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第45話 課外授業



「……良し、いいぞ」


「………………」


 櫛を持つセルジオが満足そうに笑い新調したらしいコートを腕に掛けた。

 その服装は完全に外出着で、確かに芽依は今日外出予定ではあるが何故ここにセルジオも居て服を準備され髪を美しく結われたのだろう。

 相も変わらずこの目の前の美しい精霊は爪先まで意識がいっているかの様に佇まいがきまっている。

 珍しく緩やかにしなる髪は大きめな黒いリボンで1本に結ばれ、銀色の縁の眼鏡をかけたお洒落男が腕にかけていたコートを羽織った。

 グレーのベストとジャケットにパンツ、所謂スリーピースと呼ばれるスーツを愛用しているセルジオは今日も襟なしのベストを着ていてとてもスマートだ。

 しっかりとコートまで着こみ、薄い紫のワンピースを着た芽依の肩に真っ白なコートを掛けてくれた。

 それに腕を通すと暖かく手触りがよい。

 タグには兎のマークが入っていて、兎の毛皮のようだ。

 食べて美味しい、剥いで暖か。なんて万能な兎なんだ、南無。





 実は今日、メディトークと2人での外出予定だった芽依。

 今日は朝から気温が低く、起きた時にはチラチラと雪が降っていた。

 寒いもんね、と呟いた芽依の部屋にノックが響く。

 世話役がメディトークに決まってから日替わりの世話役が来る事も無くなり、室内の清掃もセルジオが行う為、基本的に芽依の部屋に訪問客はあまりない。

 用事のあるアリステア達や、たまに食事に来ない時の生存確認の為にメイドが来るくらいで基本的に放任主義のようだ。

 伴侶がいる場合は常にそばに居るが芽依には居ないのでゆっくり伸び伸び暮らしている。

 そんな芽依の部屋に朝早くから訪問など最近は無かったのだ。

 だれだろう?まさか、外出が取り止めになった連絡?

 そんな事を考えながらも扉へと向かった芽依は、開ける前に声をかける。


「…………だれですか?」


「俺だ」


 名前を言わない俺様な精霊だが、芽依はあら?と首を傾げて扉を開ける。

 芽依を見たセルジオはまた頭が痛いのか手で頭を抑えて深い息を吐き出した。


「…………まともに服も着れないのか」


「失礼な、羽織っているではないですか」


「下着の上からバスローブ1枚で扉を開けるその情緒の乱れをなんとかしろ……肩が出てる、足も出すぎだ」


「…………………………はい、お母さん……いたっ!!」


 頭を容赦なく叩かれ呻く芽依を鼻で笑い部屋に入って行くセルジオ。


「今日外出だろ」


「はい、朝からどうしたんですか?」


「…………いや、昨日予定していた衣替えが出来なかったからな。今日は寒い、厚手の物を用意しないと風邪を引く」


 クローゼットを開けて中を確認してるセルジオは、殆どの洋服やドレスを手を振る事で消しさり、1着の薄紫色のワンピースを取りだした。

 あまりゴテゴテしていないAラインのワンピースで生地が厚く冬物なのがわかる。

 セルジオの趣味なのか、いつもあまりリボンなどの派手な装飾はない無地だったり重ねたレースや控えめなフリル、刺繍等でお洒落を楽しむデザインが多い。

 今回も無地にレース、首元に華やかな刺繍のつけ襟という上品さである。


「着てこい」


「あ、はい」


 有無を言わせず渡されたワンピースは冬物の為にしっとりと重みがある。

 扉がある部屋へと向かい、バスローブを脱いだ芽依はもそもそと着替えを始める。


「……毎回無駄のないキッチリサイズなのが解せぬ……体重管理されてそう」


 乙女としてはあるまじき行為だが、最初の採寸以外、着実に服は増えているはずなのにサイズ感がピッタリなのだ。

 その時の体調や、食べ過ぎての腹部の張りだったり、体重の増減での腕の太さの変化などセルジオは毎日見る芽依の姿で確認しているのか定期的に服のサイズが微妙に修正されていたりもする。

 びっくりしたのはドロワーズと呼ばれる下着としても着用する薄いズボンのようなものに付いているゴムの圧迫がきつくなり跡が出来た翌日、ドロワーズが全てサイズ変更されている徹底ぶりである。

