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第34話 花嫁花婿の取扱説明書


 芽依は不思議そうにするアリステアを見て、花婿と呼ばれる男性を見て、そしてメロディアを見てあまりに全員の話が噛み合っていない現状に首を傾げた。

 そしてわかるのは、今ギリギリに心を保っているこの花婿の男がいつ壊れてしまってもおかしくないという現状だ。

 この世界は芽依達、花嫁花婿と呼ばれる移民の民が暮らすにはあまりにも優しくない囲われた世界なのだ。

 本当に芽依は恵まれた環境にいるのだと今はっきりと理解した。


「……アリステア様、こちらに来た私達みたいな人はまったく交流がないんですか?移民の民同士の交流とかは?」


「ん?いや、恙無く生活をしているか月に1度みなが集まり報告会を設けている」


「……それには自由時間的なのはあります?パートナーが入らず移民の民だけで話す時間は?」


「いや、ないが……」


「ないんですか……それはとても厳しいですね」


「え……?」


 ずいっ!とアリステアの前に出てきて人差し指を立てる芽依にアリステアはビクリと肩を跳ねさせた。


「抑圧された人間は鬱憤が溜まります。アリステア様想像してみてくださいよ、誰もいない話も出来ない状況で何年も部屋でただ仕事をして、たまにかじられる生活…………死にたくなりません?」


「うっ……………………」


 じっ……と光の灯らない眼差しで言う芽依にアリステアは押され気味だ。

 アリステア達は移民の民がどう暮らしているのか聞いてはいるが関心はないのだろう。アリステアは領主としてここに住む住民の安全を優先するからだ。


 この世界の人間や人外者たちが、移民の民という異世界人を犠牲にして生活している事を疑問に思う事すら無い。それを常識だと認識している。

 そんな人達と芽依達の間に阻む大きな壁があるのをどうやったら知ってくれるのだろうか。


 どんなに優しくされても、心配されても、それはいらない火種を生まないための仮初の優しさであり芽依個人に向けてではないのだと、花婿である男性の状態を見て、何も感じないアリステアをに少しの失望を覚えてしまった。

 しかし、それはこの世界の常識であってアリステアがおかしいわけではないのだろう。その感性を芽依はどう頑張っても理解できないのと同じように芽依がこの花婿の男と同じ状況になってもアリステアは何も感じないのかもしれない。



「……………………困ったな、思ったよりも複雑怪奇で住み良い世界じゃなさすぎる。これじゃ、移民の民自殺するんじゃない?」


 ポツリと呟いた芽依に全員が視線を向け、え?……とたじろいだ。


「…………ねえ花嫁、聞きたいことがあるわ」


「は……」


『だめだ、返事をするな』


 メディトークに止められた芽依は、自分の保護者と化してきた巨大な蟻を見上げた後、もう一度メロディアを見た。

 先程の軽薄でいて妖艶な笑みを浮かべる妙齢の女性ではなく、眉を下げて大きな瞳を陰らせる美しい女性が佇んでいる。

 ふわりと揺れる羽は閉じていて不安げに震えるまつ毛が瞬きにより影を作った。


「大切な質問ですか?」


「…………ええ」


「では、花婿さんを通してお話しませんか」


「………………メイ、危険だ」


 アリステアの綺麗なかんばせが陰り芽依の腕に触れるが、これは聞かないといけない話ではないかと、芽依は笑って首を傾げるだけにした。

 花婿に伝えたメロディアの言葉は、花婿ですら目を見開かせたようで、呆然と芽依を見る。


「……………………移民の民の死亡率、特に自殺率が高いのを回避する方法はあるのか……」


 花婿のその言葉に芽依だけでなくアリステアまでも軽く目を見開いた。

 芽依はなんの事だ、とアリステアを見ると頷いき教えてくれる。


「…………たしかに、移民の民の死亡率は高く、その半分は自殺だ。初めて会い保護の話をする時は自殺をする様子などないのだが、自殺者は後を絶たない」


 当たり前のように言うアリステアはこんなものなんだ、というように不思議な様子はない。



「………………ああ、そうか。この世界の人が私達にくれる優しさにはこんなにも違いがあるんですね」


 何かを納得したような表情で芽依は頷く。

 意味のわからない感情や決まり等を押し付けられ理解出来ずただただ病んでいく花嫁や花婿だって優しくしてくれたら、その気持ちに寄り添うだろう。

 それを理解出来ない人外者達も、愛する人が弱り笑みを消していく姿を見て悲しみ恐怖していたのでは無いだろうか。

 探して探してやっと見つけた異世界の花嫁や花婿を大切にしない訳が無い。

 そして、異世界人だからこそ他者に優しさという気遣いをする花嫁や花婿を理解出来ず、その様子に不安を覚えた人外者が囲い込み雁字搦めにした結果、うつ状態となった移民の民はひっそりと離れる決意をするのでは無いだろうか。

 この世界を憎み恐怖して自分が消える事を選ぶのではないだろうか。


「私達は生きているのだから、私達をもう少し尊重してほしい。しまい込まないで束縛しないで強制しないで自由をください。私達は感情の無い人形ではないので、全て制限された世界では生きていけません。心が病んで気分が塞ぎ笑わずにただ生きるだけになる、ううん、相手を嫌いになり逃げ出したい、ここに居たくない、いずれ死にたいと強く思う。まだ生きている今、私達に自由をください…………あのね、今している等価交換と一緒で大切にしてくれたらその分私達も気持ちを返すよ」


 メロディアを真っ直ぐ見ていると、その言葉をかみ締めている様子がわかる。


「あなた達人外者が移民の民を死なせないように慈しんでくれようとしてるのはなんとなくわかった。なら、私達が死なないように慈しんで欲しい。心からありがとうって思えるようになれば一緒に笑い合えるし死にたいなんて思わない。私達も力を尽くしてお返しをするよ」


