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第7話 私の立ち位置


「……メイ、待たせてしまってすまない」


 案内された場所は執務室のような場所だ。

 壁一面が本棚になっていて、ぎっしりと難しそうな本が詰まっているのだが、明らかに日本語ではない。

 字が読めない事に今更ながら気付き目を見開いた。

 そんな本棚から少し離れた場所に机があり、その隣にぴったりと書類棚が置かれていて几帳面にしまっているのはアリステアの性格ゆえだろう。

 机の上にも沢山の書類があるが、ちゃんと分類分けされているみたいだ。


 机から離れた場所にはコの字型のソファに、ガラス製のテーブルがある。

 そこに芽依は座るように促された。

 チラリとセルジオを見ると、一人がけ用の椅子に既に座っていて長い足を組み、どこからともなく紅茶を取りだし飲んでいた。


「この世界に来て3日、ほぼ放置の状態になってしまいすまなかった。不安だっただろう?せめて世話役を同じ位の女を手配したのだが……少しは落ち着いただろうか?」


 首を傾げる可愛らしい仕草をしながら前に座ったアリステアに、芽依は10歳以上も下の子に教わるように元々されていたのか……と困ったように笑いつつ頷いた。

 そりゃ、若い子ばかりが来るわけだ。

 なんと言えば良いのか迷っていると、カップをテーブルに置いたセルジオが頬杖を着きながら言った。


「……こいつは20代後半だ」


「は?……いや、え?」


 目を見開きセルジオと芽依を交互に見るアリステアの銀髪がサラリと揺れた。

 今日は結んでいないのか、腰まである銀髪をキラリと輝かせながら体の向き変え芽依とセルジオを見る度にサラサラと肩口から流れ落ちてくる。


「そ、そうなのか!?それは、すまないことをした……」


「……いえ、私たちの国の人は皆童顔と言うか、幼く見えがちなんで」


「そうか……」


 困惑しながらも返事を返すアリステアにいたたまれなくなった芽依は、いつの間にか現れたメイドによって入れてもらった紅茶を口にした。

 ほのかに香る花の香りが鼻腔をくすぐる。

 少しだけ砂糖が入ったストレートティを口に含んでコクリと飲み込むと、無意識に眉が寄った。

 せめてミルクティーにしたいな……と思いながらも、付属されるものが何も無い為要望を言わない芽依は、毎回眉を少しだけひそめてしまう。

 そんな芽依にアリステアは不機嫌にさせてしまったかと、咳払いをひとつして話題を変えた。


「メイ、3日間の間に君の扱いについて協議させてもらった」


「協議……?」


「あぁ、移民の民は決して珍しくはないんだ。人外者に連れられてきた移民の民は、人外者と共に過ごすが、この世界の人間から切り離す人外者は少なく、現れた国の中で過ごす。人外者が国に属している者なら同じく国に属し保護されている移民の民も少なくない」


「保護……ですか」


「あぁ、移民の民は良くも悪くも人外者の目を引くんだ。取り合いになり人間を巻き込んだ戦になる事も少なくない。その被害から国を守るために国に属して貰い、手を出したら国からの援軍があると認識させるんだ。大体呼び出すのが高位の人外者の為、国からの保護が無くても個人で守れるので必ず保護がなされる訳では無い。ただ、人間側から見たら保護した方が安全なんだ。国に属する人外者も多くいて手を貸してくれる者もいるからな」


「……なるほど、国を守る為に火種ごと囲い込むんですね」


「まぁ、そうだな。ただ、移民の民はこの世界にいる人間よりも変わった力を発現する者も少なくない。国にも利益があるんだ」


「……なるほど?」


 よくわかっていない芽依はとりあえず頷いたが、セルジオにツイ……と流し目をされてしまい誤魔化し笑いをした。


「……我々には魔導回路と呼ばれる魔力を循環させる為のものが体内に張り巡らされている。それを精密にコントロールする事で様々な魔術を使う事が出来るのだが、移民の民には魔導回路から使える魔術の質が呼び出した精霊や妖精、幻獣に引きずられる人がいる」


「引きずられる?」


「…………つまり、人間が使えない俺達独自の精霊や妖精、幻獣が使う魔術の一部を使えるようになるって事だ。精霊や妖精達は全ての力をさぁどうぞと差し出すバカはいない。だが、移民の民が使う魔術に関しては、それに該当しない」


