『ふふふふ……』
――え? 今声がした?
僕は辺りを見回すけど何かが居るような気配はない。ただ気配のようなものは感じるから姿が見えないだけだろう。
すぐにアスティとエルザの方へと視線を向ける。
「アスティ!!」
「え?」
僕の大きな声にビックリしたアスティ。その事が合図となったのか、皆がハッと我に返り辺りを警戒し始める。
「どうしたロイド!!」
「何かあるのか!?」
父さんやガルバン様も臨戦態勢を取りつつ僕の方へと移動してきた。エルザも護衛の人達と共に少しずつ僕の方へと近づいてくる。
「ごめんわかんないけど、何かいるような気がするんだ!!」
「なんだと!!」
「くっ!! 見えない敵か!?」
さらに混乱が広がる。
『ふふふふ……大丈夫よ。何もしないから』
「え?」
僕のすぐ耳元で聞こえる声。今度は完全に声として僕に伝わった。しかしどこを探してもその声の正体は見つからない。
ただその後も攻撃をしてくるようなこともないようなので、僕は大きく息を吐いた。
「本当にごめんなさい。気のせいだったのかもしれない」
「……そうか? まぁロイドはここで倒れたことも有ったからな。うん。何もなければいいのだ」
「そうだな。良し!! では大樹様の元へとお供え物を!!」
「「「「「は、はい!!」」」」」
ガルバン様の掛け声とともに護衛の人達がバタバタと走り出す。
あっという間に大樹様の側には、お供え物で山が出来上がった。
そしてみんなで大樹様を見ながら手を合わせて祈りをささげる。僕やアスティエルザもみんなと一緒に手を合わせる。
『一緒だよ。ずっと一緒……』
「…………」
またも僕の耳にはあの声が聞こえてきているけど、今度は何事もないように祈りをささげて、皆に気付かれないようにした。
「マクサス」
「…………」
「この事をどう説明するんだ?」
「……どう言ったら良いのか分からん」
「まぁそうだろうなぁ……」
父さんとガルバン様は大樹様であろう大木を前に頭を抱えてしまっている。その他の人達で大木の周りを掃除して綺麗にしておいた。
メイリン様とソアラ様、そしてエルザはその雄大な姿をずっと見つめている。
僕はそんな皆から少し離れたところに塀を目の前にして腰を下ろした。そして誰にも聞かれない様に小さな声を出す。
「君はだれ?」
『あら? お話してくれるのかしら?』
「君次第かな?」
『うぅ~ん……そうかぁ残念!!』
「どうして姿が見えないの? どこに居るの?」
『え? ずっと隣にいるわよ? ほらそこの
「え?」
いつの間にか僕の隣にいたアルトは、すぐ隣で尻尾をぱたぱたと振りながら座っている。そしてもう一つ驚いた事。
「シルバーウルフ?」
『え? 気付いて無かったの? まぁ無理はないけどね』
「わふぅ……」
なんだか申し訳なさそうに鳴くアルト。
『今はまだ見えてないのなら……もう少し先かしらね』
「え? 何が?」
『ふふふ……内緒!! じゃぁまたね!!』
「ちょっ!! 待って!!」
僕の言葉は届かなかったみたいで、僕の側にいると感じていたものが、急にフッと消えたかのようにまったく感じなくなった。
――なんだ? なんだったんだろう? 大樹様が気になった事と関係あるのかな?
振り返り、大きくなった大樹様を見ながら、僕はいろいろと考えてみるけど、結局は何も思いつかないので諦めることにした。
「ロイド!!」
「はい!!」
「帰るぞ!!」
「わかった!! 今行くよ!!」
父さんから声が掛かって、よいしょっと腰を上げる。お尻に付いた泥や砂を手で払って、皆が居る方へと走って向かう。
「どうした? また気分でも悪くなったのか?」
「ううん。何でもないよ」
「そうか……。少しでも変なところがあったら言うんだぞ」
「うん」
父さんの横に並ぶと、ポンと頭に手を置かれながら心配されてしまう。でもさっきの事は言えないので、心配させないように答えるしかなかった。
「本当に大丈夫なの?」
「心配ありがとうアスティ。でも本当に大丈夫だよ」
「そう? ならいいんだけど」
「うん。ごめんね。さぁ帰ろうか」
「うん!!」
僕の事を心配してすぐにそばに来てくれたアスティ。そんなアスティにもまだ言えない。心苦しさが僕の胸に湧いてきて、アスティの手を取りぎゅっと握る。