 私達にとっては当然の事。でも、この世界にとっては当然ではなく今まで考えつかなかった事。

 それは、この世界は全て等価交換で出来ていて優しさで繋がった世界ではなかったから。

 好ましい人だろうが、生涯連れ添う相手であろうが全て、小さな願いですら等価交換が発生する。

 そしてそこには移民の民という最大限に否応無く旨味を沢山詰め込んだ能力を底上げさせる人物がいるのなら、優しいだけの約束などハナから無理だろう。

 そんな世界を理解して順応するのはなかなか難しいものもあるんじゃないだろうか。


「…………難しいねこの世界は。美しく残酷で、優しさも詰め込まれた世界なのに、それを善意だけで安心して受け取れない悲しい世界だね」


 それはまだアリステア達には理解出来ない芽依だから、そして花婿の男性だからこそがわかる悲しい言葉だった。


 芽依は少し花婿に近づき真っ白な手袋を外して両手を出した。


「…………メイ?」


 セルジオが眉を寄せ名前を呼ぶが、ごめんなさい、今は答えられないと首を横に振って真っ直ぐ花婿を見る。


「…………はじめまして、私は……名前を言ってはいけないらしから、今セルジオさんが呼んだので許してね。私こっちに来てまだひと月経ってません、貴方はお庭の先輩ですね。分からないこと教えて下さい。同郷のよしみでよろしくね……握手をしましょう」


 背の高いハズの花婿は俯き体を小さく丸めていたのを弾かれたように顔を上げた。

 真っ青になっていた顔色はそのままだが、嬉しそうに口端を少しだけ上げた花婿は手を伸ばそうとした瞬間、メロディアを確認した。

 その様子は抑圧され怒られる恐怖の中、大丈夫か確認する姿だ。

 眉を寄せ嫌そうにしているメロディアに手を下げかけた花婿の手を芽依はガシリと掴む。


「あ……」


「大丈夫、これから少しずつ本来の貴方を取り戻して笑い合おうよ。相手の顔色を見て動くんじゃなくて心に寄り添って、また手を繋ごう」 


 ニッコリ笑った芽依に、花婿は崩れ落ち芽依にしがみつきながら声を上げて泣いた。

 そんな様子はメロディアは勿論、日に日に無表情になっていく移民の民を見続けていたこの世界の領民達も声が出ない程に驚き呆然とする。

 通り過ぎる領民達も驚き、中には芽依達と同じような移民の民もいて目を見開いている。



「………………ユキヒラ、ねぇユキヒラ、私の愛し方は間違っていた?貴方を守って大切にしていたのだけど幸せではなかった?貴方は私を置いて消えたかった?」


 弱りきったメロディアはユキヒラと呼ばれた花婿の隣に座り込み肩に触れると、ビクッと反応しメロディアを見る。


「………………彼女と同じ意見だよ、ここは俺にはツラすぎる。契約だからと全部決められこっちに来て5年、君以外と話せない日々は死ぬ程寂しくて不安で……即売会で人に会う度話せないのが余計に孤独だったよ……永遠とも呼べる想像もつかない日々をこのまま生きるなんて俺には耐えられない」


 フルフルと首を振り芽依にしがみついているユキヒラにメロディアはペタリとお尻を地につけて呆然としている。


「………………そんな、イヤよ……私貴方が好きなの、離れるなんて嫌、お願い、ごめんなさい、嫌なの……許して、貴方の希望をちゃんと聞くわ、だから……」


「メロディア……」


「お願い!嫌!!」


「メイ!!」

「メイちゃん!」

『メイ!!』


 メロディアが叫んだ時、下から強い風が吹き上げ芽依はその風に弾き飛ばされかけた。

 セルジオ、フェンネル、メディトークがすぐに芽依を掴み間一髪無事だったが、顔を手で覆い泣きわめいているメロディアの勢いは弱まらず周りの人や物をふきとばしている。


「メロディア!駄目だ!」


 風の恩恵を受けているのだろう、ユキヒラは吹き飛ばされずメロディアの手を掴み顔から離すと、涙と鼻水が流れる顔を晒して更に泣き出した。


「ちゃんと話し合いをしよう!2人で寄り添っていけるようにちゃんと俺も笑えるように!だから、泣き止め、風を止めろ!」


「離れていかないで!嫌いにならないで!大好きなの!わかって!!」


「わかったからメロディア、わかったから!」


 ギュッと抱きしめたユキヒラはメロディアのボサボサになった髪を鷲掴み自分の胸に抱え込むとメロディアはしがみつき声を上げて泣いている。

 そんな姿を見てユキヒラまで泣き出した。

 吹き上げる風がおさまり、捕まっていた領民がなんだなんだと抱きしめあって泣く2人を見る。


「………………え、俺と同じ」


 どこかで呟く声が聞こえたが、それは泣き叫ぶ2人の声にかき消されていた。多分、移民の民なのだろう。

 芽依はごめんね、と言いながらメロディアを慰めるユキヒラを見る。

 5年そばに居た、始まりはどんな感じだったのだろう芽依には勿論ここに居る誰にも分からないが2人だけの始まりがあり、2人だけの時間があり数え切れない伴侶となったからこその、実際には対価の伴わない約束もしたのだろう。

 抑圧されただけじゃない絆があって、情があったのだ。

 ユキヒラにとってそれは愛情なのか友情なのか、それとも同情になり得た感情なのかはユキヒラにしかわからないが、これからもふたりの時間はきっと続いていくのだ。


「…………残酷で儚くて、でも美しい姿だね、人外者っていうのは」







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