父さん達が王都から帰ってきた日は、王女様が泊まる部屋などを急遽用意したりしなくちゃいけなくて、屋敷の中では結構バタバタとしていた。
父さん達がやってきた時に、いつもよりも隊列が長かったのは、アイザック・アルスター家の護衛隊だけではなく、王家から王女様を護衛するための部隊が組まれたからだったわけだけど、近衛隊という王族を護るために作られた隊は通常、王族が出掛ける時は必ずついていくという事で、今回も王女と共にアイザック領へとやってきた。
しかし王女であるエルザが言うには、ついてきた者たちは皆が『王女様の為』と志願してくれた人たちだけだという。人数にしては30人ほどという事なのだけど、僕はそれだけでも凄いと思ってしまったが、エルザが言うにはこのくらいの人数は『居ないのも同じ』なのだという。
他の王族の人達は、1部隊丸ごとが護衛に着くらしく、その数はなんと数百人から千人ほどにまでなるのも当たり前で、この辺りの差も自分が王族としては
ただ、付いて来てくれた人たちは、小さい時からいつも一緒に居てくれた人たちが多いという事で、結構仲が良いらしい。特にサロンに一緒にいた二人、ロベリアさんとアントンさんは相談に乗ってもらったりもしているらしく、エルザ自体も二人を信頼している事が分る。
しかし残念ながらアイザック家の屋敷が大きいとはいえ、それほどの人数が一遍に泊まれるほどの大きさでは無いので、急遽護衛として数人を交代で屋敷に泊まってもらう事にして、残りはアルスター家の領兵たちが泊まるスタンへと降りてもらい、何事かが起きたときは駆け付けてもらうという事で話が付いた。
そんなバタバタな日を過ごして明けた次の日――。
「ところでロイド」
「はい?」
「アレはどういうことだ?」
「あれ?」
「そうだ、あれだ」
お昼の軽い食事を終えた僕と父さん、そしてガルバン様とアスティが庭に出てお茶を飲んでいると、急に父さんが指をさしながら僕に質問する。
その指差す方向を見ながら僕は言われていた事を思い出した。
「あ!! 忘れてた!!」
「忘れてた?」
「うん。父さん達が着いたって聞いたから忘れてたんだよ。昨日フレックにも言われてたんだけど……。あれ? 昨日あんなに大きかったかな?」
僕は大樹様の方角を見ながら考える。見たのは昨日だったはずなのに、その時よりもさらに大きくなっているような気がした。
「ロイドが何かしたのか?」
「え? いやだなガルバン様。さすがに僕が何かできるわけないでしょ?」
「そうか? ロイドなら何かやったと言われても驚かんと思うけどな」
「そうね。ロイドですもの」
ガルバン様が僕をからかうように笑うと、それにアスティも何故か否定をしないでクスッと笑う。
――僕ってどう思われてるんだろう?
二人の様子を見て僕は少し考えてしまう。僕が何かをする事で大ごとになってしまった事も確かにあるけど、そこまで何かあれば僕が理由として思い当たるなんて事をしてきたつもりはない。
「しかし、あのままにはしておけんぞ。一度確認しに行かないとな」
「そうだね。じゃぁ明日行く?」
「早い方がいいか……。そうだなでは手配しておこう」
父さんが手をスッと上げると、側にいたフレックが音もなく屋敷の中へと入って行った。
「私も付いて行っていいか?」
「ん? ガルバンも興味があるのか?」
「いや、興味と言われるとない訳ではないが、あの大きな木の側に大樹様がおられるのだろう? 1度は見てみたいと思ってな」
「あぁ、なるほどな。確かに俺ら一族以外は滅多に視れるモノじゃないからな」
「そうなのだ。こういう機会でもないとなかなかお願いもできないだろう? 今まではそんなに仲良くしてきたわけではないのだから」
「ふむ……。そうだな。これから先はアスティ嬢もこの家の者になるわけだし、一緒に行くか?」
「え? 私も良いのですか?」
「構わないさ。何しろもうロイドの婚約者なのだから」
父さんの言葉に顔を赤くするアスティ。
「そうだ、それならアルスター一家総出で行くというのはどうだ? しっかりとお供え物を持って行くからいいだろう?」
「う~ん。人数が多いのはなぁ……」
「いいんじゃない?」
父さんがガルバン様の提案に考えこんでしまったので、僕が返事をする。
「いいって……そんな簡単には決められないぞ」
「ん~でも……。大樹様も喜んでくれるような気がするんだよね」
「しかし去年の事もあるからな。ロイドは気を付けねばならんし」
「心配ないよ。何かあればアスティもガルバン様もいるんだから」
