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第6話 世界の不思議を知る


 あれから3日がたった。

 忙しいのか、あれからアリステアは芽衣の所に来ることはなく、与えられた部屋で入れ代わり立ち代わりにくる人間に色々と教わる毎日を過ごしている。


 まず、基本的なことから地球とはまるで違う世界だった。

 人間と妖精、精霊に幻獣と呼ばれる種族があって、国は基本的に人間が統治しているらしい。

 その中で精霊や妖精の領土というか、定める場所が存在しているようだ。

 その他にも精霊や妖精の一族の国なんかも密やかにあるみたい。


 国の統治と、精霊や妖精の領土は重なっていてその中で手を取り合い発展している場所もあれば、争いが耐えない場所もある。

 芽依が拾われた場所は幸運にも治安がよく人外の精霊や妖精とも手を取り合い平和に統治している国であった。

 精霊や妖精が国の機関に入り込み人間には持ちえない様々な能力や知識を貸し出してくれる善良な人外者が多いのだが、すべからく全てに優しい生き物では無い。

 精霊や妖精は我が強く好む人にしか手を貸すことは無いのだ。

 そんな国の一角の領土を収めているのが領主のアリステア。

 芽依の庇護者となる人物であった。


「良い存在もいますが精霊や妖精は私たち人間と同じものと思ってはいけません。私に良くしてくれる人外者でもメイさんに良くする存在とはかぎらないのです」


「…………その区別は会って話してみて見極めるという事ですか?」


「その通りです。優しく笑って親切にしてくれていたと思っても、次の瞬間ズバッと切られる事もあるんですよ。それくらい人間とは感性がちがうのです」


 紅茶をのみ、お茶請けに出されたシフォンケーキにフォークを沈ませながら唯一話をした精霊であるセルジオを思い出す。

 嫌そうな顔をしつつも話を聞いてくれるその精霊がズバンと人を切るイメージはなかった。


「それは、セルジオ……さん?もなんですか?」

「まぁ!セルジオ様、ですよ!セルジオ様は闇精霊の最高位精霊です!恐ろしくも美しい孤高の存在ですよ!アレクシス様が20年以上の時間を費やしやっと力を貸してくださる条約を結んだ方なのですから!!」


「さ……最高位?条約……?……20年?え?アリステア様何歳……」


 いきなり興奮気味に話し出した今日の世話役は、鼻息荒く捲し立てる。

 まだ知らない言葉がズララララと出てきて芽依は困惑すると、世話役はコホンとわざとらしく1つ咳払いをした。


「精霊と妖精には力関係や位を示す順位があります。低位の人外者ほど力を貸してくれやすいのですが、意思疎通がしずらく自我が保ちずらい、能力にも差があり千差万別。逆に力が強く唯一無二になりえる種族の高位になればなるほど、その力は貸してくれず借りれてもごく一部分のみや、期間を保っているものです。勿論、有益に進めるために無性ではありません。それに似合った対価を支払わなければいけないのです。」


「……色々、難しい決まり事なんですね」


「移民の民の皆さんは皆そう言いますね。私たちは幼い時から変わらない常識なのですが」


「……人間より精霊や精霊は強い立場なんですか?」


「そう……ですね、高位になればなるほど人間には太刀打ちできなくなります。逆に低位のものは子供ですら倒す事も可能です」


「…………不思議」


「それで、先程の事ですが、セルジオ様は闇属性精霊の最高位となります。優しく振舞って下さっていますが、本質は冷酷無慈悲と言われています。対応には細心の注意を払ってください」


