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第50話 箱庭受け取りと暫定食の存在


 何時もよりも早くに目が覚めた芽依は、まるでクリスマス前のような気分で夜も寝付けず朝も早起き。

 まるで子供の頃の様なワクワクを胸に用意されている冬物の服に袖を通した。

 白のセーターは肩部分がレースになっていて、ジーンズ生地のようなズボンはふくらはぎの部分が大きく開いていて黒いリボンで緩く結んでいる。

 ヒヤリと冷たい風が素肌を撫でるが今日は雪も降らず比較的暖かい天候で陽の光も入りやすいらしい。

 用意されていた服を着て、少しだけ肌寒い気温を感じながら今日を思ってワクワクと胸が弾む。


昨日の帰宅後に、芽依は既に箱庭引渡しについて話を聞いていた。

速くアリステア達に知らせたいが、やはり驚かせたいのだと夕飯時に言うことを我慢した芽依は、ウズウズとしてセルジオから不審者を見る眼差しで見られたほどである。


「とうとう今日箱庭をもらえるんだぁ、動悸息切れが止まらないなぁ」


 とハアハアしながら準備を終わらせ朝食の席に向かうと、なにやらバタバタしているようだ。


「……おはようございます?」


「ああ、メイおはよう」


「なんだか忙しそうですね」


「ちょっと困ったことが起きていてね……メイは朝食を食べていなさい」


 バタバタと動き回っているアリステアやセルジオ、ブランシェットにシャルドネ。

 他にも交流は無いがバタバタと動き回っている人や人外者が珍しく居住区である此方にまで来ていた。

 最近は常に匂い消しの為の外套を着て、触れても良いようにと手袋を常備している為問題ないが、こう人が多いと何となく不安になる。


「…………どうしたんだろう。昨日のセルジオさんはそんなに慌てた様子なかったよね」


 不思議そうに走り回る人達を見ながら用意されている朝食を見る。

 芽依の分だけ用意されている朝食は今日も出来たての状態で置かれていた。

 状態保存の魔術が掛けられているから箸を付けなければこのまま維持されているだろう。


 遠くで数人集まり話しているアリステアに無理矢理話しかけるのも無作法ではあるが、芽依はこのバタバタしている中で落ち着いてご飯タイムは出来そうもない。

 椅子から立ち上がり、6人ほど集まっているアリステアの方へそっと近付いて行った。


「……あの、アリステア様」


「ん?ああメイか。どうした?今日は朝食は食べないのか?」


 話途中に割り込みすみません……と思いながらも声を掛けるとアリステアは律儀に話を中断して芽依を見てくれた。

 本当にこの人は優しい人なんだよなぁ、と思いながら、周りの鋭い視線に縮こまる。

 わかります!忙しい時に声掛けてごめんなさい!