顔を赤くしてしまうけど、嬉しそうに笑ってくれるアスティ。その顔を見て僕もまた少しだけ心を落ち着かせることが出来た。
大樹様の元を訪れてから10日が過ぎ、屋敷の中はいつもと同じような落ち着きを取り戻しつつあった。
あの後は何事もなく屋敷まで戻ってくると、父さんとガルバン様、それにエルザまでが執務室にて話し合いがされたようだ。大樹様の復活をどのように報告するかを相談していたんだと思う。
去年までは大樹様は切り株姿だと毎年報告してきていた。ただ、いきなり普通の木になりましたと言っても信じてもらえないだろうから、どのように報告するのかは大切だ。
今回は目撃したのが伯爵家のガルバン様と、王女であるエルザだから、その話の信頼性があると思うけど、王家がどのように話をとらえるのかは予想できない。
間違いなく大ごとになっちゃうのは目に視えているけど、報告しないという事は出来ないので諦めるしかない。
そんなわけで数日間は話し合いがもたれていた様だ。ようやく決まった時は三人ともに疲れ切っていた。
僕の方はというと、アルスター家の人達と共に修練所へと毎日通っては、僕が考えた魔法の使い方などを練習したり、フィリアとアスティと共にアルトと遊んだり、勿論勉強もしっかりとフレックに叱られながらもこなしている。
そんな中で、屋敷の中にあるヨームに気が付いたエルザがすごく興味を持って聞きに来たり、屋敷の人達が今まで考えられなかった魔法の使い方をしているのに驚いていた。それらのすべてを僕が考えたと聞いたのか、次第に僕の所へ訪れる事が多くなって、アスティやフィリアとも一緒に観る事が多くなり、次第にみんな仲良くなった。
「アスティ、ここはどうやるの?」
「え? う~ん……ここはこうじゃない?」
「あ、なるほど!!」
そして何故か今は僕の私室で、アスティとエルザは刺繍の練習をしているし、フィリアは僕のベッドの上で寝ている。アルトはソファーに座っている僕の側で寝そべっているのだけど、他にもお嬢様たちと男の僕が一緒にいる事で万が一という事が無いようにとロベリアとアントンも一緒にいる。
因みにヨームや魔法の使い方などをエルザに説明した時も、この二人は一緒にいたのでその説明を一緒に聞いて以来、僕の事を見る眼が変わったというか、態度が柔らかくなった。そうなると二人共仲良くなるのは時間がかからない。
コンコンコン
そんなゆったりとしていた時間に、ドアをノックする音が響いた。
「テッサです」
「どうぞぉ~」
「し、失礼します!!」
さすがのテッサも僕やアスティだけではないので、夜に入って来てからは作法どおりの対応をする。
「どうしたのテッサ」
「旦那様がお呼びでございます」
「父さんが? なんだろう?」
「もう一つ聞くのを忘れていたことが有ると仰っていらっしゃいました」
「もう一つ?」
何のことを言っているのか分からないので、直接父さんに聞いた方がよさそうだ。
「わかったすぐに行くよ」
「ではそうお伝えしておきます」
ドアの所で一礼をしてテッサは父さんの元へと去って行った。
「何かあったの?」
「ん?」
テッサとのやり取りを聞いていたアスティが僕の方へと聞いてくる、
「ちょっと何か聞きたいことが有るらしいから、少し父さんの所に行ってくるよ」
「そう。じゃぁこのまま私達はお部屋で刺繍してるね」
「うん」
にっこりとほほ笑むアスティに僕も笑って返した。
コンコンコン
「ロイドです」
「入れ!!」
「失礼します」
執務室に入ったら、父さんもガルバン様もソファーへと座り、ゆっくりお茶を飲んでいた。
「聞きたいことが有るってテッサから聞いたけど……」
「あぁ。とりあえず座りなさい」
「うん」
僕も父さん達の側まで行き、空いている場所へ腰を下ろした。その隣にいつの間にか付いて来ていたアルトも座る。
「ジャンとフレックから話を聞いた」
「ジャンとフレック?」
「何でも、畑に植えた野菜が異常な育ち方をしたというではないか」
「あぁ!!」
父さんに言われてようやく思い出した。
「そ、そうですね……」
「また何かしたのか?」
「え? いやいやいや!! 僕は何もしてないよ?」
「本当か?」
「本当だよ!! フレックとジャンに聞いてみてよ!!」
側にいたフレックの方へ視線を向けるけど、フレックはフイっと視線を外した。
――え? フレック?
