目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第38話 定例会議 2


 定例会議にはパートナー同伴となるのだが勿論芽依にはいない。

 それにはしっかりドレスコードを着込んだセルジオが代わりをしてくれるのだろう、隣に待機してくれている。


「月1に立食パーティーするとか大変じゃないですか?お金もかかるし食べ物も食材結構使いますよね」


「ああ悪い、言い方が悪かったな。月1の定例会議は毎回立食パーティーじゃない。毎回数時間掛けて立食パーティーをしていたら仕事にも影響するからな」


「ああなるほど、良かった今日全部メディさんに頼んじゃってるんですよお庭。毎回はキツイなぁって思ってたんですよね」


「……お前、メディトーク好きだな」


「大好きですよ!たまらないですよね!」


「……………………お前、齧るぞ」


「なぜ!?」


 さっきといい、セルジオは齧ろうと画作しているのか!?と芽依はフルフルとしている。

 ジロリと芽依を見るセルジオに、食べる気ですか!?がおーですか!?と威嚇するがセルジオはじっと見てくるばかり。その眼差しが余計に食べる準備なのかと身構えてしまう。


「…………行くぞ」


「あら、はーい」


 先に歩き出したセルジオの後にスカートを翻しながら歩き出した。

 履きなれないピンヒールは何故かフワフワとした履き心地でかなりの高さがあるのに痛みがない。

 赤い無地のピンヒールの踵の所に大きなフリルの飾りが付いていてシンプルでいて可愛らしい。


「…………セルジオさん、このドレス用意したのって」


「俺だ」


「…………へへ」


「なんだ」


「凄く素敵、ありがとうございました」


 先を歩くセルジオの隣まで行き見上げて微笑むと、髪型崩れないように優しく頭を撫でられた。


「手袋は外すなよ」


「はい」


 同じグレーのレースを使った手袋で覆われた手は、もし人外者に触れてしまった時、風味を与えない為に使う。

 服など何かを1枚挟むことでその風味を抑えることが出来る。

 薄いベールを被ることで花の香りも抑えているのだが、とても薄いベールで視界を遮ることは無い。


「どこで定例会議をするんですか?」 


「逆側の方だな」


「向こうは行ったことが無いです」


「ああ、1人では行くなよ」


「はい」


 この領主館は、大きな入口を中心に左右に別れていて、芽依達がいるのは右側に位置する場所だった。

 アリステアや、その周囲にいるごく一部の部屋を持つ人たちの居住区が最奥にあり芽依もそこに居る。

 庭に繋がる扉もそこにあって芽依の行動範囲は狭いのだ。

 そこから少し離れた右側全体と左側は全て仕事に使われていて、内部の処理をする場所は勿論外部への連絡を専門にする場所や軍部も存在する。

 定例会議はその道を通り左側の大広間で行うのだ。

 芽依にはパートナーが居ないので人目につかない右側の最奥に囲われている状態になっている。

 報告しない訳にも行かず、すでに領主館で働くもの達に理由は話せないがパートナーの居ない移民の民を最奥に匿っている事は伝えている。


「此処って、こんなに人が居たんですね」


「ああ、部屋持ちは1部のヤツだけで殆どは通いで来てる。仕事も多いからな、その分出入りも激しい」


 広い廊下をドレスコードで歩く2人だが、他は通常勤務なのだ。忙しなく歩き回りなにか書類を持つ人も多い。

 人外者よりも人間が多いようだが、それでも煌めく羽を持って動く者もいる。

 綺麗だな……と眺めながら歩いていると、チラチラとこちらを見る人がとても多く軽く会釈して通り過ぎていった。


「……見られていますドレスだからでしょうかね」


「お前が奥に囲われた移民の民だと見られてるんだ」


「なんと、見るな、見ても煮卵様はやらんぞ」


「なんでそうなる」


 はぁ、と頭に手を当てるセルジオを見上げる


「実はですね、我が家に鶉がきました!羊を買うつもりが新しく入荷しましたっておすすめされまして、鶉をかったので、うずらの卵で煮卵作ったら堪らなく美味しいんです。うずらの串揚げも美味しいですよ。スモークしたいから機材を買うためにまた金策です」


