フレックが持ってきた封書は2通あった。一つは父さん宛ての物で、もう一つはガルバン様宛の物。
現物を渡された二人は困惑したようでいて、とても嫌そうな表情をしていた。
僕の記憶の中では、こうして王家から直接封書が届くという事は滅多にない。このところ数十年と他国との争いは起こっていないので、戦などが有るわけじゃないから、緊急招集的なものではないのが分る。そもそも緊急招集の場合は王家からの封書は黒く塗り染められたものを送付するという事に決められているそうなので、二人が手にしている真っ白な封書を見ただけでも違いは判る。
では他に何が思い当たるのかというと、僕にはこれといったものが見当たらない。そもそも王家から直接封書が来るということ自体が稀である。
事実、受け取った二人がどうしたものかという様な表情をしているので、その特異性が伺えるというモノだ。
意を決したように二人で頷きあい、同時に封書を解いてその中身を読み始める。
「なっ!!」
「むっ!?」
父さんは本当に驚いたような声を出し、ガルバン様は少し怒ったような声を出した。
「フレック!!」
「アラン!!」
「「はっ!!」」
スッと名前を呼ばれてすぐにそばに来る執事の二人。
――え? すごっ!! いつの間に側にいたんだろう……?
フレックとの付き合いは長いから、いつもの気安さや仕事時の真面目さを知っているけど、ガルバン様の執事であるアランさんもフレックまで行かずとも同じように最近では良く話をしたり見かけたりしている。
ただ、こうして真面目な二人の更に『真剣な仕事』の時に取る行動の速さには驚く。
――やっぱりすごいなぁ二人共……。
父さん達から指示を仰いでいるところをぼぉ~っとしながら見つめていると、話が終わったのかまたスッと二人が目の前から消えた。
「マクサスの方は何と?」
「あぁ……。ちょっと待て。ロイド!!」
「え? あ、はい!!」
急に父さんに呼ばれたので、ビクッとしながらも急いで父さんの元へ向かう。そんな僕にアスティも横を一緒について来た。
「アスティも来たか……」
「はい。ロイドは呼ばれましたので……来てはダメでしたか?」
ニコッとしながらガルバン様に返事をするアスティ。その顔を見ながら苦笑いするガルバン様。
「まぁ良い。アスティにも関係がある話だからな」
「まぁ……わたしにですか?」
「うむ。マクサス、座って話をしようではないか」
「そうだな……」
僕らは一旦みんなから離れて、座って話せるところまで移動した。辺りを見回してからスッと腰を下ろす二人。僕とアスティも二人の正面に腰を下ろす。
「それで、そちらは何と?」
「あぁ。何でもヨームの事で話が有ると言ってきている」
「ヨームだと?」
「王都にも少しばかり使用している者がいるという話は聞いていたのだ。ウチの領からも王都に出入りしている商人もいるから、それ自体は不思議には思わないのだが、どうも領に出入りしている商人と取引している商人が、王家ともつながりがあるらしい。そこからヨームの話を聞いて何点か手にした様だ」
「ふむ……。確かに商人は時と金銭の感情にはうるさいし目敏い者だ。だからこそ分からないわけではないがそれと王家と何が関係するのだ?」
「今後、国中でヨームを正式に利用したいのだが許可をして欲しいと言ってきている」
「なんだと!? それは……いや、実の所私が王へ奏上しようと思っていたのだ。使い方や有用性などを実証したものと共にな」
「そうなのか? それだけ商人の間で……というところか……」
「おそらくな」
大きなため息を二人同時に付いた。僕とアスティは黙ってその様子を見ている。
「ロイド」
「え? はい」
「王家がヨームの発案者はお前で間違いないかと確認してきた」
「はい……。それがどうしたの?」
「正式に許可をもらった暁には、その発案者に使用の仕方を教えて欲しいと書いてあるのだが……、ロイドはどうしたい?」
「えっと……」
急にそんな事を聞かれてもと考える。
確かに僕が考えたものだけど、それを使えるように形にしたのは皆のおかげという事もあるし、もし僕が
――僕のあの噂があるかぎり……。
