芽依たちが4人で話しているのを周囲はチラチラと見ていた。
挨拶はするがアリステアへの報告以外あまり話をしないこの場で笑顔を浮かばせる移民の民。
普段厳重に囲われているその人達が朗らかに笑う姿など今まで見たことがない。 いや、長くこの世界にいればいる程、移民の民の表情は欠け落ちて行く。
それが笑っている、そんな衝撃は凄まじいものだった。ユキヒラはメロディアが見せびらかし歩いていたので長くこの世界にいるのが有名だし、1ヶ月前の定例会議では他と同じように表情の機微は一切無かった筈なのだ。
「……あの噂は本当だったんだ、あの新しく来た移民の民と話をすると伴侶の息が吹き返すって」
ザワザワとしだした移民の民が芽依への接触を試みようとしているのか空気が変わった。
しかし、その近くにはパートナーと思わしきセルジオが居てすぐに守れる場所に佇んでいる。
近付くに近付けずジワリジワリと距離を縮める人外者達の隣にいる移民の民達は光のない目で芽依たちを見ていた。
「ああ、皆待たせてすまない」
ザワザワとしはじめいつの間にか全ての参加者が集まっていたようだ。
芽依はセルジオの隣に戻りアリステアが挨拶しているのを聞く。
「……すごい、本当にパーティだ」
「そうだと言ってるだろう」
挨拶の後アリステアは近くに居る人外者や移民の民に話し掛け最近の話を聞いているようだ。
当然だが芽依の知り合いはメロディアとユキヒラしか居ない。
「……なんか、本当にみんな死んだような目してるんですけど」
「まあ、そうだな」
「なんで不思議に思わないんですかね」
「皆同じ表情になるからそういうもんだと思ってたんだろ」
「えー……」
なんて不健全……そう言いながらも、チラホラと食事を開始している参加者を見て芽依はセルジオの腕を引っ張った。
「来てください、スペシャルですよ」
「……何を企んでいるんだ。」
ニヤニヤしながら言う芽依を嫌そうに見るセルジオは素直に引っ張られテーブルに向かう。
その姿にざわりとしつつも、テーブルで食事をしている人や人外者はじっと真剣に見て来た。
「見てください!」
「……これは」
「アリステア様に頼んで搬入しました、新作チャーシューやら半熟味玉様の皆様ですよ!ちなみに、あっちのテーブルにはデザートもあります!どうですか、この素晴らしさ!…………ちょっとお野菜買っちゃいましたけど、今度はお野菜も自作してみます!」
「……またメディトークが作ったのか」
「嬉々として作ってくれましたよ!フェンネルさん大好きの牛乳プリンもしっかりと!」
「あいつもよくやるな」
取り寄せ用のお皿を持ち1口サイズに作られたチャーシューや煮卵を取るセルジオをワクワクと見ている。
「……パーティ用に盛り付けたか」
「もうメディさんには足を向けて寝れませんね」
「なんだそれは」
「あれ、こっちの世界には無い言葉だったか。さあさあ、食べて下さい」
「…………………………うまいな」
じっとチャーシューを見てまた1口食べるセルジオにニンマリしてしまう。また評論家と化したセルジオが材料や煮込み時間などをブツブツと言い出した様子を見て気に入ったな!とほくそ笑んだ。
そうでしょうそうでしょう、メディさんったら凄いんだから!と胸を張る芽依の隣にはいつの間にか別の人が立っていてテーブルを見ていた。
「わっ!びっくりした!シャルドネさんじゃないですかー!お久しぶりです。あ!ブランシェットさーん!」
美しい森の妖精と、大好きな春雪の妖精の出現に芽依のテンションは上がった。
2枚のお皿にそれぞれ食べ物を起き箸を添える。
「私の庭で作ったのです!メディさんですけども!さあ、食べて下さい!うまうまですよー!っいた!!」