 あとで食べましょうね、と笑う芽依に食い気を抑えろと苦言されるのもいつもの事だ。

 最近は仕事終わりに毎日メディトークと乾杯している事を口が裂けても言えないと笑って誤魔化している。


「パーティかぁ、お酒でます?」


「……でる」


「出るんだぁ」


 ニヤァと笑う芽依にため息を吐き出すセルジオ。お前、飲む気だな……と静かに言われまたニヤァとセルジオを見る。


「嗜む程度に」


「お前の場合は嗜みの量ではないだろう」




 初めて見る広い廊下に沢山の人間や人外者。

 隅々まで綺麗に磨かれ行き届いた空間に沢山の扉。

 芽依は住んでいるはずの見た事ない領主館を眺めながら歩いていた。

 窓の外を見ると皆の服装や木々を見て冬へと変わっていく季節を感じた。

 ここは空調管理をされているので全く寒さは無いのだが、流石に玄関近くに行くと冷たい風が入り込んできていて少しだけ生地の厚いドレスでも寒く感じる。


「何人居るんですか?花嫁さんや花婿さんは」


「今はお前を入れて17人だな、死んだと言う連絡は来ていない筈だ」


「……そんな連絡入るんだ」


「ああ、人数把握も必要だからな。たしかお前よりも少し後にきた花嫁が居るはずだ」


「そうなんですね」


 ふむふむ、と頷いているがセルジオはピタリと止まり芽依を見た。


「…………あまり関わりを持つな、面倒な事になる」


「え?その人とですか?」


「ああ」


 何故か嫌そうに顔を歪ませるセルジオに芽依は首を傾げたが会ってみないとわからない。

 だからあえて返事をしなかった芽依だったが、セルジオは特に何かを言うことも無く大広間へと向かっていった。


「この領主館にはパーティをする場所があるんですねぇ」


「ああ、定例会議をする場所以外にもあるぞ。身内で会食をしたり客人を招いたりするからな」


「色々あるんですねぇ」


「慣れてきたらお前も増えるぞ」


「何故」


「移民の民だからだ」


「移民の民めんどくさ」


 思わず出た芽依の面倒くさがりを鼻で笑らわれるが、こればかりは仕方ない。

 綺麗なドレスは大好きだが敷居の高いものは負担にしかならない。


「珍しい酒がでるぞ」


「それは仕方ない、出向くしかないですね!」


「その酒好きなんとか出来ないのか」


「命の水が無くなったら死にます」


「死にはしないだろ」


「いや、死にます」


 お前な……と呆れるセルジオは大きな扉の前で立ち止まる。

 観音開きの扉の中が大広間で定例会議の場所のようだ。

 芽依はセルジオを見上げると、チラリと芽依を見る。


「いいか、人外者への注意はいつも通りだ。パートナーがいるから無闇矢鱈に触れたり話し掛けたりしないが喰われる対象だと言う事は忘れるな。話も基本は人外者がするが……まあ、ユキヒラとは普通に話せるだろう」


