「ガルバン様」
父さんと相談を始めたガルバン様に声を掛ける。
「どうしたロイド」
「今使ってる呪文の事だけど」
「ふむ。話してみなさい」
「うん」
父さんとガルバン様の話し合いはそこで一旦終わる。
「アスティの魔法が上手くいかないのってどうしてなのかな?」
「それはアスティの魔力の使い方が良くないからだろ?」
ガルバン様の言葉を聞いて、アスティがしょんぼりしてしまう。
「僕の考えはちょっと違うんだ。実はその呪文を使うと、その呪文で決められた力しか出ないようになってるんじゃないかな?」
「ん? よく分からんな」
ガルバン様が考えこんでしまう。
「呪文という決められた言葉を使って、5なら5
「な、なんだと……あ!? だから魔力量の多いアスティの魔法は、思った以上に魔力を込めてしまっているから、それ以上にならないために自然と消滅してしまうという事か?」
「うん。その為の言葉が呪文なんだと思うんだけど、違うかな?」
「それはどういう……」
「だから呪文は
「…………」
ガルバン様もアスティも黙ったまま僕の言う事を考えている。
「同じ呪文を使うのなら、同じ魔法を持っている魔力分だけは使えるでしょ?」
「そうだな……」
「持ってる魔力が多い人は多く打てるし、僕みたいにない人はもちろん打てない。こんなことはガルバン様ならもう知ってることだとは思うんだよね」
「た、たしかに知っている事だ」
「と、いうことはだよ? その呪文さえ覚えれば、魔力がある人なら誰でも同じ魔法は使えるって事じゃない?」
「え? まぁそういう事に……なるな」
「でもあまり町とかで使ってる人を見かけないよね? それはなぜ?」
僕の質問にガルバン様も父さんも、眉毛の間にしわをすごく寄せながら考えこんでいる。
「それは、呪文を使うためには学院で覚えなきゃならんからだな」
「そうだな。そしてその学院に通えるのは、
「そうなんだ。でもあんまり戦いとか争いとかに関係ない人達が覚えても仕方ないのかもね」
僕の話を聞いた後にガルバン様は大きくため息をついた。
「マクサス」
「なんだ?」
「お前の息子は本当にお前の子か?」
「何を言い出すんだ!! さすがに怒るぞ!!」
「いや、武のアイザック家の中でも歴代最強の名高いマクサスなのは知っているし、リリアも魔法は使えるようだがどちらかと言えば、やっぱり武寄りだろ?」
「まぁ、そうだな」
「……その中からロイドのような者が出るとは信じられなくてな」
「おいガルバン、それはどういう意味だ?」
ガハハと豪快に笑うガルバン様と、そんなガルバン様に詰め寄る父さん。
「冗談はさておき」
「さておくな!!」
「ロイド、それからアスティ」
「「はい」」
「くれぐれも先ほどの事は誰にも言うなよ。そしてロイドの言う事を試すときはわたしも一緒に立ち会う事とする。良いな?」
「「わかりました」」
僕とアスティの頭をポンと一叩きして、ガルバン様と父さんは修練所から一緒に歩いて出て行った。
その後を僕とアスティも追いかける。
「アスティ」
「なに?」
「明日から、また一緒に頑張ろうね」
「うん!!」
ニコッと笑いかけてくれるアスティに、僕も笑顔で返した。
そんなやり取りがあった次の日には、既にアルスター家の長期アイザック家滞在が確定事項となって伝達された。
しかも期間は未定と発表されたので、ガルバン様たちと一緒にアイザック領へと来たアルスター家の護衛の人達や、領兵の人達は何組かに分かれて一旦アルスター領へと順番に戻ることになった。
更に期間が決まっていないという事で、いつまでも屋敷の庭先にいるわけにはいかないと、ドランの町とアイザック家の屋敷までの間で、道に沿って林などを切り倒し、簡易的な家を数軒造ることになった。
そこにアルスター家のガルバン様たち以外が住むことになるのだが、アルスター家の人達が自領に戻った際は、その建物を自由に使っていいという事になった。
出来上がるまでは時間がかかるし、それまでは今と変わらず屋敷の庭で過ごしてもらう事にはなるんだけど。
僕とアスティの方はというと、相変わらず朝から勉強をしたり、魔法の使い方をあれこれ考えたりと忙しい毎日を過ごしていた。
