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第9話 取りやめだ!!


 ヨームを使い始めてから2日が経つけど、そこまで目に視えるような混乱は起きていない。

 フレックやアランさんに頼んで作ってもらっていたヨームは、急いで作成したというのにもかかわらず、次の日には各家に5組ずつ渡せるように出来上がっていた。

 特に急がせたわけじゃないと二人は言っていたし、新しいものを作るのは楽しいとアイザック領都のドランにある木工細工店では喜ばれたそうだ。


 その時にどのような使い方をするのかと聞かれたようだけど、二人ともまだ話すわけにはいかないと言って、その先はアイザック家からも正式にお話が有るまでは待てと言って戻ってきたそうだ。


――そこまでしなくてもいいんじゃないかな?

 僕はその話を聞きながら、広まっちっゃたら仕方ないのに……。

 なんて簡単に考えていた。


 僕の所にも、ヨームの使い方や考え方、見方などを聞きに毎日の様にメイドの皆や、使用人として働いている人、そして庭師のジャンに至るまで、途切れる事が無いと思うくらい、真剣な眼をしながら聞いてくれる人たちがいる。


「ふぅ~……」

「おつかれさま」

 そんなやり取りをしていて、ようやく落ち着いたお昼過ぎのティータイム。独りでサロンに行きお茶をしようと思っていたのだけど、後からトコトコとアスティとフィリアが僕の後をついて来た。

 その3人でお茶を飲むことにして、そのままサロンへと向かう。


 いつもなら、お昼の軽い食事をした後は家族そろってティータイムなのだが、ガルバン様と父さんは執務室に入り、何やら話し合いをしているみたいだし、母さんとメイリン様も母さんの部屋へ一緒に入って行ってしまうので、ここ2日間はアスティかフィリアと一緒にお茶を飲むことが増えていた。


 そのおかげで、フィリアは更にアスティに懐いてしまって、僕と一緒にいるという事も少なくなってしまったけど、それはそれでいいかな? とも思う。



「アスティお姉さま」

「ん? なあに?」

 サロンへと入り、アスティが先にソファーへと腰を下ろすと、その横にベッタリくっつくような形でフィリアが座る。

 僕は一人で二人の正面になる様にソファーへと腰を下ろした。


 そこへ時間を置かず、スッとお茶の入ったカップが音もさせずに目の前に置かれる。


「ありがとうコルマ」

「いえ。ごゆっくりお休みください」

「私、コルマさんが淹れてくれたお茶好きなんです」

「それは嬉しいお言葉ですね。アスティ様のお口に合わせられたのでしたら嬉しい事でございます」

「フィリアもすきぃ~」

「まぁ……フィリア様もありがとうございます」


 今日の僕らのお供はメイド長のコルマ。いつもはテッサが僕の専属メイドとして一緒に居るのだけど、あの事が有ってからはコルマとテッサが1日交代で僕らの側にいつも居てくれている。


 3人でお茶をすすりながら、しばらくはのんびりとした時間を楽しんだ。




「ふあぁ~……」

 会話が少し途切れたところで、アスティの横で口を開けながらあくびをするフィリア。

「フィリアちゃん眠い?」

「うん……ねむねむぅ~」

「じゃぁお部屋に連れて行ってもらいましょうね」

「はぁ~い……」

 アスティの言う事を聞いて、ソファーから滑り落ちるように降りるフィリア。すぐにコルマが歩き寄ってきて、フィリアが倒れてしまわないうちにスッと抱き上げ、そのまま僕達に一礼してサロンから出て行く。


 ちゃんと出て行ったことを確認してから、僕はアスティに声を掛ける。


「アスティ」

「なに?」

「魔法を使うところ、僕にもう一度見せてくれない?」

「え? 急にどうしたの?」

 僕に言われてあたふたとするアスティ。


「ガルバン様からは使うなとは言われてはいないんだよね?」

「えぇ。使うのなら属性は一つだけにしておきなさいとは言われているけど、使うなとは言われてないわ。むしろもっと使って慣れろとは言われるけど」

「じゃぁもう火を使っちゃってるから、火の魔法ならいいかな?」

「いいわよ。どうするの? 今からお庭に出る?」

「ううん。ウチにはね、父さんたちが鍛えるために使ってる場所があるんだ。そこに行こうと思ってるけど、どうかな?」

「わかった。じゃぁ行きましょうか」


 アスティがスッと立ち上がろうとしたけど、その前に今から使えるかどうかを確認するために、コルマが戻ってきてから確認に行ってもらおうと思っているとアスティに説明すると、また少しだけ顔を赤らめて俯いてしまう。