ウンウンと声を出しながら悩む父さん。
「あら? 何やら楽しそうなお話をしてますわね」
僕らの方へ声を掛けてきたのは、屋敷からこちらに向かい歩いてくるエルザ王女とロベリアさん。
「これは王女様」
「あそこに見える大きな木の話をしていたのですよ」
父さんが挨拶をすると、ガルバン様も一礼をしてから、森から飛び出るくらいに伸びている1本の樹を指差す。
「あぁあの木ですか。確かに大きいですわね」
エルザも指さされた木の方へと視線を向ける。
「あの木がある方向に大樹様もおられるので、あの木の事を調べに行くついでに、お参りをしてこようかとマクサスと話をしていたのです」
「まぁそれは良いですわね!! 私も一度大樹様をこの目でみてみたいと思っておりましたの!!」
「王女様!!」
「いいではありませんかロベリア。あなただって本当は気になるでしょう? 国史にも書いてある大樹様なのですから、やっぱり一度はみてみたいと思っても不思議ではないでしょ?」
「た、たしかに私も興味はありますが、しかしそう勝手は――」
「じゃぁ一緒に行きませんか?」
ロベリアさんには悪いとは思ったんだけど、。僕は二人に一緒に行こうと提案する。せっかくお城から出て来たのならエルザにも自然と共に暮らしているアイザック領をもっと知って欲しいと思ったから。
「むっ!? しかしなロイド様、王女様を護るためにはそれ相応の護衛が必要なのだ。何かあってからでは遅いのだぞ!!」
「う~ん。でもロベリアさん、ここには騎士団団長の一人と魔術師団団長様がいますよ? これ以上に心強い護衛もいないと思いますけど」
「ッ!? た、たしかに!!」
父さんとガルバン様、そしてアスティとエルザもウンウンと頷いている。
「では決まりという事でいいわねロベリア!!」
「わ、分かりました。しかし護衛は少し増やしますからね」
「ありがとう!!」
「ふぅ~……。仕方ありませんね」
ロベリアさんに抱き着くエルザ。
因みにロベリアさんは栗色の髪を短くそろえている、小顔ですらっとした女性だ。騎士と言われる人たちの中には女性も少なからずいるのだけど、その女性たちも戦闘要員として前線に出る人は少ないと父さんが言っていた。
更にその上の王族護衛である近衛にまでなれる人は本当にごくわずか。女性の王族の方々を護るために配備されることが多いので、どうしてもあまり人目に触れる機会は少ない。
僕もロベリアさんに会うまでは、女の人も騎士になれるなんて事を知らなかったし。これも学院に入るときに適性を見るらしいのだけど、卒院してから騎士になる人はほとんどいないらしい。既に婚約者などが決まっている人は嫁いでいく事が決まっているからというのが原因であるみたいだ。
そういうわけで次の日に大樹様と、大きくなっている木の元へと向かう事になった。
大樹様の元に行くという事になったのは良いのだけど、いつの間にか行くという人数が増えてしまっている。
いやたしかに森の中だし、何があるか分からないので、護衛や警戒する人数は増える事は悪い事じゃない。
――それにしても多すぎない?
僕はため息をつきながら、大きな木の元へと歩く一団と共に歩いていた。
朝になり集合場所へと父さんやフレック、領兵数人と一緒に向かってみると、そこにはアルスター一家とその護衛兵、そして王女エルザと護衛兵の30人ほどが僕達を待ち構えていた。
ガルバン様やアスティとエルザはとてもワクワクとしているのが見ただけで分かるし、メイリン様とソアラ様は無理やり起こされたのかあくびをしている。そして護衛兵の皆さんに至っては完全に戦闘出来る準備がばっちりされていた。更にその護衛の人達にお供え物を大量に持たせている。それも大量に。
「大げさじゃない?」
「何を言うロイド!! 大樹様なのだぞ!! 滅多に御目に掛かれないのだからこれくらい当たり前ではないか!! 一緒に行けない者たちは泣いていたくらいなのだぞ!!」
「え~……」
興奮したガルバン様が僕の所まで来てまくしたてる。その様子を見た僕は逆になんだかやる気が無くなって行った。
そんな僕とは反対に、ガルバン様の言葉を聞いて更にやる気を見せ始める集団。
――まぁいいか。何かあるわけじゃないもんね。
僕は父さんの方へ視線を向けた。
「よし!! ではこれより出発!! 先頭は我らアイザック家の者が務める!! 中盤に王女様と近衛隊!! そして最後方はアルスター家の護衛隊に頼む!!」
「「「「「おお!!」」」」」
