箱庭を手に入れた芽依は必死に野菜の栽培を開始した。
特に明後日の暫定食に間に合うように量産させたかぼちゃは箱庭にある機能のストレージにゴロゴロしている。
この箱庭、物凄く便利で使う側は箱庭内のメディトークと会話は出来ないが庭に来なくても沢山の栽培やお世話、収穫が一瞬で出来てしまう。
ただし、忘れると腐ってしまうので注意が必要だ。
ほとんど箱庭は芽依が持っていて使わない時は鍵の形に変化する。それを首から下げて持ち歩いているのだ。
メディトークは相変わらず庭に住んでいて手作業での手入れを続けている。
箱庭から庭を見た時のメディトークは真剣に仕事6割、お料理3割、食事やお酒に1割な動きをしているのだが、ミニマム蟻表示が鳥を追い掛けたりガガディの搾乳しているイラストがコミカルに動いているのが可愛らしい。
搾乳したら牛乳瓶が浮かび個数がピコン!と出る。
箱庭からメディトークを撫でるとよく分からないが同じ時間にメディトークの機嫌が良くなるらしい。面白い使用だ。
「…………よし、暫定食の日2日前、かぼちゃ600個……足りるかな?これが限界だったんだよね」
なるべく早く作る為に早く大きくなぁれ!と水をまき栄養剤をザバザバと入れた結果かぼちゃはオバケかぼちゃとなった。物凄くデカイのだ。
味は急いだ結果なのか品質が少し下がり甘さが足りないかぼちゃとなった。
数を優先したからそこは許して欲しい。
「じゃあメディさん行ってくる!」
『おー、行ってこい』
パタパタと家に戻り領主館へ続く扉を開けると目の前をバタバタと人が走り抜けて行った。
羽がないから人なのだろう。
「……見た事あるなぁ」
茶色の短髪をなびかせながら走り去って行った人はガチャガチャと甲冑の音を鳴らしていた。
「あ!最初にここに連れてきてくれた騎士さんだ」
足を怪我した芽依を抱えて連れて来てくれたあの騎士の人である。
あれからは遠くで数回見かける位だったあの騎士が目の前を走り去って行ったのだ。
「…………忙しいよね、よし!私もかぼちゃ渡しに行こう」
アリステアの部屋に向かう最中にも沢山の人や人外者とすれ違った。
その中には芽依を不審者の様に見てくる人もいるのだがそれも仕方ないだろう。
普段庭に居て人前に出ない芽依が移民の民の外套を羽織り、手袋を付けて歩くのだ。
それは不審者と思われるだろう。
声を掛けられないように足早にアリステアの部屋に向かうと、行先に気付いた何人かがボソボソと話し出した。
「……そこの怪しい奴、またれよ」
堅物そうな騎士に話し掛けられ芽依は足を止めた。
「私……ですよね」
「ああそうだ。付与の外套を被っておるが側に伴侶はおられない様子。移民の民では無いな、何用でここに参った」
「……まさかの昔の人な話口調」
付与の外套とは芽依が普段着ている匂い消しの外套の事で、お洒落着のように地味可愛いのを選んでくれるセルジオに感謝して毎日着ている。
いつの間にか増えているコレクションのようになった様々な手袋も着用済である為余計に不審者感が凄い。
手袋も移民の民用の物でこれを付ける事によって他の人に触れる事ができる。
だが手袋は他人との接触を禁じられていたのであまり売れ行きは良くなく、セルジオの大量発注に店は嬉しい悲鳴と共に何故だろうと首を傾げていたようだ。
「アリステア様に用事があるからなんですけど」
「そもそも領主館は無関係な人間が立ち入っていい場所ではない。即刻立ち去れぃ!」
「おお……聞いておいてフル無視とはどうすればいいの?」
今の状況に焦りイラついているのか、それとも元々の性格なのか判断はつかないがまるで話を聞かないこの騎士にどうしよう……と困る芽依。
「あのー、一応無関係では無いんですけど……」
「何を言う!ここに居る者たちはだいたい把握している!貴様は知らぬぞ!」
「そう言われましても……」
