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第21話 可愛い!!



  僕は今、アイザック家の馬車の中にいてドランの町から少し離れたところまで移動している。目の前には父さんとガルバン様がいて、僕の横にはアスティが当たり前のように座っていてニコニコとして居る。


 父さんやガルバン様とお話しをしてから3日後の事、僕の提案を実行するにはまずは土地が必要という事で、ドランの町からほど近く、更に水場もあって耕しやすいところという事を優先に探していた所、丁度いい場所が見つかったというので、何故か僕まで同行してその場所を見に行く事になった。


 当初は僕と父さんだけが行く事になったのだけど、魔法の事もあるというのでガルバン様も一緒に行く事になり、それを聞きつけたアスティが『未来の為』という理由を付けて父さん達を説得し付いてくることになった。因みにいつも一緒にいるアルトは馬車の外側を走って付いて来ている。



ギギッ!!

ドランの町から東へ少し進んだところにちょっと大きめの川が流れているのだが、その川岸へとたどり着いて、馬車は止まった。


 馬車の御者をしているフレックが扉を開けて、父さんとガルバン様が降りる。その後を僕が降りてアスティが続いた。


「ここか……フレック」

「そうでございます。条件が揃う場所と言いますと、この辺りになると思います」

「しかし、森が近いな……」

「そうでございますね」

 父さんとフレックが周りを見回しながら話をする。


「この辺りに作るのか? ふむ……なかなかいい所ではないか」

「いい景色です」

アイザック領に来てからは、屋敷とスタン村やドランの街に少し行く程度しか外出をしていない二人にとって、領の中を歩くという事はほぼ無かったから、ガルバン様とアスティも周りの景色を楽しんでいた。


「どうだロイド」

「え?」

「この辺が良いと思うんだが、ロイドはどう思う?」

「? どうして僕にそんな事を聞くの?」

 フレックと父さんの話が一段落ついたのか、僕の方へ向き直ってから話しかけてくる。いつもなら現当主であり領主の父さんが決断したことなら、そのまま確定事項となって話は進んでいく。こうして僕に聞いてくることは今までは無かった事。


「ばうっ!!」

「アルト?」

 辺りを駆け回っていたアルトが戻ってきて、僕の隣にちょこんと座ると、僕の方へと一鳴きした。

 アルトの方へと視線を移すと、アルトは首を左右にブンブンと振っている。


「アルト? どうしたの?」

「ばうばう!!」

「え? あ、ちょっと!!」

 僕の上着をかじってそのまま僕を連れて行こうとするアルト。


「どうしたのだ? アルト」

「こんなアルトは初めて見ましたわ」

 僕達の様子を見て父さんとアスティが驚く。いやアルトの行動に驚いているのだろうけど。



「アルトどうした? どこか行きたいの?」

「ばうっ!!」

「わかったよ。だから服を離してくれる? 歩きづらいから」

「きゅ~ん」

 ぱっと噛んでいた服を離し、そのまますたすたと先の方へと歩き出すアルト。その後を僕が続き、少し離れてしまった事で慌てて4人も僕達の後を追って来た。


 馬車を降りた所からだと、少し北に歩いたところでアルトは立ち止まって僕の方へ振り向き「わふっ!!」と一鳴きして尻尾をぱたぱたと振る。



「ここ?」

「わう!!」

 僕も立ち止まって辺りを見回す。先ほどの場所よりも少し浅くなったように見える川と、その代わりに広がる河原。そして自然にできたと思われる池のような水たまりがあって、領の代名詞ともなっている森にも少しだけ距離がある。『住む』という事に関しては良い場所なのかもしれない。


「でも土がねぇ……。僕には分からないからなぁ……」

「がうがうっ!!」

 僕がこぼした声を聴いたアルトが、何もない草の生い茂る場所の方を見ながら吠える。


「……え?」

 その方向へ視線を向けると、そこに信じられないものを見てしまう。辺りににはうっすらとではあるけど、いたるところに僕やアスティと同じくらいの年頃の男の子と女の子の姿が見えた。


