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第12話 擬似お母さん


「戻ったか」


 ホカホカに温まった芽依は、いい香りを纏いながらセルジオの所に戻ってきた。


「…………何をしてる、髪を乾かせ」


「え……と」


「あぁ、ほら」


 セルジオが指をパチンと鳴らすと暖かな風が体を通り抜ける。

 すると、髪は綺麗に乾きツヤサラになっていた。


「わ、乾いた」


「魔術が使えないのも考えものだな」


 吐息を吐き出しながら言うセルジオは座り込みワンピースと向かい合っている。


「…………あの、なにしてるんですか」


「見て分からないか、アイロンをかけている」


「あ、はい……」


 大量に落ちてきたワンピースやドレスを1枚1枚手作業で綺麗にしていくセルジオに芽衣は頷くしかない。

 既に洗浄され、アイロンが終わった服は綺麗にハンガーにかかっていたり、新しく用意されているキャビネットにもしまわれていた。

 押し込まれていた下着も畳直され全てしまっているようで、もう芽依の羞恥心はいなくなっている。

 そもそも芽衣から見たら下着には見えないのだが。


「もう少し片付けをしろ」


「はぁい……セルジオ様、ワンピースやドレスは魔術で綺麗に出来ないんですか?」


「出来るが仕上がりが段違いだ」


「几帳面ですねぇ」


「お前がズボラすぎるんだろ」


 シワひとつ無くなったワンピースをハンガーにかけてクローゼットに戻したセルジオの服もピンとしていてしわがない。

 きっと自分の服もアイロンをかけているのだろう。


「………………あの、ありがとうございました」


「何がだ」


「色々、話を聞いてもらったし」


「普通はそれを伴侶が気にかけてするものなんだ……片付けは含まれないぞ」


「あら……」


 パンッとインナーを手で引っ張り余分なしわを先にとったセルジオはまたアイロンをかけていく。

 手持ちぶたさに芽依はセルジオの隣に座ろうとしたが、鋭い視線を向けられた為正面に座りなおした。

 そしてアイロンをかける様子を見ていると、拒否もしないセルジオの眼差しは優しいままだった事に気付く。


「………………あ、そうか」


「なんだ」


「…………ううん、なんでもないです」


「そうか」


 芽依はこの世話をやいてくれる優しい精霊に何処か違和感を覚えていたのだが、それが漸くわかった。

 この世界に来て、日替わり世話役以外に1番芽依と話をしてくれていたのはセルジオなのだが、この精霊は1度も名前で呼ばないのだ。

 そして、直接的な接触がない。

 初めて会った時も、今も至近距離に立つことはあっても触れ合う事はなかったのだ。


 優しい眼差しを向けてくれて世話を焼くけど名前は呼ばず接触もしない。

 なにか理由があるのかな?と黙々とアイロンをかけるセルジオを体育座りで見つめていた。









 あれから小一時間が経過した。

 散らかし放題だったクローゼットは服がズラリと並び壮観である。

 最初に見た時よりも服の質が良くなっているのか輝いて見える錯覚まで起きていた。

 服の片付けが終わり、部屋の掃き掃除や拭き掃除も一緒にしたのだが芽依のせいでセルジオの仕事が増えるばかりで、結果怒ったセルジオにソファに座っていろ、手を出すな!と怒鳴られシュンとしながら黙ってソファに身を沈める。

