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第三話 眼差し

「天野君、これこの前の領収書。よろしくね」

「分かりました」


 あまかえでは不動産会社の経理を担当していた。今日もパソコンと睨めっこしながら仕事をこなしていく。数字には強い方だったが、ミスが許されない経理の仕事と言うことで、慣れるまで三年の年数を要してしまった。最近では趣味の読書や映画鑑賞に時間を費やすことも出来るようになっていた。

 昼休み。楓は今まで気になっていたが仕事が忙しく行くことが出来なかった大型書店へと足を運んでいた。


「いらっしゃいませ」


 店内に足を踏み入れると無機質な店員の声がかかる。明るく多くの書物が並んでいる様子は、他の大型書店と大差がないように見えた。しかし、


(あれ? この本、まだ残っていたんだ……)


 絶版になっていると思っていた本が新品で残っていた。それは楓にとって嬉しい誤算だった。

 一通り店内を見て周り、自分の気になっていた本を数冊手に取る。その中には最後に大きなどんでん返しがあると噂のミステリー本もあった。そのままレジへと向かう。


「いらっしゃいませ、カバーはお付けしますか?」

「お願いします」


 楓を接客しているのは同い年くらいの女性だった。やけに表情が硬い接客である。しかし、紙カバーを付ける手付きは手早く、そして丁寧だった。何より、本と接している時は柔らかい表情になっている。

 楓は思わず店員の名札に目がいっていた。


(くつさん、か……)


 短い会話だったものの、その声は良く通り聞き取りやすいかった。楓はそんな印象を綾乃に抱き、書店を後にするのだった。

 珍しい本が数冊置いてあることもあり、楓にとってはこの大型書店がお気に入りの書店へとなっていた。




 休みの日。

 楓は気に入っている本と共に映画館へと向かっていた。今日はこの本が映画化されたと言うこともあり、大きなスクリーンで観る予定だったのだ。平日の昼間と言うこともあり、楓は一人特等席で映画を観ることが出来た。

 二時間弱の映画を観終えた楓は、そのまま近くの喫茶店へと入る。そこで持ってきていたお気に入りの本を読み返すのだった。

 原作と映画の良さをすり合わせながら読み返しているとあっという間に数時間が過ぎ、外は暗くなっている。楓は読破したその本を持って喫茶店を後にするのだった。

 帰路に就いた楓は、途中で新たにお気に入りとなった大型書店へと足を向けた。店内に入ると、


「いらっしゃいませ!」


 今日は元気な声で迎えられた。どうやら沓名綾乃の姿は見当たらないようだ。少し残念な気持ちになりながら、楓は新刊を中心にじっくりと見て回る。

 誰が書いているのか分からないが、新刊のPOPは明るく、読みやすい文字で書かれていた。紹介文も的を射ており、読者を惹きつけるものだった。

 楓は様々な書店に通っていたが、最近来たばかりのこの書店がやはりいちばんのお気に入りにますますなっていくのだった。




 数日後。

 仕事を終えて二十時近くに、楓はお気に入りの大型書店へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


 よく通る無機質な声には聞き覚えがあった。沓名綾乃である。今日は彼女がレジにいる。そう思うと楓は少し胸が弾むような気がするのだった。

 そして今日の新刊はどんな物だろうかとワクワクしながら書店内を歩く。

 すると歴史書物のコーナーに今までどの大型書店でも扱っていなかった本が目に付いた。


(これは、珍しいな……)


 以前から読んでみたいと思っていたこともあり、楓は迷わずその本を手に取るのだった。

 そして綾乃がレジをしている列へと並ぶ。自分の番になると、綾乃は硬い表情のまま、だが少しだけ目を見張っているようだった。


「いらっしゃいませ、カバー、お付けしますか?」

「お願いします」


 この前と同じやり取りをする。楓は綾乃が紙カバーを付ける様子を見ていた。とても手馴れた様子でカバーをかけていく。ちらっと綾乃の表情を盗み見ると、とても嬉しそうな表情をしていた。接客をしている時とは大違いだ。


(本が好きな人の表情だな……)


 楓はそう感じていた。


(沓名さんがおススメする本は、どんなものだろうか……)


 そんなことを考えていると、紙カバーを付け終えた綾乃が商品を手渡してくる。楓はそれを受け取る。


「ありがとうございました」


 綾乃がぺこりと頭を下げた。楓もつられてしゃくをする。

 今日もいい買い物が出来たな、と楓は満足をして、書店を後にするのだった。


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