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第11話 わかりましたお母さん


 食事が終わり食休みを強要するセルジオに芽依は有難くおやすみをいただいた。

 そして次に芽依達がするのは仕事についての話だ。


 今は簡単な軽作業をしているのだが、その職場環境がよろしくない。

 周りの芽依に対する反応がよそよそしくコミュニケーションがあまり取れないのだ。

 仕事と割り切る芽依はあまり気にしないのだが、空気が悪いと職員から苦情がでたらしい。


 これについては芽依に落ち度はなかった。

 伴侶としての人外者がそばにいない事で芽依を移民の民である花嫁だと職場内の人達は誰一人として認識していなかったのだ。

 花嫁はどこにいても丁重に扱われる。隣にいる人外者を畏怖するからだ。

 そして、この職場に来た理由を芽依も職場内の人も理解していなかった。


 領主が管理する一般市民用の職場は福利厚生もしっかりしていて環境はとてもクリーン。

 その分倍率が高いのだが、一時的に置き場のなかった芽依をこちらに入れた形になったのだ。

 1人での軽作業が中心で無理のない範囲で出来る仕事、さらに体力的にもあまり負担の少ない場所を選んだのだが、倍率の高い職場に領主権限で現れた芽依は奇異の目で見られたのだった。


 その為、他の試験を通り就職した社員たちは何故急に現れた女性が簡単に仕事が出来るんだ、と至極真っ当な疑問をもった。

 それを聞かれた当人も、紹介されたと事実のみを伝えた為にざわりと周囲が騒ぎ出す。

 勿論、紹介での人員派遣など今まで無かったからだ。


 しかし、芽依の仕事ぶりは圧巻だった。

 決められたものを作る作業をしっかりとこなし見本と寸分狂いない精密さを作り出した。

 それは、食事がとれず体調が悪化した時も変わらなかった。

 それにより、職員たちは仕事について物申せなくなり、朗らかな芽衣の性格がわかる前に距離を取った職員達はよそよそしく離れたのだった。



「……そもそも何故移民の民だと伝わっていない」


 人外の伴侶がいる移民の民から敵視されることを危惧し、王すら慎重に対応するものなのだ。

 それなのに、あまりにもぞんざいな扱いにセルジオはこめかみを揉んだ。アリステアが聞いたら頭を抱えるだろう。


 移民の民である事、芽依の今後の仕事が決まるまでの短期間の就職である事をしっかりと説明されていればこんな事にはならなかったのだろう。

 後に判明した事なのだが、最初に世話役から職場の責任者にされた説明は、領主からの紹介ですのみで、移民の民である事すら伝わっては居なかったのだった。


「………………お前の新たな職について、アリステアから良い場所を見つけてくれと丸投げされた」


「(……苦労人に見えてきた)」


「…………お前、何か希望はあるか」


「ないです」


「……いさぎいいな」


「元々働いていたブラック企業より悪い場所なんて無いって思ってますから」


 遠い目をして言った芽依に、セルジオは足を組みなおし頬杖をついた。

 領主管轄で対応している職場を頭の中で反芻し芽依にあった職場を探そうとするが、セルジオも芽依という人間を知らないのだ。

 どんな適正があり、どんな職場がいいのか今遠い目をしている芽依からは判断ができない。


「そうだな、とりあえず今日は片付けだな」


「……………………え」


 ギギギ……とブリキのおもちゃの様に歪な動きでセルジオを見ると、散らかされたままの部屋を眺めていた。

 昨日と変わらない見た目の部屋だが、セルジオからしたらありえない散らかし用らしいのだ。


「それは……また今度に……」


「ガウステラがくるぞ」


「………………………………うぅぅ」


 両手を握りしめて片付けはしたくないと主張するがセルジオは全て無視し、食休みは終わりだと切り捨てた。


「早く立て」


「いやーだぁぁぁぁ」


「…………はぁ」


 セルジオはグズる芽依を苦々しく見てため息を吐き出し、どこからともなく取り出した黒のエプロンを取りだし身につけた。


「…………エプロン」


「片付けの基本だろう」


「お母さん……」


「だれが母親だ」


 そういったセルジオは、ソファから立とうとしない芽依を放置して乱雑に置かれているコップを一瞬で消しさった。


