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第36話 あれから


 ユキヒラの事件があってから2週間が経過した。

 芽依はあの騒ぎがあり人の目に付きすぎたからとアリステアに少しの間即売会に顔を出さないようにと申し訳なさそうに言われ、渋々頷いた。

 その為、今はメディトークだけが即売会に行き、定期的に下ろす食材とは別の収入をガツガツ増やしてくれている。

 その間芽依は1人で庭の世話をするのだが、突如訪れる訪問客のフェンネルは良いとして、他にも困ったお客様がたまに来るのだ。


「………………不法侵入か、貴様」


「うわっ…………」


 知らない人外者が芽依の庭を探し出して突撃してくる為メディトークが居ない時、常に誰かが傍についていてくれている。

 あのあとメロディアとユキヒラの関係性は改善傾向が見られ即売会で現れる2人の間にまだぎこちないなりにも笑みが浮かんでいるようだ。

 そんな2人をみた伴侶をもつ人外者が相談したいと芽依を探しているのだった。


「……私に聞かないで相手に聞いてくれたらいいんだけど、抑圧された恐怖感はどうしても感じるから言えないんだろうなぁ」


「……そんなに怖いのか?」


「強い力は勿論、言葉にもね怖いって思うんですよ。何回言っても駄目だと言われたら伝える事を諦めてしまうし、強い口調で言われ続けたら怖くなる」


「……そんなものなのか」


「そうなんですよ、でもセルジオさんみたいにどうしてなのか?って気にしてくれたら嬉しくって笑顔になるくらい私達は単純なんですよ」


「それはお前だけじゃないのか?」


「あら」


 椅子に座って本を開きながら、パンツ姿で駆け回り仕事をする芽依を見るセルジオ。

 土で汚れた顔で笑みを浮かべる芽依をセルジオは目を細めて見ていた。

 その隣には血が滴るような色合いのワインに芽依とメディトークお手製のチーズが置かれている。


「……おい」


「はーい」


「………………メイ」


「はい!?名前呼びました!?」


 持っていたバケツを放り出して走ってきた芽依に、セルジオはフッと息を吐き出しながら笑った。


「…………これからも、側にいろ」


「あ、命令ですかー?嫌だなぁ、命令は嫌だなぁ」


 眉を寄せて芽依を見るセルジオは手を伸ばして腰を抱き引き寄せる。


「……お前を好ましく思っているから……側にいてくれ」


「んふふふふ、素直なセルジオさんは不気味ですねー。ねえセルジオさん、ハグは友情としてしてもいいですか?」


「…………ああ」


「それはとっても嬉しいですね」


 座るセルジオの肩に手を回してギュッと抱き着く芽依はそのまま口を開いた。


「私達はね、手を繋いだり触り合ったりして相手を感じていくんです。言葉だけじゃない繋がりを感じるんですよ……触れ合う事を苦手な人もいますけどね、私や多分ユキヒラさんもそれを好むんです」


「じゃあ、僕もしていい?」


「………………フェンネル」


「おお、いつの間に!いらっしゃいフェンネルさん!」


 パッ!と手を開いているフェンネルに芽依は近づきピタリと止まった。


「あれ?」


「仲良くなったからってすぐにギュッギュしないんだからー。でも私、フェンネルさん好きだよ」


「うわぁ、小悪魔だなぁ」


「はっ」


「ちょっとそこ!勝ち誇ったみたいに鼻で笑わないで!」


 今日も芽依の庭は平和でした。


『……何を騒いでやがる、うるせぇぞ』


「あ!メディさんおかえりなさーい!すきだー!」


『あ?』


「最初は怖かったこの巨大黒光りボディも、今はヒンヤリツルツル抱きつきがいのある素敵ボディで最高。さらに美味しいおつまみ製造機なメディさんが素晴らしすぎて鼻血でそう」


 黒光りボディにしがみつき頬ずりする芽依をなんだコイツと見下ろすメディトーク。

 しかし既に日常茶飯事となっていて少しも動揺しないメディトークにとっては素晴らしいアロマオイルが近付いたくらいの感覚だ。


「…………なんだろう、羨ましくない」


『少しも嬉しくねぇな……ほら』


「あぁ!お土産!なに?ぶどう!?デザート来たー!メディさん愛してるぅぅ!」


『現金なヤツ』


「セルジオさん、物での繋がりも最高ですね!」


「…………お前な」


 幸せそうにぶどうぶどうと言う芽依を人外者の3人は黙って見ていた。

 今までにない移民の民の弾ける笑み。

 芽依を見て今までの全てを否定された気分だったがそれは違うのだ。

 何よりも願ったのは相手の笑顔で一緒に過ごす幸せな時間で、愛し合える2人の未来

 今のままでは得られないと知ってしまった、しかし改善方法も同時に知ったのは僥倖だろう。



「ねぇ、皆で食べよーよー!」


「ふふ、可愛い…………僕はメイが食べたいな!」


「残念!私は展示物で非売品でーす!」 


「えー、ちょっと齧るだけだよー?痛くないよ、優しくするよー」


「食料として見る人は友人にはなれません、残念でしたー」


「え!?まってまって!ごめんなさい!ヤダヤダ!待ってってばー!」


 先を行く芽依を追いかけるフェンネルはウルリと目を潤ませて美しいかんばせを悲しく歪ませる。

 そんなフェンネルを見て足を止めた芽依は、隣に来るのを黙って待っていた。

 ペコペコと頭を下げて謝るフェンネルの肩を叩く芽依に更にウルリと目を潤ませて飛びかかったフェンネルごと地面に倒れ込みセルジオとメディトークに慌てて救出される。


「ごめんなさい、嫌わないで」


「やだなぁ、嫌ったりしないよ」


 サラサラの銀髪が風に揺れているが、長いフェンネルの髪は地面に付いている。

 可愛らしいピンクのシュシュをポケットから取った芽依は、それでくるりと丸めてお団子にしたフェンネルの髪を纏めると、顔がしっかりと見えて煌めく眼差しが芽依を見る。


「んふふ、綺麗ねフェンネルさん……ああ、顔面偏差値がバグってる。なんだこりゃ」


 隣には眼鏡な素晴らしい顔面のセルジオが今日もビシッとキメた服装で佇んでいる。

 庭にいるのにあまりに相応しくないドレスコードの服装だが素材が良ければ場所を問わないのか違和感がないのが違和感だらけだ。


「………………この世界、本当に平凡な私から見たら御伽噺みたいなのに、複雑で残酷で美しいなぁ」




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