旅の疲れをいやしてもらう事を第一として、まず初めにみんなでサロンに入りお茶を飲むことにした。
僕とアスティがサロンへと入った時には、先に入っていた父さんと膝の上にフィリアを乗せた母さんが、そしてその向かい側へ座る様にアルスター家のガルバン様とメイリン様そしてソアラ様、少し離れた奥側にある席に一人で王女様、という具合にソファーへと腰を下ろして、メイドの人達がいそいそと準備しながらも淹れたお茶を飲み始めていた。
「お? やっと来たな」
「お、お待たせしました……」
「ふむ。仲が良いのはけっこうなのだが、今はまだ控えてくれんかね? ロイド君」
父さんに声を掛けられ、ぺこりと二人で頭を下げると、すかさずガルバン様からも声がかる。
一瞬何のことかと思ったのだけど、手に残る温もりが無くなっていく事で、その事が何を言っているのかが分かった。
隣にいたアスティを見ると、やっぱり顔を赤くしたまま俯いている。つまりはアスティも何を言われたのかを理解して、恥ずかしがってしまったという事。
「え、え~っと……僕らは何処に座ればいいのですかね?」
「うん? そうだな……。ではいつもあちらにあるソファーを持ってこさせよう」
父さんが言うが早いか、少し離れたところで、庭の方へ向けられていたソファーを一つ、領兵の一人とフレックが持ってきてくれた。
そこへアスティと二人並んで腰を下ろす。すぐに僕らの前にもお茶が運ばれてきた。
「では皆様改めて疲れを癒してください。少ししたら夕食にしましょう。それまでは歓談でもして過ごしていただければと思います」
父さんの言葉を皮切りにして、ところどころで会話が始まる。
僕もアスティと会話をするべく、隣りに体を向けた。
「よく来たねアスティ」
「もちろんよロイド!! それよりも体調はいいの? 倒れたって聞いたけど?」
「え? あぁ体調はもういいよ。ごめんね心配かけちゃって……」
「本当よ。すっごく心配したんだからね!!」
頬をぷくっと膨らませるアスティ。
「直ぐにロイドの所に行かなくちゃ!! なんて言って大変だったのよ?」
「そうそう。あのままだったら本当に飛び出して行きそうな勢いだったよね」
僕らの会話が聞こえたのか、メイリン様とソアラ様が僕らの方へと笑顔を見せながら会話に混ざる。
「もう!! その話はいいでしょう!? 何もロイドのいるところでしなくても!!」
「あははは。それだけロイドの事が気になったという事だ。いいではないか」
アスティがプンスカと二人を怒り、その様子を見てガルバン様が笑う
クスクス――。
僕らの会話を聞いていた王女様が我慢できないというように、笑い声を上げ始めた。
「え? 何かおもしろいこと言ったかな?」
僕は思った事をそのまま口に出してしまった。
「貴様!! 失礼ではないか!! こちらにおわすは王女様なるぞ!! お声がけがある前に貴様から声を掛けるなどあってはならん!!」
「へぉ?」
王女様の隣に立っていた騎士の一人が僕へと怒鳴り声を上げる。僕はそれにビックリして変な声を出してしまった。
「やめなさいロベリア」
「しかし!! 今のは――ッ!?」
ロベリアと呼ばれた騎士が尚も声を上げようとしたら、王女様の視線に気が付いたようでそのまま言葉を続けることを止めた。
「やめなさいと言ったでしょう? 良いのですよ。今回お邪魔しているのは我々の方なのですから。それに……」
僕とアスティ、それから僕らの家族の方や、アルスター家の方々の方へと視線を向けて、少し大きめのため息を吐く王女様。
「羨ましいではありませんか。楽しそうですわよ?」
「は!! 申し訳ありません!!」
そのままニコニコと僕達へ笑顔を向ける王女様。だけどその笑顔が僕には少し寂しそうに見えた。
しばらくはそのまま近況報告などが続いて時間が経った。みんなの飲んでいるお茶も2杯目に移ろうかという時に。僕は気になっている事を思い切って聞いてみる。
「あの……」
「なんだ? ロイド」
父さんがすぐに反応してくれた。そのままみんなの視線が僕に集中する。
「その……ご本人を前にして言いづらいんだけど……」
僕はチラッと王女様の方を見る。
「私かしら?」
自分を指差しながら答える王女様。
「はい。どうしてアイザック領に来ることになったのかと思いまして……。その……何も聞いていなかったのでびっくりしてしまいまして。すみません」
「う~ん。エルザ王女様お話してもよろしいのでしょうか?」
「そうね。なら私から話します」
「わかりました」
父さんが王女へとぺこりと頭を垂れる。
「そうですわね、どこからお話すればいいのかしら――」
そういうと、庭の方へと視線を向けつつ、ぽつりぽつりと話をし始めた。
「私にはご存じかも知れませんが兄が三人いて姉も一人おります。姉や上の兄は少し歳が離れている事もあって、そんなに頻繁にお城の中で会う事もないですし、会話することも食事の時間が偶然重なった時くらいしかなかったのです。そのような中でも一つ年上の兄上であるレストロお兄様とは頻繁にではありませんがよく遊んでいただけていましたわ。でもその……レストロお兄様は何というか……よく分からないお人なのです」
そこまで話すと一呼吸入れる王女様。
カップに入っているお茶を少しだけ含み、ゆっくりと顔を上げると先ほどまでの優しい顔をしていた王女様ではなく、無表情な顔をした王女様がそこに居た。
「実の所、私は王族にとって要らない子なのです」
「王女!!」
「王女様!?」
いきなりの王女様の発言に、王女の隣にいた騎士が慌てて止める。
「いいのですよ。ロベリア、アントン。あなた方も御存じでしょう?」
「そ、それは……」
「…………」
何も言えなくなってしまった騎士の二人。
――いらない子ってどういうことなんだろう?
