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第32話 驚きの即売会


 本日の即売会には、昼近くに場所を予約したらしく朝はゆっくり準備が出来た。

 出来る蟻、メディトークは前日の夜にはある程度の準備を終わらせているからだ。


「……私、最近この庭はメディさんwith私って感じがする」


『ああ?ここはお前の庭だぞ。言っとくがな、同じ豊穣と収穫の恩恵持ちだがその性能はお前の方が上だからな』


「ん?恩恵に違いがあるの?」


『恩恵を与えた人外者の位や、相手への好感度でその与えられる恩恵の精度が違う。少なくともお前に豊穣と収穫の恩恵を与えたヤツは高位以上だろうよ』


「まじか、私なかなか使えるヤツだった?」


『お前じゃなかったら2日に1回とか、バカヤロウのする事だな』


 ハッハッハッと笑って芽衣の腕を引っ張るメディトーク。

 行くぞ、の一言で転移前に吹く風が下から吹き上げた。



「バカヤロウ参上」


 会場前に到着した芽衣の頭を後ろから軽く叩かれ、思わずフードを抑える。

 今日はこの間と違い真っ赤なフードを被っていた。

 お母さんなセルジオが前日の夜に部屋に訪れ置いていったのだが、入浴後の芽依はセルジオだとわかった途端笑顔全開で扉を開けた瞬間にどつかれた。


「お前は!何度言ったらわかるんだ!ちゃんと髪を乾かせ!風邪を引くぞ!何も考えずに扉を開けるな!俺以外にそんな無防備な姿を晒すな!バカかお前は!!」


 濡れた髪で扉を開ける危険はわかっているのだが、相手はセルジオだ!お母さん!!と開けた瞬間怒られた。

 しかし、やはり内容はお母さん寄りなので芽依はほっこりする。

 怒られているのがわからないのか!と目を釣り上げるセルジオにこれ以上はマズイとシュンとした顔をして上目遣いに謝ったら、セルジオは眉をギュッと寄せながらも指パッチンで髪を乾かし許してくれた。好きだ。