にっこにこでお皿を差し出した芽依の後頭部をそれなりの力で叩かれ前につんのめり、ぽふんとシャルドネにぶつかる。
「何を渡して…………あぁ!たくっ!!」
叩かれた勢いでぶつかったシャルドネからすぐに引き離された芽依は目を座らせてセルジオを見上げた。
「何故に叩いてきましたか」
「誰かれ構わず物を渡すなと何回言ったら分かるんだこの鳥頭が!」
「いいじゃないですか、知らない人じゃあるまいし。シャルドネさんとブランシェットさんですよ、むしろブランシェットさんには是非に手渡しで渡したい!大好き!大好き!!」
「あらぁ、熱烈過ぎてどうしましょう。嬉しすぎて食べてしまいたくなってしまったら困ってしまうからやめましょうね」
「ごめんなさい」
ぺこん!と頭を下げる芽依にうふふ、と可愛く笑うブランシェット。癒されるぅ……とおばあちゃまを見る芽依だったが、その隣にいるシャルドネがじっと芽依を見ていた。
「シャルドネさん?……もしかしてぶつかってしまって痛かったですか、ごめんなさい」
「……いえ大丈夫ですよ。それにしても興味深いですね貴方は」
ん?と首を傾げていたら、また渡しに来てくれた人から酒を取ったセルジオは芽依に自然と差し出してくれる。
「あ、ありがとう……さっきのと違いますね赤ワインですか」
「ああ、甘さの少ないスッキリとした味わいだから肉料理にも合うだろ」
「くっ、これどこのですかケース買いしたい」
「少しは自重しろ」
「そんなことしたら死んでしまうではないですか」
「死なん」
酒が美味すぎる……と呟く煩悩の権化と化した芽依を周りは見ていた。
関係ない人外者に話し掛け手ずから物を差し出す。まさしく伴侶の前で堂々と不倫行為をこれからしますと言っているようなものなのだ。
芽依に話しかけようしていた人外者は少し距離を取ろうとしたが、むしろ移民の民は芽依を見る眼差しを強くした。
光のない眼差しの中に何かが生まれそうな、そんな目をしているのだ。
そんな芽依達の隣にまたメロディアとユキヒラも集まり話しだしていて、芽依は2人に食べ物を指さし進めている。
「…………私もあっちに行きたい」
「……え?いややめた方がいい。ナギサは俺と一緒にここに居るんだ。デザートでも持ってくるか?」
「………………いらない」
「そうか。もうすぐアリステアも来る、もう少し待ってくれ」
「……どうでもいいよ」
すぐ隣にあるデザートがあるテーブルに向かうナギサをパートナーの精霊が黙ってついていった。そこには2組の移民の民と伴侶達がいるのだがチラリと目を合わせるだけで会話はない。
「ユキヒラさん!あ、まだあった!牛乳プリン」
「へえ、これがあの蟻の幻獣が作ったプリン?凄い器用だね」
「メディさんね。美味しいんだよフェンネルさんがこれの為に売り子手伝うくらいに」
「凄いよね、あのフェンネルさんって有名なんだよ、俺でも知ってる」
「綺麗だもんねぇ」
「うん、そうじゃなくてね」
手を繋いでナギサが向かったテーブルに来た芽依とユキヒラ。
その後ろをセルジオとメロディアがついて行く。
笑っているユキヒラを見て芽依と手を繋いでいるのに複雑ではあるが今のユキヒラに温もりが必要だとわかった為何も言わず我慢しているようた。
「……ん?プリン食べますか?うちで作った自信作なんですよ」
芽依を見ている女性に気付き美味しいよ、と差し出すと光のない瞳が芽依を見据えた。
「……ヨーグルトの方が良かったですか?あったかトロトロヨーグルトです」
「……あったかトロトロ?」
「そうです、作る過程で温めたら蕩ける滑らかさになりました。熱すぎたりもないから食べやすいですよ」
