目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第23話 タニア



 見つめる先に僕に笑顔を向けたままの女の子がいる。



「ロイドどうした?」

「え? あ、いや……」

 父さん達の後ろから付いてきたのであろう女の子の方を見ながら、父さんからの質問に答えることが出来ずあやふやな返事を返す。


 そんな僕を見て更にニコッと笑う女の子。


 僕は皆が居る方へと視線を向けるけど、誰一人としてそこに居る女の事を気にしている様子が無い。

 ただアルトだけは気が付いている様で、しきりに女の子の周りをくるくると回り、鼻をふんふんと鳴らしている。


「アルト、おいで」

「うぉふ?」

 名前を呼んで手招きすると、そのままてくてくと歩いてきて、僕の隣に座る。


『あら、賢くなったのね。あの時の小さなシルバーウルフとはちょっと違うのね』

 女の子も僕の方へと近づいて来て、かがみこんでアルトを見つめる。


「アスティ!!」

「え? なに?」

「ちょっと来てくれる?」

「うん!! 今から行くわ!!」

 僕一人ではどうしたらいいのか分からないので、アスティを呼んで僕の隣にいてもらう事にした。

 それまでベルと遊んでいたアスティがトコトコと駆け寄ってくる。


「どうしたの?」

「ちょっと待っててね。父さん」

「ん?」

 僕の隣に来たアスティに少し待っててもらうように言って、父さんに声を掛けた。


「森の木はどうするの?」

「そうだなぁ……。倒れたままになっているから、運び出しやすいようにはしておきたいな。近くに倒れている木も数本あるから、その分だけはスタンからの増援が着き次第に運んでしまおうとは思っている」

「なるほど……」

 父さんからの返事を聞いて僕はチラッと女の子の方へと視線を向ける。


『なに?』

「アスティちょっとこっちに来て」

「え?」

父さん達から少し離れるようにしてアスティの手を引っ張りながら歩く。僕達の後を女の子も付いてきた。

 父さん達に聞かれないくらいの距離を取って立ち止り、僕は女の子の方へと向き直る。アスティも僕が立ち止まったので隣に来て立ち止まるけど、その顔は僕の方を向いて不思議そうにしていた。


「アスティ」

「え? なに?」

「これから僕がおかしなことを言うかもしれないけど、誰にも言わないって約束してくれる?」

「なにそれ? だれにも……聞かれたくない話なの?」

「出来れば……」

「わかったわ!! だれにも言わない!!」

「ありがとう」

 アスティの頭にポンと手を置くと、顔が真っ赤に染めあがるアスティ。


『あらあら……。その子はあの時一緒にいた娘ね? そうなのね。うんうん』

 女の子は僕達の方を見ながら、うんうんとひとりで納得している。


「アスティ……。君の前に何か見える?」

「え? 前に?」

 照れていたアスティだったけど、僕から声を掛けられて正気に戻り、自分の前を見渡した。


「何も見えないわよ?」

「そうか……」

「どうしたのロイド。……何かいるの?」

 途端にアスティが攻撃態勢に入る。


――あれ? アスティってこんなに好戦的だったっけ?