フィリアはアスティだけじゃなく、ガルバン様やメイリン様とも仲良くなって、一緒に遊んでもらう事さえある。一度、ガルバン様が馬役になってそれにフィリアがまたがっているところを見たときは、僕だけじゃなくアスティも凄く驚いていた。その驚いた理由も「私でさえしてもらった事が無いのに」という、ちょっとだけフィリアを羨ましいと思う気持ちから来てるみたいだけど。
「できた!!」
「さすがアスティ」
僕は喜ぶアスティへ拍手を送る。
滞在期間が既に30日を過ぎたころ、とうとうアスティが呪文を唱えるということなく、魔法を出す事が普通にできるようになった。
「くっ!! アスティにできたのだ!! 私にも出来るはず!!」
そんなアスティに負けるモノかと意気込んで、一緒になって練習をするガルバン様だけど、未だに呪文を唱えないといけないという考えが捨てきれず、かなり苦戦をしていた。
「ガルバン様、頭の中で考えるんですよ? 思い浮かべるようにしてください」
「わかっている!! 外からごちゃごちゃ言うな!!」
そんなガルバン様を、僕の言う事をする事で魔法を出すという事を早々に諦めた父さんと母さんが、わざわざ修練所まで椅子を持ってきて、座りながら眺めている。
さっきみたいに時々ちゃちゃをいれるから、ガルバン様もちょっとご機嫌ななめだ。
「しかし、ロイドの言う事は間違いないようだな」
「そうですねぇ」
「どこからあのような考えを思いつくのか不思議だ」
「自分の為というよりも、いつも他人の事を考えているからじゃないかしら。優しい子なのですよ。今回の事もきっとアスティの為とか思っていたんじゃない?」
「なるほど。そうかもしれんな」
椅子に座りつつ父さんと母さんがそんな話をしている事を、僕は知らない。ただ僕とアスティへ向けてくる目がとても優しいものだという事は感じていた。
ある日の昼の鐘の後――。
「ロイド様」
「ん? どうしたのフレック」
部屋の中で珍しく一人で本を読んでいると、ドアをノックした後にフレックが顔を出した。
「はい。旦那様がお呼びでございます。執務室へ来るようにとのことです。いかがいたしますか?」
「そうなの? 何の用か聞いてる?」
「いえ、来てから話すとのことです」
「わかった。すぐ行くと伝えてくれる?」
「かしこまりました」
読んでいた本をパタリと閉じて、僕はドアの方へと向かう。フレックは既に父さんの所へ行ったようでもう姿は無い。
――何かあったのかな?
一瞬だけ、何か怒られる事でもしたのかな? と考えたのだけど、僕の記憶にはそのような事をした覚えはない。
考えながら執務室まで進んでいき、結局思いつかないままそのドアを叩いた。
「ロイドです」
「入れ!!」
「失礼します。お呼びとお聞きして参上しました」
「うむ、まずは座れ」
「はい」
いつになく真面目な顔をした父さんが、既にソファー座りお茶を飲んでいた。その対面に僕も座る。
すぐにぼくの前にもフレックがお茶を用意してくれた。
「それで話って?」
「あぁ。実はなあのヨームの件でな」
「ヨームの?」
「そうだ。ガルバンとも話をしていたのだが、すでに屋敷の中のモノたちと、領兵たちの間ではヨームを使用することが広まって、その便利さを理解し始めている」
「うん」
「それでだ……」
「それで? ドランの町でもヨームを使い始めてみないかという話になった」
「へぇ~そうなんだ」
ちょっと早いんじゃないかなとは思ったけど、父さんやガルバン様がやってみようとしているのなら、それはいいんじゃないかな? と思う。
「うん。二人が決めたのならいいんじゃない? アルスター領の方はどうするの?」
「いや、まずはウチの領だけだ」
「うん」
「それでだが、あのヨームを造って売ろうという話になっている」
「え? 売るの? まだ売るのは早いんじゃない?」
「ロイドに言ってなかったが、既に商人ギルドには登録済みで、商人たちは使い始めている。これがなかなか好評でな。予定が立てやすいとか日にちの間違いが少なくなって良いという話が街の中に出回っているのだ」
「あらら」
一旦話を止めて父さんがお茶をぐびっと一飲みした。
「それと僕を呼んだ事と何か関係が有るの?」
「使い方を町のモノたちに教えて欲しいのだ」
「え!? 僕が!?」
