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第29話 不穏



 父さんとガルバン様がドランの町を出て王都へと向かい早3カ月が過ぎようとしていた。アスティが王都へと旅立ち、その後にメイリン様とソアラ様も王都経由で領地に戻って行ったのだけど、その後から一切の連絡が途絶える。


 間違いなく何かあったとは思うのだけど、こちらから使いの物を出しても、王都からは『しばし待て』という体のいい返事しか返ってこない。


 同時に僕が受け持つはずだったヨームの説明会の話も、説明会をして欲しいという話が有っただけで、父さん達が王都へと言ってからは全く話が無い。


「これは……何かあったわね……」

 家族そろって食後のお茶を飲んでいると、ぽつり呟く母さんの声が聞こえる。


「お父さん何かあったの?」

 母さんの独り言が聞こえてのは僕だけじゃなかったらしく、隣りで一緒にお茶を飲んでいたフィリアが僕と母さんの顔を交互に見ながら、不安そうな顔をして誰にともなく疑問を口にした。


「え? あ、ごめんねフィリア。何でもないのよ」

「でも……」

「心配いらないわよ。いらっしゃい。もうすぐ……もうすぐ帰って来るわ」

「……うん……」

 僕の隣にいたフィリアを呼んで、ギュッとその実を抱き寄せる母さん。その顔はとても大丈夫とは言えない程に、暗く沈んだ表情をしていた。


――何かあったのは間違いないな。でも僕には何もできない。父さん……無事でいて……。

 抱き合う二人を見ながら僕は心の中で祈っていた。



 あまり不安になっていてもやらなければいけない事は待ってはくれない。僕には父さんから任された仕事もあるので、いつ父さんが帰ってきてもいいように少しでも進めておかねばならない。

 新たな村を作るうえで、僕が不安に駆られて暗くなってしまっていては、せっかく集まって働いてくれている人たちにもそれが伝播してしまう。

 僕はできる限りいつも笑顔でいる事を心がけた。そんな僕を癒してくれるのは、どこに行くときも一緒に付いて来てくれるアルトと、そのアルトにしたがって動いてくれる狼さんの群れ。

 時にアルトが、時に群れのリーダーやその他の狼さんが、僕の所に来ては体を寄せてくれたり顔をなめてくれたりと、慰めてくれているのは分かる。


 そして新たな村の目標へ向けて働いてくれている人達もまた、僕の心情を見透かしているように、いつも笑顔を向けて元気で話をしてくれた。


ぱ~ん!!

 出来上がりつつ村の中心で、僕は思いっきり自分の両頬をぶった。


「な、なに事ですかい!?」

「ど、どうした坊ちゃん?」

「敵か!? 襲撃か!?」

 周りには林があるだけで、軒数も少ない村の中では、僕の頬を張った音が響いたらしく、周りで作業していた人たちが慌てて顔を見合わせたり、僕の方へと近づいてきたりしてしまった。


「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと気合入れようと思って……」

「気合って……」

「あはは……ごめんなさい」

 集まってくれた人たちに頭を下げる。


「なぁ~に、すぐに帰ってきますよ……」

「そうですよ。無事に戻ってきますから……」

「うん……」

 バイアさんが僕の頭をそっとなでてくれると、アンさんも僕の隣に並んで声を掛けてくれる。


――そうだ。僕はこの人達の為にも、父さんがいない間もしっかりしなくちゃいけない!!

 再び気合を入れて、村の中を元気な声を出し作業してくれている人たちの方へと視線を向ける。



――しっかりしろ!! 僕……いや、俺!!

『その先』を考えて、進んでいく事を決意した。



 ここまで心配になってしまうのも少しばかり原因がある。

 アイザック領はそもそも国から――国王陛下から――直々にアイザック家が代々任されている領地であり、何かあれば王都には行くのだけど、その頻度は多くない。毎年年初の挨拶などには赴くのだが、それ以外ではなかなか行く事が無いのだ。


 行ったとしても、逗留期間が長くなるのであれば、王都にある屋敷にいる期間、父さんは家族の事が第一と考えている様で、月に何度も手紙をくれていた。因みにその父さんの手紙とは別に母さんの方のお爺さんやおばあさんからも手紙が届いたりするので、まったく誰からも何の音沙汰もないなんて事はこれまで一度もなかった。


 だからこの3カ月の間に何も王都から連絡が無い事が不安であり、何かが有ったあかしともいえる。


 母さんはの事を想定して準備を始めているし、母さんからの指示が無くても待ちの衛士や領兵達は武器と防具の確保や、食料の買い足し保存を進めているし、メイドさん達もまた毎日忙しそうに動き回っている。


 その様子を眺めながら屋敷の中を歩いていると、母さんに父さんの執務室へ来なさいと声を掛けられた。

 そのまま母さんに付いて行くと、室内にはフレックによく似た男性が立っていた。俺達が室内に入るとすぐにスッと動いてお茶の準備を始める。二人が腰を下ろすとすぐに目の前にカップが静かに置かれた。


――誰だろう?

