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第3話 来た!?



 アルスター家からの手紙が来てから、既に20日が過ぎていた。



 あの後父さんと母さんとフレックが話し合った結果、僕とアスティ嬢を会わせてみるという事で結論が出たみたい。


 その返事をしたのが次の日なので、どんなに早くたどり着く方法を取ったとしても、返事がまた来るまでさらにひと月はかかると思う。


 因みにひと月というのは30日間の事で、それが12カ月有り、360日で1年間とドラバニア王国では定められている。


 アルスター家の領地はアイザック家とは正反対にあるので、かなり時間がかかるのは知っている。でもそれは馬車や徒歩で移動した場合の事で、使者へと返事を渡すと一緒に来ていたもう一人の人が馬へと乗って颯爽と走り去っていったと聞いたから、早馬を乗り継いで行くのだろうと思う。そうなると少しだけ期間は短くなるけど、それでもやっぱり時間はかかる。


――使者の人って大変だよね。馬に乗って走って行った人って、しっかりと休憩は取るのかな? まさかそのまま走りっぱなし、乗りっぱなしなんて事は無いよね?


 自室の机の前に座り、そんな事をぼんやりと考えながら、フレックとお勉強に精を出していた。


 手紙を持ってきた使者は、乗ってきたであろう馬車に乗って街の中へと戻って行くから、そのままアルスター領まで戻ったのかは分からない。もしかしたら街の中で宿屋に泊まって伝令の人が戻ってくるのを待っている事も考えられる。


 因みにアイザック家が治めている土地は、隣にはさらに大きな領地を持つマリアス辺境伯領が有って、王都まで行くには大小少なくない貴族領地を通らないといけない。そうなると時間は掛かるし、もちろんただで通るという事もできないからお金もかかる。


――そうなるとやっぱり、ウチの領地で待ってるのがイイのかもね。

 手にした本を読む振りをしながら、更にぼんやりと考えていた。



「坊ちゃん!! いい加減にしてください!!」

 するとずっと隣りにいたフレックが僕の態度を見かねたのか、少し大きな声を出して、僕の事を叱る。

「え?」

「え? じゃありませんよ。しっかりとお勉強なさってください。アルスター伯爵様がいらっしゃるまで出来る限りの事は覚えて頂かないといけないのですから」

「うぅ~ん……。それってそんなに大事な事なのかな?」

 僕は素直に思った事を口にした。


「大事ですよ。アルスター伯爵様に気に入られるかどうかで今後が変わるのですから」

「それっておかしくない?」

「何がです?」

 僕の言葉にフレックが眉間にしわを寄せる。


「だって、大切なのってアスティ嬢の気持ちでしょ?」

「…………」

「アルスター伯爵様が例え僕を気に入ってくれたとしてもさ、アスティ嬢の気持ちが『嫌だ』っていうのであれば、そもそも駄目なんじゃないかな?」

「……確かに。坊ちゃんの仰ることは違いないのですが……」

「でしょ? それなら、嘘で固めるみたいなことしないで、僕は僕のままでアスティ嬢に会った方がいいと思うんだけどね」

「それでも……それでも、やっておいて損はないでしょう。さぁそんな事を言って逃げ出そうとしてもそうはいきませんよ。しっかりと覚えて頂きますからね」

「ちぇ~。分かったよ。出来る限りの事はやるよ」

「お願いします」

 フレックからもそう言われてしまうと、嫌だとは言い出せないので、僕は我慢して勉強の続きをするのだった。





 朝の勉強時間が過ぎ、庭にあるテーブルでお茶を飲みながら休憩していると、トコトコとフィリアと共にメイドのテッサが僕の方へと歩いてくるのが見えた。


「おにいちゃん」

「どうしたんだフィリア」

「おべんきょうはおわったの」

「うん。朝のお勉強は終わり。今はお休みしてるところだよ」

「フィリアもいっしょにしてもいい?」

「もちろん!!」

 視線をテッサに向けると、小さく一礼をしてその足で屋敷の中へと入っていく。

 ほんの少しの時間、フィリアとお話しながら待っていると、屋敷に入って行ったテッサと共に数人のメイドがティーポットやカップ、お菓子などを持って戻ってきた。

 音もたてず、静かにお茶の用意をしていくのを、僕の膝の上に座っているフィリアと一緒に眺めていた。


 用意が終わって一礼すると、テッサを残して他の人達は屋敷の中へと戻っていく。そんな皆へ向けて「ありがとう」と声を掛けると、わざわざ立ち止り、振りむいてからまた一礼していった。

 その時、彼女たちの顔がチラッと見えたのだけど、皆が嬉しそうな表情をしていた。それを見て僕も少しだけ嬉しくなる。


――うん。しっかりと感謝の言葉は伝えないとね!!

