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第31話 謝罪と微笑みと新しいお友達


「急に不法侵入してごめんね、びっくりしたよね」


「もういいよ、ただ今度からは先に約束しようね」


「うん、こっちからも手荷物持っていかないとだし」


「プリンのため?」


「プリンのため」


 家の付近には小さな白い花が咲き乱れた花畑のような場所があり、そこには小さな丸テーブルと椅子が4脚あった。

 そこに2人は座り、プリンを食べながらメディトークが働く姿を見ている。

 話すフェンネルの姿は穏やかで芽衣の話が理解出来ずに顔を曇らせていた姿はここには無い。

 花をバックにプリンを食べる姿は絵画の1枚の様で、今まで見てきた人外者の中で1番綺麗だと芽衣は思う。

 話さないと凍てついた、冷たい雰囲気があり、まつ毛まで白いその姿は微笑むと真っ白な花が咲くような華やかさを見せるのだ。


「君たち移民の民が幸せじゃないって言うのが何故か僕にはわからないけど、移民の民は幸せそうな顔はしていないんだ。みんな恐怖で引き攣った顔をしてる」


「がぶーっとされるからじゃなくて?」


「あはっ!可愛い表現!確かに血肉は美味しいし堪らないっていうけど、必ずしも肉体を損傷するようなことをする訳じゃないんだよ?食べたいなら肌を舐めるだけでもいいし、ほら、夫婦だからね?肌を舐めるだけじゃないでしょ?」


「あー、夫婦だからね」


「そう、夫婦だから。あ、味見してもいい?」


「それはダメじゃないですかー」


「やっぱだめか~」


 プリンを食べきったフェンネルがコトリと瓶を置いて芽衣を見る。


「……どうしてパートナーがそばにいないのかは、知り合ったばかりの僕が聞くことじゃないから聞かないけど、1人なら余計に気を付けてね。ガブってされちゃうんだから」


「ガブっは痛そうだから気をつける」


「ふふ……うん、気を付けて。僕ね、君に興味があるみたい。仲良くしたいから知らない事聞いていいよ。そして何かあったら僕が助けてあげる。対価はプリン、助けに行く時は惜しみなくプリンちょうだいね」


 この時とばかりにプリンを要求するプリン大好きっ子に芽衣は思わずふはっ!と笑った。

 あまりにも綺麗なその姿を持つフェンネルの美しい口から出るのはプリンなのだから、この世界はとても綺麗で美しく、平和な事も沢山あるんだな。

 プリンを食べて大変ご機嫌になったフェンネルは、また即売会で!と手を振って消えていった。


「……消えていった!?」


『転移だろ』


「……なるほど。仕事しよ」



 芽衣の仕事はメディトークと同じく牧場の手入れや収穫、動物の世話。

 そしてなんと言っても食品の生成に力を入れている。

 パンフレットを見て気になる物にチェックを入れた芽衣はぐふふと笑う。

 直ぐに沢山の機械を搬入する程蓄えはまだ無いので、地道に1歩ずつ進むしかないのだが惣菜販売を決めた芽衣の眼差しはギラギラとしているのだ。


「おい、これどう思う?」


「ん?……んんー?なにこれチーズ?」


 制作中のチーズの1つを持ってきたメディトークにパンフレットから顔を上げた芽衣が首を傾げる。

 1口大程の巾着に包まれた真っ白のチーズらしき何か。

 それを差し出され芽衣は危機感もなく巾着から出したチーズを口に放り込んだ。

 人外者からの物は気を付けろと、フェンネルが帰宅後直ぐに説教されたのだが、渡されたチーズを警戒心の無さに食べた姿に、メディトークは頭を抱えたがチーズを食べる芽衣のみるみる変わる表情にニヤリと笑う。