「どうなんだ? フレック」
「ロイド様には大変申し上げにくいのですが、私が知っているのは畑や花壇に、ジャンが選んだ種をロイド様たちが撒き、メイドのリノとベスが手伝いながら育てていたという事しか知りません」
「……と、言っているが?」
フレックが話し終わると、父さんとガルバン様が僕の方をジッと見つめる。
「いや本当に何もしてないよ!! あ、でも……」
「でも?」
「魔法は使ってもらったかな……」
「ほう……」
魔法を使ってもらったという言葉に反応したガルバン様が、僕の方へと少し身を乗り出す。
「それはどういうことだ?」
「詳しく話を聞きたいな」
「うん、今から話すよ」
ガルバン様の圧に耐えながら、僕は畑で行った事を話す。
「――という訳だよ」
「なるほど……」
ガルバン様は腕を組みながら、目を閉じて考え事をし始めた。
「その他には何か変わった事は無かったのか?」
「う~ん……特になかったような気がするけど……」
父さんの質問に、思い出せる限りの事を思い出したけど、特に何かあったわけじゃないので、それ以上は新しいことを話せない。
「もしかしたらだが……」
「何か思い当たるのか?」
「魔法が何かしらの作用を引き出したのかもしれんな」
「「魔法が?」」
僕と父さんが同時に聞き返す。ガルバン様はこくりと頷いた。
「魔法を使って土を入れ替えた時に、魔力が土に含まれていた。そして畑にも花壇にもあげていた水が魔法で出された水なのだから、同じように魔力が含まれていたという可能性はあるだろ?」
「「なるほど……」」
「……しかし、それが本当だとするとえらいことにならんか?」
「確かにな。確証が無ければ報告は出来ないだろう。どうだろうマクサス」
「ん?」
「試してみんか?」
「……そうだな。幸いこのアイザック領はまだ土地はある。その土地を新たな畑として試験的に行ってみるか」
「そうとなれば、私達アルスター家も手伝うぞ」
「それは助かる」
僕の事を放り出して、二人だけで会話が進んでいく。だから僕も一つだけ提案することにした。
「あの……」
「何かあるのか?」
「うん。それなら、畑じゃなくて村みたいにできないかな?」
「ん?」
「新しい村みたいにして、今お仕事が無い人達に畑仕事をしてもらうなんてどうかなって……」
僕の提案を聞いた二人が顔を見合わせる。
「「それは良いな!!」」
「よかった……」
アイザック領は自給自足が成り立っているとはいえ、それでもやっぱりお仕事の無い人達は少なからずいる。もっとも多いのが獣人族の人達で、人族と呼ばれる僕達よりも体格や力は勝るのだけど、その代わり器用さに足りないとか、いろいろと違いがあって町などではうまく仕事にありつけなかったりする。
僕らの国では奴隷制度のようなものは無いけど、他の国では当たり前のように獣人族の人達が奴隷として働いていたりもするし、上手く生活になじめずに犯罪を犯す人たちも中にはいるので、僕らの住んでいる辺境地方よりも、栄えている街などでは評判は良くない。
魔獣やモンスターを狩ったり、洞窟などを探検してお宝を探すことを仕事とする、国が運営しているギルドもあり、そこに入っている人たちもいて、ケガをしたり病気になったりと働き口が無くなって困る人は、どうにか地方に来て生活しようとするのだけど、栄えている街に比べるとはるかに仕事は少ない地方では、やっぱり仕事が無かったりしてしまう。
実際にドランの町でも、そういう人たちは外れにある住宅地に住んでいるし、僕も町に行くときなどはよく見かけていた。
そういう時に、父さんがどうにかできないものかと悩んでいるのを聞いたこともある。
「その考えは良いかもしれんな!!」
「あぁ!! うまくいってもいかなくてもいい。まずはそうして仕事を増やして働く人を増やしてみるか!!」
「ちゃんと働いた分はお給料払ってあげてね」
「もちろんだ!!」
父さんとガルバン様はやる気になっているので良い事なのだけど、僕はまた何か嫌な予感がしていた。
「あ、それと父さん。聞きたいことが有ったんだけど」
「聞きたいこと?」
「うん。ガルバン様も知ってるかな? シルバーウルフ」
「なに? シルバーウルフだと?」
父さんとガルバン様が顔を見合わせてにかっと笑う。
「どうしたロイド。どこかで幻の種族の話でも読んだのか?」
「え? 幻の……?」
父さんがハハハと笑いながら、答えてくれた。
「そうだ。シルバーウルフとは、初代国王様たちと共に大戦にて活躍した幻想獣の1頭と言われている。大戦後にその姿を見たものはいないので、本当に居たのかどうかは定かではないが、古い文献にはその姿も描かれているぞ。そのシルバーウルフがどうしたのだ?」
「えっと……」
チラッとアルトの方へと視線を向けると、アルトは僕の視線をフイっと躱した。
「な、何か知ってることある?」
視線を二人に戻して話を続ける。
「どうだガルバン。何か知っている事はあるか?」
「そうだな……。確か幻想獣は我々と心を通わせたり、会話することが出来たと伝えられていたような気がするな」
「……だそうだ」
父さんもガルバン様も、戦いの話や昔話は好きなようで、とても楽しそうに色々と伝承なども話してくれた。
――そういえば……。
ちょっと思い当たることが有ったので、隣で知らんぷりしながら寝ているアルトの頭を撫でながら、後で確かめてみようと思いつつ、僕の前で盛り上がる二人の様子を眺め楽しい時間を過ごすことが出来た。