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第42話 いきなり事件発生


「…………もういいですか、許して貰えますか」


 あんなに優しかったメディトークが葡萄栽培と工場を無断で買った事に怒り狂い何処と無く芽依に冷たい2週間が経過した。

 芽依はこの2週間チラチラと冷たいメディトークを見てご機嫌取りをしてたが、即売会など芽依を守る必要がある時や昼食以外はどんなに頑張ってもメディトークの優しさ復活は出来なかったのだ。


『…………はあ、お前の酒好きは知ってるしワイン製造に興味を持っていたのも何となくだがわかってたがよ。だが順序があるだろうが、ただでさえ工場はバカ高ぇんだ。元の目的だった野菜栽培や惣菜作りはまた振り出しに戻っちまう。せめて一言相談しろや』


「……はい。びっくりさせたかった」


『ありゃびっくりじゃねぇ、ブチ切れだ』


「うう……ごめんなさい、捨てないでください」


『もうやるなよ』


「はい」


 だが、セルジオが言う芽依の鳥頭は学習機能が欠落しているので後に同じ事をしてメディトークの怒りが天井突破するのを芽依はまだ知らない。


『おら、行くぞ』


「はい!!」


 機嫌のなおったメディトークの言葉に満面の笑みを浮かべ向かう即売会。


「今なら嬉しくて無料でくばれちゃいそう」


『赤字になるだろうが』


 夜にはお酒を飲めるしいい事尽くしだ!とウキウキで向かった即売会場だったのだが、芽依は死んだ目をして立ち尽くす。

 いざ、物を売るぞ!とやる気に満ちていたのに出鼻をくじかれたのだ。


「だーからぁ、延長したんだって延長!」


『そんな制度は無い』


「ちゃんと金払っておっけー貰ってるんだから文句言わないでよ!お客さん来なくなるでしょ、あっち行ってよ!」


 芽依達が予約していたブースにはまだ物を所狭しと並べていて販売を続けている前の使用者。

 時間内にブースを明け渡さなくてはいけないのに、男女の売り子は退く気配無し。

 メディトークが対応しているが、2人は悪い事などしてないと話を聞かず芽依はもう白目を向きそうだ。


「………………えー、久しぶりのご機嫌メディさんに夜のお酒タイム有りの最高な気分だったのに」


 なになに?と集まってきた野次馬と会場管理者達にブース内にいる男女はふんぞり返っている。

 しかも、新しく入ったばかりの新人スタッフが押し切られる形で無理やりお金を握らされて延長をもぎ取ったらしく、他のスタッフに青筋が浮かんでいた。

 人が集まり芽依のすぐ側まで人が集まってきていて、ブース使用時間もすでに15分程過ぎてきている。迷惑な人だなとブースにいる2人を見ていると、すぐ隣に来た人がサラリと芽依の服と手袋の隙間に触れてきてバッ!と手を胸の前に持ってきた。

 横を見ると、目を細めてニタリと笑う人外者。

 人の姿に近いが耳と尻尾があり、あまり見ない姿の人外者のようで芽依はその持ち悪い笑みにゾゾゾと寒気がした。


「……やっぱり花嫁だった」


 耳元で囁かれ頬に手を伸ばしてきたが、すんでのところで別の小さな手が止めてくれた。

 震えそうな体を叱咜して振り返るとそこには芽依よりもだいぶ小さな子が佇んでいる。


「………………随分無粋な事をするんだね」


 クルクルとした短い髪にぷにっとした頬、眠そうにトロンとした大きな目の小さな少年は、薄い水色の髪色に黄色い瞳をしていてフリルのブラウスに半ズボンというクソ可愛らしい格好で芽依の胸を撃ち抜く。


「クッソ可愛いショタが現れたっ!」


 小さな声でそう言い、顔を両手で抑えて身悶えする芽依の横に立つその子は、触れるように伸ばされた人外者の手を離しトロンとした目で相手を睨みつけるように見るがあまり迫力はない。