「え、消えた……」


「厨房に転移したんだ」


「転移!?ま、魔術!?」


「あ?……見た事なかったのか」


 どんどんコップを消し、今度は散らかされた服を消していくが、どうやらランドリーに移動しているのではないようだ。


「服はどうするんです?」


「……洗濯するだろう」


「はぁ……」


「まさか、お前は洗濯もしてなかったのか?」


「………………いや、最低限は……」


「どういう感性をしてるんだお前は」


 はぁ……と息を吐き出し呆れるセルジオにモジモジと恥じらった。

 男性に身の回りの世話をさせるのは、流石に初体験だ。

 脱ぎ捨てられた服の中には下着もあり、顔を歪めたセルジオは無言で転移をしている。


「…………お前、風呂には入っているんだろうな」


「は、入ってます!」


「………………今すぐ風呂に行け」


「あ!待って!待って!開けちゃ……」


 クローゼットに向かうセルジオをソファから立ち上がり追いかけたが、既にクローゼットを開けたセルジオが呆然とそこに佇んでいた。

 雪崩のように落ちてきた大量のドレスやワンピースがセルジオの足元に山積みになっている。

 そのすぐ隣にある下着が入っているチェストを無遠慮に開けると、そこもぐちゃぐちゃに詰め込まれ、型崩れしているものもあった。

 セルジオは全ての感情を消し去ったかのような冷めた表情で体ごと向きを変えると、ビクリと身体を震わせた芽依は数歩後ろに下がった。


「……たった1週間でどうやったらここまで出来るんだお前は」


「ご、ごめんなさい……」


 今までの彼氏と同じ侮辱を含めた鋭い眼差しに戦き自然と謝罪が出ていた。


 無言でクローゼットを触るセルジオは中からまだハンガーにかかっていた赤いオーガンジーがふんだんに使われたふんわりとスカートが広がるワンピースを取り出しハンガーを外した。

 そして、下着も取り出し持たせる。


「風呂に行け」


「え……」


「早く行ってこい」


「あ、はい」


 パタパタと走り出した芽依を見送ったセルジオは、クローゼットを見てまたため息を吐き出した。


「…………このままなら確実にくるな、ガウステラが」


 そう呟いてから足元に溢れているワンピースやドレスを1度隣にあるベッドに放り投げた。










「………………はぁぁぁぁ」


 芽依は深いため息を湯船に浸かりながらついた。

 既に全身ピカピカに磨き終わり熱めの湯船に浸かる。風呂が嫌いなわけではない。

 ただどうしてもその後の片付けが嫌で仕事前にサッとシャワーを浴びるだけの習慣がついてしまった事と、仕事が深夜まで掛かる事もしばしばあるので、お酒と睡眠時間を削りたくなかったのだ。

 お酒は睡眠と同じくらい芽依の精神を穏やかにしてくれる至福の時間なのだ。


 だから、午後からの仕事に合わせてシャワーを浴びようとするルーティンは、今もそのままだったのだ。

 食事が美味く食べれずお酒が出てこない今、芽依の異世界生活に費やされる不安や不満を含んだ精神的負担は睡眠で保たれている。


「…………呆れてたよね」


 あの綺麗な精霊は神経質で潔癖そうだなと思っていた。

 最初の様子で家事が出来ないことを見抜いたのは、セルジオ自身が綺麗好きで日頃から片付けを自分でしているからなのだが、そこまで芽依が知る事ではない。


「……あぁ、この後もあの冷たくなった目に見られるのかな」


 歴代彼氏も部屋を見て絶句し、侮辱するような眼差しを向けて最後は離れていった。

 その度に片付けをしなくては、と頑張るのだが休みも余りなく帰ってきたらお酒を飲み泥のように眠る生活に麻痺して家事の全てを放棄したのだった。


「…………だって、出来なかったんだもん!それが何年も続くと片付けの概念?なにそれ美味しいの!?ってなるのも仕方ないでしょう!!」


 何故かイライラしてお湯を両手でバシャンと叩き、うがー!と叫んだ。

 元々片付けができなかった訳ではなく、むしろいつ人が来ても良いくらいには綺麗にしていたのだ。

 初めて入ったブラック企業のせいだ!と騒ぎ湯船に頭ごとトプン……と入った後、ザバッ!と出た芽依は、すぐに体を拭き入浴を終わらせたのだった。

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