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第22話 私がしたのよ



 屋敷に着いた時はメイドの人達がワタワタしていた。それはそうなるだろうと思う。何しろ僕らが歩く後ろにウルフの群れとベアーの親子が付いて来てるのを目撃し、更にこれから屋敷の敷地の中で一緒に生活するというのだから、その準備などに動き回らなきゃならないわけで。


 当たり前だけど、野生のウルフやベアーに出会ったとしたら、町で生活している人や魔法を使えない人達からしたら、それが1頭しかいなかったとしても命の危機に変わりはない。


 それなのに僕らの後ろには数十頭のウルフがいるし、更に子供を連れたベアーが居る。驚かないとかの前に恐怖を覚える人も中にはいるようだ。


 ただ、僕の事を知っている人達は「ロイド様だから」と妙に納得してしまう人もいたりする。


――僕は何もしてないんだけどね。

 ため息をつきつつ、屋敷の庭の方へと動物たちを引き連れて歩いていく。



「さて……と」

 僕は庭の片隅まで移動すると、隣りを歩くアスティに視線を向け、その場で立ち止まる。アスティも僕を見ながら一緒に立ち止まった。


「どうするの?」

「うん。まずはこの子達にここに居てもらうように話をしなくちゃね。その為に……」

「え? なに?」

 僕達の後を付いて来ていた集団の先頭に居るアルトを見つめる。


「アルト!!」

「ばう!!」

「ちょっときて!!」

「わふ!!」

 呼び声に寸時に反応するアルト。そのままてくてくと僕の方へと歩いて来る。



「アルトを呼んでどうするの?」

「いいから、ちょっと見てて」

「うん」

 不思議そうにアルトと僕を交互に見るアスティへ、優しく声を掛ける。


「アルト、ここにいるウルフの中からリーダーになれそうな子を選んで来てくれる? それとベアー親子にも来てもらって」

「わふ!!」

 アルトはそのままウルフの方へと歩いて行った。

 その様子を見守る僕。


「ちょっとロイドさすがにアルトには無理なんじゃない?」

「うん? いいからいいから。このままちょっと待ってようね」

 僕がアルトへと声を掛けて何もしないでいるのを、不安な顔をしながら見るアスティ。 



 アルトが群れの方へと行ってからしばらく待っていると、屋敷の敷地内に入った時から別行動をとっていた父さんとガルバン様が、数人の騎士や領兵と共に僕達の方へと歩いて近づいて来た。その後ろにエルザとロベリアさんの姿も見える。



「ロイド」

「父さん、どうしたの?」

「簡易的ではあるが、小屋を建てようと思ってな。手が空いている者たちを連れて来た」

「あ、そこまで考えて無かったよ!! みんなありがとう!!」

 ぺこりとみんなに頭を下げる。


「それでどうする? もう間もなく日も暮れるが」

「どしよう……。まずは木が必要だよね?」

「そうだな。これから切に行かねばならんから、行くというのなら少し時間がかかるが」

「う~ん。どうしようかな……。近くで直ぐに倒れそうな木があればいいんだけど……」

 僕と父さんが森の方へと視線を映しながら考える。


ズズーン!! 

メキメキメキィ!!


「え?」

「な、なんだ!?」


 うんうんと悩んでいると、庭の少し先である森との境界近くから大きな音が聞こえて来た。


「森の方からみたいだけど……」

「見にいく!! ロイドたちはそのまま待機してろ!!」

「うん」


 すぐに父さんと領兵数人が森の方へと駆けだした。


「何かあったのでしょうか?」

「え? あ、エルザ」

 僕の隣にいつの間にかいたエルザ。


「とにかく父さん達が何とかしてくれるよ」

「ならいいのですけど」

 森の方を見ながら三人でウンウンと頷く。



「わふ!!」

「うわ!! アルト。決まったの?」

 そのまま見ていると、僕の背後から一鳴きされ驚いて振り向くと、そこにアルトと2頭のウルフが尻尾をフリフリしながら座っていた。その隣にベアーの親子もちょこんと座っている。


「わうわう!!」

「うん。ありがとうアルト」

 アルトの頭をなでなですると、尻尾を振る速度がさらに早くなった。そのまま少しだけ屋敷の方へと視線を向ける。


「誰か手の空いている人いる?」

 大きな声を出して屋敷の方へと呼びかけると、コルマと共に数人のメイドさんが近寄ってきた。


「お呼びでございますか?」

「コルマと皆さんで、頭に巻けるくらいの長さの赤い布と白い布を探して持ってきてもらえるかな?」

「布……ですか?」

「うん。え~っと……このウルフの数くらいあるといいんだけど。あとベアーの分も」

「わかりました。探してまいります」

 ぺこりとお辞儀してスッと去って行くコルマ達。


「それじゃぁ……。君がテオで、君がマオね」

「ばう!!