 僕は瞬きを繰り返し、その上で目をごしごしとこする。


「え? え? 何これ……」

「わふ」

 アルトは僕を見上げながら尻尾を勢いよく振っている。撫でて撫でてと催促されているようだ。



「どうしたロイド」

「やっと追いつきました!!」

「ほう……」

 父さんとアスティが僕の立っている場所へと追いつき横へと並ぶ。その後にガルバン様が周りを確認しながら歩いて来た。


「えっと……」

「この辺りの方がいいのか?」

「何となくだけど、ここがいいってアルトが言ってるみたいなんだ……」

「アルトがか?」

「うん」

 僕はもう一度アルトを見てから、先ほど見えた周りを確認する。すると先ほどと光景が広がっていた。


 隣できょろきょろしているアスティに、小さな声でそっと耳元へと手を当てながら話しかける。

「アスティ」

「ひゃいっ!!」

 ビクンと身体を震わせて僕の方へと視線だけを向けると、途端に顔を赤くするアスティ。


「ち、ちかっ!?」

「ねぇアスティ……落ち着いて」

「え? あ、う、うん」

 少したってから落ち着いたアスティを見ながら、僕はまた耳元へと手を当てて話しかけた。


「周りに何か見えない?」

「え? 周りに?」

「そう」

「……何も見えないけど……」

「そっか……見えてないのか……」

「?」

 キョロキョロと辺りを見回してから、僕の問いかけに応えるアスティ。首を傾げるその仕草がとてもかわいい。今日はヨウ太陽の元、外に居るのでその紫色した髪が、アスティが動くたびにさらさらと流れ光り輝いている。


――……そうすると、は僕にしか見えてないって事かな?

 アスティの頭を一撫でしてから僕はまた周りに視線を移した。



 しばらくはその周辺を父さんやガルバン様が確認のために動き回る。待っている間にフレックは馬車を取りに向かった。


 僕はというと、アスティと共に――。


「はいはい。撫でてあげるからちょっと待ってね!!」

「可愛い!!」

 そう言いながら僕の周りに集まってきた動物たちを、アスティと共にモフりまくっていた。


 外に出ているので、こういう事になるだろうなとは思っていたのだけど、まさか森の中の主と言われているベアーまで来るとは思っていなかった。


 初めはウサギやリスなどの小さな動物たちが集まってきた。その後にカリブーやボアのような少し大きめの動物が来て、森のギャングと言われているウルフなどが隊列を組んで来たりしたのだけど、アルトの「ばう!!」という一鳴きを聞いた後は皆がおとなしくなって、争う事もなく何故か僕の周りにまとわりつくようになった。


 そして最後に現れたのがのしのしと歩いてきたベアーの親子。さすがに危ないのでアスティは僕の後ろにいるように言ったのだけど、そのまま歩いて来たベアーは僕らの前に寝そべるとそのまま大人しくなって動かなくなった。


 どうしようかとアスティと顔を見合わせて笑いあう。



 僕の所に動物たちが来ることは分かっていたので、父さんは何度か僕らの所を確認に来てくれたし、ウルフの群れが僕に甘える姿を見たときには呆れていた。最後に確認に来た時のベアー親子の姿を見たときは、警戒したのかいつでも攻撃できる態勢を取りつつ僕らの方へと近づいて来て、ベアーの親子と共にお腹で寝ているアスティの姿を見て苦笑いを浮かべていた。


 その後に来たガルバン様が、その様子を見てかなり焦っていたけど、特に何も問題が無く寝ているだけだと伝えたらホッとしていた。


 そのまま僕らはしばしの休憩を取る。



「しかし……本当にロイドは何者なのだ……」

「え? 僕は僕ですけど……」

「アハハ!! 確かにロイドはロイドだな!!」

 未だに僕の周りにいる動物たちを見ながらガルバン様が笑い声をあげる。



「それにしても、まさかあのソルジャーベアまでもがロイドに懐くとはな」

「あぁ、俺も驚いたぞ。しかも子供を連れているんだからな」

「え? このベアーは普通に森に居るベアーじゃないの?」

 父さんとガルバン様の話に疑問に思う。


「……大物だなロイドは。それは見た目は普通のベアーだが、ソルジャーベアーといって上位種のようだぞ」

「え? もしかしてモンスターなの?」

「いや、正確には魔獣というところか……。普通の動物が何かの原因で魔獣化してしまう事は前にも話したことが有るだろう?」

「うん」

 父さんが真面目な顔を僕に向けながら話す。


「ソルジャーベアーもその魔獣化してしまった姿なのだ。魔獣化してしまうと通常は狂暴さが増してしまうのだ、更にその2頭は親子の様だし、子連れの魔獣は子を護るために更に凶暴さが増すのだ。こうして人の側に寝そべるなんて事は通常は無いな。倒すのに領兵や騎士でも5人程度は必要になる」