「そうだ。ロイドが考えたものなのだから、ロイドが皆に教えるのが一番いいとガルバン様も言っている」
「いや、だって、僕あんまり街に行ったこと無いよ? 父さんたちも止めてたじゃない」
「まぁ、ロイドが街に行くといつも大変なことになるからな、仕方なかったんだ」
「う~ん……」
僕は両腕を組みながら、ソファーへ背中を預けて考える。
「それとな」
「まだ何かあるの?」
「こちらが大事な事だ。ヨームを売ったお金の内、1割がロイドに入ることになっている」
「へ?」
「もちろんウチにも入るが、ロイドの考えたものだからな、これは当然のものだ」
いきなり言われたことに驚いた。そんなことまったく考えていなかったので、そんな話にまでなっているとは考えてもいなかった。
「え? 僕お金なんていらないよ? 考えてもいなかったし、使い方も分からないし」
「今はそれでもいい。貯めるだけ貯めておけばいい。必要なときが来るから、その時に使えばいいんだ」
「う~ん……いいのかなぁ?」
「構わんさ。それから説明の件は決定だからな?」
「え!? 決定なの!?」
「そうだぞ。やるかやらないかじゃなくて、やるから説明はロイドがやるという報告だ」
「そんなぁ~……」
僕にはやらないという事を選ぶことはできないらしい。
そんな話を聞いた後に、僕は自室へと戻っていく。
お金が入るというのが、いまいちよく分からないけど、父さんが言うようにもらえるのであれば貰っておいても良いとは思う。問題は町の中でみんなに説明するという事だ。
噂が出回ってからというモノ、僕はあまり町への外出はしない様に言われているし、仕方なくいくときも、姿を見られない様にしながら出来る限り短い時間で用事をすますようにしてきた。
――うまくいくかなぁ?
考えただけで良い事が起こるとは思えないから、一人ベッドで頭を抱えてその事ばかりをぐるぐると考えこんでいた。
――でもいい機会だし、アスティにドランの町を見せてあげるのも悪くないかな?
アルスター領からアイザック領に来て、30日以上が過ぎているけど、その間アスティは屋敷の中でだけ過ごしてきた。
別に屋敷から出るなと言われているわけではないけど、僕が出掛けて行かないからというのもあって、アスティも町へ行くという事を今までしてこなかったのだ。
――でもなぁ。町に行くとどうしてもあんなことになっちゃうからなぁ……。
ベッドの上で考えると、今までの町に出たときの思い出がよみがえる。そしてそのままいつの間にか眠ってしまっていた。
「起きてくださいロイド様」
「ん? ……あれ? 僕寝ちゃってた?」
ベッドの横にコルマが立っていて、僕に声を掛けてくれていた。
「夕食の準備が整っておりますので、参りましょう。皆さんはもうお待ちになられていますよ」
「わかった。ありがとうコルマ」
「いえ」
まだ眠さで閉じてしまいそうになる目をこすりながら、ベッドから降りてコルマのあとをついていく。
「遅くなりました」
「ロイド眠っていたのか?」
「うん。寝ちゃってた」
「仕方のない奴だ。まぁいい座って食事にしよう」
「はい」
いつもの席へと座り、ようやくみんなで食事を開始する。
「ロイド、昼間に言っていた事だが、2日後に行う事になったからな」
「え? 早くない?」
食べ始めてしばらくすると、父さんからそんな声がかかる。
「それはわたしがお願いしたのだ」
「ガルバン様が?」
「うむ。ヨームを使うとどうなるのかをなるべく早く知りたいと思ってな」
「そうですか……。うん、わかったよ父さん」
ガルバン様が何を考えているのかは分からないけど、やるというのであれば僕はそれをしっかりこなすだけだ。
「でも心配だなぁ……」
「何かるの?」
僕がこぼしてしまったつぶやきをアスティが拾い上げる。
「え? あぁ聞こえちゃった?」
「うん」
「えぇ~とね、僕が町に行くといつも大変な目に巻き込まれるんだよ。だから少し心配でね」
「それって
「ううん……そうじゃないよ」
僕は大きなため息を一つついてから、アスティの方を向き直す。
「僕が町に行くと、いつも動物たちが集まってきて、囲まれちゃうんだ」
思い出す光景にげんなりしてしまう僕。そんな僕の事を父さんとガルバン様がじっと見つめていた。