「メディさんおはよ、どうですか準備は」
『大体終わりだ……あ?』
「今回お手伝いに来てくれたブランシェットさん!」
『……春雪か』
「知り合いだった?」
「いいえ、お会いしたことはないわ。でもお互い知っているのよアリステアと関わりがありますからね」
「アリステア様繋がりでしたかー」
初対面だという2人は遠目で直ぐに誰だか判断をつけたらしい。
アイツは……と目を細めたメディトークに、あらあら、と頬に手を当てるブランシェットは顔を見合せていた。
芽依はそんな2人をの様子を見てから用意された沢山の荷物を見てメディさん流石、と呟く。
予定していた沢山の肉や卵、牛乳などの乳製品を1箇所に集めていて下に何か陣が書かれている。
「これ何?」
『移動用の魔法陣だ。これに乗せりゃ持たなくても目的地まで運んでくれるってやつだな』
「おー、便利」
そう言いながら出掛ける時にセルジオから渡された布を頭から被る。
広げてみると体をすっぽりと覆うグレーのフード付き薄手の外套のようなもので裾に花と蝶が刺繍されている。
『似合うじゃねーか。……ああ、なるほど匂い消しか』
「匂い消し?」
「この外套には移民の民特有の花の匂いを隠す効果があるのよ。フードをしっかり被りましょうね」
外れかけたフードを直してくれたブランシェットに注意をされる。
どうやらフードをする事で匂い消しの効果があるようだ。
外套の内側に匂い消し用の陣が描かれていて、移民の民専用商品になっている。
移民の民以外が着ても効果は無いが、デザインを気に入り着ている人も少なくない。
『行くぞ』
「うん、メディさんありがとうね」
朝の仕事を全て終わらせていてくれた万能すぎる蟻、メディトークはニヤリと笑ってから荷物を転移した。
そして芽依をあの黒光りする足で捕まえ転移する。
「まあ、久しぶりに来たわ。売り子は初めて」
無事にブランシェットも隣に転移して来て、賑わう辺りを見渡した。
直売会はどうやら道の駅のようなもの広い建物の中に場所を取り販売できるらしく、芽依たち以外にも商品を起き準備している人や人外者が所狭しと集まっていた。
人気な販売者のブースには人だかりが出来ていて飛ぶように売れている。
まるで、アニメや漫画好きが集まる即売会場のようだ。
「……すごいね、販売所があってこんなに広いのも、こんなに賑わってるのも予想外だった」
「普通の販売所で買うよりも時間が限られているけれど安く多く買える直販売の方が賑わいはあるのよね。ここはカテリーデンという直販売所よ」
『よし、じゃあベースに行くぞ』
入口の販売者用カウンターに行き、予約していたブースを伝えるメディトーク。
「……はい、使用人数2名様……3名様に変更ですね。ブースはB53となります。3時間ですので時間内までに片付けをしっかり行ってください」
『ああ』
カウンターで渡される鶏肉の密封パックと金貨数枚。
それを支払ってからメディトークは芽依を連れて歩き出した。
「……お肉とお金」
『利用料だな』
「全員から貰うんだよね?お肉腐らないのかな……」
『保存魔術の掛けられたパック詰めの肉か野菜を1つと本1冊分の金額を支払いする事になってんだ、肉や野菜は腐らないぞ』
「すごい量になりそう」
「食べ物はね、孤児院に寄付されるのよ」
「寄付ですか」
孤児院はアリステアが統治するこの地域のみならず全国的に点在している。
その経営はどこも火の車な場所が多く、アリステアたち領主が支援し支えていたとしても不況だったりと収穫量のバラツキで孤児院への支給はなかなか難しいものがあった。
そこでアリステアは、はるか昔に使われなくなった領主が所有する建物のひとつを直売会会場として安価で使用できるように会議で提案。
沢山の人が安価で買い物をできるようにし、たくさんの販売者が参加してくれるようにブース代を安価にした。
