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第四話 羽化②

 そして喫茶店のすぐ向かいにあった美容院へと足を向ける。


「いらっしゃいませ~」


 明るい店内では、明るい笑顔のスタッフが綾乃たちを迎えてくれる。


「こんにちは、予約していた石川です」


 咲希がスタッフと対応しているとき、綾乃はきょろきょろと店内を見ていた。アンティーク調の鏡がいくつも並べられており、その前には真っ白な椅子が置いてあった。向こうに見えるのは洗髪するための台だろう。

 美容院へは行かない綾乃が物珍しそうに店内を見回していた時、突然女性スタッフから声がかけられた。


「こんにちは」

「あ……、こんにちは」


 綾乃は釣られて挨拶を返す。


「どうぞ、こちらへ」


 綾乃は何が始まるのか分からないまま、案内された席へと座る。

 女性スタッフは終始にこやかに綾乃の接客をする。


「石川さんと同じ書店でお勤めなんですってね~」


 そう言いながらも手元は見事なまでに動いている。綾乃のセミロングの髪をときながら、毛先を整えていく。そして最後に、


「前髪、作りますね~」


 そう言って美容師は前へと回って綾乃の前髪を切っていく。綾乃は咄嗟に目に髪が入らないように視線を下へと向ける。


「はい、出来ましたよ~」


 今まで伸びっぱなしだった髪が綺麗に整えられていた。前髪も眉の辺りでばっさりと切られている。広がる視界に綾乃は目をぱちくりさせている。


「綾乃~! いいじゃん、いいじゃん! 全然印象、違うよ!」


 傍にはいつの間にか咲希の姿があった。


「石川先輩、これは……?」

「行き着けの美容院で、髪の毛をセットしてもらったところよ」


 咲希はどうだ! と言わんばかりに胸を張る。


「自分でのセットも手軽に出来ますよ」


 そこへ綾乃を担当してくれた女性スタッフが言う。家での手入れの仕方を聞いて、会計を済ませる。もう外はいい時間だ。薄暗く、すぐに日は落ちてしまいそうだった。

 全身のイメチェンを果たした綾乃の姿をまじまじと見ていると、咲希は嬉しそうに言う。


「最後はれんに会って、夜ご飯を食べましょう」


 明るく弾んだ声でそう言う。連とは咲希の彼氏ですぎうられんと言う。男の人との食事に少し身構えてしまう綾乃だったが、連とは何度も会っているので、少しは気が楽か、と思いなおす。

 夜になると作業着姿の連が綾乃たちと合流した。


「あれ?」


 そこで連は綾乃の姿にいっきょうきっすることとなった。


「綾乃ちゃん、だよね……?」


 連は驚きを隠せないまま、言葉をつむぐ。綾乃はこくりと頷いた。


「か、可愛い~! どうしちゃったのっ?」

「イメチェンよ! どうやら大成功のようね」


 興奮する連に咲希が説明する。

 どうやら今日一日かけた綾乃のイメチェンは大成功となったようだ。連はいまだに信じられないと言う様子で綾乃をまじまじと見つめている。


「いやぁ、変われば変わるもんだな」


 そのまま三人はイタリアンのレストランへと入っていった。


「綾乃のイメチェン成功を祝して!」

「乾杯~!」


 三人はソフトドリンクで乾杯をする。そしておのおの好きなものを頼んだ。


「今回は私と連のおごりだから、たくさん食べてね!」


 咲希の言葉に綾乃はでも、と言いかけて、今朝注意されたことを思い出した。


「あ、ありがとう……」


 そして言葉を換えて二人に感謝の意を伝える。


「しっかし、本当に驚いたよ! 綾乃ちゃん、めちゃくちゃ可愛い顔、してたんだね!」


 連はさっぱりした綾乃の顔を見ながら言う。綾乃は照れてしまい、どうしていいか分からなかった。




 こうして怒涛の一日を終えた綾乃は、ぐったりと疲れを感じながら咲希に送ってもらうのだった。仕事をしていた方がまだ疲れないかもしれない、そう感じながら、綾乃はコンタクトレンズを外してシャワーを浴び、眠りにつくのだった。




 翌日の職場にて。

 綾乃は同僚たちに囲まれることになっていた。


「沓名さん、どうしたのっ?」

「髪の毛さっぱりじゃん!」

「コンタクトにしたのっ?」

「石川咲希プロデュース! ニュー沓名綾乃ちゃんよ!」


 咲希が胸を張って答える。同僚はいいなぁ~、と感嘆のため息を漏らしていた。綾乃はと言うと、好奇の目に晒されながら、少し居心地の悪い気分になっていた。

 やはりコンタクトではなくメガネで出勤したら良かったかな? と内心思いながら、その日の職務をまっとうしていく。

 そうしているうちに、メガネのない違和感や視界の広さに慣れていくのだった。


「いらっしゃいませ」


 レジに客がやってくる。綾乃は硬い表情のままレジに立った。持ち込まれたのは一冊の自己啓発本だった。人付き合いがうまく行く方法、と本の帯には書かれている。綾乃はその本に少し興味を持つのだった。


「カバーはお付けしますか?」

「お願いします」


 客の声に聞き覚えがあり思わず顔を上げる。そこにはあまかえでの姿があった。相変わらず前髪で顔を隠しており表情までは分からない。メガネがきらりと光っている。


(あ、天野さんだ……)


 綾乃はカバーを手際よくつけていく。いつもの自分ではない、視界がしっかりしている状況で、少し気恥ずかしさを感じるのだった。


「ありがとうございました」


 綾乃はぺこりとお辞儀をする。すると天野楓もしっかりとしゃくをしてくれ、そのまま店内を後にするのだった。


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