僕はそこまでの話でもよく分からなかった。
「ここにいる方々はもう知っておられるのですから、隠すことなどありませんよ。私は国王陛下の正室である国母様の子でも、側室の方がお生みになった子でもないのです。私は国王陛下が視察へと出掛けた先で見かけた女性……商人の子であった女性の元に生まれたのです」
「王女様……」
父さんや母さん、そしてガルバン様やメイリン様は特に驚いていない。僕達と同じように驚いているのはソアラ様だけだ。
「それで……どうして?」
僕はおい沈黙にたまらず声を掛けてしまう。
「ロイド様」
「はい」
王女様に見つめられながら声を掛けられる。
「今の王族には必ず持っているものがあります。それは何かご存じ?」
「え? えっと……何でしょうか? メダルとか何かですか?」
「……いいえ。魔法です。それも光属性の魔法」
「え?」
僕はアスティの方を瞬時に見てしまう。しかしアスティはブンブンと頭を振った。どうして僕がアスティの方を見てしまったのかその理由をわかるのは、父さんや母さんそしてアルスター家の人達だけ。
しかし父さんからは凄く睨まれたし、ガルバン様は眼を大きく見開いて僕を見ていた。
――しまった!!
内緒にしていた事なので、僕はうまくごまかすために王女様へと話しかける。
「そ、その光属性が無ければいけないのですか?」
「いけないというか……それが当たり前だという考え方ですわね」
「それが王女様とどうつながるのですか?」
「私にはその光属性の魔法適性が無いのです。使える物は水・火・そして闇ですわね」
「え?」
僕は素直に驚いた。
「王女様!! 言いすぎです!!」
「それは秘密だと言われていたではないですか!!」
騎士の二人がまた慌てだした。
「凄い!!」
「「「え?」」」
僕の反応に今度は王女様も驚く。
「トリプルってことですよね!? 凄いです!!」
「そ、そうかしら……?」
「はい!! 魔法の使えない僕からしたら、凄すぎます!!」
「「「…………」」」
「でも
僕が真剣に悩む姿を王女様たちは不思議そうに見ている。
父さんや母さんはウンウンと頷いているし、ガルバン様は腕を組んで眼を閉じて黙っている。メイリン様はお茶を飲んでいるし、ソアラ様はなるべく話を聞かない様にと外の方を向いていた。アスティは僕の隣で、ギュッと僕の腕に抱き着いている。
「うぅん!! そ、それで、どうしてアイザック領に来たかという話だったわね」
「そうですね」
「私がお城に居てもできる事が無いですし、このまま大きくなってもどこかへ嫁がされるだけでしょう? なら今のうちに外の世界を見ておきたかったのです。まぁお城の中で居場所が無かったというわけです」
「それで?」
「式典に来ていたアイザック卿とアルスター卿が話をしているのを偶然耳にしまして、共にアイザック領へと行くというではありませんか。私もお城から離れたかったと思っていまして、アイザック領は最南端にある領という事もあり、お二人にお話をしたのです。どうか私も連れて行ってくださいませんか? と」
「なるほど……」
僕はこくりと頷いた。
――という事は、王女様は家族と仲が悪いのかな?
