4月も終わりに近づいてきた頃。
アイザック家ではアルスター家の到着と共に、父さんや母さんが返ってくることを、今か今かと待ちわびていた。
畑や花壇の植物などの急成長などという謎は残ったものの、その後に植えた野菜や花はというと、ジャンも驚くほど普通に育っていた。要するに誰が育てても同じような成育具合に留まっているらしく、僕が初めてまいた種のようには育たないだろうと結論が出たわけだけど、そうなると何が原因かという話になる。
そこで僕の存在が浮かんできたようだけど、まだ今年8歳であり、みんなが知っているように魔法もできなければ、少しだけ他の人と考えるところが違う程度の子供。何かが出来るようには見えないので、その件は誰も触れないようになっている。
「ロイド様」
「なに?」
また畑の側でアルトの監視の元、花の成長具合を見に来た僕は、後ろから近づいて来たフレックに声を掛けられた。
「ドランの手前の村から早馬が参りまして、旦那様をはじめアルスター伯爵様一家が無事にお通りなさったとのことです」
「良かった。予定通りだね。まぁ父さんがいるしガルバン様もいるから、何かあっても問題ないとは思うけどね」
「確かにそうですね。早ければ明日の朝、遅くてもお昼の鐘が鳴る頃には屋敷に到着するそうです。それと……」
「うん? 他にも何かあるの?」
「実は報告が上がって来ておりまして、大樹様の祀られている森の事なのですが」
「大樹様?」
花の方に向けていた体を、大樹様の方へと立ちあがりながら向ける。
「あれ?」
「えぇ。そうですね」
「あんなところにあんな大きな木なんてあったっけ?」
「報告もその事なのですよ」
僕と同じ方へと視線を向けてフレックがつぶやく。
式典が終わってアイザック領へと向かう道中――。
休憩をしながら進むアイザック家とアルスター家の面々。もう間もなく領都に入れるという場所まで来た時の事。
「あなた……」
「どうしたリリア」
「あんなところにあんな木があったかしら?」
「ん?」
馬車の中からリリアが屋敷のある方角を見ながらぼそっとこぼす。
私もリリアの向いている方へと視線を向けた。
「んん~? ……なんだあれは?」
私の眼に入ってきたモノ。
屋敷がある場所の、そのまた奥から見える大きな1本の木。周りにある林や森の木と比べてもひと際大きい。
「なんだ、何が起こっているんだ……?」
馬車の御手へと馬車の中から合図を出し、屋敷へ向かう速度を上げさせる。
「まさか……ロイドが何かしたのか?」
「ロイドが? さすがにそんな事が出来る訳ないではありませんか」
「そうか? あいつなら何とかできそうな気もするが……」
「まぁ」
クスクスと笑うリリア。
しかし私は、馬車の窓から大きな木を見ながら、『ロイドが何かしたのだろう』という思いが募って行った。
「ロイド様」
「来た?」
「はい。もう間もなく到着されるかと思います」
「わかった。じゃぁ皆で先に玄関の方に集っておいてもらえる?」
「ご用意は既にしてあるのでは?」
「あれは父さん達の分だよ。アスティへ贈る分は、自分でするからってやらないでおいてもらったんだよ」
「なるほど」
自室で本を読んでいた僕は、皆が来たという報告をフレックから聞いて、直ぐに誘導を開始する。
まずはジャンの元へと行って、どの花が切っても大丈夫かを確認してもらう。その後は自分で茎の部分から丁寧に切って、自分で持てるくらいの大きさに整えたら、テッサの所に行って綺麗に纏めて飾りを付けてもらう。とはいっても綺麗な紙に包んでリボンを付けてもらうくらいだけど、さすがに自分では出来ないので、なれている人にやってもらうしかない。
出来上がったら、それを持って手伝ってくれた人たちと一緒に急いで屋敷の玄関先へと向かう。
到着した時には屋敷の人達が皆並んで待っているところで、僕らが一番最後。でも僕が何をしていたのかを皆が知っているからなのか、誰一人文句を言うどころか、ひそひそと話をする人はなく、僕の事を見て暖かい目で見てくる。何となく僕の心の中をのぞかれたようで恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じた。