 普通なら怖っ!となるはずだが、有無も言わさないあの美しい精霊を見ていると、これが通常仕様だと誤認しそうだ。


「…………うん、可愛い」


 くるりと回りスカートが広がる。

 スカート太めに取ったレース、スカートと重なり合って足が見えるデザインではあるが、下品ではない。

 こちらに来た時のような肌を露出しすぎた痴女と呼ばれる服装と同じくらい足が出るデザインの服もある為、この世界での品位がイマイチ分からなかったりする。

 だが、ドレスコードのある場所、舞踏会で着用するドレスは臀部の上が出るくらいガバリと背中が開いていたり、胸元が開いていたり足が出ていたりとデザインは豊富だ。

 そんな世界とは無縁だった芽依にはこの差がわからなかったりするのだが、可愛い服を着れる喜びはここに来て知ることが出来た。


 何が言いたいのかと言うと


「もっとラフな可愛い部屋着が欲しい!常にキラキラしいワンピースやセットアップじゃなくて、冬ならモコモコパーカーにホットパンツでいいじゃないか!文化の差が激しい!!」


 綺麗なワンピースで四つん這いになり嘆く芽依を別室で待つセルジオ。

 足がタンタンタンと、音を刻み来ない芽依を待ち構えている。


 こうして待ち構えていたセルジオは着替えた芽依を捕まえ、同じ黒の大きなリボンで髪を結われたのでセルジオとは何故かお揃いにも見える出で立ちとなった。


「……よし、いいな」


 低めのブーツを椅子に座り履く芽依。

 室内で靴を履くのも抵抗があるのだが、こればかりは芽依の我儘は通らない。

 せめてと室内用スリッパを用意して貰った芽依は最初、癖で領主館を裸足でウロウロする時がたまにあり、その度に見つかったアリステアやセルジオにお叱りを受けたのだった。



「……お待たせしました」


『……保護者同伴か』 


「お前も似たようなものだろう」


 庭に着いた二人を見たメディトークは呆れている。

 綺麗に着付けた女性の隣にいる美しい精霊の正体が過保護な保護者と化した最高位闇精霊だと誰が分かるだろう。


「……最初だからな」


 ふん、と顔を背けて言うセルジオに芽依は笑いメディトークは用意していた昼食の中身が足りないとこぼしていた。





「……凄い」


「ここは領主館から1番近い街だな」


 芽依は領主館から転移で庭に行く為通路がまるでわからないのだが、場所はそんなに離れてはいないみたいだ。

 領主館の周りは結界が張り巡らされて許可された人以外入れない隔離された施設らしい。

 なので、距離的には近いが簡単に訪問は出来ないようだ。祭事等大きな行事がある場合は1番近く広い場所で行い有事の時に動けるようになっているとサクリと雪を踏み締めながら教えてくれた。


 予想通りにセルジオはアリステアの傍で働く精霊なのだ。重要なお仕事も携わっているようで常に領主館にいるわけではない。


「今日は大丈夫だったんですか?仕事」 


『働きすぎで休みを取れって言われてるくらいだから大丈夫じゃねぇの?』 


「え……セルジオさん社畜……」


「違う」


 被せるように返事を返したセルジオに思わず笑ってしまう。

 セルジオも不満は有りそうだ。


「……はあ、この国については聞いたな」


「ファーリア国のアリステア様が居るのはドラムスト領。領主がいる領主館を中心に楕円形に広がっていて、大きな門で仕切られた敷地の中に4つの街がある……だよね」 


『覚えてるじゃねぇか』


「あやふやな所まだあるけど」


「……合ってるな」


「1番残念なのが海が遠い!魚!魚介類がなかなかとれない!エビ!タコ!イカ!」


「……酒か」


「イカのくんさきとか最高じゃないですか!チーかまとかも食べたいし鮭とば!鮭とば!!あと、量産出来るならイクラ食べたい」


「イクラ……?」


 あまり聞き覚えの無い食材の名前を聞いたセルジオが芽依を見て聞き、メディトークも首を傾げる。


「鮭の生の卵から作る魅惑的なプチプチ食感の素晴らしき宝石……」


「……………………イディクラか?」


「なにそのかすった名前」


「海が近い街や国には良く出ているがまあまあの高級品だな」


「………………ふぅん。高級品」


 悩み出した芽依を見てセルジオとメディトークはまたしょうもない事を考えてそうだな……と眺めていると、無駄にいい笑顔をした芽依がセルジオを見た。


「食べたい」


「………………………………」



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