「…………………………」


 芽依は口元に手を当てて目を伏せた。

 つまり、国が保護し火種となる移民の民を守る代わりに移民の民が使える魔術を無制限に使わせる、という事なのだろうか。

 人外者が力を貸すにはそれ相応の対価が必要としていたから、その対価なく力の一部を使えるという事だろう。

 いや、国が移民の民を保護する事でその対価は払っていることになるのか。

 たとえ、何かがあった時召喚した人外者が守るとしても、保護という大義名分があるのだからそれに値するのだろう。


「…………簡単に言うと保護をするから国の為にお前の持つ力を差し出しなさいって事?」


「ああ、あっている」


「いや、メイもセルジオももう少し言い方を……」


 あけすけなく言った芽依と頷くセルジオに、アリステアはオロオロとする。

 意味は一緒だが、言い方次第では傍若無人になってしまうだろう。


「…………精霊さん達が力の一部を貸すってなんで一部なんですか?」


「あ、ああ、人外者の力を借りるには契約が必要なんだ。ただ力を貸して、いいよ、と言うような簡単なものでは無い。その人外者が頷いた契約の範囲でのみ力を借りれるんだ。それにも対価があり、好きに使えるものではないのだ。だからこそ、移民の民の力はとても重宝される」


「…………なるほど、それで一部なんだ。そして、そんな一部の力を持つ移民の民の能力を保護という名の餌にして搾取する、と……」


「メイ……」


 あんまりな芽依の発言に頭をガクンと下げたアリステア。

 芽依はすぐに、ごめんなさいと謝った。

 ほぼ初対面でどんな人なのかもわからない筈の芽依は、アリステアにとってこの世界の常識的な話に難癖つける面倒な相手であるはずなのに、優しく対応してくれる。きっと心の綺麗な人なんだろうなと、落ち込む姿を見て思った。


 セルジオは先程から考えては纏めて、あっているかの答え合わせの為に口に出す芽依という人間を観察する様に見ていた。

 この世界の人間にとって、精霊や妖精、幻獣は強く美しく憧れると同時に身の危険を感じる恐ろしい種族である。

 研鑽し人外者と同等程度の力を手に入れた人間ですら、やはり人外者は恐ろしいのだ。

 そんな凡庸な人間が恐れることなく妖精であるセルジオの目を見つめ話をするのだ。

 まだ人外者の恐ろしさを知らないからこそ出来る芸当なのだろうが、それでも普段感じる事のない不可思議な感覚について、この3日間つい考えてしまうくらいに芽依という存在はセルジオの中を掻き乱していた。


「…………メイ、君は確かに移民の民なんだろう。ただ、今までの移民の民とはあきらかに違うんだ。そばに居るはずの伴侶である人外者が居ないことと、君には魔導回路が存在しない」


「……さっき言ってた魔術を使うためのやつですよね?私のいた場所には魔法や魔術とかはないので、元からないんじゃないですかね?」


「いや、今までの移民の民も等しく魔導回路があった。前の世界に魔術があるなしに関係なく精霊たちに召喚された瞬間、こちらの世界に違和感なく溶け込めるように体が変わるのだろう」


「解明はされていないが、召喚される時に元々移民の民の世界にはいない精霊や妖精、幻獣を伴侶として受け入れられるように細工がされるのではと言われているな。とはいえ、俺は召喚をした事がないから実際の所はわからん。」


「セルジオ様にもわからないんですね」


「言っただろ、解明はされていないと。人間よりも幅広い知識を用いてはいるが、全てを知っている訳では無いんだぞ」


「ははぁ……召喚して伴侶を得た人は分かったりするんですか? 」


「さぁな、召喚者から伴侶と交わした条約を含めて聞くという行為自体が禁忌とされている」


「伴侶と交わす条約……?そんなのもあるんだ」


「詳しくは召喚したヤツしか知りえない情報だ」


 質問によどみなく返事を返しているセルジオにも知らないことがあるのだな、と頷く芽依。

 それもそうか、と納得しているその顔を見ながらアリステアは呆然とセルジオを見た。


「…………セルジオ、それは……」


「………………」


 何かを言いかけたアリステアであったが、セルジオはチラリとアリステアを見たあと腕を組みソファに背中を預けて話を終わらせた。

 アリステアは少し興奮気味に顔を赤らめさせたが、直ぐに咳払いをして話を戻す事に専念する。


「脱線してしまったな、メイの体内にあるはずの魔導回路が無いことについてなのだが、普段あるはずのものが無いことによって何が起きるのか私自身にも予測が全くたてられない。そもそも伴侶が居ないことで他者からの侵略の抑止力が無いことも問題なんだ。私のみの判断で決めれる範囲を超えていたので王に謁見し話し合いを行った」


「はっ……そんな大事に……」


「それくらいに問題があったのだ」


 真剣に芽依を見て話すアリステアに、どれくらい問題なのかいまいち分かってはいないのだが、ちっぽけな芽依1人にそんな大事になっていただなんて、と驚きと共になにかとんでもない事に巻き込まれているのでは……と戦いていた。

 困惑気味になぜか助けを求めセルジオを見るが、感情の伴わない眼差しが帰ってきただけでお返事はないのだった。

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