少しばかりその場で待っていると、ちょっと遠くだけどアイザック家の旗を持った騎馬の一団が見えて来た。
その列は段々と屋敷に近付いてくるのだけど、ちょっと違和感が有った。
「あれ? 何か多くない?」
「確かにそうでございますな」
向かってくる列がアイザック家とアルスター家だけのものであるのなら、すでに最後尾にいるはずのアイザック家の旗を持つモノ達が見えてもおかしくない。
しかし先頭になって向かってくる騎馬隊はすでに屋敷の玄関前ロータリーに入ってきている。
僕の隣にいたフレックも首を傾げているので、フレックにも何も話が通っていないのだとわかる。
どんどん到着する人達をそのまま見送っていると、先頭で入ってきた馬車の紋章でウチの馬車だと気付き、メイドさん達と共に少し前へと出る。
鈍い車輪を止める音と共に、さっと降りて来た御者によって馬車の扉が開けられると、父さんが先に降りて、その後に母さんが続いた。
こちらに近づいてくる二人に、メイド達が持っていた花束を受け取って渡す。
「これは?」
「僕が育てていた花だよ」
「あらあら。そうなの? ありがとうねロイド」
「ううん。お帰りなさい。父さん母さん」
僕をギュッと抱きしめる母さんと、それを見つめる父さん。
「さて、我々がここにいては邪魔になるので、少し外れていようか」
「そうですわね」
父さんと母さんが、今度は屋敷のお迎えしていた人達の列の前に移動すると、フィリアが母さんに抱き着いた。ちょっと離れていただけだけど、やっぱりフィリアも寂しかったのだろうな。
続いて入ってくる馬車にはアルスター家の紋章が付いている。
「ふぅ~着いたか!!」
御者にドアを開けてもらい、馬車から出て来たガルバン様が大きく体を伸ばしながらそんな言葉を発する。
続いて降りてきたのはガルバン様とよく似た金髪碧眼の男の子。そしてその後にメイリン様が続いて、最後に紫色の髪をなびかせながら降りてくるのがアスティ。
僕はその一団に近付いて行き、一人一人に花束を渡していく。
「ようこそおいでくださいましたアルスター伯爵様ご一同様」
「うむ。お出迎えご苦労である。さてこれはなんだ?」
僕が一礼しながら渡された花束を見つつ、ガルバン様から質問が飛ぶ。
「はい。少し揃ってはいないですけど、僕が育てた花を束にしまして、皆様をお迎えしたいと思い、こうして用意してまいりました」
「ほう……」
「そうなのね」
「なるほどな」
それぞれに手渡しながら、アルスター家の人達が声を上げる。
「アスティへはこれを」
「え?」
最後に渡した花束は、それまでの物とは違う。
「きれい……」
「気に入ってくれたかな」
「うん!! もちろん!!」
「やるではないかロイド。わざわざアスティに
僕の背中をバン!! と大きな音をたてて叩くガルバン様。
僕がアスティへと手渡した花束は、アスティの髪色と同じ、紫色した花を咲かせている。
それをこの時のためにと用意していたのだ。
「皆さんが喜んでくれているのが嬉しいですよ?」
「本当かぁ?」
僕を見ながらニヤッと笑うガルバン様とメイリン様。
「おっと紹介しておこう。今回は一緒にアイザック領まで連れて来た息子のソアラだ」
ガルバン様が言いながら男の子に視線を向けると、スッと前に出て挨拶をする。
「ソアラだ。これからよろしく頼む」
「あ、アイザック家が長男のロイドです。こちらこそよろしくお願いいたします」
僕も急いで名乗りを上げてソアラ様に礼を取る。
「さて……。我らもこうして再会を喜んでばかりもいられん。道を開けねばな」
「そうですわね。後ろも控えておりますし」
「アスティ。そこで喜んでいないでロイドの隣に立ちなさい」
「は、はい!!」
顔を真っ赤にしたまま、僕の隣へと花束を抱えたまま寄って来るアスティ。
――後ろも?
