そんな日常の中、再びレジに持ち込まれた本に綾乃は目が釘付けになった。それは先日、自分が店長に相談して発注した、歴史書物だった。
「カバー、お付けしますか?」
「お願いします」
その声に聞き覚えのあった綾乃はふと顔を上げる。
そこには以前来店していた天野楓の姿があった。
綾乃よりも背の高い彼は、黒縁メガネをかけ、長い前髪で表情を隠している。
(あ、天野楓さんだ……)
綾乃は覚えていたその名前を思い浮かべた。
紙カバーをつけながら、この本のことを思い出す。公園で読んだこの本は、内容は重いものの、読後にずっしりとした思いと共にどこか前向きになれるものだった。
(本の趣味、一緒なのかな……?)
綾乃はそんなことを思いながら、紙カバーをかけ、袋詰めを行う。
(もし、一緒の趣味なら、嬉しいな……)
綾乃は何だか温かい気持ちになりながらその本を楓へと渡した。
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、楓も軽く
「お? 綾乃、あの男性客に何かあるの?」
明るい声に振り返ると、そこには咲希のニヤニヤ笑顔があった。綾乃は何故か、咲希の言葉に顔を赤くして俯いてしまう。
「おぉ~?」
咲希は思わぬ綾乃の反応に少し戸惑った様な声をあげる。
「どうした? どうした?」
咲希はずいずいと綾乃を肘で小突いている。綾乃は聞き取れるかどうか分からないくらいの小さな声で答える。
「本の趣味が……その、一緒みたいで……」
咲希はその言葉を聞いて目を丸くしている。三年間同じ書店で働いていて、自分と同じような趣味の本が持ち込まれるなど良くあることだったはずなのに、今までにはない綾乃の言葉と反応に驚いたのだ。
(ははぁ~ん?)
咲希はその綾乃の様子に少し合点が行ったようだった。
「綾乃、次の休みの日、遊びに行くから空けときなさい!」
咲希は笑顔でそう言う。綾乃はえっ? と戸惑っている様子だったが、咲希は、
「いーからいーから!」
と言うとニヤニヤ笑いながらその場を後にするのだった。残された綾乃は茫然と立ち尽くすだけだった。