――こういうところはかわいいなぁ……。

 僕に魔法を見せることが出来ると張り切っちゃったんだろうけど、そういうところは何となくガルバン様に似てるなって思う。


 フィリアの部屋から戻ってきたコルマには申し訳ないけど、今度は父さんの所と、領兵の皆さんが使っていないかを確認してもらうために、またすぐに戻ってもらう。


 本当に少しの間だけ、サロンで待っていると、コルマが戻ってきて、誰も使って無いので大丈夫だと返事をもらったと教えてくれた。

 それからようやく二人そろって鍛錬所と呼ばれている場所へと向かうのだけど――。





「どうして父さんとガルバン様がいるのさ!?」

 鍛錬所に到着した僕達二人とコルマ。しかし僕達が到着した時にはすで二人が鍛錬所の入り口に立って僕たちをニコニコとしながら待っていた。




「何やら面白そうな匂いがしたのでな」

「俺は止めたんだぞ? さすがに二人の邪魔をしちゃ悪いと思ってな」

 ガルバン様はにこやかな表情をして、父さんは少し困った顔をしながらも、二人から出てきた言葉はとても楽しそうだ。


「アスティ……」

「はぁ……諦めてロイド。こういう時のお父様は何を言ってもダメだから」

「えぇ~!?」

「よくわかっているではないかアスティ」

 ガハハとまた豪快に笑うガルバン様。



「まぁいいや」

「行きましょう」

「うん。とりあえず、真ん中位まで行こうか」

 二人で並んで歩いていく僕たちの後を追うように、父さんとガルバン様が付いてくる。コルマには入り口で待ってもらうように言ってあるので、僕たちの後を着いてくる事は無い。更にアスティの秘密を誰にも知られないようにするために、修練所に近づいてきた人たちの対応を頼んである。



「それで何をするんだ?」

 ガルバン様がワクワクした様な顔をして僕に語り掛ける。


「え? アスティが魔法を使うところが見たかっただけですけど?」

「なんだ……それだけか……。てっきり私は……」

 ブツブツと何か独り言を始めるガルバン様。それを見ながら首をすくめる父さん。


――仲良くなってるなこの二人。

 初めて屋敷に来た時には考えられない。この二人はもう友達と言えるんじゃないかな? というくらい仲良くなってる。

 二人の事は放っておいて、僕はアスティの方へと声を掛ける。


「じゃぁアスティよろしく」

「うん。わかったわ」

 そう言うと以前聞いたことのある言葉をつぶやき始めた。


「えい!!」

ボファ!!


 かわいい掛け声とともに目の前に以前よりも大きな火の玉が現れて、それは直ぐという感じで消えていく。


「どうかな?」

 僕の方へ顔を向けてニコっと笑いアスティ。


「…………」

「ロイド?」


「アスティちょっと聞いても良い?」

「な、なになに!?」

 僕の言葉の何かに反応したアスティが、ものすごい勢いで僕に詰め寄ってくる。その詰め寄ってくる顔はさっきのガルバン様とよく似ている。


――やっぱりお父さんとその子だなぁ……。

 そんな様子を見て僕はクスッと笑った。


「魔法ってどうやって使うモノなの?」

「え? えぇ~っと魔法はね、その使うための呪文というか言葉が決まってるの。それを言う事で体の中の魔力が反応して魔法が出る……でいいのよね? お父様」

 突然話を振られたガルバン様だったが、魔法の話という事が分って笑顔を見せながら説明してくれた」


「アスティのいう通り。わたしたちの体の中にある魔力とは、この大地と空に輝くムウにより作られていると言われている。あのムウが近くなったり遠くなったりするのを見たことが有ると思う」

「うん。もちろん」

 ガルバン様がこくりと頷いてから説明を続ける。


「遠くなる時は魔力が少なくなり、近くにある時は多くなると言われている。それを大地が吸い取ってためておくことで、わたしたちの体にある魔力と反応して魔法が出る……というのが基本知識だな」

「そうなんだ。じゃぁ今アスティの中にある魔力を使うのなら、さっき見せてくれた火の玉はどのくらい使えるの?」

「えぇ~っと、今のは一番威力が小さいものだから、だいたい30回くらいかな?」

 少し首を傾げながら僕へと答えてくれるアスティ。


「ロイド、アスティだから30回なのだ。私の場合はあのクラスならば15回……いや20回が限界なのだよ」

 ガルバン様が首をすくめる。


「そうなんだね……」

「何か気になる事でもあるのか?」

「え? う~ん。その呪文? 言葉って何かに書きだしたりして使えないの?」

「いや。魔法陣と呼ばれるものが書いてあるものを使えば、誰でもその魔力を使って1回限りではあるが使えるぞ」

「………ガルバン様、アスティはまだ使い方が慣れてないから、強さを制する事がうまくいかないって言ってたよね?」

「あぁそうだな。それはアスティにも言ってはあるが、それがどうかしたのか?」

 僕の質問の意味が分からないから、ガルバン様を含めて3人とも首を傾げてしまっている。


――う~ん……言ってみるだけ言ってみるかな?

