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第10話 あなたは私のお母さんでしたでしょうか


 まさかのセルジオに見つかった生活能力のない女、芽依は悲しみに暮れていた。

 翌日の朝、まだ着替えていない芽依の前にはまるで鬼の様なセルジオが仁王立ちをして待ち受けていたのだ。

 いつもなら世話役が食堂まで毎回案内をしつつお勉強の時間となるのだが、今日は厳しい表情のセルジオが前髪をポンパドールにして気合いを入れているではないか。

 部屋に運ばれたのは柔らかくに込まれたパン粥に、フルーツの盛り合わせ。

 部屋に充満する甘い香りを手に持つセルジオはパジャマ姿で迎えた芽依を、それはもう恐ろしいまでの眼力で睨みつける。


「…………なぜ着替えていないんだお前は」


「今起きたんですよ!?」


「さっさと起きて支度をしろ、そんな格好で扉を開けるな」


 そう文句を言いつつも、部屋に入ってくるセルジオにええぇぇぇと困惑気味な声を出しながら扉を閉めた。

 人間だったなら、慌てて扉をしめるか何かを着せるかするかもしれないが、精霊なセルジオは苦言を言いつつもそのまま部屋に入ってくる。

 与えられた部屋には扉がありセルジオから身を隠せる場所があるからこそ扉をしめたのだが、それについてもセルジオの機嫌を下げた。


「………………お前、まさか他の男が来た時もそんな格好のままで部屋に入れているんじゃないだろうな」


「え?これは……あぁ、下着相当……」


「……それは下着として売られているものだ」


「え!?……パジャマじゃないの……?」


「例えパジャマであっても、そんな姿で扉を開ける奴がいるか」


「いつもの世話役さんかと……」


「必ずしも世話役が来るかは分からないだろう」


「仰る通りで……」


 はぁ、とため息を吐くセルジオに返す言葉もないと、すごすごとクローゼットのある部屋に向かっていった。

 テーブルに食事を置いたセルジオは椅子に座り足を組んで目頭を揉んでいる。

 あの女子力のかけらもない生活能力皆無のヤツをせめて通常まで押し上げるにはどうすればいいと気を揉んでいる。

 まったく無関係な者なら捨ておくセルジオも、ガウステラの脅威がある中で穏やかに住み続けるなどできるはずもない。

 別に家や別荘を数軒所持しているセルジオにとって特段此処に固執する必要も無いのだが、住み心地も悪くないし、アリステアの様子も見やすい為愛用しているのだ。

 そんな場所をガウステラごときに奪われてたまるか、と息を吐き出した。


「………………おまたせです」


「…………おい」


 着替えに行ってから5分もたたない時間、芽衣は本当に着替えだけを行った。

 綺麗なのは服だけで、他は変わらない芽衣がそこにいる。


「…………何故身嗜みを整えない」


「え?仕事前だし……」


「仕事があるなしに関係なく身嗜みは整えろ」


「えぇ」


「文句を言うな」


「うぅぅ、だって冷める」


 恨みが増しくセルジオを見てからチラリと食事を見る芽衣。


「時間停止をしているから冷めることは無い」


「な、なにそれ……」


「聞いていないのか……」


 目を真ん丸くして驚く芽依にセルジオはまた深く息を吐き出した。

 芽依が来てからの1週間ほど、ため息が増えたとこっそりアリステアに言われていたのを思い出したセルジオは忌々しいと舌打ちをする。


「怒ってる……」


「怒ってない、早く準備をしてこい」


「はぁい……」


 渋々頷き洗面台に向かった芽依が戻ってきたのはあれから20分が経過した後だった。

 簡単だが見栄えのする髪型で動きやすくまとめられていて髪ゴムでしっかりと止まっている。

 薄化粧はオフィスカジュアルで活躍していて好印象を叩き出していたが、今の華美な服装には少しインパクトにかけてしまいがちだが、うっすら地味な判定の芽依には悪くない。


「…………やりなおし」


「あら、失礼だ」