そんな事を考えていると、父さんが大きなため息をついた。
「そうだな……。実際に考案者はロイドだ。既に商人たちからもそのように報告が上がっているのだろうし、こうして名指しで確認してきたという事は、王家の方も確証になるような情報を持っているという事なのだろう。だからそれをいまさら否定しても仕方ない」
「うん……そうだね」
「だが、使用の仕方などはロイドが行かなくてもいいだろう」
「え? いいの?」
「あぁ。使い方などを細かく説明文の様に書き出してくれ。それを持って行って何とか俺がしてきてやろう」
「父さん……」
僕の方へニコッと笑う父さん。
「で、ガルバンの方は何の話なのだ?」
「む? それは……だな」
話題はもう一通の封書の中見の事に移る。話を振られたガルバン様はとても険しい顔つきになった。
「アスティの婚約者の事だ」
「え!?」
「え? また僕の事!?」
ガルバン様がこぼした言葉に驚くアスティと僕。
二つの封書の内容が、まさかどちらも僕の事がかかれているとは思っていなかったから驚いた。
「あ、すまんロイド。正確にはロイドの事では無いのだ。いや今現在間違いなくアスティの婚約者はロイドで間違いない。間違いないのだが……」
「どうしたガルバン。歯切れが悪いな」
父さんから声を掛けられて、困った顔をしながらアスティの方へと視線を向ける。
「そう睨むなアスティ」
「睨んでません」
ジッとガルバン様の事を見つめ続けるアスティ。
――あれ? アスティ何か怒ってる?
アスティから醸し出される雰囲気に、僕は少したじろいだ。
「婚約者にロイドをするという話をしに来た時にも少し話をしたと思うが、王子二人の婚約者候補にアスティの名前も挙がっているという情報が入っていた」
「あぁ。だから急いでロイドに会いに来たのだろう?」
「そうだ。そしてこの目で私がロイドが良いと思って、婚約者に正式になってもらったのだ。あ、勿論アスティの気持ちも考えてだぞ?」
僕とアスティの方へ視線を向けつつ話を続けるガルバン様。
「冬の魔獣、モンスター鎮圧戦の時には既に王家には正式にアスティの婚約者が決定したという報告はあげてあった。そして王家――陛下からも承認の書類を貰っている」
「ふむ。それが今回の婚約者の事と何が関係あるんだ?」
「……それがだな……」
途端にガルバン様の体に怒気が纏われて行くのがわかった。
「こともあろうに、婚約者候補にアスティを残しておいてもいいか? と聞いてきおったのだ!!」
手に持っていた封書を僕らの前に会ったテーブルにバンッ!! と大きな音を響かせながらたたきつける。
「なんと!!」
「え?」
「そんな……」
――え? なに? どういうこと? 婚約者候補に残しておく?
アスティは意味を理解したのか目を見開きながら驚いているし、ガルバン様はフーフーと言いながら息を荒げている。
「つまり……どういうことですか?」
おそるおそるガルバン様へ質問した。
「つまり、表面上ではアスティの婚約者としてロイドを認めているけど、裏では暗に認めてないと言っているようなものだ。そして……
「あ……」
そこでようやく何を言っているのか理解した。
つまり、僕が何かの理由で婚約者として相応しくなくなった場合、王子二人のどちらかと新たに婚約者として指名することも可能だと言っているのだ。
これは国中――下手すると世界中――に僕の噂が広まっている事を心配しているという事の証でもある。
『裏切者の黒髪黒目』な人物の再来。何をするのか分からない人物。そしてとても平凡な人物。色々な噂が僕にはある。
それは自分が思っている以上にとても重いものだったようだ。
「…………」
「ロイド……」
黙ってしまった僕の手をギュッと握りしめてくれるアスティ。
「お父様!!」
「うむ、皆まで言うなアスティ!!」
「では!?」
「わしが王家に直々に話を付けに行く!!」
馬っと立ちあがるガルバン様。
「ちょっと待てガルバン」
「む? 何故だ? こういうのは急いで――」
「俺も一緒に行くからだよ」
「なに?」
歩いていこうとするガルバン様に声を掛ける父さん。そしてにこりとしながらガルバン様を引き留める。
――あ、父さんも怒ってる?
