言ってる意味がわからない芽依は首を傾げていると、アリステアは頷く。
「メイ、申し訳ないのだが私は仕事が今押していてなあまり時間が取れない状態なのだ。それで、今のメイの状況を先に教える」
「はぁ」
「まず、今の君はこの世界の移民の民と呼ばれる異世界からの召喚者になる」
「…………異世界」
「ああ……あまり驚かないんだな」
「驚いていますよ、ただ、異世界なのはわかります。ここはまるで御伽噺の世界みたいだから」
頷きながら返事をすると、男性は眉を寄せて芽依をみていた。
「御伽噺、か」
「キラキラ輝く世界に妖精や精霊や天使なんかがいて……まさしくここみたいですね」
セルジオを見て言うと、キラキラと輝く羽を畳んで、すぅ……と溶けるように消えていった。
「天使はいないがたしかに妖精や精霊はいるな」
芽依の視線に合わせてセルジオをちらりと見てからコップを置き姿勢を正した。
「そして、君が現れたこの場所は私の取り締まる土地だったので私が君の庇護者となる」
「庇護者……あの、私帰れないんですか?」
「今までも移民の民は何人も来ているが帰れたものはいないのだ」
「帰る方法がないんですか?一方通行なんですか?」
「帰る方法が無い訳でもないが、その可能性は限りなく低いだろうな……特に君の場合は」
移民の民が芽依以外にもいる事がわかった。
そして帰れる可能性が低い事も。
考え込んでいる領主のアリステアはチラリと何かを確認するかのようにセルジオを見るが、あからさまに嫌そうな表情で首を横に振る。
それによりアリステアはさらに困り顔をして深く息を吐き出した。
「……メイ、こちらで過ごす為の常識や知識を覚えてもらわなくてはいけないのだが、普通その役割をするはずの者が今君の傍にはいないみたいなんだ。だから君にはこちらから1人世話役をつける。本当はセルジオについて欲しいのだが……」
「……冗談だろう」
「……はぁ、誰か抜粋するまで少し待ってくれ」
「はぁ……」
「メイ、君は今後この場所で暮らしていく事になる。今は現実味がないかもしれないが、この世界の事を少しずつ知っていってほしいのだ」
安心させるように微笑んだ銀髪の麗しいアリステアは、左下でひとつに結んでいる腰までの髪に1度触れてから立ち上がった。
「メイ、分からないことが沢山あるだろう。話を聞く世話役を付け夜には報告させるから知りたい事は遠慮なく聞いてくれ。押している仕事が終わり次第メイと話す時間を必ずつくる」
そうフォローして足早に部屋を出ていったアリステアは本当に急いでいるようだ。
結局の所魔導回路も移民の民もいまいち理解出来なかった。
「……収穫祭前の祭事の途中でしたので、少々時間が押しています。失礼をご了承ください」
待機していたあの騎士が軽く頭を下げながら伝えてくれたので、はぁ……と気の抜けた返事を返すにとどめた芽依は、冷めてしまった紅茶を飲もうとカップに手を伸ばした。
すると、その手に白いステッキがピシリとあたる。
「え」
「……冷めている物を飲むな、いれなおさせる」
「え、大丈夫……」
「………………」
「お、お願いします」
いつの間にか隣に来ていたセルジオがギロリと見下してくる事にピッ!と肩を跳ねさせて頷くと、すぐ隣にある一人がけ用のソファに深く座り込んだ。
長い足を組みゆったりと背中をつけたその精霊は細く長く息を吐き出し仰ぎ見る。
目を隠すほどの前髪が横に緩やかに流れ綺麗な顔が全面に飛び出し芽依はまじまじと見つめてしまった。
「……移民の民とは別世界から連れて来られる人間の事で、必ずそばに精霊か妖精、幻獣がいるはずなんだ。それはこの世界の人間以外の者……特に位の高い者が移民の民を気に入り連れてくるからだ。その連れてきた者がこの世界の常識を教え生涯寄り添う。だから移民の民は元の世界に帰ることは無い。連れてきた者が好き好んで返すやつは居ないからな」
「……一生、その連れてきた人と過ごすんですか?」
「人間ではなく妖精や精霊、幻獣な……まぁ、そうだな。飽きたら殺されるが」
「はっ!?」
「…………気に入らなくなったら傍に置く理由がないだろう?まぁ、大体は添い遂げるな」
「添い遂げ……え?」
「何を驚いている」
「添い遂げるって……」
目をまん丸くしてセルジオを見ていると、体を起こし肘掛に腕を乗せたセルジオが芽依を見た。
「……移民の民とは、妖精や精霊達が花嫁、又は花婿を探しに異世界を覗き込み、気に入った異世界人を連れてくる事を言う。だから、添い遂げると言ってるんだ」
「いや!そんないきなり連れてこられて、け……結婚!?とか、私達の意思は!?」
「…………何を言っている、契約をしてから連れてくるだろう。お前たちはそれに了承するからこそ、ここに来るんだ」
驚き立ち上がって叫ぶように言った芽依に、頬杖をついたセルジオが呆れたように言った。
「契約とか言われても……いきなり知らない場所に連れてこられて……花嫁とか言われて……そんなの納得いかないです!」
「俺に言われてもしらん、俺がお前を呼んだのではないからな」
「そんな……」
ぽさり……とソファに力無く座り頭を抱える芽依を横目にセルジオは優雅に紅茶を口に入れたが、眉を寄せそれ以上紅茶を飲むことはなかった。
「…………今のお前に世話役として人外者を側に付けるのは良くない」
「…………なんでですか」
「移民の民を花嫁にしたヤツは、この世界で伴侶を見つけたヤツよりも執着が強い。移民の民とはその独自の香りで人外者を呼び寄せる効果もあるのだが、移民の民を奪い合う事はどちらかが死ぬ可能性が高くなる。そんな面倒な事に巻き込まれる趣味はない」
「…………人はいいんですか?」
「ああ、人が勝てる可能性など無いに等しいからな」
冷たく切り離すように視線を逸らして話すセルジオだったが、聞いたことには親切丁寧に答えてくれた。
悪い人ではないのだろうか、とセルジオを見ていると、また「相変わらず鬱陶しい」と吐き捨てられた。
しかし、騎士の人もメイドも居なくなり芽依だけになるこの空間にセルジオは側にいてくれる。
ぽつりぽつりと知りたい話を聞くと、面倒そうに返事も返してくれた。
このままここに居なくてはいけないのであれば、せめて世話役は芽依に優しい人がいいな、と入れ直された甘さの少ない紅茶を口にした。