 そう及第点に足りない判定をしたセルジオは今日も綺麗な装いではあるが、どちらかと言うと休日にちょっとオシャレな出で立ちで外出するくらいの格好。

 黒のインナーに同色のジャケット、デニム風のチノパンを合わせていて、黒と茶のツートーンカラーの革靴を履いている。

 オシャレハイセンスな相手に言われたやり直しの判定も、きっと間違いでは無いんだろうな……と遠い目をする。


「……まずは食事だ。これは食べられるか?」


 指さすパン粥を芽依は無言で着席してスプーンを取る。

 そっとすくったトロトロのパン粥はミルクで煮ており甘く優しい匂いがするではないか。


「いただきます……!!」


 1口食べた感想は、ここにも楽園はあったんだ!

 目をキラキラと輝かせてお腹に優しいパン粥を食べると、ホッとした。

 食べなれているわけではないが、今までのフルコースよりはまだ安心して食べられるのだ。


「……パンは好きか?」


「主食じゃないけど食べなれてる」


「主食はどんなのだ?」


「お米」


「お米……」


 考え込むセルジオを見ながらホカホカのパン粥を食べていた芽依は半分以上食べた後果物の盛り合わせを見ていた。

 それに気付いたセルジオは、パン粥の量を確認し全て食べてから果物を食べろと言われたが、貧弱な胃を持っている芽依は1週間でしっかりと弱らせていた。

 既にもうはち切れそうだよ!と訴えている胃を手で撫で付けながら果物をまた見るが、鬼精霊は頷いてくれない。


「……あの、もうお腹いっぱい」


「は?あの量でか?」


「1週間あんまり食べれてなかったから」


「……わかった、では、1つだけだ」


 どれがいい?と見せてくれるセルジオに果物を覗き込んだが見た事のない果物の山に目をぱちくりとさせた。


「……いや、なにこれ」


「…………そうか、見た事ないか」


 キョトンとする芽依を見て、頷いたセルジオは、中から1つ取り出し愛用だろうかナイフをどこからともなく出して、器用にスルスルと皮をむきだした。

 丸く黄色い物体はセルジオの手の平くらいに大きく、皮をむくと瑞々しい赤色の果肉が見える。

 芳醇な香りが漂い、満腹だったはずのお腹がキューッとなりそうだ。


「わぁ、凄い……」


「ちゃんと座れ、行儀悪いぞ」


 身を乗り出して見つめる芽依に無表情で皮を剥くセルジオからのダメだし。

 大人しく座り直すが、今度は楽しみすぎて体が左右にゆらゆらと揺れた。


「美味しそうですね、美味しそう」


「揺れるな」


 ユラユラと体を揺らす芽依に、はぁ……とため息をつき苦言するが、ニコッと笑いなおすつもりはないようだ。

 それくらいこの1週間の食事が堪えたらしい。


「ほら、剥いたぞ」


「ふぉー!ありがとうございます!!」


 妙齢の女性であるはずの芽依は久々の果物に思わず両手を上げてしまうくらい歓喜した。


「…………美味いか?」


「美味しいです!……なんだろう桃?桃なの?桃よりも噛んだ感触は硬いのに噛み締める味は桃に似て、まるで溶けるようになくなっていった……」


 口元に手を当てて切り分けられた1口大の果物をマジマジと見つめる。

 小皿に置かれた桃に似た何かはまだ数個あるのだが、もう1個フォークに刺し口元に運ぶと、残りをセルジオに回収されてしまった。


「あ!」


「1つだと言っただろう」


「え?1切れってこと?」


「元々ひとりで食べるには多い量だ。食べ過ぎて具合が悪くなるくらいなら程々にしておけ」


「…………………………」


 恨みがましく見つめるが、セルジオがしまった果物がまた芽依の前に現れる事はなかった。

 まだ食べたいと気持ちは訴えるが、お腹は相変わらず、はち切れるよー!と悲鳴を上げているのにで渋々諦める事にする。


「(……まるでお母さん)」 


 とは思ったが、懸命な芽衣はそれを口にはしなかった。



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