 表情が真剣なものになったアスティを見ながら、初めに会った時のアスティの事などを思い出していた。



「アスティの目の前に……、女の子の姿が見えない?」

「は? 女の子? 私の目の前に?」

「うん」

「ごめんなさい。私には見えないけど、もしかしてロイド疲れているんじゃない?」

「やっぱりそうだよねぇ。そうなっちゃうようねぇ……」

 はぁ~っとため息をつきながら僕はアスティの両肩へとポンと手を置いた。


「僕は疲れていないよ。それにほんとうに居るんだよ。アスティの前に」

「え? ほんとうに?」

「うん」

 再びあたりをきょろきょろとするアスティ。だけどどんなに見ても目の前にいる女の子の姿見る事が出来ないのか、次第に悲しそうな顔になっていく。



『無理よ』

「え?」

 いきなり声を掛けられて驚くアスティ。


『あら? あなたは声が聞こえるのかしら? いえ違うわね。ロイドの側にいるからその影響を受けているだけね』

「え? なに? だれ? どこから声が?」

 アスティが更に驚いているのを見て、ニコニコと笑う女の子。


『初めまして可愛い子。そう驚かないで。ロイドのいう通り私はあなたの前にいるわよ』

「え? 本当に? いるのね目の前に……」

「だからそう言ってるじゃないか」

 驚いた顔のまま僕の方を見てくるアスティ。その顔を見ながら少し笑ってしまう僕。





『それで? 私をあの人たちから引き離した理由は何かしら?』


 アスティが少しだけ落ち着いたところで、女の子が話しかけて来た。


「うん。実はさっきの話なんだけど、君がやったというのならさらにどうにかできるの?」

『出来ると思うわよ。正確には私がお願いしてやってもらった……だけどね』

「やってもらった?」

『そう。あ、でもロイドもできるんじゃないかな?』

「え? 僕が?」

『えぇ。だってあなたは愛されてますもの』

 僕を見ながらニコッと笑う女の子。


「ロイドどういうこと?」

「さぁ……。僕にもわからないよ」

 アスティが僕の顔を覗き込む。


『ロイドならできるわよ。私がもう見えているのでしょう? ならも応えてくれるはずよ。さぁ、願いを声にしてみて』


 アスティと顔を見合わせて、僕はこくりと頷くと、アスティも決心したようにこくりと頷き返す。



「どうすればいいの?」

『心からお願いするだけよ。力を貸して!! こういう事をしてって言うだけ』

「わかった。やってみるよ」


 僕は女の子の言った事を行うために、父さん達が出て来た森の方へと身体を向けた。


「お願い!! 倒れた木を側まで持ってきて!!」


『わかったぁ!!』

『よし!! やるぞ!!』

『がんばるますです!!』



「え?」

「な、なに?」


 僕が少し大きめな声を出すと、僕の周りや遠くからも色々な声が聞こえてくる。僕の側にいたアスティもその声が聞こえていたみたいで、僕と一緒に驚いていた。




 しばらくして聞こえていた声が聞こえなくなると、遠くから物音が聞こえてくる。その音は次第に大きくなってきて、森と屋敷の境界線近くまで近寄って来るのが分る。



「な、なんだ!?」

「何の音だ!?」

「全員戦闘準備!!」


 その音が聞こえているのは僕達だけじゃなく、父さん達も同じようで、次第に近づいてくる音に警戒し始めた。



どかーん!!

ずずん!!

どかん!!

どしーーーーーん!!