 思いついたことが有るけど、それをどういえばいいのかが分からない。



「え~っとね、その呪文? 言葉って本当に正しいの?」

「なに?」

 ガルバン様が少し怖い顔で僕を見てくる。


「間違うなんて事は無い!! 今まで魔術師と言われてきた人たちが代々にして使用し、伝えて来たものなのだ。書き写したものもたくさんあるし、それが間違っているという事は無い。現に今使えているではないか」

「そうなんだけど……僕が言いたいのはそういう事じゃなくて……」

「どういう事だ?」


 僕を見る3人が真剣な目を向けてくる。




「ちょっと試したいことが有るんだけどいいかな?」

「ん? まあいいだろう」

「ガルバン様にお願いしたいんだけど、さっきの火の球よりも小さいものって出せる?」

「え?」

「だからさっきの火の玉よりも小さい奴だよ」

「…………」

「もしかして出せないのかな?」

 今度は少し困った顔をするガルバン様。


「あれが一番小さい火の玉の魔法なのだ」

「あぁ~やっぱり」

「ロイドどういうことだ!? 何か考えついたのか!?」

「ちょ――ま、まってーーゆら、さないで!!」

 ガルバン様が僕の方を両手でつかんでがくがくと前後に揺さぶる。



「す、すまん……」

「いや、まったく、親子から同じことされるなんて思わなかったけど」

「「ご、ごめんなさい」」

 少したって落ち着いたガルバン様が頭を下げた。そして僕の言葉に自分にも経験があったアスティもまた同じように頭を下げる。


「まぁいいや。たぶんこれからするのはガルバン様には難しいかもしれないです」

「な、なんだと!? 魔術師団団長の私でもか!?」

「まぁいいから見ててください。出来るかどうかは……アスティしだいです」

「え? 私?」

 自分を指差しながら驚くアスティ。僕はそれにコクンと頷いて答える。



「いいかい? 頭の中でいいから、ロウソクに付いた火を思い出してみて」

「え? それだけ?」

「うん。まずはそれだけ」

「わかったわ」


 そして目を瞑りアスティが静かになる。


「出来たかな? じゃぁその火が目の前に出る事を考えて」

「うん」

「もういいいかな? じゃぁさっきみたいに魔法を打つ時みたいに魔力を出してみて」

「わかった……。えい!!」

 かわいい声と共に突き出された両手から、ほんの少しだけ火がでた。


「な、な!? なんだと!?」

 それを見てガルバン様は驚く。そして火を出したアスティも驚いていた。



「やっぱり……」

 僕は自分が考えていたことが、ちょっとは使えるかもしれないとこの時に初めて確認することが出来た。



「ロイド!! どういうことだ!!」

「そ、そうよ!! どういうことなの!?」

 僕に詰め寄ってくるアルスター親子。


「うん。今からお話しするね。だ、だから、ゆするのやめて!!」

「「あ!!」」

 興奮すると見境が無くなるらしい。




 またしばらくして落ち着いてからーー。


「じゃぁ話すね」

「「「お願いします」」」

 父さんも交えた3人が僕の前に静かに座る。僕はその前に一人だけ立っている。



「え~っと、どこから話したらいいのかな? そうだ呪文だね。そしてそのための言葉だっけ? 僕はソレが不思議だったんだ」

「どういうことだ?」

「その……アスティに初めて魔法を見せてもらった時、呪文を唱えてから魔法を出したよね? 今もそうだけど」

 コクコクと頷くアスティ。


「これはやってみないと分からなかったから、アスティにしてもらったんだけど、そもそも呪文なんて必要なのかって事」

「「「…………」」」

 僕の言葉を聞いて誰も返事を返してこない。父さんは何を言っているのかまだよくわかっていないようだけど、ガルバン様は理解し始めたようだ。アスティに至っては頬を赤く染めて僕の事を見つめているだけ。



「ロイド」

「はい?」

「今のは誰でもできるのか?」

「どうでしょうね。魔法は呪文を唱えないとできないと思い込んでしまっている人達にはなかなかできないんじゃないかな?」

「そうか……。そうだな私たちは呪文が必要だと思い込んでいる。目の前で見せられてもいまだに信じられん」


「でも、まだ本当に呪文無しで出来るかは分からないですよ? アスティだから出来たのかもしれないし」

「それもそうだな……うむ!! よし!! これはまだこの4人だけの秘密にしよう!! マクサス!!」

「え? なんだ急に!?」

 突然名前を呼ばれて驚く父さん。


「すまん!! あと5日で領へと帰る予定だったが取りやめだ!!」

「な、なんだと?」

「もっと……この事を確かめねばならん。期間は未定になった!!」

「え? いやさすがに未定はダメだろ?」

「何とかする!!」

「いやなんとかって……」


 父さんとガルバン様との話し合いが続く中、僕とアスティはその様子を見ながら笑う事しかできないでいた。




 少しずつ世界が変わり始めている事を、この時の僕はまだ知らない。




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