こういう表情をする時の父さんを何度か見たことが有る。表情は違えど内心では凄く怒っている時に見せる顔。
「ロイド」
「はい!!」
「急がせて悪いが、すぐにヨームの概要や利用の仕方と、それを利用する時のいいところ、悪いところを書き出してくれるか?」
「今からですか?」
「うん? そうだ、今からだ。時間がかかるというのなら、フレックが戻ってきたら手伝わせる。なるべく早く仕上げてくれ」
「わかったよ。じゃぁ今から始めるね」
僕は席を立ち、その場を後にしようと歩き出す。
「ロイド!!」
「アスティ……どうしたの?」
少し離れたところまで進むと、声を掛けながらアスティが近づいてきて僕の横へと並ぶ。
「私も手伝うからがんばりましょう!!」
「ありがとう。それじゃぁ一緒に頑張って早く仕上げようね」
「うん!!」
フンス!! というように気合を入れるアスティ。その頭を気づかずに撫でていた。すぐに真っ赤になるアスティがわたわたとし始める。
「さ、さぁいそぎゅまちょ!!」
「クスクス……そうだね」
慌てて言葉が噛みかみなアスティを見ながら、僕はアスティの優しさをとても嬉しく思った。
――僕とアスティがヨームについて纏めるために席を離れてから。
「マクサスが一緒に行ってくれるのはありがたいな」
「ロイドの為……と言うのが一番大きい。しかしアスティ嬢も既にアイザック家の家族と思っているんだ。こういう時に親が助けないでどうする」
「ほう……アスティをそこまで想ってくれるのは嬉しいな」
座り直したガルバンと俺の前にスッとお茶が出される。一口だけ飲んで一息入れると二人そろってため息をついた。
「何を考えているんだ王家は。承認していながら『婚約者候補にしておく』だと?」
「まるでロイドに何かあると言っているようなものではないか……」
「もしかしたら……」
「何かあるのか?」
ガルバンが何かを思い出したように考えこむ。
「冬の総統選の時の事だが、実は第三王子が指揮官として従軍してきていたのだ」
「なに?」
「まぁ、今までも上の王子達がそうしてきたように、実践と事績を上げるためだと思ってきたのだが、その時にアスティに会っているのだ」
「会わせたのか?」
「まさか!! 私は既に先陣として掃討戦の現場に居たのだが、その時に屋敷に来ていたらしい。
「そうか……。それは責められんな」
「いや。いくら仲が良いからとか、王子だからとかあるとはいえ、父親である当主の私の言いつけを破ったのだからきっちりと叱っておいた。だがロイドの事はそこまでソアラには話していなかったのがまずかったな」
「今では本当の兄弟の様だな」
「そうなって欲しいと……ロイドという人物の事を知って欲しいと思って連れて来たのだから、私はそうなると思っていたぞ?」
俺の方を見ながらニヤッと笑うガルバン。
そしてそのまま今後の事について二人で話し合った――。
父さんとガルバン様がアイザック領から王都へ向けて出発して行ったのは、それから五日後の事。
アイザック領の事は母さんに代理をしてもらう事にして、アイザック家とアルスター家の執事二人も父さん達と共に一緒に王都へと向かった。
そしてもう一人、王都へと
「では私も行きますわ」
「うん。また来るんでしょ?」
「……なるべくはそうなる様に願っていますが、どうなるかは分からないわ……」
「そうか……」
少し悲しそうな顔をしながら、王家専用の馬車へ乗り込んでいくエルザ。
「待ってるから!!」
僕がそう声を掛けると、立ち止り振り向いてニコッと笑い、そのまま馬車の中へと消えた。ロベリアとアントンが僕達見送りに出た人たちに頭を下げると、エルザの乗った馬車は王都へと向けて走り出す。
僕達は玄関先から、その姿が見えなくなるまで見送った。
その後に起こることなど誰も予想できないままに。