王族という事がどのようなモノかよく分からない僕は、話を聞いた限りではそんな事しか思いつかない。
コンコンコン
王女様の話が一段落ついたのとそう変わらないタイミングで、サロンのドアがノックされる。
「お食事のご用意が出来ました」
「わかった!!」
メイドの人が声を掛けると、父さんが返事を返した。
「ではこの辺で食事にしましょう。お城のような豪華なお食事とはいきませんが、アイザック領で獲れるものをふんだんに使った物を用意してありますので、どうぞ楽しんでください」
「では行こうか。王女様もどうぞ一緒に参りましょう」
「そうですね。頂きましょうか」
父さんの掛け声の後に、ガルバン様も続く、そして王女様もガルバン様たちと共に席を立ちダイニングの方へと歩き出した。
僕とアスティは最後までサロンに残る。
「ごめんねアスティ」
「え? なにが?」
「秘密だったのに……」
「あぁ……。大丈夫よ!! それに王女様なら言っても平気な気がする」
「そうかな?」
「きっと大丈夫よ。さぁ私達も行きましょ!!」
「うん」
謝ったはずなのに、逆にアスティに励まされちゃったような気もするけど、アスティが言うのであれば僕もそんな気がしてきた。
食事も終えて再びサロンへと集まった僕達は、今度はそれぞれがバラバラになって座ってお茶やお酒などを楽しんでいた。
「ところで父さん」
「ん?」
偶然僕の隣に歩いて来た父さんを呼び止める。
「王女様は何処に泊まるの?」
「ん? ウチの屋敷だが?」
「へ?」
さも当たり前のような声で、返事をした父さん。
「屋敷……に?」
「あれ? そういえば言ってなかったな。ガルバン達と王女様もウチの屋敷に泊まるんだよ」
「いつまで?」
「さぁ……。いつまでだろうな?」
僕の質問に今度は父さんも考えこむ。
「おいガルバン!!」
「ん? どうしたマクサス」
父さんの声がサロンの中に響く。すると同じ部屋にいた王女様とその隣にいた騎士の二人がギョッとした顔をする。
――あ、王女様驚いてる……。
先ほどまでかなり堅苦しい呼び方でお互いに呼んでいたのに、突然名前を呼び合ったのだからそれは驚くのも無理はない。
「今回はいつまで居るんだ?」
「ん~……考えて無いなぁ。ロイドしだいではないか?」
「ロイド?」
「あぁ。また面白いことを考えつくかもしれんしな。それに早く帰ってしまったらアスティに拗ねられそうだ」
「なるほどな。ならばそのように手配しておこう。領兵はスタンで良いのか?」
「うむ。既にそのように言ってあるから気にしなくていい」
「わかった。じゃぁ今日はゆっくりと飲もうではないか」
「うむ。負けんぞ?」
ガハハと笑いあいながら父さんとガルバン様は隣どうしに座り、グラスを酌み交わし始めた。
「あの……」
僕や一緒にいたアスティの所へいつの間にか王女様が近づいてきて、僕達の目の前にちょこんと腰を下ろす。
「はい。なんでしょうか?」
「いつもああなのですか?」
父さん達の方をチラッと見て僕に尋ねる。
「そうですね。仲良くなったのは去年からですけど、あんな感じですよ?」
「そ、そうなのですか……。あのアルスター卿があんなに……」
「不思議ですか?」
「お城で見かける時はいつも厳しい顔つきをしていらして、言葉もものすごく堅いのです。ですのであのようなお姿はお見かけしたことが無くて……」
僕の言葉が信じられないとでもいうように、更に父さん達の方へ何度もチラッと視線だけを向ける。
「王女様もじきに慣れますよ」
「そうでしょうか?」
「えぇ。きっと」
僕がニコッと笑って返すと、王女様は僕らの方へと身体を寄せて来た。
「で、でしたらまずはわ、わたく
「え?」
「まぁ……」
僕とアスティはその言葉に驚き、王女様は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
「お、お二人はわたくしと同じ歳だとお聞きしています」
「え? 王女様も今年8歳なのですか?」
「はい!! ですからその……わたくしとお友達になっていただけませんか?」
「…………」
「ロイド?」
王女様のお願いを聞いて僕は返事に困る。そんな僕を不安げな顔で見るアスティ。
「ロイドです」
「え?」
考えて口から出た言葉。
「王女様。僕の事はロイドと呼んでください」
「あ!! 私はアスティとお呼びください」
「え? あ!! 良いのかしら? では私の事はエルザと――」
「「王女様!!」」
王女様が自分の名前を出した瞬間に、王女様の後ろに控えていた騎士二人が止めに入る。しかしそれをキッと睨んで制する王女様。
「ロベリア、アントン。私が良いというのですからいいのです」
「しかし……。わかりました。王女様がお許しになられたのでしたら」
「と、いう事ですので、私の事はどうぞエルザとお呼びくださいませ。あ、その際は王女とか様とかはつけないでくださいね」
「いやそれは……」
僕達へニコッと笑う王女に、僕もアスティも顔を見合わせる。
「友達になりましょ!!」
そう言って僕らに両手を差し出す王女様。
差し出された手を僕とアスティはおそるおそる握り返すと、そのまま上下にブンブンとフラれて二人で慌てる。
「よろしくね!! ロイド!! アスティ!!」
こうして僕とアスティに友達が一人増えたのだった。