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第43話 凶暴噛みちぎり花嫁


 出荷量が増えてきて買い付け量も増加。

 売上が倍増した頃に羊も購入を開始した。

 人手が足りないがまだ何とかなるとメディトークの言葉を信じて羊肉量産に力を尽くしたのだが、モコモコとした可愛らしい姿に久しぶりの肉としてでは無い癒しを感じていた。

 かーわい。と優しく撫でると頭を擦りつけて懐いてくるのだが、この羊も後には毛を刈られ皮を剥がれ肉になるのだ。世界は無常である。


「ジンギスカン、ジンギスカン」


 この世界にジンギスカンは無いらしく、羊肉は細切れにされてハンバーグになったり、はたまたユッケのように生で食べたりも出来るらしい。

 モコモコの体を優しく撫でながらジンギスカンのタレがないんだよなぁ……と悩んでいると、なにやら視線を感じた。


「…………ん?なに?…………なにもいない」


 気の所為か?と首を傾げるがメディトークは何かを感じ取ったのか立ち上がりどこかに向かって行った。

 何も言わなかったので追いかけずに羊から離れて鳥のお世話に向かったのだが、遠くから「きゃーーー!!」 と悲痛な声が聞こえた気がした。

 きっと気の所為だ。



 また日は過ぎ、葡萄が収穫時期を迎えた。

 プリプリと瑞々しい大ぶりの葡萄は甘くツヤツヤとしている。

 一面紫や緑で覆われた葡萄栽培場の場所はやはりメディトークは入れず鋏を片手に品質を見ながら収穫をし始めた。


「…………素晴らしき葡萄の量に地獄の門が開きました。暫くは葡萄地獄の開催決定です」


 へへ……と種無しの皮ごと食べれる葡萄を収穫しては箱に詰める事1週間。

 ガンガン出来る葡萄に収穫が追いつかないくらいだ。

 メディトークは卸先を見つけ葡萄を出荷し、直売所にも葡萄の販売を開始した。

 しかし、芽依も大好きな直売所には葡萄の収穫が追い付かず最近はまたメディトーク1人での参加を余儀無く葡萄収穫を頑張る日々が過ごしている。

 収穫しては出荷を繰り返し、その合間にワイン製造やおつまみの改良、新作試作と忙しい毎日を送っている芽依とメディトーク。

 ワインの改良はまだまだ必要で、甘さや苦味、まろやかさなど様々な物を作っては安く提供している。




「……なかなか上手くいかないな」


 薄切りしたサラミを行儀悪く寝転びながら食べていると、顔の横に足が出現。

 ん?と足を見て視線を上に向けると、サラリと揺れる真っ白な髪が見えた。


「…………あれ、フェンネルさんじゃないですかー……お久しぶりー」


「もう、なんて格好してるの行儀悪いよ」


「セルジオさんみたいな事言わないでよ……ここでは全力でダラダラしたいの」


「部屋でしたら?」


「お母さんが厳しいから許してくれないの、悲しいね」


「いいお母さんだね」


 クスリと笑って隣に座るフェンネルは今日も変わらず不法侵入である。

 雪虫の存在に気付いた時は高確率で出現するようになった粉雪の妖精は今日も美しき真っ白さで微笑むのだ。


「フェンネルさんってさ」


「ん?」


「…………美味しそうだよね」


「え!?」


 目をまん丸に開いて芽依を凝視する綺麗な妖精はぽかんと口を開けている。

 そんな姿もとても綺麗なのがずるい人外だ。


「…………フェンネルさんたち人外者の人達が私達を美味しそうって言ってるのってこんな気分なのかな」


「え?ちょっと…………ねえ、酔ってる?」


 芽依の座った目にビックリしていたが、テーブルや芽依の影にちらりと見える酒瓶の数は1、2個所では無い。ゴロゴロと転がる数は1人で飲む量ではない数だ。


 ゆらりと起き上がり髪が垂れ下がる。

 光の無い座った目がフェンネルを捉えていて、その真っ白な肌をじっと見ていた。


「え、ちょっと怖いんだけど……?」


「所詮この世は弱肉強食……喰わせろぉぉぉ」