「あの、何か困り事ですか?何か手伝える事あります?」


「あ、ああ……驚かせて悪かったな。芽依の所では野菜は作っていないのだよな?かぼちゃとか……」


「野菜ですか?今は作っていませんが」


「そうだよな、大丈夫だ。慌ただしくて悪かったな」


 困ったように笑って言うアリステアは芽依に何かを頼むつもりは無いよいだ。

 しかし、聞かれたのはかぼちゃ栽培である。


「……かぼちゃが必要なんですか?」


「大丈夫だ、なんとかするから。メイは朝食を食べておいで」


 にっこり笑っていう姿はいつも通り綺麗だがやはり焦っている。

 直ぐに話し始め何か書かれた紙を見ているが、生憎字は読めないのだ。

 ただ、1週間では間に合わないだったり、あとどれ位足りない?など真剣に話していて、他の領にも確認しよう、と走り去っていった2組の人外者。


「…………なんなんだろう」


 箱庭の話をしたかったのだが今は話せる雰囲気ではない。

 昨日セルジオにはヘルキャットの可愛さや羊に対する激しい執着、ぶどうゼリーの売り切れの話をしてわざと箱庭の話はしなかった。

 皆に言って驚く顔が見たかったのだが、それも今となっては無理そうだ。


「…………どうしよう、かぼちゃ作った方がいいのかな」


 急いでメディトークに相談した方がいいかな……と朝食を平らげた芽依は直ぐに庭へと向かった。



「メディさん、そういう訳でなんか皆忙しなかったよ」


『忙しない?……ああ、1週間後に暫定食の日か』


 考え込んだメディトークが首を傾げてからポンと足を叩いた。

 まるで手を叩くみたいな可愛らしい動きをする蟻にちょっと可愛いじゃないか……と呟く。


「暫定食の日ってなに?」


『寧ろなんで知らねぇんだよ、お前人型だろうが……いや悪い、俺が教えるべきだったな』


「えぇ?」


 暫定食の日というのは人型を持つ者全てが該当する月に1度の行事食らしい。

 幻獣は該当しないが高位以上の人型になれる幻獣は対象になるらしく、暫定食回避をするにはその日1日幻獣の姿をしなくてはいけないらしい。

 暫定食の日の1週間前に必ず使わなくてはいけない食材が発表されるのだが、誰がなんの為にしているのかは解明されていない。

 ただ、暫定食の日を無視した人型を持つ者は次の暫定食の日まで何かしらの呪いを受けるらしい。

 それを回避する為、皆躍起になるらしいのだ。

 この食事情の良くない世界でなんて酷い決まり事なんだ……と頭が痛くなるのだが、芽依はそうしたら今回の暫定食の内容がかぼちゃなのか……と理解した。

 偶然にも今までの食材がまだ流通に問題の無いものばかりで知らない間に暫定食の日が終わっていた芽依。

 しかし今回は消費に供給が間に合っていないらしい。

 下手したら芽依のかぼちゃの確保も難しいのではないか。


「の……呪い……え、こわっ暫定食の日こわっ!」


『まだ1週間ある、お前ならかぼちゃ収穫までいけそうだがどうする?』


「つくるよぉぉ!!!」


 すぐに芽依はセイシルリードの場所まで行きかぼちゃの購入を頼んだ。

 セイシルリードもホッとしたような表情をしているが、そうだこの妖精も人型だ……と頷く。


「力一杯豊穣と収穫がんばります」


「はい、是非にお願いいたします。実は我が家もまだ確保出来ずにいるのです。収穫が多い程助かります」


「セイシルリードさんの分!お世話になってる人に報いなければ!」


 燃える芽依にセイシルリードは微笑んでいた。



 残念ながらまだ箱庭は準備中でまだ使えない。

 なので、牧場から離れた場所に畑を作りすぐにかぼちゃを植え出した。

 箱庭を手に入れたらこの植える作業も今後は指先だけで終わってしまうのが不思議だ。


「かぼちゃさん、かぼちゃさん。是非に丸々太った美味しいかぼちゃ、沢山沢山出来てね」


 呟きながらかぼちゃの準備に励む芽依とメディトーク。

 広大な場所を用意してくれたアリステアに感謝しつつ、まだまだ場所が空いていて禿山みたいになっている芽依の庭もこれから賑わうのかと思ったらニヤニヤしてしまう。

 牧場拡張、果樹園建設、そして農作物作りにとやる事は山積みだ。

 夕方くらいに手元に届く箱庭にうふふと笑った不気味な芽依にメディトークは白い目を向けていた。




 ピンコーンピンコーン


 仕事中、庭全体に響く音に顔を上げた。

 これはチャイムみたいな物で、入場許可のない者が芽依やメディトークに用事がある時に鳴る物だ。

 普通はこうやって入っていいですか?と訪問する。粉雪の妖精は何度言っても鳴らさず勝手に入ってくるのだが。


「あ、セイシルリードさん!」


「失礼しますね、こちら箱庭です。設置の為にお邪魔していいですか?」


「是非!」


 カウンター越しでは無いセイシルリードに会うのは初めての芽依。

 綺麗に正装しているセイシルリードは、ピンと伸びた背筋で佇んでいた。

 その両手には黒い箱が乗っていて、多分箱庭なのだろう。


「では、失礼致します」


 頭を下げて庭に入ってきたセイシルリードは、家のある場所まで行き立ちどまる。


「ここが箱の中心になります。箱庭を起動した時の最初に現れる表示がここです」


「はい」


「使い方説明は全て箱に書かれているマニュアルで対応できます。分からなければお聞き下さい。ただし、こちらは仕事外になる為対価が必要になります事、忘れないようお願いしますね」


「……わかりました」


 ゴクリと生唾を飲み込み頷くと満足そうに笑い地面に箱庭を置いた。

 ブゥーンと音がなり起動したようだ。


「……これでこの庭の記憶を箱庭に記録出来ました。あとは持ち主であるお嬢さんがこの箱庭を踏み抜いてください」


「え、壊しちゃうんですか?」


「大丈夫ですよ、持ち主を記録して悪用されないようにするものです」


 なるほど。取られる心配があるのか。

 芽依は片足が丁度乗るくらいの箱を踏み抜いた。

 ばこっと音がして思ったよりも簡単に踏めた。

 さらにその踏み抜いた箱にちょんと黒い足を当てるメディトーク。

 これで、箱庭の持ち主が芽依で同じ畑を世話する権利をメディトークが得た事になる。


「さあ、これで箱庭はお嬢さんの物ですよ」


 潰れた箱を取り無理やり開けると中にはタブレットのような物が入っていて渡された。

 電池表記もないただの板のようなものだが、芽依が受け取った瞬間ボワン……と音がして起動した。


 箱庭へようこそ!ここは君が作る箱庭。

 楽しく協力しあって食べ物を作り売り出そう!!作れるものは無限大!君が作りたい物を好きなだけ作ってね!


 チュートリアルしますか?


  はい いいえ


「…………うん、完全にゲーム」


 メディトークも隣から覗き込み使い方確認をする。

 このタブレットのような物はそのまま箱庭と言うらしい。

 起動した箱庭には今の芽依達の庭が縮小されて映っていて、芽依達もいる。現在地で逆3角の印が出ていた。


 試しにガガディのいる場所をタップすると、


 撫でる、餌やり、水やり、搾乳、お肉


 と表示される。さらにガガディの上に食べ頃と書かれているのが何頭か。

 この食べ頃と出ているガガディにしかお肉表記は無いので、たぶん捌きますか?なのだろう。

 芽依は最初にそのお肉を押してみると、ナイフの絵が出てガガディの上を2回ブンブンと振らさり、ザシュ!と音がした。


「………………………………」


 振り返りガガディを見ると、指定したガガディが倒れている。


「………………」


 更に収穫を押すと、ガガディは分解されて工場に転移されて行った。


「……わ、わぁ、すごーい…………」


 リアルと繋がった箱庭、ゲームのほんわかさは皆無だった。










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