「精霊……?」
「羽が見えないか?」
ひらりと見せつけた羽を1度動かしたあと、パタリと閉じてまた入口付近の壁に戻る。
「凄いファンタジーの世界、本物の地球外生命体」
「意味はわからんが貶されたのはわかるぞ」
「そんな事してないない!」
違う違うと手を振って否定した芽依は、不機嫌な精霊を観察するように見るとノック音が響いた。
芽依はピクッと反応し扉を見ると、すぐ隣にいるセルジオが扉を開ける。
「セルジオ、すまない遅くなった」
開けてくれたセルジオに少し息を乱した男性が部屋に入ってくる。
その後ろには手当をしてくれた騎士の姿もあった。
既に暗くなりかけていた外とは真逆の明るい銀の髪をなびかせてその男性は眉を下げながら芽依の前まで来る。
無防備にキョトンと男性を見上げる芽依を、険しい顔付きで見ながら口を開いた。
「……君は一体どんな理由であの場に現れたのだろうか、祭事の邪魔をすることが目的か?」
「え?……いやいや、違います!私があんまりよろしくない立場で言われてるのがなんとなくわかりましたけど、私いきなりここに来たから私が知りたいくらいです」
「……いきなり?精霊や妖精の悪戯か、はたまた呪いだろうか」
「の、呪い!?そんなのあるわけない……え、あるの?」
目を真ん丸くして言う芽依は話したことのあるセルジオに助けを求めるように見つめたが、その表情が呪いはあると、肯定するような強い眼差しで、芽依は口がパカリとあいた。
「…………妖精や精霊がいて、悪戯されたり呪いが掛かったりするの?なんだそれ、完全にファンタジー」
「…………何を当たり前のことを言っているんだ」
「その常識をそいつは知らないらしい。なんでかは分からないが、そいつは多分移民の民だ」
「なんだと……移民の民?だが……」
「そいつから嗅ぎなれた花の匂いがする」
「……本当なのか、しかし召喚者がいないではないか」
「そこまではしらん」
2人でなにやら深刻な話をしている……と芽依は黙っているが、芽依に関係している話をしているのはなんとなくわかった。
「…………名前はなんと言う?」
「芽依、です」
「そうか、私はアリステア。ここら一帯の領主をしている」
「領主……」
「メイは突然こちらに来たと言っていたが、何かその前に特別なことは無かったか?たとえば、セルジオのような羽のある者にあったとか」
「ないです、私の所では妖精とかいないですから」
「いや、移民の民ならこの世界の人外者に会っているはずなんだ」
「………………会ってません」
「そうか…………」
不思議そうにする男性を見ていた芽依は、ハッとする。
そういえばこの人、ローブを貸してくれた人だ!
「あ、あのぉ」
「なんだ?心当たりがあるのか?」
「ないんですけど、これ返します。借りっぱなしでごめんなさい」
「……え?あ、いや!脱ぐな!」
「はい?」
芽依はローブを脱ぎアリステアに返そうと差し出すと、慌てたアリステアが顔を逸らす。
「……バカかお前は」
息を吐き出してセルジオが呟くと、隣に来て差し出しているローブを頭から被せた。
「それは下着だろうが」
「下着……?」
自分の格好を見ると、タンクトップに近いキャミソールに膝までのハーフパンツ。
確かに女子が外出するにはお洒落の欠片もない格好ではあるが、そんなに驚く様なものでは無い。
なのに、アリステアは頬を薄らと染め、セルジオは眉を寄せて呆れたため息を吐き出しているではないか。
「…………これ、服ですよ」
「は?」
「いや、下着だろう?」
チラリと見るだけのアリステアが再度確認するように言うと、芽依はやはり首を横に振って否定した。
「キャミソールとハーフパンツは夏の定番です」
「夏?夏だったのか?」
「夏に差し掛かる所でしたよ」
「…………そうか、やはり移民の民だな」
「ああ、とりあえず、着替えをしてもらおうか。」
「え?服ないですし、いいですよこのままで」
「こちらの世界では下着相当だと言っているだろう、お前は鳥頭か?痴女」
「また痴女って言いましたね!」
「………………複数の男の前で下着相当の姿でいるのは痴女だろう」
「ぐぬぅぅ」
2人で言い合う様子にアリステアは落ち着け!着替えを用意させるから着替えるんだ!との強めに言った事で芽依は目をぱちくりとして、頷いたのだった。
芽依は案内された別室の鏡の前でスカートを広げながら眉を下げている。
仕事中はまだしも、自宅にいる自分自身はしっかり干からびていると認めるくらいに適当な芽依は、部屋着と渡された綺麗な洋服を前に困惑していた。
部屋着で着るような服では無い、むしろ仕事でも着ない……と葛藤してから恐る恐る袖を通した。
薄ピンクのフリルブラウスに、ハイウエストの茶色のスカートには、上にチュールがあり、花の模様が描かれている。
ストッキングに靴まで用意されてる至れり尽くせりに芽依は頭を抱えながらも履くのだった。
「……これは似合っているのか」
20代中頃に差し掛かる芽依には可愛すぎるのではないか?と首を傾げるが、童顔な芽依には十分似合っていた。
しかし、童顔とはいえ地味顔な芽依が自分で選ぶには可愛らしすぎる服だ。
着慣れない服に違和感を感じながらも少し長めのスカートがふわりと広がり足にさらりと触れる感触が楽しいと感じて思わず5回ほど回ってしまった。
「はっ!思わず可愛らしい服に年甲斐もないことをしてしまった」
ピタッと止まった芽依は恥ずかしいと服を整えた。
そして何気なしに見た窓から見えるぼんやりと赤く光る月に目を細める。
「…………月がふたつある……一体ここはどこなんだろう」
廊下の窓から見えるまだ明るい空には赤くぼやける様に光る大きさの違う月が2つあった。
妖精がいて、精霊がいて、見た事のない外の景色は確実に芽衣がいた日本には、いや、地球には存在しない。
「私はどこにきてしまったんだろう」
ぼうっ……と外を見ていると、部屋をノックする音が聞こえた。
ハッとして扉を見ると、外から入室の許可を確認される。
慌てて扉を開けると、見知らぬ騎士が少しだけ驚いた様子を見せたあと芽衣を別の部屋へと誘導する。
外を見ると木々が緑から薄茶色に変わってきていて、風に揺れている。
本当に季節が違う、秋なのか……と外にある立派な木を見て思った。
その木に何か見た事のない丸々とした何かが走り回っていて思わず芽衣の足が止まる。
「どうしました?」
「今木になにか居ませんでした……?なんか丸々したやつが走っていたような……」
「木に……?スメルギではないですか?」
「す……めるぎ……?」
聞いた事のない名前を復唱してからまた木を見るが、あの丸々した生き物はもう見つけることは出来なかった。
「あの……大丈夫ですか?」
「はっ!すみません!」
訝しげな表情をしていたが、すぐに笑みを浮かべて芽衣を案内する騎士についていきながらも忙しなく周りを見ていた。
「…………きたか」
「あの、服ありがとうございました」
足の手当をしてもらった部屋に戻ってきた芽衣は、椅子に座り優雅にお茶を飲んでいるアリステアの前の席に促され座った。
控えていたメイドだろうか、女性が芽衣の前にも暖かな紅茶を置いてくれて軽く会釈する。
「今芽依が着替えをしている間、セルジオと色々話をしていたのだが、君は今までの移民の民とはちがうようだ。我々人間と体の作りは同じなはずの移民の民である君の体に魔導回路がないのだ」
「……え?何がない?」
「魔導回路だ」
「……どうしよう、さっぱりわからない」