 そして恒例の片付けが出来なかったからと芽依の前で片付けを始めるセルジオはもうお母さん全開である。


「……今日は真ん中くらいなんだね」


 場所代を払ってくれたメディトークの後ろを歩くと、チラチラと視線を感じた。

 なんだ?と首を傾げながらも場所に着くと、メディトークは早速物品を並べていく。


「……なんか、見られてない?」


『人が多く来る即売会なんかにはよ、情報がそれなりに回りやすくてな。デカイ蟻とフードのガキだ。わかりやすいんだろ。しかも、来てから2日後のハイペースだしな』


「なるほど、ガキじゃない」


『見た目はガキだ』


 むむむ……と眉を寄せながらも大量の卵を長テーブルに積み上げていく芽依を隣のブースにいる若い男性が見ていた。どうやら人間のようだ。

 その視線を感じながらも敢えて無視してテーブルに並べる芽依。

 セルジオお母さんがフェンネルの話を聞いて、販売以外の話をするなと厳重注意を受けたのだ。

 まさかの内容に難しい……と思ったが、箱庭の出資者はお客さんだ。

 なら問題ないではないか、と頷いた芽依は必殺!面倒な事はメディさんにおまかせ、を発動している。

 今回ブランシェットが居ないから余計にだ。


「……前よりもいい匂いしない?」


 芽依は並べながら周りを見ると、同じように試食を用意しているブースがチラホラとある。

 その匂いが混ざりあい会場中に漂っているのだ。


『俺らを見て真似してるヤツらが出てきやがったな。言っただろ、情報は流れるのが早いってな』


「なるほど、売上を上げたいならいい所は真似した方が得だよね」


『嫌じゃねーのか?』


「なんで?それもひとつの戦略でしょ?なら私達はもっといい何かをすればいいじゃない?」


 にッと笑って言った芽依の頭を無言でフードの上から撫でるメディトークにへへ、と笑った。


「私はメディさんと作った沢山の物が負けてるなんて思わないしね!よーし、準備オッケー」 


 綺麗に並べ満足そうに頷いた芽依は今日初めてのお客さんに笑顔を向けたのだった。




「……うん、なんか試食めっちゃ減るの早くない?」 


『食って買わないヤツも居るしな』


「まあ、そうだけどまだ15分だよね。もう3分の2ないんだけど……」


 ハイペースで無くなる試食品に首を傾げる。

 客は途切れることなく順調に売れるのだが、客は必ず試食を食べ、ギラギラと試食のタッパを見ながら離れていく客に頬を引き攣らせてしまう。

 もう1回並び直し試食2週目をする客はメディトークが容赦なく叩き出していた。ご自由にどうぞでは無いのだ。


「………………なんか、ちょっと考えてたのと違うぞ」


 これは、惣菜ホイホイではないのか?とチラリとメディトークを見ると、疲れた顔をして目をさ迷わせていた。


「ねぇ、羊肉はないの?」


「え?…………あ、ごめんなさい取り扱いが無いの」


「……そうなの、ないのね」


 悲しそうに鶏肉や豚肉を見るその客を芽依は、まじまじと見る。


「……取り扱い、しないの?ここのお肉美味しいって聞いたから食べたいの」


「あ、もう少ししたら、羊を買う予定だから」


「!買うのね!わかった、待ってるわ!嬉しい、羊肉嬉しいわ!約束よ!あのね、私羊肉大好きなの!」


 ぴょん!とジャンプするとゆうに15cmは浮く。

 どぉん!と音を立てて地面に足をつけると、ガタガタとテーブルが揺れ、芽依はぎゃ!と商品が落ちないように抑える。特に卵。


「また来るわ。今から羊を買うのでも数ヶ月は必要よね?ああ、私とっても楽しみ。よろしくね」 


 うふふ、と鈴を転がすような可愛らしい声で言うその客は手を振って何も買わず試食もしないで離れていった。


「………………メディさん、猫」


『ん?ああ、ヘルキャットだな』


「ヘルキャット」


『巨大猫族の幻獣種で羊をこよなく愛してる、主に食用に。平気2m強、アイツはまだ小さい方だな』


「あれで小さいんだ」


『巨大猫族の中でも特にヘルキャットは執着が凄いぞ、羊に対してな。売らないと何度でもくるし庭も探し出して来るって話だ』


「わぉ……猫が羊を……」


『羊型の幻獣と結婚したがるくらいには執着してやがる。食うくせにな』


「…………結婚相手食べるの?」


『涎垂らして舐めるらしいぞ?最後は喰うんじゃねぇか?だから何度も婚姻を結んでるな』


「………………おぉ、結婚相手とはいかに」


 あんなに可愛らしい動作でコロコロと喋っていたヘルキャットは完全なる肉食のようだ、食欲も、恋愛も。


「…………あの」


「はい?」


 隣から声をかけられた。

 思わず反応して見ると、芽依によく似たフードを被っている隣のブースの売り子さん。

 人間なのはメディトークが言ったからわかっていた。

 フードを被る芽依と同じ人間。それはつまり、移民の民なのだろう、隣に人外者もいる。

 メディトークは移民の民が庭を作るのは珍しくないという。あまり接触させたくないパートナーが庭に閉じ込めてしまう事もよくあるのだ。

 きっと、この男性もそうなのだろう。