気合が入ると共に歩き出すと、すぐにとことこと僕の隣に人影が近づいてくる。
「え? アスティ!?」
「一緒に行く!!」
「で、でも危ないよ?」
「大丈夫!! マクサス様もいるし、それにロイドもいるから。お父様も良いって言ってるし!!」
僕は後方へと視線を向ける。その先にいたガルバン様が右手の親指を立ててニコッと笑う。
――まぁいいか。
僕は大きなため息をついた。
「離れないでねアスティ」
「うん!!」
ニコッと笑うアスティ。そのまま僕の少し後ろを離れない様にして歩き始めた。
雪があるときはけっこう歩きづらい森の中だけど、雪の無い季節になってしまえば少しデコボコしているくらいで歩きにくいという事は無い。
それがいつも思っていた事なのだけど、何故かこの日はちょっとだけ違う。
「ねぇ父さん」
「なんだ?」
「今日は何というか……いつもよりも歩きやすくない?」
「そういえば……。いつもなら草などが生い茂っているはずなのに、今日は俺達の前に道が出来ているような感じだな」
「そうなんだよ。獣道ってわけでもなさそうだし……」
「わふ?」
僕が獣という言葉を言ったからか、僕とアスティの間で歩きていたアルトが声を上げる。
アスティやエルザは既に昨日のうちにアルトとは対面を果たしているけど、その時も「かわいい!!」「すごくもふもふ!!」とか言いつつ二人共アルトにベッタリだった。あの時のアルトの「助けて!!」というような表情を僕は忘れない。
僕らが出発してから屋敷に僕が居ない事を知ったアルトが、僕達を追ってきてすぐに僕の隣に並んで歩き始めていた。
森に入るという事は魔獣やモンスター対策をしているので無い事では無い。ただ今歩いているような道が出来るほど、同じところを頻繁に通るという事は無いので、かなり父さんも不思議に思っているようだ。
「まぁ歩きやすいからいいとは思うが……」
「そうだね。いつもよりも疲れないし、早く着きそうだね。これで少し風でもあれば涼しくていいかもしれないけど」
「そこまでは難しいだろう。森の中だしな」
『…………』
僕が独り言にも似た言葉を父さんが聞いていたようで、笑いながらも首を振る。
しかし――。
「あれ?」
「これは……。どこからか風が吹いてきているのか?」
「涼しい!! 気持ちイイねアルト!!」
「わふぅ!!」
歩いてきて少し熱くなっている体にちょうどいい風が森の中を吹き抜けていく。しかも風はおさまることなく僕達の後を追いかけて来てるような、そんな感じまでしていた。
――なんだろう? 何か不思議な感じがするな……。
歩きながらも、気持ちよく吹いている風を感じながらそんな事を思う。
だんだんと大樹様がいる場所へと近づくにつれて見えてくる石壁。いつもはその石壁を確認すると一安心するのだけど、今日は驚いて父さんまで立ち止まってしまった。
「え? あの大きな木って……もしかして大樹様なのか?」
目の前に見えている石壁の向こう側から、明らかにその場所に生えているかのように空へと伸びている1本の大樹が見える。
「と、とりあえず行ってみるか……」
「そ、そうだね」
「?」
僕と父さん。そしてアイザック家の人達はとても不思議なモノを見てしまったような感じで石壁の方へと歩いていくけど、何のことか分からないアスティは僕達の事を不思議そうな顔をして見つめている。
過ぎに石壁までたどり着いた僕達。そしてその向こう側に見えている大樹をみんなで見上げる。
「凄いな!! やっぱり大樹様は凄い!!」
「本当!! 来て良かったわ!!」
「こ、これが大樹様のお姿……」
「凄い……」
僕たち以外の人はその姿を見てとても感動している。
「……入るぞ」
「……うん」
静かに鍵を開ける父さんと、その後に続く僕らは緊張で息をのむ。まずは一番外側の扉の鍵を開け先へと進む。そして次に内側の策の鍵を開けてさらに先へと入っていくと、そこに見えたのは青々と葉を茂らせ、幾重にも枝を広げ雄大な姿をした1本の大木。
「……大樹様?」
「まさか……そんな……」
「どうしてそんなに驚いているんだ?」
僕らアイザック家の人達の驚き様に、すぐ後ろまで来ていたガルバン様が不思議そうに声を掛けてくる。
「驚くも何も……大樹様は……、数か月前までただの切り株姿だったのだから……な」
「なに?」
「え?」
「そんな!?」
父さんの返事を聞いたみんなが、その雄大になった姿を驚きつつ見上げる。
僕にはその雄大な姿で、僕に笑いかけている……そんな感じがして何故か嬉しくなった。