「え? でもこの親子は普通のベアーに見えるけど……」

 チラッとまだ寝そべっているベアーの親子へ視線を向ける。


「退治しちゃうの?」

「うぅ~ん……。このままってわけにはいかんかもしれんな」

「こんなに優しい親子なのに?」

「……さて、どうするガルバン」

 僕の顔を見てから、ガルバン様の方へと視線を移す父さん。


「このまま何事もなく、森へと帰ってくれるのならば構わんのではないか?」

「だがしかしなぁ……」

 顎へと手を当てながら考えこむ父さん。


「お願いしてみるよ!!」

「はぁ!?」

「僕がベアーにお願いしてみる!!」

「……まぁ、ロイドがそういうのなら好きにしなさい。ただし、もし人を襲う事になったらその時は……」

「うん!! その事も話してみるよ!!」


 僕はベアーの親と思われる方へと近づいていく。そしてそのままベアーに話しかけた。


「ねぇ、君このまま何もしないでいてくれる? 僕達や人を襲ったりしないでほしんだ。出来る?」

「がぉう」

 僕の話を聞いたのか、頭をスッと上げて僕へ一鳴きするとまた元の位置に頭を戻すベアー。


「わふ!!」

「あれ? アルト」

 僕の隣にはいつの間にかアルトが居て、ぶんぶんと尻尾を揺らしていた。



 父さんの元へ共だった僕は、そのままこの後この土地をどうするのかなどを話す二人と共に、アスティと動物たちが寝ている光景を見ながら過ごした。




 しばらくするとフレックが馬車と共にやってきて、近くに停めた馬車から降りてくると、僕達の方を見てギョッ!!とした表情を見せる。そのままじりじりと近づいてくると、またお前か!? という様な視線を僕に見せつつ苦笑いした。


「旦那様方。そろそろ戻らねばならないかと」

「ん? そうだな。続きは屋敷に戻ってからにしようか」

 フレックの言葉を聞いて、皆が腰を上げる。僕はまだベアーの上で寝たままのアスティを起して、眠そうにしているアスティを馬車の方へと誘導するように一緒に歩いていく。


 ヨウは沈み始めていて、辺りは昼間から夜になろうとしていた。





「なぁロイド」

「なに?」

 帰りの馬車の中で父さんが声を掛けてくる。


「付いて来てるぞ……」

「え? 何が?」

 僕に向かってぼそっとこぼす父さん。


 父さんが僕に声かけたのとほぼ同時に、御者台に居るフレックへと室内から合図を送ると、しばらく馬車は走った後に停まった。

 ドランの町まではもう少しで着く距離にまで来ている。


 馬車のドアが開けられ、フレックの顔がチラッと見えたのだけど、何故か眉間にしわを寄せて困惑しているように見える。


 馬車から父さんが降りるのと同時に迎撃態勢を取った。その後にガルバン様が続く。僕とアスティは合図があるまで馬車の中で待機する。



「ロイド……降りてこい」

「う、うん」

 静かな時間が少しだけ過ぎ、父さんが馬車の中へ顔を出して僕に向けて言葉を掛ける。


「あれ?」

「やっぱり付いて来ていた様だな」

 馬車から降りて目にした光景は、僕らの馬車のから少しだけ距離を取ってお座りしているウルフの群れと、ソルジャーベアーの親子の姿。


 僕はその姿を見て困惑してしまい、父さんの顔を見上げる。父さんははぁ~っと大きなため息をつきながら僕の方へと顔を向けた。



「仕方ない……。襲われる前に――」


「ばう!! がう!!」


 父さんが腰に回している手に力を加えるのと同時に、アルトが叫びながらお座りしている群れの前へと駆けだした。


「アルト!?」

 ぼくの声にも反応する事もなく、そのままアルトは群れの前にまで駆けていくと、そのままワンワンバウバウと話をしているようにして吠えている。


 そしてしばらくすると、動物の群れは完全に伏せの状態になった。それに満足したのかアルトは尻尾を立て大きく振りながら僕らの方へと向かって来て、僕の前にたどり着くとちょこんと座る。


「わふぅ!!」

「え? 何? どういう事?」

 誇らしげなアルトの顔を見ながら僕は困惑した。



「アルトが……配下にした……と言う事か?」

「え? そうなの!?」

「わん!!」

 さらに勢いよく揺れる尻尾。


「仕方ない……フレック先に行って町に説明と、屋敷に伝令を飛ばしてくれ」

「は、はい!!」

 フレックが駆けていく。



「どうするの父さん」

「どうするもこうするも……連れて行くしかないだろう?」

「いいの?」

「何かあったら……分かるな?」

「うん!!」


 町の外でしばらく待っていると、領兵と共にガルバン様の護衛騎士たち数人が駆けて来た。

 その人たちに周りを囲まれる様にしながら町の中へと入っていく。



 当たり前の様に町の中では騒ぎになったけど、僕の顔を見た人たちからは「納得した」という様な表情を向けられる。


――変な噂になるよりはいいけどね。

 ため息をつきながらそんな事を思っていると、となりに並んでいたアスティに手をギュッと握られつつ笑顔を向けられる。


「ロイド」

「なに?」

「楽しくなりそうだね!!」

「そうかな?」

「うん!! ロイドと一緒で良かった!!」

 満面の笑顔を向けられて嬉しくなる僕。



 こうして僕の横に並ぶアルトに配下が増えた。



「アルト……」

「わふ?」

 そっと耳元に顔を寄せながら声を掛ける。



「僕の話している事……人の話を分かっているよね?」

「わふぅ!?」


 耳をピンと立てて、尻尾もピンと立てながら、目を大きく見開き僕の方を見るアルト。


 そんなアルトに向けて僕はニコッと笑いかけた。



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