「…………貴方もその、移民の民ですよね?」


 こそり、と聞いてきた男性をチラリと見るパートナーは美しい女性だった。

 ピンクと白の混ざった肩までの髪をふたつに結んで物を売るその女性は、自分の婿を見てから芽依を見た。


「あ、そうですね」


「…………なんで、笑っていられるんだ」


「はい?」


 にっこり笑う芽依を呆然と見るその男性に首を傾げていると、芽依のテーブルをバン!と叩く人物が現れる。


「…………………………ちょっとー、フェンネルさんやめてよ、もー」


「来てるって雪虫が教えてくれた!ねぇ、僕のプリンは!?」


「またストーカー?駄目だよ。ないよー、売り物じゃないんだからここにはないってー」


「もう!君はいじわるだな!」


「なんでよー、ほら、これならあげるよ。試作品の私のお菓子なんだからね、かわりに売り子手伝ってよ」


 いそいそとブースに入ってきたフェンネルの手のひらに置いたのは、あのチーズボールだ。

 甘いが、プリンが好きなフェンネルは気に入るだろう。なにせ、大好きな牛乳が入っているのだから。

 勝手に話を進める芽依の学習能力鳥なみの頭を鬼の様な顔で叩くメディトーク。

 ぎゃん!と声を上げてごめんなさい!と謝る芽依をフェンネルは笑いながら見ている。


「……メディさん作ったの?」


『おう、メディさん言うな』


 あむっと食べると、口の中で少し溶けたチーズがパキリと割れてとろりとしたチーズと甘いミルクが溢れてくる。

 目を見開き口元を可愛らしく手でおさえた美しい粉雪の妖精は芽依を無言で見る。


「どう!?どう!?」


「ヤバっ!うまぁぁぁ!」


「でしょ!でしょ!!」


「僕売り子頑張るからもう1個ちょうだい!」


 2人でキャッキャウフフしているのを男性は愕然と見ていて、パートナーの女性も目を丸くしている。

 初回参戦の時は上手くメディトークがカバーしていてくれた為、周りに気づかれなかったがフェンネルがキャッキャウフフしているからどうしても視線を集めてしまうのだ。


「最後までいてくれちゃったりする?」


「プリン付けてくれる?」


「生クリームも乗せてあげる!」


「やったぁ!」


 ふわりと白い髪が揺れ喜ぶフェンネルは、嬉しそうにエプロンをしてから芽依によってサッと髪を結んで貰っていた。


「………………まあ、面白い。貴方移民の民よね?」


「どちらさま?」


 髪を結ぶ時に芽依の指先がフェンネルの首筋に触れた。

 ふっ、と蕩けた眼差しを芽依に向けるが、芽依は隣の女性を見ている。


「私メロディア、貴方は交流を持ちたい花嫁なのね。私とも仲良くしてくれる?」


 何かを狙う眼差しに芽依はメディトークを見ようとすると、その前に足が芽依の前にぬっと現れた。

 上を見ると、メディトークの黒光りボディが見えるではないか。

 いつの間にか、フェンネルも芽依を庇うように半歩前に立って腕を掴んでいる。


『それは無理だな』


「その花嫁は希望しているのではないの?」


「相手はこの子が自分で選んでメディさんに確認するから、実際その資格は狭き門だよ」


「あら、私は不合格?」


 3人が何やらピリピリしていると、男性は身を縮めながらも一心に芽依を見ている。

フェンネルに捕まえられている腕を見てから手袋をはめ直し、ペチペチと叩くとピクン!と反応して振り返った。


「なあに?」


「あの人も移民の民?」


「そうだね、あの移民の民は有名だよ。メロディアが見せびらかすのに連れて歩いているからね」


「メロディア」


「うん、強欲で傲慢な風の精霊」


「おお!精霊!」


 セルジオ以来の初精霊だ!とメロディアを見るが、フェンネルに遮られてしまった。


「だめ、目が腐るよ」


「なぜ腐る」


「醜悪だから」


「女性に対してなんて事!めっ!」 


 肩を叩くと眉を跳ね上げたフェンネルが芽依を見て、だめーっと首を横に振る。


「私の夫が気になる?花嫁。お話しましょう?」


『……お前の花婿がそれを望んでこいつが了承した場合に限り、フェンネルを立ち会いに会話をさせることを許可する』


 なるほど、何かを話したり対価を必要とする会話の時にパートナーを挟んで会話をするとは、こういう意味か、と芽依は顔を険しくするメディトークを見て思った。

 それはメロディアの真っ赤な唇が弧を描き何か企む瞳が芽依を見ているからだ。

 これは、食いつくそうと身を潜めながらも涎を垂らし大口を開けて獲物を狙う獣のようなもの。

 親切で優しい人外者ばかり見てきた芽依の初めての存在だ。


「少しだけ、話をしたいからフェンネルさん隣で手を繋いでいて欲しい」


「うん、君は本当にずるい子だね。プリン追加で」


「3つ付けちゃう」


「まかせて!」


 まだ始まったばかりの即売会、丁度お隣も始まったばかりらしく終わり時間も変わらない。

 その為、話は終了後となった。



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