即売会にて飛ぶように売れた日の夜、夕食の際にウキウキで報告した芽依にアリステアもセルジオもホッとしたような様子で話を聞いてくれている。
シャルドネは感情のみえない笑みを浮かべたまま食事を続け芽依の話を聞いていて、ブランシェットはメディトークのご飯を少し食べた為空腹では無くようだ。
少し休みますわねと上品に笑って部屋に戻った。
「メイにとって良い販売だったようだな。なかなか即売会まで顔を出せないから話を聞けて良かった」
「また明後日も行くのか?」
「しばらくは行く予定です。なにやらメディさんが色々考えているみたいで、顔見せが終わって落ち着いたらまた別の販売方法をするって言ってました」
モグモグとグラタンに舌鼓を打ちながら言うと、そうなのかとワインを飲みながら頷くアリステアは色々な問題が落ち着いてきたのかお酒の進みが早い。
「明日からも頑張りますね」
そう意気込んだ翌日、庭に行った芽依は珍しくメディトークの怒りに満ちた声を聞いた。
「メディさんどうしたの!?…………え?フェンネルさん?」
お怒りなメディトークに驚き走って行くと、仁王立ちだろうか、腰あたりに腕を当てているメディトークとその前で土下座するフェンネルの姿があった。
「えーと、なんだろうこれは」
「うわっ!あっまい!これヤバイね!」
フードを被っていない芽依に反応したフェンネルが顔を上げるとメディトークの沢山ある足の1本が頭に乗り無情にも地に打ち付けた。
「うわっ!もー、僕一応君より位高いんだよ?」
『だがここは俺のテリトリーだ』
「……まあ、そうだね」
押さえつけられながら口を尖らすフェンネルは芽依にたすけてー、と眉を下げながら言った。
真っ白な髪が地面について茶色に染まってしまいそうだ。
「メディさん、フェンネルさん苦しそうだよ」
『不法侵入だぞ、コイツ』
「そういえば、なんでわかったの?この場所」
「あー、とね?君のその外套のポケットに……」
言いずらそうに言ったフェンネルに首を傾げながらポケットに手を入れるとモヤモヤとした何かを触ってギャ!と叫び素早く出した。
それに合わせて何かが飛び出してくる。
『雪虫……雪系統の妖精だったのか』
「うん、僕は粉雪の妖精だよ」
小さな白い生き物はふよふよと飛びフェンネルの元に行くとメディトークはフェンネルを離した。
ゆっくり立ち上がり芽依の近くに行こうとするが、メディトークがそれはダメだと足で制している。
「近付いたらだめ?残念。ごめんね雪虫は追跡が出来るから君に着けたんだ、どうしてもお願いしたくて」
「………………プリンですか」
「そう!そうなんだよ!あの味が忘れられないんだ!お願いだよ君からもう1回頼んで!」
頭を90度に下げるフェンネルに芽依はメディトークを見ると呆れたようにフェンネルを見ていた。
「……諦めなさそうだよ?」
『……お前の庭だ、決めちまえ』
「作るのメディさんだけど……」
『お前のついでだからな。対価はなんだ?』
そんなふたりの話にフェンネルは勢いよく顔を上げると真っ白な頬を赤らめてトロリと笑った。
「わぁ、ありがとう……なんでもいいよ僕の髪とかどう?もう僕あげちゃうよ」
『いらん』
ギラリと目を細めるメディトークは何かを警戒するように見た。
芽衣は座るフェンネルの前にしゃがみにっこりする。
「綺麗な髪をそんな理由で切ったりあげたりしたらダメだよフェンネルさん。対価なら物々交換しようよ、フェンネルさんの畑のなんかちょうだい」
「……………………だめ、死んじゃう。熱烈すぎ」
『俺の教育の不備がここに来てか……』
「え?」
首を傾げてメディトークを見上げるが、頭を抱えている。頭が痛いのだろうか。
『移民の民から何かを対価として渡すのは危険だと言ったじゃねぇか……しかもその提案をお前がすんな』
「あ、あれ?」
メディトークが芽依の腕を掴み引き摺るようにフェンネルから離れると、しゃがみこみ内緒話を始めた。
『いいか、普通移民の民はパートナー以外の人外者と話はしねぇ。中には交流をしたいと話すやつもいるが対価が発生する場合は必ずパートナーが対応する事によって移民の民との接触を減らすもんだ。そのせいで自分の嫁を取られる可能性があるからな。もしそうじゃない場合、移民の民から接触すんのはあなたに好意がありますって意思表示みたいなもんでな、パートナーにとっちゃ裏切り行為だ』
「浮気や不倫みたいなもの?なるほどパートナーを間に挟んで、この場合はメディさんに頼むのが正解なんだね……あのさ、ちょっと疑問なんだけど、移民の民って自分のしたい事を自由に出来ないの?必ず許可とか必要?いやさ、正直私たちとの常識が違いすぎて。確かに私たちにも浮気とかはあるけど、話をしないとか頼み事を人にやらせるとか、そんな概念はないんだよね……そこまでパートナーに合わせないといけないの?」