 最後に大きな音が周りにまで響くと、次第に音は小さくなって聞こえなくなった。屋敷の中にまで聞こえていたようで、驚いた人たちが屋敷の中から出てくる。


 いつの間にか僕の側にはアスティだけじゃなく、バルとベルをはじめ、テオとマオを中心にしたウルフの群れに囲まれていた。


 近づく音に驚いたのではなく、その音の正体から僕を護ろうとしている様で、周りの皆は毛を逆立てて威嚇の体勢を取っていた。


「アルト!!」

「わう!!」

 僕が名前を呼ぶと元気に返事が返ってくる。


「ちょっと見てきて!!」

「うぉん!!」

「がう!!」

「わん!!」


駆け出したアルトの後を追うように、テオとマオも一緒に駆け出していく。アルトたちの後を追うように父さんと領兵数人も駆け出した。



 しばらくして戻ってきた父さん達。アルトたちは僕の方へと真っすぐに駆け戻ってくると、僕達の前にちょこんと並んで座る。


「うぉん!!」

「ごくろうさま。どうだった? 何もなかった?」

「うぉん!!」

 アルトが首を上下に振る。


「そっか良かった。モンスターとかじゃないんだよね?」

「うぉふ!!」

 今度は頭をぶんぶんと左右に振った。


「ありがとうアルト、テオとマオもありがとうね」

 僕は三頭に近づいて頭をなでなでしてあげる。三頭共に尻尾をぶんぶんと振って喜んでくれた。


『終わったよ!!』

『おわったぁ~』

『おわりましゅた』


途端に僕に聞こえる先ほどと同じような声の数々。


『ほらロイド。そのにも声を掛けて上げて』

「え? あ、うん。みんなありがとう!!」


『いえいえ~』

『やったやった!!』

『お、お礼をいわれたれしゅね』


僕の周りで無数のそんな声が聞こえると、アスティがグイっと僕の方へと視線を向ける。



「ロイド?」

「うん? な、なにかな?」

「これって……。ううん。いまはいいわ。とにかくお父様たちが私達の方をじっと見ているわよ」

「え? ガルバン様たちが?」

 アスティに言われて皆が居る方へと視線を向けると、森に行ってきた父さん達をはじめ、ガルバン様たちやエルザ達、そして屋敷の人たちまでもが僕の方へと視線を向けていた。


 そして父さんに手招きされる。


――いや、僕がやったんだけど僕じゃないんだよなぁ……。どうしようかな……。

 父さんは明らかに僕が何かをしたと思っている様で、その表情はいつもの父さんじゃなくモンスターや魔獣退治に行くときのような、そんな真剣な顔を僕に向けている。


 呼ばれているので行かないわけにもいかず、アスティとアルトと共にみんなのいる方へと歩いて近づいていく。



「ロイド」

「はい」

「お前か?」

「えっと……。僕無いです」

「本当か?」

「……はい。本当です」


 父さんの声が真剣なものなので、僕は真面目に答えるしかなかった。ただ本当の事は言えないままで。







父さんに手招きされる前――。


「マクサスどうだった? モンスターか? 魔獣か?」

「いや……」

「なんだ歯切れの悪い。違うのならばあの音の正体は何だったのだ?」

「それが……木だった」

「なに?」

 ガルバンは今から戦闘に入るのかという程に真剣な顔つきで、森から戻ってきた俺に問いただしてくる。


「木だよ。ちょっと前に見に行って来ただろ? その時に倒れていた木があったと言ったが、その木がどういう訳か森と敷地の境界線近くに積まれているのだ」

「そんなはずはあるまい。先ほど見に行った時の木だと何故分かる」

「倒れていた木にはアイザック家の頭文字を掘ってきたのだ。その文字が木にあったのだよ」

「そんなバカな……じゃぁまさか誰かが運んできたとでも?」

「そうとしか思えん……」

 ガルバンは俺の言葉を聞いても信じられないような表情をしている。


「誰か……か」

「どうした?」

 考えこんだガルバンがぼそっと何かを口にした。


「マクサス、その誰かというのは……ロイドではないのか?」

「なに?」

「今日一日一緒に居ても少ししか理解できなかったが、その少しという経験の中にはとんでもないものが多かった。あのウルフ達やソルジャーベア親子の事などがそうだ。そして以前話をした畑や花壇の事など……。ロイドは私たちとは何か違うモノを持っているのかもしれん」

「違うモノとは?」

「それは分からんがな……」

 ガルバンは真剣なまなざしを、少し離れたところでアルトやウルフ達に囲まれながら、アスティ嬢と共に一緒にいるロイドへと向ける。



「はぁ~。本人に聞いてみるか……」

「まぁ、自覚してやっているというのであればいいのだがな」


 そしてロイドを手招きして呼び、ロイドがやった事なのかと問いただしたが、僕じゃないとだけ返事が返ってきた。

 何か得体の知れない力を使ったのではないかという疑念が消えたわけではないが、ロイド本人が自分ではないというし、森で倒れた木がひとりでに移動していたという事だけで、周りや人に被害があるわけでは無いので、今回はあまり深くは聞かないようにする。


――エルザ王女やその護衛もいるしな。

 チラッと王女たちの方へ視線を向けて、動きが無いかを確認する。しかし目に見えるようにどこかへと合図をしている様子もない事で、ほっと小さくため息をついた。



 そんな事をしている内に、増援を頼んでいたスタンからアルスター家の騎士たちが到着したので、そのモノ達を伴いながら木が集められている場所へと向かうように手配する。アイザック家の領兵には、庭の隅の方を少しばかり片づけておくように事付けして、準備ができたところで森の方へと向かった。





 父さん達の所から解放された僕は、アスティとアルトと共に簡易的な小屋が作られる場所の近くへと来ていた。


「ねぇロイド」

「なに?」

「だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ……じゃないけど、言えないからね仕方ないよ」

「まぁそうよね。見えない女の子に手伝ってもらった……なんて信じて貰えないとおもうもの」

「うん。そうだね」

 領兵の皆がてきぱきと動き回る様子を見ながら、僕とアスティは大きなため息をついた。



『ロイド』

「なに?」

『その子の名前はアスティというのね?』

「え? あ、うんそうだよ。僕の婚約者なんだ」

『あらそうなの? 良かったじゃない』

「君は?」

『私? 私に名前は無いわよ。そうね……ロイド、私に名前を付けてくれないかしら?』

「え? 僕でいいの?」

『あなただからいいのよ』

 ニコッと笑う女の子。しかし急に名前を付けろと言われても困る。しばらくウンウンと考えて、思いついたモノを口にしてみた


「じゃぁ……タニア……とか?」

『タニア……。うん!! いいわね!! あの時と同じ――やっぱり――』

 最後の方は声が小さくなって聞こえなくなったけど、女の子は喜んでいるように見える。

「え? 決まりなの?」

『ええ。私にはピッタリな気がするわ!! ありがとう!!』

「気に入ってくれたのなら良かった」

 タニアと名付けられた女の子は、飛び跳ねるようにしながら喜んでくれた。



『ロイド!! アスティ!!』

「なに?」

「なんかしら?」

『あなた達二人に幸せが訪れますように!!』

「「え?」」

 タニアが僕達にそんな言葉を言った途端、僕達の周りが光に包まれた。それは凄く一瞬の事で、光は直ぐに収まったのだけど、凄く心の底から暖かいものを感じた。


『私はいつも側にいるからね!! 何かあったら呼んでね!!』


 そう言い残して女の子は僕たちの前から姿を消した。


「いっちゃった?」

「ううん。見えなくなっただけだよ。きっと今も側にいると思う」

「そっか。うん、そうだね。でもタニアっていったい何者なのかしら?」

「うぅ~ん。考えても分からないよ」

「もしかしてゴーストみたいなものだったりして」

 アスティはクスクスと笑う。


「どちらにしてもいつか教えてくれるんじゃないかな?」

「そうね……」


 僕とアスティは手を繋ぎ、僕達の後ろで寝そべっているバルへと背中を預け、そのまましばらくその場所で動き回る人達を静かに眺めていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?