「わん!!」

 頭の毛に少し赤い色が混じるウルフがテオ。そして少し耳が垂れている方をマオとして、2頭に名前を付けて上げると、2頭も嬉しいのか返事をして尻尾を大きく振った。ウルフを時々見かける事はあるけど、普通に見かけるものたちは毛色が黒に近い色をしている。この2頭はテオが真っ黒の毛色で頭が少し赤い毛交じり、マオは黒というよりも濃い灰色の毛色をしている。


 僕について来た他のウルフたちは黒一色なので、この2頭は確かに目立つ。アルトがどういう理由で連れて来たのかは分からないけど、他の人達も見ただけで分かりやすいと思う。


「そして……、君はお母さんだよね? だからバルで、君はベルだ」

「がお!!」

「がぁ」

 ベアーの方を向きながらそう言うと、2頭とも僕の方へと返事をした後にこくりと頷いたように見えた。





「ロイド様、布をお持ちしました」

「あ、コルマありがとう。みんなもありがとう」

 戻ってきたコルマ達に声を掛けられ振り向くと、細く切ってある赤と白い布を数人に抱えられて運んできていた。


 その布をそのまま持っていてもらい、先ほどから僕の方をジッと視ているウルフ達にも聞こえるように、テオに向けて言葉を掛ける。


「テオ、リーダーの初仕事だよ。みんなを連れて並んでくれる?」

「ばう!!」

「わん!!」

 僕の言葉を聞いたアルトとテオが返事をすると、テオは群れの方へと駆けていく。その間に僕はコルマの持っていた細くなった赤い布を持って、ベアーの親子の方へと近づいて行く。


「ロイド大丈夫なのか?」

「ガルバン様大丈夫ですよ。休憩していた時も大丈夫だったじゃないですか」

「確かにそうだが……」

 僕達の事をそれまで黙って見ていたガルバン様が、心配そうな顔をしながら僕に話しかけて来た。それをニコッと笑って返してベアーの方を向く。


「ごめん、バル頭を下げてくれる?」

「がう」

 一鳴きしてバルが頭を僕の顔の高さまで下げてくれる。手に持った赤い布をそのままシュルシュルとバルの首に巻いてあげた。その隣で同じように頭を下げているベルを見てクスッと笑いながら、コルマに同じように布を持ってきてもらうために手招きした。


「だ、大丈夫なのでしょうか?」

「え? うん。大丈夫だよ。この子達は人を襲わないって約束してくれたから。でも攻撃されたら攻撃し返すかもしれないけどね」

「ひっ!!」

 近づきながらそんな会話をすると、コルマは小さな悲鳴を上げた。


 コルマからまた赤い布を受け取って、今度はベルの首に巻き付ける。


「ベルはまだ小さいから、大きくなったらまた変えるからね」

「がうぅ」

 僕の方へ向けて一鳴きして答える。



「よし!! 次はテオの方だね」

 そう言いながら僕が振り向くと、ずらっと並んだウルフの群れが見えた。その先頭にテオが居て、その後ろにマオが居る。

 並んだウルフ達は大人しくちょこんと座って待っていた。


「アスティ、エルザ」

「え?」

「なにかしら?」

 僕は二人を呼んで手招きした。二人は何も疑うことなく、僕の方へと駆けてくる。エルザの行動にギョッとしたロベリアさんだったが、ガルバン様に制されて動くことなく、表情だけが心配そうに僕らの方を見ていた。