「うわぁぁぁあ!?ちょっと待って!ねぇ!?食べる側は僕だよ!?」


「たまには捕食される気持ちを知るのも大事な仕事……」


「そんな仕事ないからね!?うわっ!噛みつかないで!!ねぇ!歯型付いてるってぇ!」


「…………うまうま?」


「僕は美味しくないよ!」


 飛びかかった芽依はフェンネルのお腹に馬乗りになり真っ白な腕に噛み付いた。

 かなり力が入っているのか腕にくっきりと歯型が付いているがフェンネルに傷みはなさそうだ。だが離す気は無い芽依によわってしまう。


「……どうしよう、無理やり引き剥がしていいのかな」


 上に乗り上げあむあむしている酔っ払いをどうしよう、これ一応移民の民なんだよね……と困りきっていると、今度は頬に喰いついてきた。


「うわっ!ちょっと!?……花の匂いに隠れて気付かなかった、ワインの匂いヤバ」


「…………餅じゃない」


「餅じゃないよ!もう、なんでそんな遠い場所の食べ物知ってるの?」


「……なんで、白くてモチモチはお餅でしょ」


「そもそも僕は食用じゃないの。わかる?」


「甘いのに?」


「…………甘い?僕が?」


 首を傾げて言う芽依にフェンネルは眉を寄せると、ぬぅっとメディトークが出現する。

 横になっているフェンネルのお腹に酔っ払い芽依、その後ろに巨大蟻が現れ見えていた天井が消えた。


「あ、メディさん!僕は無実だよ!!」


『わかってる。コイツ酔っ払ってるだろ、ワイン作り初めてから試作品の味見って言いながらがぶ飲みして泥酔してやがる……噛まれなかったか?』


「すーごい噛まれた」


『………………歯型、やべぇな』


「僕こんな趣味だって思われたらどうする気って感じだよねー。こら、ガジガジしようとしないの」


 ワイン製造の工場が動き出して今日で5日目でメディトークと共に試作をはじめた。それは今まで通りなのに料理とは違い飲む量を加減しない芽依は、毎回泥酔しているのだ。

  夕飯をこちらで食べるといい領主館に帰る頻度を減らしたのは芽依の泥酔を隠すためなのだが、それも時間の問題だろう。

 芽依に泣きつかれて今は隠しているが、過保護になりつつあるお母さんが強敵なのだ。

 酔っ払いはメディトークにも齧り付いたのだが、硬い甲羅のようなものに覆われたメディトークに被害は一切ない。だがフェンネルは駄目だ。

 柔らかな肌にはしっかりと歯型がつき、しかも甘いと言っていた。


「僕たち人外者が甘い、ね。そんなの聞いた事無かったな」


『俺たちに齧り付く移民の民なんざ居ねぇからな』


「うーん、変な子だなぁ」


 メディトークにぶらん……と持ち上げられ手足をユラユラさせながらもフェンネルを見つめてガチガチと歯を鳴らしている凶暴な花嫁の筈の何かに

、2人の人外者はため息を吐き出した。


「どうするの?この凶暴な噛みちぎり花嫁」


『……どうにもならなかったら頼むしかねぇな』


 程よく黒い色彩を好み眼鏡を愛用するお洒落な最高位精霊を召喚して引き取ってもらう段取りを考え始めたメディトークに気付かず、芽依は目の前の美味しそうな真っ白い妖精を物理的に食べようとガチガチしては酒の残り本数をぼんやりと数える酔っ払い噛みちぎり花嫁と化している。


「………………あ、そうだシロップも欲しい」


『シロップだぁ?』


「……だって、かき氷にはシロップ……」


「なんで僕を見て言ったの!?だから僕は食用じゃないっ」


 危ない!この子危ない!と腕を摩るフェンネルの動きを目で追う芽依の眼差しは完全に狩人となっていて、涎が出そうな勢いだ。危険極まりない。


「お酒も程々にしないとダメ!」


 フェンネルの嘆きにも似た叫びは芽依の酒が抜けた後にやっと届き、土下座をして謝った芽依だったが確かに甘かったんだ……とフェンネルを見つめて言った。










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