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第19話 お披露目の味付き半熟卵様


「アリステア様、見せたいものが有るんです」


「ん?なんだろうか」


 毎日の日課になった夕食会で、芽依は小さなプラケースに入った卵を取り出しテーブルに置いた。

 4つ入った卵は、ツヤツヤと輝いていてしっかりと味がしみ全体的に茶色くなっている。。


「……卵だな」


「味付き卵か」


「はい、私の鳥さんが産んでメディさんが茹でて味付けしてくれた素晴らしき半熟卵様です」


「……半熟卵様、ね」


「是非食べてみてください。絶対お酒が欲しくなる魅惑の味です」


「……また酒か」



 食事の際に取り出した卵に、セルジオはお前の酒好きどうにかならんのか?と鼻で笑われつつも素直に伸ばされた手に卵がおさまっている。

 そして、卵を1度確認してから半分食べると目を見開き残った卵を凝視していた。


「……美味いな、ミリーに光月の油、緑花の煮出しに……」


 ブツブツと使われている調味料を探っているとセルジオを見て苦笑するアリステアも食べて目を見開いた。


「これは、とても良い味付けだ。メディトークは料理も作れたのか。万能だな」


「卵もいい出来だ。濃厚な甘みに弾力もある。半熟にした時のバランスが絶妙だな」


「あれ、なんか評論家がいるぞ」


 思わず素で呟いた芽依は、予想外の食い付きを見せるセルジオに目を見開いた。


 「これを食わせるという事は、この味がお前の故郷の味に似てるということか」


「はい、とても似てるんです」


「……なるほどな、こういう味付けか」


 ふむ、と頷き言うセルジオに芽依は笑って答える。

 実は、芽依に食べやすい味付けを毎食の中から探っていたセルジオにいち早く教えたかったのだ。この精霊は、こんなちょっとした食事の事にもお母さんを発揮してくれる。


「メイどうだ?経営の方は」


「まだ試験段階なんだけど、牛乳、チーズにヨーグルトが2種類ずつ作っています。牛乳はそのまま出荷出来るってメディさんのお墨付きで、卵は昨日から出荷始めました。いい感じのスタートです」