「うわぁ、なにこれうまぁぁぁぁ」


『周りはパリッとした焼きチーズ風味を生かし、中は蕩けるチーズ。そしてたっぷりの甘味をきかせた新鮮なミルクを染み込ませてみた新作だ。うめぇだろ?』


 パリパリのチーズはちょっとの衝撃でも割れない固さなのだが、口に入れるとその硬さは薄れ歯触りの良いパリパリ感へと変わる。

 そして溢れるチーズと甘さのあるミルクが混ざりあいなんとも言えない味わいが広がるのだ。


「美味しい、食感が楽しいね。硬さがあるから持ち運びにも便利。甘いから疲れた時に嬉しいなぁ」


『仕事中にちょっと食べる用に作ってみたんだが、悪くないな』


「アリステア様に渡してもいいかな?」


『ああ、感想聞こうぜ』


 2人でワクワクしながらチーズボールを見ている。

 まだ試作段階らしいが十分に美味しい。

 是非に味わいが違うのも作って欲しいものだ。

 スイーツ感覚に食べれるジャムを入れるのもいいのではないか。

 中身のチーズを減らしてチーズ味のケーキを入れて持ち運べるケーキとかどうだろう、いや、チーズボールではなくなってしまうか。

 楽しそうに試作品の話をしながら、また業務に戻り明日の出品準備をする。


「そういえば、明日はフェンネルさんいるのかな」


『昨日居たから居ないんじゃねぇか?メイや俺みたいに豊穣や収穫の恩恵があるなら別だがあいつは雪だからよ、むしろ庭には向かない気質なのに良く繁盛してるよなぁ』


 豊穣と収穫は庭持ちの全てが持っている恩恵では無いらしい。むしろ少ないのだとか。

 昔にいたかなり高位の豊穣と収穫の妖精が居なくなった事で潤沢な作物達が出来上がらず貧困を極めた時、少しでも食料を増やすようにと豊穣や収穫の気質に似合わない人外者や人間も、せめて自分の食い扶持くらいはと大なり小なり庭を持ちだした。

 フェンネルもその1人なのだろうとメディトークは言う。

 その中でも繁栄した人外者は多く、現在の即売会は賑わっているのだ。

 それでも、豊穣か収穫の恩恵、もしくはそのどちらもを持たない庭持ちの収穫は緩やかで特別多くは無い。

 だから、芽衣とメディトークの2人がいるこの庭は、最大級の恩恵があり、品質の良い作物が潤沢なのだ。

 この貧困をやっと抜け出しはじめた世界規模の問題に芽衣が現れたのは僥倖である。

 芽衣とメディトークの様に恩恵を持つ者同士が集まり庭を作り収穫の底上げの話も出たのだが、如何せん人外者とは排他的であり強欲であり自尊心が強い。

 馴れ合うことを対価としてしか、したがらない気質を持つ者が多い中で他者と同じ庭を共有するのは難しいものがあるのだ。

 だからこそ小数の潤沢な収穫を期待出来る1人、または理由ある複数での庭持ちは希少で出資者が箱庭代を出すものがいるのだ。

 芽衣とメディトークは一緒に同じ庭全てを管理するがこれは特殊で、普通は自分の場所取りをしてそれぞれが庭を管理し共同経営をする。

 同じ庭にいる事でその恩恵を受け取り収穫に繋げる。

 しかし、箱庭を作ってもらっても仲違いをする事もあるし解体もある。

 それも排他的な人外者たちの気質であり本能なので出資者も理解している。問題はないようだ。 


 「……不思議な世界だなぁ」


 多額の出資をしてもらって作った傑作の庭を解体する事もあるのか、と首を傾げてしまう。

 こんなに欲しくてパタパタしてしまうのになんて勿体ない話なんだと芽衣は思うが、それも人間との感性が違うのだろう。

 いや、異世界人との感性の違いなのだろうか。


「私達みたいな人間と人外者で作る庭もあるんだよね?」


『ああ、契約上であったり、夫婦であったりと様々だがな、いるぞ』


「なるほど、庭ってだけでもいろんな形があるんだねぇ」


『だな』


 ふーん、とまたひとつこの世界を知る芽衣は頷くのだった。





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