 20年を少し超える程の交渉時にアリステア様が殺されかけたのは50回をゆうに超えているんですよ、と教えてくれた世話役に芽依は目を見開いた。


「おい」


 世話役に話を聞いていた芽依は、急に掛けられた第三者の声に肩を跳ねさせる。

 今まさに話をしていた人物の登場だったのだ。

 この世界に初めて来た日に会ったっきり3日ぶりのセルジオは、芽依の姿に片眉を上げた。


「まぁ、セルジオ様!いかがいたしましたか!?」


 頬を赤らめて世話役が立ち上がりセルジオの前まで来るが、セルジオは世話役に目を向ける事無く芽依をみていた。

 まだ年若い世話役の女性は、見目麗しい精霊の出現に少し舞い上がっている様子がある。

 そんなセルジオは以前に会った時とは違う目元を覆う長い髪は横に流され顔立ちがくっきりと出ていた。

 少し長めのウェーブの髪も、前髪の方に合わせて流し顕になる白い首筋が浮かび上がっているようだ。

 白のワイシャツにストライプのベスト、細身のパンツを合わせたお洒落な出で立ちに芽依も思わずおお……と感嘆の息を吐き出した。


 日本生まれの芽依にとって、海外のお洒落な出で立ちは慣れず、だが間違いなく似合う服装に見惚れたてしまうばかりなのだ。


「…………お前、痩せたか?」


「あ、少し……?」


 日用品のない芽依にはアリステアから依頼された洋服が運び込まれ数着部屋のクローゼットに入っているのだが、採寸されずに買った既製品は芽衣にあっていない。

 そもそも、日本人体型な芽依に海外製の既製品はどうしてもサイズがあわないのだ。


「……………………無様な格好だな」


「ぐっ……」


 分かりきっている事なのだが、上から下までじっくりと見られ心の底から絞り出したような低音ボイスに芽依は唸り声しかあげれなかった。

 程よく地味な芽依にフリルとリボンがあしらわれた足首までのワンピースは、少し大きい。

 芽依は頭を抱えたくなるが、選択肢が皆同じような物ばかりで不格好な姿を晒す他ないのだ。


「…………なんだその似合わない服装は」


「……みんなデザインが似たり寄ったり」


 セルジオがちらりと世話役を見ると、背筋を伸ばした世話役が理由を話した。


「10代中頃の女性の流行りのワンピースとの注文内容だと聞いております!」


「……なぜ10代……」


「え?メイさんの年齢に合わせて……ですが」


 キョトンとしながら話す世話役に、芽依は頭を抱え出した。


「…………どうした」


「私は、20代中頃な妙齢の女性です!!……むしろ後半に差し掛かっておる」


「は?」


 はは……と乾いた笑いをする芽依にセルジオは軽く目を開いて一言だけ声を出していた。

 日本人は海外の人より幼く見えるものだが、ここでもそれが適用されるのか……と遠い目をした芽依を世話役も目が落ちんばかりに見開いていた。


「……そうか、わかった。あとでアリステアに改めて服を用意させる」


 目頭を指で揉みながら言ったセルジオは苦労性だろうか……と思ったが、指を離したセルジオの視線は厳しく鋭かったので、その指摘は言わないでおくことにした。


「お前の今後について話し合いをある程度終わらせた。詳しくはアリステアから聞け、部屋へ案内してやる」


 扉を開き支えてくれるセルジオを見て立ち上がったり世話役の女性に頭を下げて扉をくぐった。

 ポワンと惚けた顔で頭を下げた世話役は直ぐにセルジオに視線を向けていたが、一切見向きもしない相手にも関わらずその表情は扉が閉まるまで変わらなかった。

 隣を歩くセルジオを見上げると、端正な男が真っ直ぐ前を向いて歩いている。

 その横顔もまるで芸術作品のようで丁寧に作り上げた人形を見ている錯覚を起こしそうになるが、その綺麗な横顔はしっかりと瞬きをして息を吐き出している。


「…………なんだ」


「あれ、見てるのバレました?」


「それだけ熱心に見ていれば誰でもわかる」


「いや、綺麗な顔だなって思って」


「………………お前達の言う人外者の区分は比較的人間から見て好意的な外見をしているんだ」


「全員、そうなんですか?」


「俺達は人間を惑わす存在でもあるからな」


「惑わす……」


「そうだな、特に精霊は伴侶を人間から選ぶ事が多い。それに合わせた外見に近しくなっているんだろうな」


「な、なるほど……外見も武器になるんだ」


 ふむふむと頷くと可笑しい人を見るような眼差しを向けるセルジオは武器……?と呟いていた。


「たしかに、セルジオさんみたいな殺傷能力の高そうな外見をしていたら大半の人間は意識を刈り取られる気持ちで頷きそう」


「殺傷能力……見た目で誰かを殺めることは俺でもできん」


「あ、そうじゃなくて、綺麗さに目が潰れそうで無意識に頷きそうだなって」


「……お前の言っている意味が理解できないな」


「あれぇ?」


「……可笑な人間だな」


「芽依です」


「知ってる」


 あの世話役は今隣にいるこの美麗な高位精霊を冷酷無慈悲といった。

 対応に注意するようにと、まるで危険物のように言っていたが、セルジオは何処までも穏やかだ。

 冷ややかな眼差しで冷たい物言いをするが、決して芽衣を見下し嘲笑うような態度はしない。

 誠実に受け答えをしてくれるこの人外者は言うほど危ない人ではないのではないか。

 芽依のセルジオに向ける評価はいくら世話役から聞いても最初の印象から変わることはなかった。


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