「うむ!素晴らしいのではないか!」
芽依は預けられた牧場の様子に満足そうに笑った。
日々少しづつ場所を整地し必要な物を管理人メディトークと共に揃えていく。その過程で失神する位に驚いた巨大蟻にも慣れて普通に話をするくらいまで芽依は態度を軟化させた。
広々としていた敷地内の中には建物が新しく出来ていて充実した職場環境が整えられている。
物凄いホワイトな職場が完成していた。
実は、セルジオを含めた様々な人に移民の民は本当に帰れないのか?と再度確認したが皆口を揃えて帰れないと否定されている。
それならば、芽依は元の世界への帰還を諦めこの場所で少しでも居心地のよい地盤作りに邁進した結果が素晴らしい施設を作り出すきっかけとなったのだった。
どう庭を発展させるのか、ある程度の方針は決まったのだが芽依の一番のやりたい事の準備がまだ出来ていなかった。
一番やりたい事、それは芽依のこよなく愛するお酒関連、さらには日本食の再現である。
色々と工夫をしてくれて以前よりも食べれるようになってはいるのだが、やはりお米が恋しい。
そして、大好きなお酒や、美味しいおつまみが欲しいのだ。その為には先立つものが必要である。
「飲めないなんて、死んだも同然」
無いなら作ればイイじゃない!という単純明快な考えを持った芽依の職場は生憎牧場である。
卵、牛乳等の乳製品に各種肉を作りたい放題。
好きなだけこだわっておつまみを作り、その為に必要な資金はお仕事と共にがっぽりする予定だ。
他にも農業も出来るから、探し出したらお米がどこかにあるかもしれない。
日本食には欠かせない調味料もなんとかしたい。芽依の8割りは煩悩で出来ていた。
「そういえば、移民の民が移動出来るくらいだからなにか運んだりとかは出来ないの?」
大きな俵型の藁を持ちメディトークに聞くと、丁度搾乳中の手を止めて大きくバツをして答えてくれた。
「ダメかぁ」
『この世界に移民の民以外の異物を入れたら世界の均衡が崩れっからな』
「私の均衡が崩れそう」
『なんだ、なんか欲しいのか……?あ?故郷の味?……あー、なるほどなぁ』
どこからともなく取り出したコップになみなみと入っている牛乳を芽依は受けとった。
普通の牛乳よりも少し黄色味が強くトロリとしている。
「ありがとう……メディさん、たまらないこの美味しさ」
『そりゃそうだろ、こいつはガガディの特濃ミルクだからな』
「あ、本当素晴らしいレア素材」
穏やかな眼差しで乳絞りをさせている雌牛、ガガディ。
雌牛の中でもレア種であり、とても濃厚な『特濃ミルク』を作り出す。
1日10Lしか作れないガガディの特濃ミルクは、芽依の恩恵を受けて50Lまで増量していた。
しかし、ガガディは高い。
普通の雌牛の20倍程の金額が購入時にかかる為、メディトークと相談し初回は2頭のみとした。
このガガディは繁殖のしない種であり更に購入後3ヶ月しか生きられない個体なのだ。
3ヶ月が経つと自動的に消えてしまうらしい。
なので、その前にガガディのお肉を美味しく頂くのがガガディの飼育方法のようだ。
かなり美味しい肉になるらしく芽依は今からヨダレが止まらない思いだ。
「…………ジャーキーになるんだよ、美味しいプルコギやユッケになるんだよ、楽しみにしているからね」
まだご存命のガガディの体を優しく叩きながら酒の肴になるのを心待ちにする芽依にガガディは哀愁を漂わせ、メディトークは低くいい声で「いい酒で乾杯しようぜ」とヤル気だ。
そして、牛乳工房に運ばれた特濃ミルクと、通常種のディの搾乳した牛乳は加工されチーズやヨーグルトに変わる。
こちらは買った工房が自動で作ってくれるのだが、つくる種類も豊富で選ぶことが出来る。
今はスタンダードなプレーンヨーグルトと、バニラヨーグルトを作っていて、チーズはプロセスチーズと蕩けるチーズの作成中だ。
バニラヨーグルトを作る為に生クリームも作成中である。
工房にもっとお金をかけれるようになったら種類を増やしたい。
まだまだ芽依の煩悩は尽きることは無い。
更に豚の放逐場所を見に行くと、こちらも元気に走り回り足がギュッと引き締まっている。
いい豚肉になりそうだ、とほくそ笑むと、やはりメディトークも豚肉にはなんの酒が合うか……と考え込んでいる。
こちらは良い酒友達になりそうだ。
いつか夜に月見酒をしたいと言うといい顔でまかせとけ、と張り切っていた。蟻だが。
次は鳥である。
すでに卵を産んでいて10個入りケースに生卵が入っている。
生まれた卵はそのまま卵ハウスと呼ばれる建物に収納されケースに入れられていく。
それがベルトコンベアに運ばれてダンボールに入れられるのが卵ハウスの仕事らしい。
お金は掛かるが人経費は掛からないので初期費用さえ頑張れば後は楽になる。
初期費用は素晴らしき領主様のアリステアが払ってくれているのだが、メディトークと話し合いあれこれと買った芽依の納品書と領収書に顔を引き攣らせていた。
時期にプラスにしてみせるから、と庭に来てその搬入量の多さに愕然とするアリステアにメディトークと共に拝み倒し了承を得たのだった。
「もう卸先見つけてくれてるんだよね?」
『既に契約は終わってるよ、昨日搬入済み。喜べよ、品質良好で予想よりも高く買取してくれた』
「メディさん素敵!卵パーティしなきゃね!」
『半熟味玉ならもう用意済み、冷えてるな』
「うわわ!楽しみすぎる!」
『そのうち燻製所買うか、燻製卵作れっからよ』
「はぁぁ……酒がすすむヤツだ」
『任せとけ、いいヤツ作ってやるからよ』
メディトークのあまりにも男らしい姿に芽依はメロメロになりながら、黒光りするメディトークの体にしがみついた。
「酒仲間、さいっこう……」
『しがみつくんじゃねーよ』
メディトークが牛乳工房の冷蔵庫からタッパを持ってきた。
そこには綺麗に色付けされている味玉が行儀よく並んでいてツヤツヤと輝いている。
『食ってみろや』
「……いただきます」
ゴクリ……と生唾を飲み込み1口食べるテカリのある卵は黄身がトロリと半熟で甘さが際立っていた。
さらに味玉の味付けが素晴らしく、正しくご飯3杯は軽くいけそうだ。
「………………メディさん、この味付けって……」
『なんだ、苦手だったのか?』
「違うの、これ私が生まれた場所の味に凄く似てる」
『食べ慣れた味か!そりゃ良かったじゃねぇか!てことはよ、似たような調味料があるってことだな』
まってろ、探してやるから。とやる気をだすメディトークに心の底から嬉しく思った。
なんて心強い同業者を手に入れたんだ!と酒が絡まなければ比較的冷静で叫ぶこともない芽依がメディトークの前で弾けていた。
『これはよく使う調味料のひとつだから、また作ってやるよ。同じ店の調味料も試してみっからまってろよ』
「…………メディさん、すき」
こうしてメディトークの力を借りつつ食事の改善を図る芽依。
いずれは日本の心、米にたどり着けることを願って次に買いたい施設の乗っているパンフレットを眺めるのだった。