血死を起こしそうな人が居るのと夫婦の危機回避の為に仕方なく。可愛くなったフェンネルさんが悪いと思うのですよ」


「……お前な」


 フェンネルを周りから隠すように回していた手を離され、まさかのセルジオがフェンネルの髪を結った。

 簡単にざっくりと結びワインレッドのリボンで止めただけだが、それでも美しさは際立っている。

 そして麗しいセルジオが美しいフェンネルの髪を結んだことによりある種の趣味を持つ貴腐人達が別の意味で倒れそうになっていた。

 ホイホイとはこの人達の事を言うんだね……と芽依は瞳を細めると、セルジオが芽依の首にマフラーを巻き出した。


「……あら」


「風邪引くぞ、ちゃんと暖かくしろ」


「ありがとう……」


 今日は眼鏡まで黒に統一してタイピンを少し豪華な物にしたオシャレセルジオ。

 モノトーンの中に綺麗な赤い薔薇を模したタイピンがとても映えている。

 そんなセルジオの筋張った手がマフラーを優しく巻き、黒い手袋をした指先が頬を撫でていった。


「……………………なんだろう、あの色気は。けしからん」


 メディトークに用があるのか離れていったセルジオを見つめて呟くと、凄い勢いでお姉さん達が集まってきた。


「メイちゃん!ちょっ……あんた花嫁さんだったの!?」


「大丈夫なのかい!?こんな沢山の人外者と関わって!」


「最初一人で来てたよね!!え!?花嫁が一人で!?」


「フェンネルさんと知り合いだったの?」


「あっちの人も綺麗な精霊」


「いや!それより移民の民だって事が問題でしょ」


 怒涛の勢いで詰め寄られている芽依。フェンネルやセルジオをチラチラ見ている人も多い中、それでも芽依が花嫁だと言うことに皆驚いている。

 人間や人外者が一緒に過ごす事はこの領地に関して今となっては普通の事だから誰も驚かないが、それが移民の民なら話は別である。

 アリステアと同じような感覚を持つこの世界の人間達は特に移民の民との接触を最小限にする。

 だが芽依は、この露店のお姉さん達と初めて話した時は花嫁にはありえない一人であったし、自動販売機設置の時も幻獣であるメディトークと一緒だが笑い合いついでに買い物もして帰って行く位にこの世界に溶け込んでいた。

 暗く自己表現のしない今までの移民の民を見てきたお姉さん達にとって芽依が花嫁とは結びつかなかったのだ。

 この自動販売機を見るまでは。








 領主 アリステア・マクシマム


 この自動販売機所有者は私アリステアの庇護の元に暮らす移民の民である。

 なにが問題や提案のある者は領主アリステアが後ろ盾となり解決へと導く為、領主館へ来られたし。





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