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第16話 支配と狂気の中で見つけるのは強欲なまでの幸せ


「……それは本当で?」


「嘘をつく必要があるか?」


「…………おぉ、こんな綺麗な世界にも爛れた行いがあるだなんて……」


「綺麗な訳ないだろ……この世界は支配と狂気に溢れ、その中で貪欲に幸福を探す奴らばかりだ」


 ソファに座り頬杖をつき、立つ芽依を見上げるセルジオは、空いている片手で指を鳴らすと芽依の髪はふわりと風に揺れ綺麗に乾いた。

 この2回目の髪の乾きに以前からある痛み具合が改善されキューティクルが復活していた。

 頬に当たる髪のサラツヤに感激した芽依にセルジオが一言。


「ちゃんと手入れをしろ」


「……………………ぐぅ」


 屈辱に顔を伏せるがその頬にあたる髪はツヤサラで今までにない美しい髪質になっていた。

 思わず触り自分の髪じゃないみたいだと笑みを浮かべる。

 そして普段髪では上がらない女子力の低い女である芽依は、良い酒を飲んだ時位にテンションを上げ珍しくグイグイとセルジオの前まで距離を詰めた。逃げ場の無い椅子に座るセルジオはギョッとする。


「見てください、ツルサラですよ。染めてたせいで傷んでた髪が生まれたてのフワサラになりましたよ」


「いいから離れろ!俺に触れるな!!少しは精霊や妖精のことを学べ、移民の民だろう!!」


「……前から思ってましたけど、精霊や妖精に触ってはいけない理由があるんですか……?わぁ!」


「っ!」


 至近距離で聞いていた芽依はセルジオの本気で困り焦る姿に止まると、なんとも酷いタイミングで躓きセルジオが座るソファの背もたれに両手をついて、倒れないように体を支えた。奇しくもセルジオをソファドンした体制で見つめる芽依は真顔である。


「……ごめんなさい。まさか躓くなんてドジっ子みたいな事をするなんて、あぁ、なんたる屈辱っ……怪我はないですか?」


「……さてはお前馬鹿だろう」


「今の私に違うと言う言葉を吐いていいのか物凄く悩み所ですね」


「良くは無いな」


「ですよね」


 肘掛に手を乗せてなんとか立ち上がる芽依を紫色の瞳は目を眇めて見つめていた。


「…………おい」


「はい?」


「お前は俺に聞いてきたが分かっているのか?俺に何かをさせるにはその対価を要求されるんだぞ」


「……そうでした。対価、対価ですか」


 離れはしたが2人の距離は近い。

 拘束されていないのにセルジオの鋭く突き刺すような眼差しに芽依は無意識に力が入っていた。


「そうだ、お前が対価を支払うなら教えてやる。この世界のこと、お前の言う素晴らしいものから危険な物、日常の常識や妖精や精霊、幻獣の知り得る知識を……どうする?」


 上半身を前に倒し、距離をさらに近づけたセルジオのニヤリと笑うその姿が妖麗で、そしてほの暗く危険な香りがする。

 この目の前のどうしようもなく美しい精霊に芽依は強引な程に、抵抗をする間も無いほどに強く強く惹かれた。

 そろりと手を伸ばし、セルジオの頬に触れようとした時、艶やかに光るセルジオの唇が開く。


「お前から俺に触れる意味をちゃんと考えているんだろうな」


「…………え?」


 ピタリと止まった芽依は艷やかに笑うセルジオを見るが、その思惑はどう考えてもわからない。


「……意地悪しないで教えてくださいよ」


「………………お前はずるいな」


 はぁ、と息を吐き出して椅子の背もたれに寄りかかり、前髪をかきあげるセルジオは紫色の瞳を閉じていた。


「濡れた髪のまま俺を招き入れ、対価のない願いをするなんて、お前はずるくて精霊に優しくない……いいか、他のやつに対価無しで何かを聞くことは絶対するなよ」


「……理由がわからないのに」 


「はぁ……じゃあ、1つだけ教えてやる。移民の民に人外者が無償で何かを与える事は親愛の証であり求愛行動と同じだ。呼び寄せる伴侶が対価なく常に守るようにな。中には友愛もあるから一概に全てが性に執着したものではない。ただ、お前は濡れた髪で俺を自室に招き入れただろう?そして、対価なく願いを聞けと移民の民から言うのは……意味がわかるか?」


「……まさか、私から求愛に等しい事をした、と?」


「ああ、それはもう脅迫にも近い求愛だな」


「………………無知で大変申し訳ありませんでした」


 ペショリと床に転がり蹲る芽依は、穴があったら入りたい……と呟いている。

 そんな芽依をセルジオは仕方の無いヤツだな、と緩く足首で交差していた足を外し、立ち上がった。


 どうにもこのセルジオという精霊は優しく、だがどうしようも無いなというような眼差しで芽依を見てくれる。


「…………セルジオ様?」


「昼食に行くだろう?」


「行きます、お腹空いた……」


「立て、手は貸さんぞ」


「はぁい」


 セルジオは、バサリと何かをソファに置き芽依を部屋から出るように言うと、置いた何かを確認するように少しだけ振り向いた。


「なんです?あれ」


「戻ったら片付けるからそのままにしておけ」


「はい、お母さん」


「誰が母親だ、お前は母親に求愛するのか?」


「ぐぅぅ……」


「はっ」


「今鼻で笑いましたね……?」


「気の所為だろ……地団駄を踏むな、床が抜ける」


「抜けてたまりますか!!」


 隣でプンプンする芽依に小さく笑って前を歩くセルジオはなぜか満足そうだった。 






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