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第33話 移民の民の現状


 芽依は相変わらず楽しそうにメディトークやフェンネルと笑い声を上げながら売り子を行っていた。

 さすがに手渡しをして触れ合うことは出来ない為テーブルに商品を置いて受け渡しとなるが、芽依や隣の男性のように触れ合ってはいけない人も居るとわかっているので、それに文句を言う人はいない。

 そんな芽依たちの隣のブースには、売り子のメロディアが客の対応をして、男性はテーブルに商品を並べ続けている。


「なんか、楽しくなさそうだね」


「移民の民?んー、まぁそうだね。君みたいに大口開けてる子は少ないかな」


『こいつは単純だからな』


「いやいや!……私達だって元々はフェンネルさん達みたいに笑いあっていたんだよ」


「…………笑い合う、ねぇ」


 すう……と目を細めてしんどそうに商品を出す男性を見るフェンネルの眼差しは冷たくすぐに視線を外した。






「あら、終わった?早かったわね」


 終了時間が30分ほど早かったメロディア達は、芽依達が終わるのを外で待っていた。

 手には買ったであろうフレッシュジュースを持っていて2人で寄り添い立っている。

 芽依達は相変わらず完売で早めにブースの片付けをして出たのでメロディア達をあまり待たすこともなかっただろう。


「初めまして花嫁、私はメロディアよ。良かったら名前を教えてくださる?」


 鋭い眼差しで見るメロディアを芽依は見返すが口は開かない。

 先に言われていたのだ、名前を聞かれても答えないようにと。

 フェンネルの時は言われなかった名前について。

 呪い等があるこの世界で本人の口から直接答えられた名前は紐づけられ呪いを掛けられる事もあるという。

 対抗出来る力があったり、圧倒的に相手より強いのならば構わないのだが芽依には対抗出来る力は無い。

 だから、第三者から聞いた名前を知られたりする以外に自分から名乗ってはいけないのだ。


 フェンネルの時は、メディトークからの注意が抜けていてまんまと芽依が名乗ったのだった。

 後にメディトークは勿論何故かフェンネルからも注意を受け、お母さんにはこっぴどく怒られた芽依はやけ酒をしてアリステアに心配されブランシェットに慰められている。


『話し合いはこいつとお前の花婿だろ?お前の口出しは許してねぇ』


「あらつれないのね」


『いいか、たんなる話だけだ。約束や詮索には応じんじゃねーぞ。分からなかったら俺を見ろ』


 真剣に言うメディトークに頷いた芽依は、レースの手袋をした手をフェンネルに伸ばすと、微笑む真っ白な妖精は、真っ白な手で芽依に触れた。


「………………君も移民の民だよな?」


「そうですよ」


 フードに隠れた黒髪を少し寄せた男性はギョロリと大きな瞳で芽依を見た。

 何か言いたげな顔でフェンネルを見ているが、フェンネルは芽依の逆の手の中にあるチーズボールをチラチラと見ている。

 それに気付いた芽依がフェンネルにチーズいる?と見せると輝かん笑みを浮かべて頷くではないか。犬か。


「君はなんでそんなに笑ってられるんだ。こんな地獄みたいな場所でなんで楽しそうにしてられるんだ……」


「なんでと言われても……」


 チラッとメディトークを見るが特に反応はない。

 静かに、だが真っ直ぐに芽依を見るその男性は全てを諦めたような表情をしていた。

 あの即売会で陳列している虚無の表情で、しかし、何か新たに見つけた希望を宿したような眼差しで。


「特に不自由も嫌な思いもしてなくて、好きな事だけをしているからかな、と思います」


「好きな事を……?そんな笑って出来るような、そんな生活をしているのか?こんな場所で?……なんでそんな他人と話せるんだ、手を繋げるんだ……?怒られるだろ……、喰われるだろ?こんなの、聞いてたのと違うだろ……」


「怒られる!めっちゃ怒られるよ!しかも1人は完全お母さん。髪乾かせ、恥じらいを持て!この世界難しいよね、難問すぎー覚えれないって!」


『…………お前な』


 はぁ、と後ろで息を吐き出しているメディトークに、フェンネルはお母さん?と首を傾げている。


「……なんでパートナー以外と話せるんだよ」


 強く手を握りしめて言う男性を芽依は見つめていた。

 強く抑圧させられている様子の男性から見たら、目の前で笑う芽依に嫌悪感を覚えるだろう。

 その証拠に男性の眼差しは無機質だったものから、話す度にギリギリと燃え上がりイライラした熱を感じる。

 それでも、芽依に出来ることはなるべく柔らかに今の気持ちを伝える事ではなかろうか。


「んん、取り乱しました、すみません。なんでかと言われたら、私と違う綺麗な生き物と話をしてみたかったからです。見てください、フェンネルさん真っ白で綺麗じゃないですか?私達の所にはいない生き物ですよ」


「……生き物」


「ちょっとストーカー気質だけど可愛い人です」


「ストーカー……」


「ねぇ、君さ結構僕に酷いこと言ってる自覚ある?」


 くいっと手を引っ張るフェンネルにまあまあ、と言いながらまた男性を見た。


「貴方はどこから来たんでしょうか、見た感じ同じ日本ですか?この世界って私達とあんまりにも違うからびっくりしちゃいますよね。まず、常識が通じないし、何しても怒られるし、話すな触れるな、なんだそりゃ重度の束縛大好きな変態かって話ですよ」