「花嫁に触れるのは無作法だよ」


「……いい獲物を見つけたのに邪魔しやがって」


 捨て台詞を吐き捨て離れて行く背中を見送った芽依は少年を見る。

 くりっくりの大きな目で芽依を見るその子の背には似つかわしくない大きな羽が生えていた。


「……君も人外者なんだね」


「うん」 


「助けてくれてありがとう」


「いいよ、人がいっぱいの時は気をつけた方がいいよ、どさくさに紛れて触ってきたりさらわれたりするから伴侶から離れない方がいいと思う……あんまり話さない方がいいかな、またね」 


 小さく手を振ってふわりと羽を震わせながら離れていく男の子を見送った芽依はもう少し眺めていたい欲求を抑え、いい出会いをした……と呟いた。


「可愛いかった」


『何がだ』


「あ、メディさんブースの方どうなった?」


『厳重注意、迷惑な野郎だ……大丈夫か?少し離れていたが』


「……うん、大丈夫」


 心配させるのも申し訳ないなと何も言わない芽依は明け渡されたブースで本日の販売を始めた。

 久々の販売は楽しく今日も試食販売を用意しガンガン売っていく。

 予定通り全て売り終えた頃には予定時間を大幅に余らせていて、メディさんと売るものを増やすかどうするか検討が必要そうだ。







「ふんふんふーん」


 販売を終わらせ帰ってきた芽依はご機嫌で葡萄栽培の方を確認していた。

 頭のすぐ上にある葡萄栽培用の棚の様なものには既に小さな葡萄が実を付け出していた。

 芽依の故郷での葡萄の作り方はわからないが、ここでも頭上に葡萄がなるのは同じらしい。

 葡萄のお世話をはじめてまだそんなに経っていないのだがメディトークはだいぶ実を付けるのが早いと褒めてくれた。

 芽依の恩恵の賜物だと言っていて胸を張ってしまったのだが、メディトークの巨体にこの頭上の低い場所には入り込めず葡萄のお世話は芽依が全てする事になりそうだ。


「…………あ、収穫もひとりでだよね、やだ地獄」


 広大な葡萄栽培場所を思って泣きそうになる芽依だが、全ては酒の為だと気を取り直してお世話を開始する。

 葡萄自体のお世話はそんなに難しくないようで、たっぷりの日の浴びせれば良いだけらしい。

 後はたまに行う剪定だ。

 その分、水に弱く雨が降ると大惨事になりやすいらしい。葡萄栽培は繊細らしいのだ。

 今の所天候は良好、雨が降ったらテントのようなものを被せて雨を凌ぐようだが、そのタイミングを失敗すると外で栽培している葡萄には大ダメージだから注意してね、とセイシルリードに言われた。

 屋内栽培も可能だが出来上がりの味の違いが明白で、屋外一択らしい。頑張るしかない。


 この世界は魔術なんて言う便利な物があるのに、何故か庭での作業は手作業が多い。

 手がければそれだけ美味しくなるらしく、ほとんどの庭持ちは魔術使用は最低限のようだ。

 たしかに、アイロンをかけるセルジオも出来上がりの違いの為に手作業だったな、と思い出した。

 お母さん、いつもありがとう。ピカピカシワなしの服を今日も着ています。

 あとから知ったけど、魔術でだが帰宅に合わせて湯船のお湯はりから掃除までしてくれてたみたい。

 もうセルジオ無しで芽依は生きれないだろう。


「…………幸せだなあ、好きな仕事をして定時帰宅。同業者はいい人で庇護者との認識の違いはあっても良い人で話を聞いてくれる。友達も出来たし、なにより……素晴らしきお母様が出来てお部屋が綺麗!!」


 美しい御伽噺のような世界は優しいだけじゃないけれど、それでもこの繊細で残酷な世界が芽依は気に入っていた。




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