えー……と呟くと腕を鷲掴みにされ引きずられた。あのヘルキャットの如くである。
しかし、引き摺られるのは脆弱で軟弱な芽依だ。
「わっ!いたっ!やめて!ちょっと!」
歩く速さに着いていけず躓き転びそうになりフードが外れた。
わっ!と抑えようとしたが間に合わず完全に外れたフードから香る花の匂いが漂いだし、周りにいた人外者が反応して芽依を見る。
そこにはちょうど角から現れたシャルドネにも香ってきて眉を寄せた。
しかし、残念な事に芽依を引きずる騎士は人間で芽依の花の匂いに気付いていない。
振り返らず芽依を引っ張り続ける騎士に人外者が慌てて近付いて来た。
「スタリオン待て、それは花嫁だ」
「なんだと!?」
「……それって……人に向かってそれって……」
それ呼ばわりされたが、やっと手を離してくれたスタリオンと呼ばれた騎士。
マジマジと芽依見てくるが首を傾げている。
「……そうなのか?しかし伴侶がいないではないか」
「理由があって離れている……のか?珍しいな……ああ、そういえば前に伴侶がそばにいない移民の民を1人領主館に住まわせると話があったな」
花嫁だと分かり全員が芽依から距離を取った。
この世界、本当に移民の民への接触をしないようにするんだな……と不思議な気分だ。
無視されてる訳じゃなくて意図的に距離を置かれている。
そして不思議そうに聞いているような錯覚を起こしそうだが、この2人は芽依に聞いてる訳ではなく確認を口に出して話しているにすぎない。
だから、目の前にいる2人と目が合う事はなかった。
「おや、どうして此処に?」
「シャルドネさん……アリステア様に用事がありまして」
「そうでしたか。私も行きますのでご一緒しませんか?」
「ぜひ!」
嬉しい提案にすぐ返事を返す芽依にシャルドネは微笑んだ。
相変わらず髪に沢山の飾りを付けてシャラシャラと音が鳴っているが、不快感はなく気持ちが穏やかになっていった。
「スタリオンはそのまま作業を続けてください」
「…………了解致した」
頭を下げて答えるスタリオンはまだ若い騎士のようだ。
芽依の不審な姿に納得はまだしていないようで、訝しげに見てくるがその後何かを言うわけでもなく離れて行った。
「……申し訳ありません、貴方の事は連絡してあるのですが如何せん初めての症例ですので半信半疑なんです、驚きましたよね。お怪我はございませんか?」
「あ、大丈夫です」
少し腕が赤くなっているのだがそれは言わない方が良さそうだ。
芽依はシャルドネの申し訳なさそうな顔を見ながらフードをかぶり直して花の匂いを消した。
「ところで、どのような用事なんですか?」
「あ、暫定食の日の事で」
「ああ、ご心配お掛けしてしまいましたね……慌ただしいですし、収穫量が少なかったので貴方にもご不安をお掛けしました」
「いえ!かぼちゃ足りないんですよね?」
「そう、ですね……大丈夫と言いたいところなのですが現状足りない状態です。我が領だけでなく他も足りない様子ですのでどうにも……」
シャリンと音を鳴らして歩くシャルドネは困っているとは言っても涼しげだ。
そんなシャルドネと共にアリステアの執務室に入ると書類が山積みになっていて険しい表情で話し合いをしつつ書類に判を押している。
「アリステア」
「シャルドネ……メイ?どうしたのだわざわざ執務室まで来るなんて」
シャルドネに呼ばれてやっと顔を上げたアリステアがメイに気付く。
すぐ隣にはセルジオとあの茶髪の騎士もいて目を丸くしていた。
「どうしたんだ?」
セルジオが芽依の隣まで来てさりげなくシャルドネとの距離を取らせるのを見てはいたが今はアリステアが先だ。
「アリステア様、メディさんから暫定食の日の話聞きました。かぼちゃ足りないんですよね」
「……そうだな、足りない」
「私にかぼちゃを作れって言ってくれてもいいんですよ?」
