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第四話 羽化①

 と約束していたあやの休みの日がやってきた。この日は咲希も休みだったらしく、朝から綾乃の家へと来ていた。

 綾乃は出かける予定ではなかったので緑の上下ジャージ姿のまま手ぐしで整えたままの髪型で咲希を迎える。これは咲希が来る時はいつものことだった。少し硬い表情なのもいつものことだ。


「相変わらず本の虫ね」


 咲希は部屋の奥へと通されながらくすくすと笑う。部屋には所狭しと本がうずたかく積まれていた。


「どうぞ」


 咲希を奥へと通しつつ、綾乃はお茶の準備をしていた。それを差し出す。咲希はありがとう、とそれを受け取ると一口飲んだ。


「今日来たのはね、綾乃をイメチェンさせるためなの」


 唐突に切り出された咲希の言葉に、綾乃は目をぱちくりとさせていた。


「ま、ず、は……」


 ニヤニヤ笑いながら咲希は自分の鞄の中をがさごそと漁る。そして一着のワンピースを取り出した。


「じゃーん!」


 それは膝丈小花柄の白のワンピースだった。綾乃は前髪で隠れている大きな目を更に大きくする。


「これに着替えて! さすがにジャージじゃ外にも出かけられないわ」


 咲希の言葉に、綾乃はどうしたものかと逡巡する。


「言ったでしょ? 今日は綾乃のイメチェンがメインだって」


 綾乃の頭に色々な思いがさくそうする。自分にこれは似合わないのではないのだろうか……。しかし咲希はニコニコしたまま綾乃が着替えるのを待っている。

 綾乃は仕方なくこのワンピースに袖を通すことを決めたのだった。

 しばらくして綾乃が着替えて出てきた。今度は咲希が目を見張る番だった。

 そのワンピースの袖は少し広がっていた。そのことがきゃしゃな綾乃を更にきゃしゃに見せていた。とても良く似合っている。咲希は、


「自分のセンスが怖いわ~」


 そんなことを言いながら立ったままの綾乃の周りをくるくると回る。


「うん! すごくいい!」


 咲希はそれはあげるから、と言って綾乃に座るように言う。

 綾乃はどう反応していいか分からず顔を俯かせてしまった。


「あ、その顔を俯かせる癖、直しなさいよ!」

「でも……」

「でも、もダメ。不細工になっちゃうわ」


 咲希は顔の前に指を一本立てて至近距離で綾乃に言う。


「褒められた時は素直に、ありがとう、でいいのよ」


 咲希の言葉に、顔を赤らめながらも綾乃は消え入りそうな声でありがとう、と言うのだった。


「うん、それで良し!」


 咲希は満足げに綾乃の頭をぽんぽんと撫でる。


「さて、次は髪型ね~」

「頭、ですか?」

「そうよ。そんなボサボサじゃ服に負けちゃってるじゃない」


 咲希はくしを手にすると綾乃の後ろへと回る。そしてゆっくりと綾乃の髪をとかしていくのだった。


「綾乃はうらやましいくらいにストレートで綺麗な髪をしているのよねぇ……」


 咲希の言葉にまた俯きそうになった綾乃だったが、そこをぐっとこらえた。先ほどの咲希のアドバイスを思い出していたのだ。一体何故このような事態になっているのかは綾乃自身よく分かっていない。しかし、咲希が自分を悪いようにしないことだけは確信していたのだった。

 咲希は綾乃の病気のことを知っている。初めて打ち明けたとき、咲希は笑わずに、真面目に綾乃の拙い言葉を受け止めてくれた。

 それから綾乃は咲希のことを信頼していたのだった。


「よし!」


 前髪を左右に分け、セミロングの髪を丁寧にといた咲希は満足げに呟いた。突然開けた視界に、綾乃は少し動揺してしまう。


「さてと、まだ時間は間に合うわね」


 咲希は綾乃の部屋にあった時計に目を向けて言う。一体次はどんなことが待ち受けているのだろうか。綾乃は咲希の次の行動を予想することが出来なかった。


「綾乃! 眼科へ行くわよ!」

「えっ?」

「その黒縁メガネをコンタクトに変えるの!」

「コ、コンタクト……?」

「そうよ! せっかく可愛い顔をしているのに、前髪とメガネで台無しなんだもの。さぁさぁ、もたもたしてる時間はないわ! 保険証持って、眼科へ行くの!」


 咲希の有無を言わせない言葉に、綾乃は押され気味になりながらも準備を行い眼科へと向かうのだった。




 眼科へ到着した二人は受付を済ませると待合室で綾乃の順番になるまで待っていた。


「コンタクトに変えるだけで、だいぶ綾乃の印象は変わるわよ」


 咲希は先ほどから自分のことのように楽しそうである。綾乃は初めてのコンタクトレンズと言うこともあり、とても緊張していた。


「沓名さーん、沓名綾乃さーん」


 とうとう綾乃の番になった。緊張する綾乃に、咲希は笑顔で頑張って、と小声で声をかける。

 その言葉に頷いて、綾乃は診察室へと向かうのだった。

 視力を測定し、自分にあった度数のコンタクトレンズを決めていく。そしてとうとう、初めてのコンタクトレンズを目に入れる時が来た。初めての人、と言うこともあり、看護師が綾乃の目を開いて入れていく。綾乃は戦々恐々としていた。しかし看護師からは、


「やだ~! 目が大きい! 入れやすい~!」


 と、よく分からない歓喜の言葉を貰うのだった。

 その後、一人でコンタクトレンズを付けたり外したりを練習する。ソフトコンタクトレンズのため、外すときに自分の目に指を入れることになる。それがなかなか慣れなかったが、なんとか外すことも出来るようになった綾乃は、眼科に併設されているコンタクトレンズの店で1dayのコンタクトレンズを九十日分購入することになったのだった。


「うんうん、綾乃、可愛い~」


 店を後にした綾乃と咲希は、先ほどから咲希が綾乃の顔を見てはそう言うのだった。その度に紅潮する顔を綾乃は隠さずにはいられなかった。


「昼食を食べたら、最後の仕上げといきましょうか」


 咲希は綾乃に軽くウィンクをする。

 綾乃は最後の仕上げがどういうものなのか全く予想がつかずに首をかしげている。そんな綾乃にはお構いなしに、咲希の運転でチェーン店の喫茶店へと入っていった。

 二人はそこでランチを注文する。昼食を終えた咲希はしきりに時間を気にしているようだった。綾乃が昼食を終えると、咲希は、


「いい時間になったわね」


 と言って伝票を持って外へと出てしまう。

 綾乃は着慣れないワンピースをひらつかせながら咲希の後を追う。自分の分のお金を払おうと財布を出す綾乃に、咲希は奢るわと言って綾乃に財布を出させなかった。


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