「まあ、そんなのがあるの?どれかしら」
「はい、メロディアさんこれです」
横からヒョイと顔を出したメロディアに芽依はスプーンと共に渡し、またセルジオに頭を叩かれ有難いお叱りを受けた。
「怒んないで下さいよ!セルジオさん顔綺麗過ぎるから怒ると美人度爆上がりのでお酒飲んでないのに酔いそう」
「真面目な顔して意味わからない事を言うな」
「…………セルジオ、お前に伴侶が出来たのにも驚きだが、随分浮気性なんだな。苦労しそうだ」
細く美しいまるでエルフのような出で立ちの男性が急に話に割り込んできた。
その声には侮辱や非難が含まれ芽依を見る。
「こいつは伴侶ではないぞ、そもそも俺は呼んでいない」
「は?……じゃあなんでセルジオが連れてるんだ」
「……まあ、事情があってな」
目を丸くする新たな人外者は庭に突撃してきた中には居なく完全な初めましてのようだ。
隣には茶髪の女性が佇んでいて美しい青のドレスを着ている。
だが最初のユキヒラのように表情は一切なく、パートナーに渡された皿をただ持っているだけだ。
たぶん、芽依と同じ歳位だろう。まだ若い女性があまりにも無表情すぎて不憫だ。
チラリとユキヒラを見ると痛ましい表情で女性、ナギサを見ている。
月1で行う定例会議に出席するから話はしなくても顔見知りなのだろう。
ユキヒラが今笑うからこそメロディアもその姿に違和感を感じてきていて、同じような表情の移民の民を見ながらパクっとヨーグルトを食べる。
「…………あら、やだ美味しい」
「メディさんと試行錯誤して作ったこちらも傑作の1品です」
胸を張って言う芽依だが、今回はピッタリ体に沿うドレスでラインが強調する。
ユキヒラは、あー……と呟きセルジオにすぐ頭を押されてそらした背を真っ直ぐに直された。
「お姉さんもどうぞ」
ニコニコしながら差し出したヨーグルトをナギサは無表情で見つめてから、パートナーを見ようとした。
その瞬間、ヨーグルトをテーブルに置いた芽依はナギサの顔をニコニコしながらガシリと掴む。
「おい!ナギサに触れるな!!」
慌てたパートナーは芽依からナギサを引き剥がそうとするより先に芽依はまた話し出す。
「自分で決めて。受け取る?受け取らない?貴方の意思で決めて私は貴方に言ってる」
「美味しいわよ」
メロディアもそれに続き進めると、ナギサのパートナーは目を見開きながらも腕を掴んで引き剥がした。
「なんなんだお前は!私のナギサに触るんじゃない!」
「やだー、束縛する人は嫌われるんですよー」
いやだねー、と言い頷いているユキヒラ。
それを聞いてしまった元束縛女メロディアには大ダメージで崩れ落ち、嫌われる……と呟いているのをセルジオが見下ろしている。
メロディアとユキヒラが周りを吹き飛ばしながらも和解したあの場にいた数組のパートナー達は、チラリと隣にいる自分の花嫁や花婿を見た。
前より少しだけ表情が軟化しているようだ。
「束縛して何もかも言いなりにする相手に好感度なんて微塵もありませんのにー」
ねー?とわざとらしく芽依が追撃するとユキヒラは自分の伴侶が大ダメージを受けている事に気付き、あ……と呟く。芽依もメロディアに気付きギョッとして2人で救出に向かった。
「大丈夫ですよ、メロディアさん嫌われてませんよ。生き返ってください!ヨーグルトがまだ残ってますよ!それともプリンがいいですか?」
「だ、大丈夫、メロディア大好きだよ。嫌うなんてないから安心して!ほら、ドレスが汚れる立って」
「ユキヒラ、私嫌われたら死ぬわ」
「嫌わないから!!」
「くっ……あんなに突っかかってきてちょっと味見とか言ってたくせに!メロディアさんただの可愛い妖精じゃないの!」
「……お前は少し自重しろ」