 しかし、そんな芽依にセルジオは度数の低い甘めのワインとチーズを渡してやり狂喜乱舞した芽依は小躍りする。

 踊るな、とセルジオからお叱りを受けたが久々のアルコール!と喜びその甘さに酔いしれる芽依にセルジオは頭を抱えてから全てを振り切るように片付けに没頭したのだった。


「凄い綺麗……」


「普通だ……酔ってはいないな?」


「あれくらいじゃ酔いません!お酒ありがとうございました」


 えへへ、と笑って言った芽依の幸せそうな笑顔に苦労人セルジオはため息を吐き出す。


「…………お前みたいなだらしない奴を選んだのはどこのどいつだろうな」


「…………きっとどこかの世話好きな優しい人……」


 目を泳がせて言う芽依に、セルジオは流し目で見るに留めたのだが、その眼差しがあまりにも色気が含み芽依の胸を突いた。


「くっ、……綺麗って罪……」


「何を言ってるんだお前は……少し待ってろ」


 セルジオは急にふわりと目の前で消え、それに目を見開き呆然と見送った芽依は人が急に消えた事に驚愕する。そんな世界線で育っていないのだ。


「はっ……セルジオ様!?えっ!?」


 オロオロと行ったり来たりして消えたセルジオの行方を探したが勿論ここにはいない。

 廊下に続く扉を開けてキョロキョロとしていると、遠くからこちらに歩いてくる人影があった。

 それは世話役である女性のシルエットではなく、スリムな体躯の男性のようだ。

 なにより、人間の世話役には無い背中に羽がある。

 体が半分ほど出ている芽依は、セルジオ以外の新しい人外を見て興奮気味に足をパタパタとした。

 すると、その人物は扉からこちらを見る不審者に気付き足を止めたのだが、近づいて来ない不審者に警戒しながらまた歩き出す。


「…………うわぁ、また見事なまでの綺麗さ」


 目視できるほど近くまで来たその人外者はセルジオの羽とはまた違うふわりと風に揺れるような繊細な羽をしていた。

 羽全体に筋が通り、まるで樹木のような清廉さが滲み出ている。

 長いサラサラとした薄い緑の髪はシャラリと音が鳴る小さな髪飾りを沢山付けていて、歩く度に涼やかな音がする。

 緑の髪に色とりどりの髪飾りが光に反射していて鮮やかだった。

 中性的な美しさはその服装がさらに増加させている気がする。

 中に来ているインナーは薄い青で、ピッタリしたパンツを履き、体全体を覆うような1枚布を巻きつけて腰紐で結んでいる。

 背中の羽を避ける様に背中は大きく開いていて、歩く度に布がふわりふわりと揺れ、羽とのコントラストが素晴らしい。


「………………あなたが伴侶のいない移民の民でよろしいですか?」


「…………わぁ」


 190cm程の高身長なその人は、扉から半分だけ出ている芽依を見下ろしながら言った。

 アリステアとはまた違う穏和は笑みを浮かべているその人外者は中性的な見た目と反した少し低い穏やかだが力強い声をしている。


「そうです、はじめまして」


「シャルドネと申します、以後お見知りおきを」


 胸に手を当てて頭を下げたシャルドネは、その艶やかな髪が肩から落ちシャラリと音を奏でる。

 あまりにも中性的な美しさにほぅ……と息を吐き出した芽依は呟く。


「凄い……妖精みたい」 


「おや、私は妖精ですよ」


「よ、妖精さん!!」


 目を見開き上から下へと全身を見る芽依に、ふふ……と微笑んだ。


「綺麗ですね、シャルドネさん」


「光栄ですね、ありがとうございます」


 フワフワした気持ちで話すとシャルドネに話しかけると素敵な笑みを返してくれる。

 それに嬉しくなっていると、不意に芽衣の部屋に人の気配が増えた。

 シャルドネが顔を上げるのと同時に芽依が抑えていた扉がグイッと開かれる。


「おや、セルジオではないですか」


「シャルドネか、なんでここに居る」


「たまたまですよ、通りかかった時にお会いしたので挨拶をしたまでです」


 綺麗な人外者が2人揃い、その間に挟まっているのだが、何故か雰囲気がピリピリとしている。

 とくにセルジオの機嫌が悪いようだ。

 美しいのに挟まれ眼福なのに嬉しくない。


「……………………もういいだろ、戻るぞ」


「え?はい……シャルドネさんまた」


「はい、またお話しましょう」


「次はないぞ」


 サッと先に部屋に戻ったセルジオに慌ててた芽依はシャルドネに1度頭を下げてから部屋に戻って行った。


「…………なるほど、あの方が伴侶のいない移民の民ですか、興味深いですね」


 片手を腰に当てて首を傾げたシャルドネは薄く笑みを浮かべてから廊下の奥に歩いていった。




「………………何故ちょっと離れただけで面倒な妖精に会っている」


「面倒?あの綺麗なシャルドネさんが?」


「……………………お前は妖精や精霊をどんな存在だと思っているんだ」


「え、親切で綺麗で優しい素敵な存在」


「……どこからそんなイメージを受けたんだ」


「セルジオ様」


「…………………………」


 芽衣の揺るがない答えにセルジオは目頭を強く揉み、はぁぁぁぁ……と全ての息を吐き出した。


「セルジオ様しか見たことないです」


「……」


 至極当然な答えにセルジオは脱力して1人がけ用ソファにどさりと座り込み、それを黙って見ている芽依。

 そんなセルジオの服装は先程と違い白のVネックのインナーにグレーのテーラードジャケット、黒のチノパンとスマートな出で立ちに、太め黒縁眼鏡には透ける花がひっそりとデザインされていた。

 緩めのワックスを付けた髪型は動く度に揺れる柔らかな印象付けがされていて、疲れたように座る事で哀愁と色気が爆発して、芽依はばたりと倒れそうにるのを必死に耐えたのだが、鼻から赤い何かが出ていないかこっそり確認していたのがバレないようにと祈ったのだった。


「……着替えてる?」


「風呂に入ってきたからな」


「え、今ですか?」


「お前の汚ない部屋を片付けたんだぞ」


「……すみませんでした」



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