「ユキヒラさん、その後どうですか?」


 フッと笑った柔らかな眼差しは芽依を見ていて、ゆっくりと扉を開けた。


「自分で見てみろ」


 開いた先には美しく煌びやかな大広間。

 沢山のテーブルには食事やデザートが並び、タキシードを着た人外者の皆さんが飲み物を配っている。

 キラリと輝くシャンデリアが室内を明るく照らしているが、参加人数は少なくかなり静かであった。


「…………少ないですね」


「まだ全員来てないんだろ」


 今芽依達を入れて6組の参加者がいるようだ。

 アリステアや他にも側近が参加予定らしいのだが、仕事をひと段落させてから来るらしいのでそれまではゆっくり出来るらしい。


「……なんだか不思議な感じですね」


「まあ、定例会議だけだからなこんな少人数なのは」


「そうなんですか?」


「ああ、定例会議で人外者や他人といる場所に慣れてそれから他のパーティに参加するのが一般的だ」


「……なんで他のパーティに参加するんですか?……あ、ありがとうございます」


 近付いてきたボーイが持つグラスをセルジオが取り芽依に渡してくれる。 炭酸の入ったお酒で所謂シャンパンだろうか、と芽依は琥珀色の飲み物を眺めた。


「……色々な恩恵が受けれる事と、あとは見せることを目的にしてるな」


「見せる?」


「人外者のパートナーは一種のステータスとなるんだ。まあ、いいだろう?と見せつけるようなもんだな」


「悪趣味ですねぇ…………うんま」


 1口飲んだお酒は爽やかな弾ける美味しさで甘さも含まれる食前酒のような味だった。


「ええ、美味しすぎて飲み尽くしそう」


「やめろ」


 グラスをマジマジと見る芽依が危険だとグラスを奪い取る方がいいか迷い始めた頃、芽依達の後ろに人の気配が近付いてきた。

 さりげなくセルジオが立ち位置を変えて芽依の前に来ると、芽依はどうしたの?と見上げる。


「……なんだ、お前達か」


「あ!ユキヒラさんだ!」


 来たのはメロディアとユキヒラで、あの時の様な翳りのある顔はしておらず穏やかな笑みを称えていた。

 黒の帽子をかぶっていて、それが匂い消しの役割を果たしている。

 メロディアの手を引きエスコートする姿は自然で慈しむ眼差しを向けていた。


「お久しぶりねお2人とも」


 メロディアもふわりと微笑む表情は以前の少し刺があるきつい印象が薄れていて、黄色のドレスが表情を余計に明るくしていた。


「メロディアさん、ユキヒラさん元気そうで良かったです、心配してました」


「心配……?そう、貴方のおかげよありがとう。対価を渡しても足りないくらいだわ」


 ユキヒラの手を離したメロディアは芽依の前に来ると顔をじっと見る。


「あれから即売会に来ていないでしょ?心配していたのよ。私達のせいで来られなくなっていたのかしら?ごめんなさいね……メディトークには謝ったのだけど」


「聞いています。アリステア様の判断ですから大丈夫です、少ししたらまた参加しますから。その時はよろしくお願いします」


「もちろんよ」


 ふふ。と笑ったメロディアは本当に美しかった。

 巻いたピンクの髪が艶々していて今幸せなのだと体全体で表現しているようだ。 


「……ユキヒラさんと少し話をしてもいいですか?」


「ユキヒラと?……そうね、貴方だもの。どうぞ」


 メロディアは芽依から離れてセルジオの方に行くと何か話し始めた。こちらに口出ししない気遣いだろうかと、ホッコリしながらユキヒラを見るとふわりと笑ってくれた。

 人外者のあまりにも整いすぎた壮絶な容姿に見慣れるはずもないが顔面偏差値の高すぎる顔ばかり見ていた芽依に安心感を与える平凡顔なユキヒラにホッと息を吐き出す。なかなかに失礼だが、ユキヒラから見た芽依も同じようなものだろう。

 セルジオといい、フェンネルといいブランシェットといい、シャルドネといい、セイシルリードといい、年齢に関係なくこの世界の人外者は見た目が良すぎる。

 勿論、アリステアもだ。


「……久しぶりだね、1ヶ月ぶりかな」


「そうですね、良かったユキヒラさん顔色良いですね」


「あはは、あの時の俺酷い顔してただろ」


「ゾンビでしたね」


「それは酷い顔だ」


 朗らかに笑うユキヒラは、これが本来の姿なのだろう。よく喋り良く笑う。


「あの日以来ね、メロディアが前よりも俺の話を聞いてくれるようになって少しづつだけど関係が良くなって来たんだ……俺たちが初めて会った時お互い一目惚れだったんだよ。好きになって私の世界で添い遂げて欲しいって言われた時は舞い上がっちゃってね」


 照れたように頭を搔くユキヒラはそのせいで帽子が脱げそうになり、慌てて直している。


「まさか、こんなにも話が通じないなんて思いもしなくて。普段は優しくて可愛くて、でも他の人と話すと烈火のごとく怒って閉じ込めて……愛してるから自分から危険に飛び込まないでって泣かれてさ……困ったよ本当に」


 遠い目をするユキヒラに芽依はうわぁ……メンヘラと呟いた。

 逃げようにも世界は違い、逃げ場所がない。

 メロディアから離れたら自分だけでは仕事を見つけることも出来ないし捕食される。なら飼い殺しになるしかないのかと全てを諦めるには5年は長すぎて心が壊れるギリギリを保っていたようだ。


「人外者って大切にしてくれるけど極端ですよね」


「まったくね」


 困ったように笑うユキヒラだったが、いい方向に進んでいるようで良かったと一安心した。


「君のパートナーってセルジオ様じゃないんだよね?だれなの?」


「……うーん」


 私が聞きたい、とは言えず首を傾げるとユキヒラは不思議そうに芽依とセルジオを見比べた。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?