 出来る限りお礼の言葉はかけることにしている。それが貴族らしくないと言われているのも知っているけど、僕は僕なのだからあまり気にしない様にしている。




 お茶を飲みながらフィリアと他愛もない話をしたり、フィリアの話に耳を傾け、テッサと一緒に笑いあったりと楽しい時間を過ごしていると、屋敷の玄関の方向から何やら騒がしい物音が聞こえ始める。


「なんだろう」

「何でしょうね?」

「だれかきた?」

 僕が音のする方向を見ながらそうこぼすと、2人も同じ方へ視線を向けながら、それぞれ思った事が口から洩れる。


バタバタ!!

どたどた!!


 凄い音も聞こえてくるようになったし、これは何かあったに違いないと、テッサに見にいってもらう事にした。

 そのテッサが屋敷の方へと歩いていく中、僕は不安そうな表情をしているフィリアの頭をなでなでしてあげた。

 いつものフィリアならこれだけでも落ち着いてくれる。ただ、フィリアはフィリア自身が本当に好きな人でないと触るどころか、側に寄る事も許さない程人見知りをする事が有る。

 そんな時はいつも僕の側に来てくれるので、そこがまた可愛いと思ってしまったりもする。



 屋敷に戻っていたテッサもちょっと焦っているような表情をして、僕とフィリアのいる場所へと小走りで戻ってきた。


「ロイド様」

「あ、テッサ。……何かあったの?」

「実はですね……」

「うん」

 そこで一旦話を切るテッサ。そして少しだけ息を吸い込む。



「アルスター伯爵家の方々が、既にアイザック領へと入られたと報告が来たそうです」

「は? え? もう……来たって事?」

「そうですね」

「え? でもまだ20日位しか経ってないけど……」

「その辺はちょっと分かりませんが、領内に入っている事は確かなようです」

「あららぁ……。わかった。ちょっと父さんに確認してみるよ」

「かしこまりました。ではフィリア様は私がしっかりとお部屋へお連れします」

「よろしくね」

 僕がその場から離れる事が分かると、少しぐずってしまったフィリアだったけど、父さんに用事が出来たから会いにいかなくちゃと理由を説明したら、まだ赤みの残るふっくらほっぺを更にぷくっとふくらませてしまうが、『大事な事』が起きたという事は理解したようで、それ以上の抗議をうけずにすんだ。


 後の事はテッサに任せて、僕は父さんのいるであろう執務室へと向かう。



コンコンコン

「父さん、ロイドです。入っても良いですか?」

「ロイド!! 入れ!!」

「失礼します」

 いつものように形式ばった挨拶をして、ドアを開けて部屋の中へと入っていく。


「父さん、話に聞いたんだけど……」

「あぁ、ロイドも聞いたのか。そうなんだ。来るにしてもまだまだ先だと思っていたから、まったく何も用意してない。それで今リリアと一緒に手配したり、屋敷の中を調えたり準備し始めたばかりだから、しばらくはうるさくなるかもしれん」

