目を覚ますと、見たことのない天井だった。
傍には点滴スタンドが置かれ、そこから自分の腕にカテーテルが伸びている。
自分の周りはカーテンで囲まれていた。病院だ。
助かったんだ……。
体を起こそうと思ったが、あちこちが軋むように痛い。
葉月は諦めてベッドに体を沈めた。
頭が少々ぼんやりするが、ここ数日の事を思い出そうと、目を閉じる。
最初はそう。西島が放った一言だ。
──なんだよ。間宮に抱き抱えられて惚れたのか。
この一言にカッとなり、帳場を飛び出したのだ。
デリカシーのない西島に、バカとかなんとか言い捨てた気もするが、あまり覚えていない。
それからどうしたのだったか。
確かイライラして近くのコンビニでレモンサワー2本と唐揚げを買い、それを持って、行くあてもないまま有楽町駅から山手線に乗って──はて、何周したのだろうか。全く記憶にない。
気付いたらレモンサワーは2本とも空になっていて、どこかの駅で降りてまたお酒を買って、目の前の公園に入った。
どこの公園なのか覚えていないが、ラクダの形をした遊具があり、それに跨ってお酒を呷った覚えがある。
そうだ!
葉月はパカッと目を開けた。
そうだ。その時に後ろから何者かに口元を何かで覆われたのだ。
抵抗する時に腕が見えたものの、あっと言う間に目の前がぐらぐらとして真っ暗になり、次に気付いた時には、あの工場で拘束されていた。
犯人の顔はマスクとフードで隠されており、自身も朦朧としていたので分からなかったが、男であることは間違いなく、体からはとても良い匂いがした。
あれはどう言う香りと言うのだろうか。
葉月は香水を使わない。そのせいか香りを上手く表現出来ず、酷くもどかしく思った。
ともあれ男は、転がった葉月にくもぐった声で言った。
『二股の罪』と──。
アレってどういう意味かしら。
二股って言ったらアレよね。二股をかけるっていう、同時に二人の男性と──。
葉月は必死に考えを巡らせる。
と、不意に先程思い出した西島の言葉が頭を過った。
──なんだよ。間宮に抱き抱えられて惚れたのか。
まさか。
西島さんと間宮さんに二股をかけたと思われた?
監視でもされて、間宮とのことを誤解されたのかもしれない。
葉月はこの思い付きを西島に伝えようとスマホを探したが見つからなかった。
通りすがりの看護師にも確認したが、運ばれてきた時にもその様な物は預かっていないと言う。
証拠品で提出されたのかもしれない。
葉月は西島が来るのを待つことにした。
「西島さん……」
ぽつりと名前を口にすると、胸が熱くなると同時に、助け出された時の光景が思い出された。
よく頑張ったと葉月を抱き上げ、そして──。
「いやああああん!」
布団をかき抱き声を上げる。
西島の力強い腕を思い出し、胸がきゅんきゅんと、雑巾を絞る様に痛んだ。
「もうっ、もうっ! 好きッ!」
堪らず声を上げる。すると咳払いが聞こえた。
葉月の毛穴から一気に冷や汗が噴き出る。
もしや……。
「お姉ちゃん。ここ大部屋なんだから、少しは静かにして頂戴よ!」
カーテンの向こうからしわがれた叱責が飛んできた。
ウソ。大部屋だったんだ……。
葉月は病室と言う小さな社会で公開処刑に処された。