「……メディトークだよりか」


「あら、違いますよ?お世話は2人でしてますし、試作品も試行錯誤していいのを作っています。…………まあ、どうしても試作品がお酒に合う味にしがちなんですけど……」


「酒の権化か」


「本望です」


「お前な……」


 ステーキを切り分け口に入れたアリステアはほんわりと微笑み芽依を見る。


「良かった、メディトークと上手くやっているみたいだな」


「メディさん凄いですね、私大好きです。最初は巨大蟻過ぎて気絶しちゃいましたけど」


「気絶したのか!?」


「しましたしました。あの大きさはヤバいですって、私の知ってる蟻はこのサイズ!」


 指で数cmの大きさを見せる芽依にアリステアは目を丸くする。


「え……そんなに小さいのか?」


「そもそもお前がいた場所の生き物とメディトークは違うだろうが。あいつは幻獣だ」


「…………は、幻獣?」


 蟻のサイズを教えて、驚いた事を伝え満足した芽依は、食べようと口に入れかけた肉の行き場を無くしてセルジオを見る。

 何を当たり前なことを聞いている?とでも言うような顔でワインを飲んでいるセルジオは通常運転だ。


「え、まって下さい、幻獣って食べ物ですよね?牛とかみたいな」


「ぐっ……」


「メイ!?どんな認識をしているのだ!?」


「いや、だって……牛とか最初に買う時にそんな話をしてたからてっきり……食用の動物的なのを幻獣というのかと……」


 セルジオは飲みかけていたワインが器官に入りむせて、アリステアは思わず立ち上がってしまった。

 そんなアリステアの背後にいつの間に入室していたのか、森と叡智の妖精の姿があり優しく肩を叩いた。



「アリステア、お行儀が悪いですよ」


「シャルドネ!?随分早かったな……」


「急ぎ終わらせてきたのですよ……お久しぶりですお嬢さん」


「お久しぶりです、おひとつ如何ですか?」


「ありがとうございました。では、いただきますね」


 急に現れたシャルドネに注意され座ったアリステアの隣の椅子を引いて座ったシャルドネが卵を1口食べて目を丸くした。


「……美味しいですね」


「メディさん作ですよ」


「ああ、メディトークですか……それで幻獣の話ですか?」


 朗らかに笑いながら聞くシャルドネに頷くと、向かい側に座るセルジオの機嫌が悪いのか、完全に食事の手が止まっていた。

 新しく出したらしい白ワインを飲み始めていて、芽依はチラチラとその白ワインを観察した。


「アリステア、彼女に付く世話役はまだ決まらないのですか?」


「……適任がいないんだ」


「困りましたね、私で良ければするのですが……」


「駄目に決まっているだろ、何言ってるんだお前は」


「そんな事わかっていますよ、セルジオ」


 ハンッと鼻で笑うセルジオに、見下す眼差しを向けるシャルドネ。

 ギラギラとしだした2人に芽依は、何事?仲悪いの?と何度も見るがアリステアは別段変わらない様子で食事を再開させている。


「……なんか、ギラギラしてますよ?」


「大丈夫、いつもの事だ」


「……わぁ、大変だ」


 芽依は、出されている食事を見ながら考えていた。

 セルジオも、自分から気まぐれに教えてくれるだけで世話役にはならないと公言している。

 人外者にはそれをさせず人間の中から選べと言われたが、アリステアからまだ紹介はない。

 また日替わりで呼ばれても困るのだが、芽依も仲良くできる人がいい。

 人外者が駄目だと言う話はわかったが、必ずしも争い事の種になるとは思えないのだが。


「アリステア様相談なんですが」


「ん?なんだろう」


 果物を食べて幸せそうにしているアリステアに聞くと首を傾げてくれる。

 銀髪がサラリと揺れて相変わらず綺麗だ。


「お仕事をしながらメディさんに教わったら駄目ですか?多分私、今後開発とかであそこにいる時間長くなりそうですし」


「メディトークに?そうだね……どう思う?」


 睨み合っている2人に聞くと、セルジオはメディトークかと呟き、シャルドネはいいのではないですか、と肯定的な言葉が帰ってきた。


「メディトークの知識量は中々のものです。彼女との相性も良く仲良く経営しているみたいなので良いのではないですか」


「メディトークは種族的に争い事は避けていく傾向がある。あとは個体差となるがまぁ、問題は無いだろう………………あいつからなにか言われていないか?たとえばお前の何かを寄越せとか」


「何も言われてないですよ、一緒に月見酒をする約束をしているくらいです」


「お前は本当に酒が好きだな……」


「命の水です」


「違うだろ……」


「では、私からメディトークに確認をしよう。契約内容に入っていないからな……対価は如何程だろうか」


 うむ、と考えるアリステアにメディトークにも対価は掛かるのか、そうだよね……と眉を寄せる。


「……アリステア様、メディさんへの対価は私から支払うのでは駄目ですか?」


「「だめだ!」」


「だめですよ!」


 3人から同時に言われ芽依はビクリと肩を動かすと、アリステアはお詫びのワインを取り出し芽依に振舞おうとグラスに注ぐ。


「大きな声を出して悪かった。移民の民から対価を貰うと言うのは親愛の証にもなるんだ。貴方を常に信じついて行きます、と言ったような物だ。簡単に渡していいものでは無いのを覚えておいてくれ」


「……メディさんの素晴らしさならついて行って良い気が」


「おい、俺を怒らせるなよ?」


「ごめんなさい」


「とりあえず、対価については気にしなくていい。メイは色々と知識をつけてくれ」


 にっこり笑って言ってくれたアリステアの綺麗な微笑みにほっこりしたが、次の瞬間アリステアは渡そうとしたワインを盛大に零し芽依は声にならない悲鳴を上げた。





 アリステアからメディトークへの相談はその日のうちにされていた。

 アリステアの相談にメディトークは少し考えてから頷き確認をする。


『通常の仕事内容の中に伴侶が教える移民の民への知識の定着を追加して欲しい、か?』


「ああ、頼めるだろうか」


『いいのかよ、精霊や妖精程じゃないが幻獣だって気に入った移民の民にはそれなりの執着はある。俺はそれなりにアイツを気に入ってんだぞ』


「セルジオやシャルドネの推薦もあってな」


『……あの二方か、なら簡単に断れねぇな』


「頼めるか?」


『まぁ、いいだろう。対価についてはだが……』


 既に深夜、まだ庭にいたメディトークに話すアリステアはその対価について目を見開いた。


「……いいのか?それで」


『十分だ、それで楽しい時間を過ごせるからな』


「わかった、メイに伝えておく。メイは喜ぶと思うぞ」


『俺もそう思う』


 シニカルに笑うメディトークにアリステアは勝てないな、と優しい幻獣に笑みを向けた。


 こうして静寂の中交わされた小さな契約書が、後に芽依にとって掛け替えのない約束へと変わることを2人は想像も出来なかっただろう。







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