「それは別に気にしてないからいいよ。でもさ……」

「ん?」

「どうしてこんなに早く来れたのかな?」

「ん~。もしかしたらだが、ウチに使者をよこした時にはすでに向こうを出ていたんじゃないかな? まぁ断られる事は無いと初めから思っているからこそ出来る事だな」

「そうか。だからこちらに向かってくる途中で返事を見たって事だよね。それで断られる事が無かったからそのまま向かってきた?」

「そうだと思う。そうでなければこんなに早くウチの領内にこられるはずがない」

 鼻息荒くも僕の質問に答えてくれた父さん。


「正式な使者がこちらに来てから、改めて屋敷に来る日取りが決まるだろう。それまではロイドも出来る限りアルスター伯爵家の事を勉強していてくれ」

「それだけ?」

「うん? どういう意味だ?」

「……ううん。大した意味は無いよ。ただそう思っただけ」

「そうか。まぁロイドががんばるのは屋敷に来てからだな」

「わかった。じゃぁ僕は部屋に戻るね」

 忙しそうにしている父さんをそれ以上邪魔できないと思った僕は、直ぐに部屋を後にして自室へと戻っていく。


――そうかもうすぐ来るんだ。ちょっと緊張するけど、どんな子が来るのか楽しみだな。

 屋敷の中の騒がしさとは逆に、僕の心の中は落ち着いていて、段々とその子が来ることが楽しみになってきた。



 そんな事がありつつ、屋敷の中がバタバタとする事5日。


 屋敷があるのはアイザック領内で一番大きな街であるドラン。そのドランにアルスター伯爵を乗せた馬車が到着したと、お昼を知らせる教会の鐘がなる前に連絡が入った。


 その連絡が有って時間の差が無く、アルスター伯爵家からの使者が再び屋敷に訪れて、正式な会談の日付が決定する。


アルスター伯爵様の意向によって早い方がいいという事もあり、会うのは次の日に決まった。


 会う日が決まった事で、今度は僕の方も周りが忙しくなる。その会談の為にと新たに仕立てていた正装をお店に取りに行ってもらったり、母さんやフィリアの為のドレスを最終的な直しをしたり、なんだかんだと引っ張りまわされる僕とフィリア。それだけでくたくたになってしまった。




 その日はベッドにいるとすぐに眠りに入る。初めて会うことになるアルスター伯爵様の事も気になるし、アスティという娘がどんな子なのかもにはなるけど、緊張するという暇もなく、気が付いたら既に朝を変えていた。


――僕の緊張感ってどうなってるんだろうか?

 朝、コルマによる会談の準備のための服装に着替えている間も、そんな事を考えてしまう程、僕はこんな日が来るという事をまだ信じられずにいた。


 アイザック家恒例の一家そろっての朝食も、なんだかピリッとした空気の中で食べたので美味しかったのかどうか良く分からない。

 それでも父さんと母さんは、緊張していると思っている僕の事を気にかけてくれる。でも本当は僕以上に父さんと母さんが緊張しているのを僕は知っていた。


――だって声が震えているんだもん。

 話をする度にその事が分ってしまうから、僕は表情には出さないように気を付けていたけど、心の中ではおかしくてつい笑ってしまった。




 そしてついにその時が訪れる。


 訪れる時間前に屋敷の玄関へ集合して、皆でその時が来るのを待つ。いくら来る事がわかっているとはいえ、父さんと母さんはそわそわしているのが分かってしまう。その逆にフィリアは大物感漂わせて、大あくびをしていた。

 そんなフィリアの姿を見て、僕も少しばかり緊張感が取れた。


――ありがとうフィリア。

 フィリアの方を見ながらニコッと笑顔を見せつつ心の中でだけお礼を言っておく。僕のその様子に気が付いたフィリアが首を傾げている。その様子がまた可愛くて和んでしまう。



 少し遠くからこちらへと向かってくる騎馬が数頭見えてくると、その場にいる誰もが緊張感を増す。

 アルスター家の紋章の入った旗を掲げながら行進してくる様子は、間違いなく名門と呼ばれるだけの威容を醸し出していて、それ以上に古い家系のはずの僕らアイザック家の皆も見惚れてしまっていた。


 屋敷の玄関前のロータリーに入ってきた、ひときわ豪華な馬車にはしっかりとアルスター家の紋章が入っていて、それを見てようやくそこに来ているのが本当の事だと実感できた。


 御者が手綱を引いて、馬車を引いていた馬たちの速度が落ち、ギギッ!! ときしむ音を響かせて馬車が止まる。

 止まった事を確認して、手綱を握っていないもう一人の御者がすぐに降りてきて、車輪に輪留めをする。

 そして踏み台を持ってくるとサッと扉の前へと置いて、ようやく馬車の扉が開かれた。



 馬車から始めに降りてきたのは、金髪碧眼の男の人。魔導士一族と言われてはいるが、この男の人は父さんと比べても細身の体とは言えない程、とても丈夫そうな体つきをしている。

次に先に降りた男の人に手を引かれながら降りてきたのが、先に降りた男の人と同じくらいの年齢の女の人。この女の人も金髪だけど、瞳の色は蒼い。ほっそりとした体だけど、どこか力強さも漂うそんな感じがする。


そして少し時間を空けて、男の人の手を取ったのはいいけど、その姿を見せないまま、馬車から降りてくる気配がしない。


その様子に男の人がため息を吐く。


「アスティ。降りてきなさい」

 声を掛けられて、ひょこっと少しだけ顔を出したそのちょっとだけ見えた顔に、僕はひゅっと音を立てて息をのんだ。


 ようやく降りて来た女の子は恥ずかしそうにして、直ぐに男の人の後ろに隠れてしまう。その動いた瞬間にきらめいた紫色の髪。


 僕はその子から目を離す事が出来なくなっていた。


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