「……変態」


「かなりびっくりして困りましたよ、あまりにも常識が違ってあれもこれもダメだと言われたから、これじゃ私生きていけないと思って。だから、全部言うことは聞けないって話しました」


 あは、と笑って言う芽依に男は、は?え?え?と挙動不審になる。


「そんな楽しくない場所で笑って暮らせない。私は楽しく酒飲んで暮らしたいんですよ」


素直に、できる限り刺激しないようにそう伝える。男性は今にも我慢していた感情が噴火するが如く爆発しそうだからだ。

 お酒、嫌いですか?と微笑んで聞いた芽依の後ろにいるメディトークの手には袋があり、実は鮭とばが物凄い量入っていたりする。

 甘いものと同じくらいお酒も好きらしいフェンネルもおつまみ持って持参する!とヤル気満々だ。


「お酒、飲むんだ」


「大好きです!!だから、今私はお酒に合うおつまみを作る為に頑張っているんですよ」


 繋いでいない手を高らかに掲げてグーにする芽依に合わせて、何故かフェンネルもおー!とやっている。やだ、可愛い……とフェンネルを見て呟くと、メディトークの黒い手で後頭部を3回小突かれた。


「……面白いわね花嫁、私貴方を少し食べてみたいわ。ねぇ、少し貴方をちょうだいよ」


「あ、だめ!僕も味見断られるんだから」


 サッと芽依を庇うフェンネルは笑顔だがふわりと殺気が漏れ出し、同じく顔を顰めて腰を落とし出したメディトークがジッとメロディアを見ている。


「…………もし穏やかに味見をしたいと言われたらセルジオさんを呼べと言われているんだけど、これは呼んだ方がいいのかな?」


 肩を捕まれ真剣に言ったセルジオの言葉を、芽依は振り返りメディトークに聞く。

 すると途端にメロディアの顔が歪んだ。


「………………闇の最高位精霊のセルジオ様?」


「そうです、知り合いです?」


「まさか……貴方のパートナーはセルジオ様なの?」


「いえ、セルジオさんはお母さんです」


「誰が母親だ」


 顔色の悪いメロディアに答えた芽依の後ろから不機嫌なセルジオの声が聞こえてきた。

 振り向くとアリステアやブランシェットもいるではないか。


「あ、セルジオさんじゃないですか。皆さんもどうしたんですか?サボりですか?」


「視察だ、馬鹿者」


 頭を片手で抑えるアリステアに言われて、あら?と首を傾げると、ズンズン近付いてくるセルジオにフェンネルと繋いだ手を離され手袋を付けた手で頬をブニュリと潰された。


「お……まえは、何をしているんだ……知らんやつに着いて行くな話をするな触るなすぐに帰ってこい、何かあったら呼べと言っただろうが。お前の耳は飾りか?」


「なんれしゅかしょのかひょごは!わらしは赤ひゃんれひゅか(なんですかその過保護は!私は赤ちゃんですか)」


『赤ん坊の方がずっと手がかかんねーんじゃねえか』


「ほひょらへバカにひゅんなよ!(子育てバカにすんなよ!)」


「なんて言ってるかわからんな」


 キーッとメディトークに叫ぶと、セルジオに鼻で笑われ、ギっ!と睨み付ける。

 そんな芽依を助ける素敵な春雪の妖精ブランシェットがセルジオの手を離させてくれた。


「ほら、可愛い顔が台無しですよ」


「ブランシェットさん……すっき」


「まぁ、私もよ!うふふ」


 ニコニコするブランシェットの隣に並ぶが、触れそうになった瞬間ブランシェットはそっと1歩だけ離れた。


「ごめんなさいね、あなたに触れて食べたくなってしまったら私困っちゃうから」


「わぁ、配慮が足りず申し訳ないです」


 慌てて下がる芽依はペコペコ頭を下げた。


「素敵マダムなブランシェットさんに嫌われたら大打撃だし、がぶーっとされるのも勘弁だからこの距離で!……何とかなんないんですかねー、流石に寂しいですよね」


 うーむ、と首を傾げる芽依にアリステアすら何を?と首を傾げる。


「いや、この距離感ですよ。触れたら駄目、話したらだめ。側にいても孤独感満載じゃないですか。それを無視したら怒られるんですよね?いや、横暴で理不尽だなぁ」


 んー、と首を傾げる芽依に、アリステアは考えるように唇に人差し指をあてた。


「横暴で理不尽、か。そんなこと事考えた事も無かったな」


「無かったんですか……私達アリステア様と同じ人間ですよ?」


「いや、そういうものだと教えられて来たし何も不思議に思わなかったからな」


「不思議に思わない……まじか」


 アリステアはあえて口に出さなかったが生まれた時から移民の民は、呼ばれて現れる人外者の庇護下の者とこの世界の人間は認識している。

 移民の民との交流も、保護という名の争い事から身を守る為に必要な措置だという認識なのだ。あまり関わりを持ち過ぎて人外者の怒りを買いたくないという理由も含まれる。上手く付かず離れずの関係を保っているだけなのだ。

 アリステアだけでなくこの世界の人間にとって、移民の民は同じ人間という名前があるだけの別の種族であり、交差しない人種。

 だからこそ、触れ合わず話さず囲われる移民の民と仕事柄話をし、心配はするが自分事として捉える事無く恙無く生活が出来ればそれで良いと考えている。

 日に日に憔悴していく移民の民を見ても、そういうものだと深く考える事もせず。

 それがアリステア達この世界の人間の普通であり常識なのだ。


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