 見た事のない人だったので、まじまじとその人の顔を見てしまう。


「気になる?」

「え?」

 フフフっと笑いながらカップに口を付ける母さん。その母さんの後ろに静かに立つ男性。

「初めてかしら? ロイドに会うのは」

「はい。今までは王都にいましたので……」

「えっと?」

「お初にお目にかかりますロイド様。私はフレックの長子にてフレインと申します。以後よろしくお願いいたします」

「あ、は、はい……え?」

 急に挨拶されたことに面食らいながら、何とか返事を返し、母さんに向けて顔を向けた。


「実はね、フレックに王都の屋敷に行ってもらったのよ。その代わりに屋敷にいたフレインをこちらに寄こしてもらったの」

「そうなんだ……。フレックが向こうに行ったって事は何かあったの?」

「…………」

 母さんは何も言わずにお茶をすする。そして静かにソーサーへカップを戻すと、俺の顔をジッと見つめた。


「ロイド」

「は、はい!!」

 いつになく真剣な表情をする母さんに、俺も姿勢を正す。


「あの人から連絡がありました」

「そ、そうなんだ……良かっ――」

「少し問題が起きてすぐには帰れないそうです。万が一のことを考えてフレックを王都の屋敷に、その代わりにフレインを領都の屋敷に移すそうです」

「万が一? それって……」

「そして……あの人が居ない間のアイザック領は、ロイド、あなたに託すそうです」

「え?」

 母さんの言った事が理解できなかった。その前の万が一という言葉と共に、自分に託すという意味が。


「た、託す……とは?」

「領主代行という事ですね」

「それは母さんなのでは?」

「いいえ。あの人はロイド、あなたにこのアイザック領を託したいと言っています。そして私はそんなあなたを支援してあげろとこうして手紙を寄こしました」

 スッと俺の前に一通の封筒が差し出される。


 それを黙って受け取り、静かに中を確認した。



「た、確かに……そう書いてありますね……」

「でしょ?」

 いつの間にかいつもの母さんに戻っていて、微笑みかけてくる。


「で、でも、俺、あ、いや僕が代行なんてできるかどうか……」

「俺? あらあら? いつの間にかロイドも男の子ぽくなってきたのねぇ……」

 などと暢気にお茶をすする母さん。


「本日をもってこのアイザック領はロイドが領主代行に正式に就任します。フレイン、屋敷内及び領兵と衛士に伝達!!」

「は!! すぐに!!」

「そして領内に住む人たちにも伝えるようにして頂戴」

「かしこまりました!! ではしばらく失礼いたします!!」

 静かに礼をして執務室を出て行くフレイン。そんなフレインの背中を黙って見つめる。


「ロイド」

「へ? あ、はい……」

「フィリアにはまだ言えないけれど、王都で何かあったみたいなのよ」

「王都ですか……。あ、ヨームの事で……かな?」

「そうね。それもあるんでしょうけど、実はフレインがこちらに戻って来る時に、これを一緒に持ってきたのよ」

 そう言うと先程読み終えてテーブルに置いた封筒の横へ、もう一通封筒を置いた。


「これって……」

 その封筒を手に取って直ぐに気付く。


――アルスター家の紋章だ……。アスティからかな?

 紋章を見てすぐに彼女からだと思ってしまうのは仕方がないと思う。


 静かに封筒の中を確認して、そこに入っている手紙を取り出した。アスティからの手紙なら、母さんに見られながら読むのは少し恥ずかしいのだけど、目の前の母さんは部屋を出て行く様子が無いので、『目の前で読め』という事なのだろう。


 数枚にわたる手紙に目を通していく。


「え? なんで……?」

 小さな呟きが出てしまったけど、構わずそのまま黙って読み進めていく。最後まで読み終えても、もう一度最初から読み直しその内容を確認した。


『第三王子がどうしてもアスティと婚約したいと言ってきておる』

『先に王家から承諾を貰った婚約に横やりを入れるとは!! しかも王家が!!』

『何とかするつもりだ。王家と一戦交える覚悟で臨む!!』

 そんなガルバン様の怒りが読み取れそうなほど暑い言葉が書き綴られていた。



「母さん?」

「読んだ? あの人が王都で何かしているという事は、ロイドの発案であるヨームの件との件での事でしょうね」

「ヨームとアスティの?」

「えぇ……。ロイドも聞いている通り、第三王子がアスティの事を気にいった。でもすでに婚約者が決まっている。ではどうすると思う?」

「どうするって……?」

「新しい実績を作って、それを第三王子の物としちゃうのよ」

「まさか……」

「たぶんね」

 俺の考えを聞かないでもわかるわと言わんばかりに、大きなため息と共に一つコクリと頷いた。


「アスティは……」

「もしかしたら……もう会えないかもしれないわね」


 母さんの言葉で目の前が真っ暗になっていくのを感じた。


――そこまでするのか? 王家が? でもどうして……。確かに、アスティ本人に合っているのならば、彼女が魅力的な女の子だと知れてしまったのは仕方ないところだろうけど、それでも婚約者のいる人をなんて……。



 俺の婚約者であるアスティ。そして王都――いや、王家とアイザック家・アルスター家との間に不穏な空気が漂い始めた。


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