さらに、時間を3時間に区切る事でローテーションを早めブース代を稼ぎを可能にしたのだ。
販売者も数の負担や廃棄量も少なく負担を減らし、買い物客も飽きずに楽しめる配慮をしている。
こうして毎日ブース代として払われる食材をアリステアの領地にある4つの孤児院に分けられるのだ。
「そうなんだ、孤児院……牛乳とかチーズとかはあるのかな?肉や野菜だけだと栄養片寄るだろうしなぁ」
『腹いっぱい食う事が先だからな。既に孤児院の食料問題はほぼこの寄付で賄われてるから贅沢もいえねぇんだわ』
「…………そっか。もっと先に知っていればよかったな。試作中で良ければ牛乳もチーズも沢山あったから毎日は無理だけど渡せたのにね」
しゅんとする芽依は、廃棄のために牛や豚に食べさせていた牛乳などの乳製品等を思い言うと、ブランシェットは目尻の皺を濃くして笑った。
「お嬢さんは優しい子ね」
「いや、食べる事は生きる事ですからね。当たり前にいつも食事を食べる習慣が奪われる子供時代なんて不憫ですから」
眉をひそめて言う芽依のおばあちゃんは戦前戦後を生き抜いてきたのだが、それはもう食べ物がなく毎日ふかした芋を食べたものだと繰り返して言っていた。
今の食べ物に困らない生活は幸せだねと笑っていたのを今も鮮やかに思い出すのだ。
『じゃあまた試作を始めた時にでもアリステアに言やぁいい』
頷く芽依だが、ひとたびアリステアの領地から離れた孤児院ては今も貧困が続いているんだろうな、となんともモヤモヤとする気持ちを抱えたままブースへと行った。
ブースは長テーブル2脚分の場所で、右隣のブースはお客さんが少なく逆に左隣は人気な販売者なのか物凄い人垣が出来ていた。
「メディさん、すごい人だよ」
『ああ、販売人気のあるやつの隣だったな。おら、手動かせ』
「はーい」
端から肉や卵、牛乳等の乳製品を置いていくと、周りにいるお客さんがチラチラとこちらを見ているではないか。
芽依は満足そうに胸をそらし、さらに極めつけの物を取り出した。
「じゃじゃーん!!」
無臭だったブースに馨しい香りが一気に充満し、遠くに居る筈のお客さんですらこちらを気にし始めていた。
「…………これはなんだい?」
小さなパックに沢山の1口サイズに用意された試食品を指さすお隣のお客さんに芽依はにっこり笑う。
「うちのお肉で作った試食品です!今回は唐揚げと、同じくうちで作ったチーズの試食販売。食べて気に入ったら是非買ってね。試食はおひとり様1つまでです」
「へぇ、面白い事するね。1つ貰っていい?……うん、すごくジューシーで美味しい。貰えるかな?」
「まいどありでーす」
フードに隠れてニヤリと笑った芽依の手から鶏肉のモモ3枚入を1パックとチーズを買った男性を見て、同じく隣のブースにいたお客さん何人かがこちらに流れてきた。
「試食食べていい?……美味しい。いいわね、匂いに釣られちゃったわ」
「んふふ、美味しいのが目の前にあったら気になっちゃいますよね」
「あら、作戦負けね。お肉ちょうだい、あと特濃ミルクも。息子が好きなのよ……まぁ、あなたの所のシールいつも買ってる所のだわ!こんな若い子が作ってるのね、いつも美味しいミルクをありがとうね」
まさかのお得意様に出会えたらしく芽依は驚きメディトークを見ると、頭を優しく撫でられた。
『よかったな』
「うん……ありがとうございます。ミルクはいつもこちらのメディトークさんが作ってくれるんですよ」
「まあ、そうなのね。豊穣の助手が仕事仲間だなんて素晴らしいわね」
豊穣の助手?と思わず首を傾げていると、じゃあねと離れていった女性を見送る。
するとメディトークは悪い顔をして芽依をチラリと見た。
『おい、いい宣伝をしてくれたぜあの客は』
ん?と首を傾げると雪崩込むように芽依の場所にお客さんがやってきた。
目をぱちくりとし、すぐに販売に取り掛かる芽依は嬉しい悲鳴を上げる事になったのだった。