「よし!今日も1日がんばるぞー!」
芽依はヤル気に満ちていた。
その眼差しはガガディにギラギラと向いていて、そのうちの2頭が今日お肉へと変貌するのだ。
じゅるり……と涎を拭き、新しく買った精肉加工をする巨大な機械が入っている建物をちらりと見る。
この巨大な施設はボタン操作で様々な物を作り出す優れものだ。
豚、鳥、牛、もちろん今後買う羊も肉という肉全てが対象で細切れスライスなんでもござれ。
さらにはウインナーなどの加工品も作れるし、肉を吊るす場所も勿論ある。
「やばい、楽しみすぎてたまらない!生ハムだってサラミだってなんでも作れる……やばぁ」
はぁはぁしていると、メディトークがわざわざ芽依を跨いで歩いていった。
一瞬暗くなった周りに目をぱちくりとするが、すぐに現れた巨大蟻ボディに、なーんだメディさんかー、と呟く。
『早く仕事しろ、昼にはチャーシューを煮込む』
「愛してるメディさん」
『はっ』
鼻で笑ったメディトークはすぐに仕事に向かうが、ニヤける顔をする芽依を思い出し作る量を倍にしようか……と悩みながら搾乳を開始した。
アリステアから即売会に行くのを止められてから既にひと月が経ちそうな期間がすぎた。
領主館と庭の行き来のみをしている芽依も流石に飽きてきていて何かをしたいなと思い始めた頃、新しい話が芽依に舞い込んできた。
「……定例会議、ですか」
「ああ、前に言ったひと月に1回ある移民の民の様子を見る為の定例会議で、移民の民とその伴侶である人外者が来る。芽依も移民の民だから会議に出てもらうんだが、そこで周りの様子を見てくれないか。情けない話だが、今の私には移民の民の憂いを把握できないのだ。いずれ、しっかりと理解して寄り添いたいと思っているが今は助けて欲しい、頼む」
頭を深く下げて頼んでくるアリステアに芽依はガシッと顔を掴んで上げさせた。
「アリステア様は私に手伝いたまえ!って偉そうに言っちゃてくださいよ。私たちの生活を正そうとしてくれてるんだからそんなに畏まらないで下さい」
「……ありがとう」
「顔を掴むな」
「ごめんなさいお母さん」
パッと手を離して振り向いた先にはセルジオがいる。
腕にかけているのは冬物のコートで、それを芽依に当てて見はじめた。
「………………セルジオさん?」
「これから冬になるからな、コートを作る……デザインはこれでは地味だな、形はまあまあか。冬物の服も作らないと忙しくなるな」
うむ、と頷いたセルジオによってまた服が増えるようだ。
この間庭に来ていた時も芽依の服装を見ていて冬用仕事服も既に準備を始めているらしい。
至れり尽くせりで自分の身の回りの物を何一つ自分でしていない事に最近気付いた駄目な女、芽依は戦々恐々としたが自分でやったらガウステラが来るとアリステアに優しくも強い眼差しで懇々と言われて早々に諦めた。
全て貴方におまかせします、お母さん。
「いつなんですか?その定例会議って」
「うむ、3日後だ。なに、難しいことは何もない。最近あったことや今している事を皆で話し合うくらいだ。」
「……なるほど。なにか持ち込んだりとかはしてもいいですか?」
「ん?飲み物とかか?こちらで全て用意しているから大丈夫だ」
「そうですか……後でちょっと相談があります」
ワクワクと目を輝かせて言った芽依に、アリステアはなんだろうか?と首を傾げた。
こうしてアリステアに言われていた定例会議に芽依も参加する事になり当時を迎える。
急遽定例会議用にと用意されたのは薄いグレーの華やかなドレスで、大好きな刺繍やレースをふんだんに使われている。
煌びやかなドレスを持ち芽依に見せるセルジオもドレスコードをしっかりと守った大人の姿だ。
緩やかな髪は軽くセットされ、瞳と同じ紫の細い眼鏡を掛けている。
茶と白で統一したシックな服装だが、少しだけ模様の入ったネクタイがとてもオシャレだ。
黒の革靴をこつりと響かせソファにドレスを置くと、ドレスに隠れていた靴やアクセサリーが入った箱もソファに置いた。
「んなっ!なんですかこのキラキラお姫様ドレスは!素敵すぎて鼻血ものなんですけど私が着るんですか!?」
「ああ、定例会議って言っても今回はただテーブルについて話すんじゃなく簡単な立食パーティーみたいなもんだ。異世界からきた移民の民に少しでも楽しんで貰うようにと定期的に取り計らっている」
「はわわわわ……」
「……まさか、立食パーティーが今まで無かったなんて言わないよな」
「無いですよ、結婚式くらいですよパーティなんて。えー、ドレスだぁ、可愛い」
「……なるほどな、通りで誰もダンスをしたがらない訳だ」
「ダンス……?まさか社交ダンス的なやつですか?え、無茶な……そんなの習ってる人極小数ですよ……こっちは普通ですか?」
「ああ、舞踏家は少なくないからな。嗜みとしてある位以上の精霊や妖精、人間は踊れるな」
美しいドレスにうっとりとしながら見つめているが、ふと我に返ってダンスだと……?と悩み出す。
「……練習するべきですか?」
「するべきだな。最初は免除されるが、そのうち嫌でも出されるぞ」
「なんて無常な世界なんだ……」
「ほら、着替えろ」
連れてこられたメイドさん達がニコニコとしている。
あの時の世話役では無く、もう少し年嵩のある人間のメイドは美しいドレスを前に芽依を見て微笑んだ。
ここから芽依の戦いが始まるのだ。
「……………………これは、これは酷い」
ソファに寝そべるように座る芽依のすぐ隣、肘置きに腰を下ろし流れる芽依の髪に触れるセルジオは芽依を見下ろしている。
美しいドレスの華やかさは芽依の地味だという童顔を少しだけ大人っぽく見せてくれる。
綺麗に化粧をして、あとはヘアセットだけなのだが、芽依は既にぐったりなのだ。
「……起きろ」
「ドレスは物凄く綺麗なのに、綺麗なのに……こんなにギューギュー絞らなくても」
「そんなものだ……少し緩めるか?」
「いいんですか?」
「ああ、デザインがこれで良かったな」
くびれが無いわけではないからな、と皮肉を言うセルジオだったが今はそれに反論する力は無い。
立たされ後ろを向かされると、ドレスのファスナー下げようとしたセルジオに気付き振り向く。
「……え、セルジオさんがするんですか?」
「そのドレスに合うギリギリにしてやるが?」
「よろしくお願いいたしますお母様」
背に腹はかえられぬ、と前を向く芽依にセルジオはお前な……と呟くが苦労人セルジオは芽依の体型にあった無理のないくらいにコルセットを結び直してくれた。
きつくも無く緩くもない、ご飯も食べれる素敵なコルセットとなりドレスのシルエットも美しい。
「……相変わらず素晴らしすぎる」
「いいから髪を結うぞ」
椅子に座らせ髪を上げて首筋を出す。
その噎せ返るような花の香りにくらりときつつも、飾りをふんだんに使用した髪型にしたセルジオは顕になった首筋に噛み付きたい衝動を押さえ込み目を閉じた。
「似合いますか?」
「似合うように結ったんだ、当たり前だろう」
「へへ、ありがとうございます……セルジオさんもとても似合ってます」
「……ああ」
「お酒飲みながらセルジオさんを鑑賞したいです」
「…………喰うぞ」
「なぜ!?」