「僕がテオとマオに巻くみたいに、他のウルフ達にも巻いてあげてくれる?」

「え? いいの!?」

「大丈夫なのかしら?」

 僕の側に来ていたメイドから布を受け取り、二人に一枚ずつ渡す。アスティはワクワクしているのがすぐにわかるけど、エルザはちょっと怯えているようだった。


――まぁ、相手はウルフだもんね。

 エルザの様子を見ながら僕は苦笑いする。


「大丈夫だよ。ね? テオ」

「うぉん!!」

「ね?」

「う~ん。わかったわ。ロイドと一緒に居るのでしたら、こういう事にも慣れないといけないのですよね」

 何か真剣に考えている様子のエルザ。


 そして僕はまずテオの首に赤い布を巻き、前足の方方へ白い布を巻きつけた。そのままマオにも同じように巻いてあげると、二頭ともに一鳴きしてから列を外れる。


 二頭が列を離れると、その後ろにいた2頭がスッと前に出てきて僕達の前にちょこんと座った。


「ほら、巻いてあげて」

「うん!!」

「……わかったわ」

 手に持った赤い布を、首を下げているウルフへと嬉しそうに巻いていくアスティと、本当に襲われないのかびくびくしながら巻いていくエルザ。


「大丈夫だったでしょ?」

「楽しいね!!」

「……そうね」

 アスティは顔を上気させて喜んでいるのに対して、エルザはほっとしている。


 巻き終わったものをクンクンとしているウルフもいる中、僕らはそのまま列が終わるまで同じことを繰り返した。



「はい!! 終わり!!」

「……けっこういたわね……」

 巻き終わって上機嫌なアスティと、ちょっと好かれた様子のエルザを見て、僕も自然と笑顔がこぼれる。



「さて!! ウルフのみんなそのまま聞いてね!!」

 僕が声を掛けると、一斉に僕の方を向いて静かになるウルフ達。



「これで君たちは、僕達の家族になったんだけど、むやみに人を襲ったら駄目だからね。その首に巻いているのは僕達の家族の証拠だから、すぐにわかっちゃう。だけど自分が危ない時は……なるべく傷つけない様にしてね」

「ばう!!」

「わん!!」

 テオとマオが返事をすると、他のウルフ達も一斉に返事を返してくれた。



「まさか……こんなことが……」

「凄いだろ? これがロイドだ」

「凄いですね。目の当たりにするとさらに凄さが分かります」

「どうする? 王家に知らせるか?」

「……なぜ……。いえ、エルザ王女が楽しそうにしているのです。それを邪魔は出来ませんよ。それに彼は信用できるような気がします」

「だろう? さすが我が婿殿だ!!」

 僕達がウルフ達とそんな話をしているときに、僕達の方を見ながらガルバン様とロベリアさんがそのような話をしているのを僕達は知らない。

 しばらくの間は、おるおそるウルフをモフっているエルザや、バルに背中を預けながらベルを撫でまわすアスティ。そして僕の周りに来たアルトとともにウルフを撫でるメイドさん達やロベリアさん。そんな和やかな時間が続いた。



「おーい!!」

「あ、父さん!!」

 しばらくすると森に様子を見にいった父さん達が戻ってきた。



「うん? なんだこの布を巻き付けたモノたちは」

「これ? これはアイザック家の者だよっていう証拠みたいなものだよ」

「なるほど……『紅眼紅髪』のアイザック家だから赤い布……と言う事か。それでその白い布はなんだ?」

「あぁ、この2頭はリーダーになってもらったんだ。だからわかりやすいように白い布も巻いたんだよ」

「ふむ。考えたなロイド」

「……なるべくなら守ってあげたいしね。それにもう家族だから……」

 僕の言葉を聞いた父さんは、無言で僕の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。


「と、ところでどうだったの?」

「あぁそうだった!! ガルバン!!」

「ん? どうした?」

 僕の問いかけにハッとして、ガルバン様の方へと視線を向ける。


「すまないがスタンの者たちも呼んでもらえるかな?」

「それは構わんが……どうしたのだ?」

 ガルバン様がスッと手を上げると、何人かのアルスター家の人達が走り去っていく。



「実は森に行ったのだがな、あの大きな音の正体がわかった」

「それで?」

「木が数十本倒れていたのだ」

「なに? 木が倒れていただと?」

「あぁ。誰かに切られていたのではなく、根元から……まるでひとりでに抜け落ちたかのように根元から倒れていたのだ」

「……自然に倒れた? なんて事が有るのか?」

「わからんが、実際に倒れているのだから仕方なかろう」

 二人で顔を見合わせると、ハッとしたように僕の方へと顔を向ける。


――え? なに!?


「まさか……ロイドか?」

「何かしたのか? ロイド」

「え? し、知らないよ!! 僕は何もしてないよ!!」

 低い声を出す二人に、ぶんぶんと頭を振りながら答える。



『ふふふ。私がしたのよ』



 久しぶりに聞こえてきた声。聞こえてきた方へと視線を向けると、そこには空と同じような青い髪をして、濃い青い瞳をした僕達と同じくらいの背格好をした女の子が立って僕達を見ながら笑っていた。


――この声……もしかして……。



『やっと会えたわね……ロイド』



 しっかりと聞こえたその声は、大樹様の所で聞いた声と似ている。いやたぶん同じものなのだろう。


 僕はその女の子の方をジッと見つめた。



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