「いや、メイが作りたいものでは無かったら作業が苦痛になるだろう?それに1週間も無い時間では難しい事だしな」
「……いい人すぎて不安になりそう」
ああ……と顔を覆う芽依にどうしたのだ!?と焦るアリステアを見て、更に不安になった。
「かぼちゃ、急いで作りました。間に合いますか?これが限界なんですけども」
そう言って箱庭から1つオバケかぼちゃを出すとアリステアはポカンと口を開けた。
「これは……かぼちゃだよな?」
「……なんだ、その出鱈目な大きさは」
「これ600個あります、足りますか?」
「600!?」
「これはまた……凄い量ですね」
机にデデンと置かれたかぼちゃにふぅ……と息を吐き出した芽依。
かぼちゃは秋から冬に掛けてが旬の為、豊穣と収穫の恩恵がある芽依にとって秋の食材は質、量などの祝福を受けやすい。
そして今の季節は冬なので、冬も旬であるかぼちゃに更に恩恵が乗ったのだ。
巨大化したのは量を増やす恩恵だったようだ。
そして600個の収穫量を叩き出した代わりに品質が少し下がる事となったのだが、芽依は満足している。
「間に合いますか?」
「……そうだな、当日限定の炊き出しにして買えなかった領民に行き渡らせ、残りは間に合わない場所に転送しよう。これでだいぶ助かるはずだ……メイ感謝する、ありがとう」
ホッと顔を緩ませて言ったアリステアに芽依も良かったと肩の荷を下ろす。
しかし、そんな芽依を鋭い視線が捕らえていた。
「……それは箱庭だな」
「あ、そうです、出資者がやっと見つかりまして箱庭手に入りました」
「…………その対価はなんだ」
「月に羊5頭と、お肉の優先購入の許可です!」
「ああ、では巨大猫族ですか?」
「そうですー!可愛い猫さんでした……こちらの猫は喋るんですね。メディさんみたいに話せないのかと思いました」
「話が出来るなら高位以上の人化が出来る幻獣って事だ……お前、出資者探す為に即売会に行ったな?」
「はっ!いや!あの、出資者は見つかったらいいなーくらいでですね!?メインは販売であって……」
「2人とも、それは後で部屋でしてくれ」
あとで物凄く怒られた。
翌日、アリステアは炊き出し用に必要なかぼちゃの数を計算し、4つの街に届けた。
それを1人3個~4個食べれるように炊き出しの用意をして、別の領地にもかぼちゃを転送させていった。
「ありがとうメイ、助かった」
「お役に立てて良かったです」
かぼちゃを全て転送を終わらせ、明日の準備を終わらせた頃には既に日が落ちた頃で、アリステアは疲れと安心でボロボロになっていた。
どれくらいの量を食べなくてはいけないのか規定は無いらしい。
食べても量が足りずに呪いにかかる場合もあるらしく、少なくてもかぼちゃであれば大きめに切り分けたもの3~4個を3食のうち1つに入れなくてはならない。
通常の暫定食の日とは、月に1度の贅沢として少し豪華な食卓になるはずなのだが、こういった食材が足りない時はギリギリの量を炊き出しにして全員に配るのだそう。
その準備に追われるのが領主とその周りの偉い人だ。領主館で働く者は1週間必死にかき集めるのに奔走するのだが、この作業がとてつもなく大変らしい。
庭持ちに聞き込みをし、持っていたら譲ってもらう交渉をするが、かなり厳しい対価を求められる場合もあるのだとか。
今回も不作で量がないからとかなりふっかけられていたアリステアは胃がキリキリとしながらもこの1週間を耐えていたらしい。
そんな時の芽依のオバケかぼちゃの出現に実はアリステアは就寝前、枕に顔を埋めて咽び泣いていたのは、たまたま部屋の前を通りかかったシャルドネだけの秘密である。叡智の妖精に秘密事は難しい。
「………………ああ、美味しい」
翌日夕飯に出たかぼちゃの煮物は甘さが足りず砂糖で補ったものだったが、そのほっこりする美味さにアリステアは心底ホッとした。