「んー、そもそも来る前に契約してるわけでしょ?こうなりますけど来ませんか?って。まぁ、聞くだけでその時の僕たちは花嫁を傍に置きたくて必死だからあんまり君たちの話を聞かないのも事実だけど……それって君たちにとって幸せじゃないのかな?かなり好条件だとおもうんだけどな。だって何もしなくていいわけだよ?」
内緒話の途中に割り込むフェンネル。
その指先には雪虫がいて、どうやら盗み聞きをしていたようだ。
振り向きフェンネルを見るとにっこり笑っている。
「…………盗み聞きは犯罪ですよ」
「えっ!そんな制度はないよ!?」
パタパタと近づき同じくしゃがみ込んだフェンネルの真っ白な髪がまた地面につくと、芽衣は慌てて自分の髪ゴムを使って髪を結び出す。
「着いちゃう!汚れちゃう!!」
『おいメイ!……はぁ、物をやるな』
「あげてないよ、貸しただけ」
「…………結んでくれるの?」
へえ……と言いながらニコリと笑うフェンネルは口を開いた。
「異世界の人間って弱いでしょ?大事にしないと死んじゃうから、だから僕たちなりに大切にして囲ってるんだけど、それじゃダメなの?君たちは幸せじゃないの?嬉しくなかったってこと?」
「ダメじゃないよ、大切にされるのはとても嬉しくて幸せな事だと思う。でもさ、それは相手が喜んでいる時であって優しさの押し売りは違うって事だよ」
「……よくわからないな」
「そっか。たとえば、嫌いな野菜を無理やり美味しいからって好意で渡されたらフェンネルさんどうする?」
「え?食べないかな、嫌いだし」
「うん、そうだよね。その野菜どうする?」
「勿体ないから誰かにあげるか、肥料にするかな」
「…………そうだよね。ねぇフェンネルさん私たちも好意だってなんでもかんでも相手の渡すもので腕の中がいっぱいになるのはしんどいし嫌だよ。相手に合わせるのは自分の中の1部だけ。ちゃんと相手にありがとうって感謝出来るだけの余裕がないと無理なんだよ」
芽衣はこちらの世界の愛情表現が理解できない。
やっている事は失礼ながら嫉妬深いストーカーで監禁じゃないか、そう考えたらあれ、これ最低なヤツじゃない。
人外者だからこその考えなのか、それともこちらの人間も同じなのか、まだ来たばかりの芽衣には分からないけれど今後も帰れず住むのならば芽衣の心地好い空間を自分で切り開かなくてはいけないと考えた。
芽衣は全てがいけないとは思わない、むしろ元の世界よりも人との繋がりが深く愛情深いのは見ていてわかるのだ。
それは執着する程に強い感情なのか芽衣にはまだわからないが、芽衣の常識や考えとこの世界での常識や人外者の事を理解して折り合いを付けなくてはいけないだろう。
生憎、芽衣にはそう出来る環境がある。
パートナーはいないが、親身になってくれる領主に同業者、身近な人外者達は皆少なくても芽衣の話を真剣に聞いてくれて無理強いはしない恵まれた環境なのだ。
だからこそ、この世界で立って生活ができると確信したから芽衣は自分らしくこの世界の全てと向き合って行くのだ。
この目の前に居るキラキラと輝く長髪を持つ妖精とも。
「……………………よくわからないかな」
「そっかぁ、ごちゃごちゃ言ってごめんなさい。大切にされるのは嬉しいけど話を聞いて欲しいな、何をして欲しいか確認して欲しいなって事」
「確認」
「うん、ありがとうって言い合える関係でいたいから」
「…………人間ってよくわからない」
「そっかぁ、でもさ分かることもあると思うんだ」
俯く顔を上げたフェンネルは芽衣を見ると、ニカッと笑った芽衣がフェンネルを捉えていた。
「ありがとうって言い合える優しさがあって、同じ物を美味しいって笑い合えるのは私たちもう知ってるから……あなた達の愛情表現がダメなわけじゃないんだ。ただ私には両手で持つには大きすぎるから話し合って大事な物を一緒に持ち合いたいね」
しゃがんだまま両手で頬を支えるように頬杖をつきながら笑っている芽衣をフェンネルは目を細めて見ていた。
「……そう、思っているんだね」
「たぶん、皆そうだよ。皆で仲良く笑い合える関係でいたいじゃない?パートナーが居ても囲われて誰とも交流出来ないのは孤独だもの」
「孤独、なの?」
目を見開くフェンネルに芽衣はそれ以上言わなかった。
人外者の感覚は根本的に違うのかもしれない。
人間の感情を理解出来ないのかもしれない。
それでも、こちらの常識を全否定しないで芽衣も話し合いどこがお互い落とし所を付けれるか探していけばいい。
芽衣は微笑みながらメディトークが持ってきた牛乳プリンを受け取りフェンネルと共に絶品プリンを食べるのだった。