メイリン様の言葉に疑問が浮かんだけど、それの答えは直ぐにわかった。
最後にもう一台、馬車が玄関前へと到着すると、直ぐアイザック家でもアルスター家でもない騎士団の人が馬車の前へと駆け付ける。
静かになった玄関前に響くドアが開く音。
「ありがとう」
そして聞こえて来た女の子との声。
――え? もう一人? だれ?
僕は急いで花束を用意するようにと視線をメイドたちの方へと向ける。するとテッサが親指をグッ!! とたてて僕にウインクして合図を返してきた。
僕が少し混乱していると、騎士団の人達の列がスッと離れ、女の子の姿が見える。その女の子が一歩前へと出て立ち止り、綺麗なカーテシーを決めつつニコッと笑顔を向けてくる。
「初めましてアイザック家の皆さん。わたくし、ドラゴニア王国が国王が第5子でございます、エルザ・サドーにございます。どうぞお見知りおきくださいませ」
こちらに向けにこりと微笑む女の子。いやエルザ王女様の出現に、あまりにも驚いてしまい言葉の出ないアイザック家お出迎え部隊。
「ロイド!!」
「え? あ、はい!!」
父さんから声を掛けられてハッとする僕。スッと僕へ花束を手渡していくテッサ。その花束をギュッと握りしめて、僕も一歩前にでる。
「お、お初にお目にかかります王女様。ぼ、わ、わたくしはアイザック家が長子のロイドと申します。遠いところお足をお運び頂きまして、誠に感激しております。何卒、え~っと……おくつろぎください」
最後は締まらなかったけど、言い切ることが出来たので、その手に持っていた花束を渡すために更に前にでる。
ズザッ!!
すると王女さんの前に騎士の方が並び、腰へと手をあてがいながら僕の方を警戒する。
「おやめなさい!!!」
「いやしかし……」
「こうして突然訪れたのにもかかわらず歓迎してくださっているのですよ? 見なさいあの手を。花束を持って私に何かできますか? それに、ここにはガルバン様もマクサス様もおられるのですよ?」
「……ハ!! 失礼いたしました!!」
王女様の一喝で下がる騎士の方々。
「ごめんなさいね。お花頂けるかしら?」
「あ、はい。どうぞ王女様……」
僕はそろそろと近付いて行き、王女様へと花束を手渡した。
「うん!! いい匂いですわ!! ありがとうロイド様!!」
「いえ……」
僕はどうしていいのか分からずに、父さんとガルバン様の方へ視線を向ける。
「さて!! 長旅にて疲れもありましょう!! 屋敷の中でお茶でもいかがですか? 直ぐに用意させますので、そこでお寛ぎし頂き、その後に改めて歓談などいたしましょう!!」
父さんの掛け声とともに、屋敷で働く人たちが直ぐに動きだした。
先に父さんが屋敷の中へと入り、その後に母さん。そして王女様と騎士の人が数人その後に続き、最後にアルスター一家が入っていく。
「ロイド」
「うん?」
一番最後に残った僕が屋敷の中へ入ろうとすると、花束を抱えたままのアスティがとことこと近付いて来た。
「これ……ありがとう!! 本当に嬉しいわ!!」
「うん。喜んでもらえて僕も嬉しいよ」
「これをロイドが育てたって本当?」
「そうだよ? 僕が畑とか花壇とかを造ってそこで育てたんだよ」
「……わたしのため?」
真っ赤な顔をしながら僕の顔を覗き込んでくるアスティ。
「……うん」
「ありがとう!!」
花束を抱えたまま僕をギュッと抱きしめるアスティ。
「ちょ、ちょっとアスティ!! せっかくのお花が潰れちゃうよ!!」
「あ!? そ、そうよね……わたしのばか……。嬉しくてつい」
「飾ってもらおうね」
「うん!!」
花束を片側に抱え込んで、空いた手で僕の手を握るアスティ。僕もその手を優しく握り返し屋敷の中へと二人で歩き出した。